カリキュラム研究開発室

ベネッセのオピニオン

第55回 1人1台情報端末の「学習メディア」としての意義

2014年08月25日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 ICT教育研究室
主任研究員 中垣 眞紀

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今年8月、総務省が文部科学省と連携して実施する「先導的教育システムの実証事業」で、実証校の公募が始まりました。この事業は公募要綱によると、「変化の激しい社会を生き抜く子どもたちに確かな学力を身につけさせるために、クラウド・コンピュータ技術など最先端の情報通信技術を活用し、異なる学校間や学校と家庭の連携を深めて、新しい学びを推進するための先導的な教育体制の構築に資する研究等を実施する」とあります。ネットワークを利用して他校との交流をしたり、家庭に端末を持ち帰ったりするなど、新しい教育を実践し、そこから課題や解決の方法を見出すための検証事業です。

また、佐賀県や東京都荒川区など、自治体独自の動きとして1人1台情報端末を配布し、教育活動を改善・改革しようとする動きが始まっています。さらに、文部科学省では「ICTを活用した教育の推進に関する懇談会」で、ICT活用の意義・目的、教員研修のあり方、環境整備などについて、考え方の検討を重ねています。そのような状況をみつつ、ICT機器の整備、特に1人1台情報端末についての私見を述べたいと思います。

1人1台情報端末の整備に対する先生方の意識

下の図1のデータは、2013年10月に小・中学校の教員に調査した、「ICTを活用した学びのあり方に関する調査(調査報告書はこちら)」の中の「全生徒への1人1台情報端末環境を実現したほうがよいと思いますか」に対する回答です。

1人1台情報端末環境を実現したほうがよいと思う教員(とてもそう思う+まあそう思うの合計)は、小学校で約4割、中学校で約3割です。

図1 : 1人1台情報端末環境の実現意向(一般校)

さらに、「1人1台情報端末環境を実現したほうがよい」と思う教員と、思わない教員の違いをみるために、1人1台情報端末環境への実現意向別に、今後ICTで取り組みたい内容をみたのが、図2です。

図2 : 今後のICTの取り組み意向(1人1台情報端末環境の実現意向別)(一般校+実践校)

※図をクリックすると拡大します。

この結果からは、区分「教材の収集・提示」「情報教育」「協働的な学び」に含まれる取り組み意向は、全体的に高い傾向がありますが、「実現したほうがよい」と思う教員は、思わない教員に比べて、「個別対応」、「主体的な学び」、「これからの学び」へも、取り組み意向を示しています。1人1台情報端末環境の必然性のある使い方を想定しているといえると考えられます。

一斉授業の授業スタイルにおいて、教材を効果的に提示し、子どもたちを集中させたり理解を促進したりすることで、授業の効率をあげる使い方としてメリットがありますが、それだけなら、整備にかかるコストに効果が見合わないという考え方も、1人1台情報端末は実現しなくてもよいという意見の背景にあるかもしれません。

子どもたちのタブレットや保存したデータに対する意識

一方、子どもたちのタブレットに対する意識についてみてみたいと思います。

ベネッセ教育総合研究所(BERD)では、世田谷区立砧南小学校の菊地秀文先生と、昨年度6年生のクラスで、1人1台タブレット環境での共同実証研究を行いました。研究内容の詳細は、BERDサイトフォーカス特集6「『学んだ情報の個人所有と学力や学習意欲の関係』に関する実証研究」で紹介しています。(教育フォーカス特集6はこちら)この研究から、タブレット自体やタブレットに保存されたデータ(学習履歴)に対して、子どもたちがどのような意識を持っているのかを見てみます。

図3XingBoardで、付箋に書いた意見を交換し合う

菊地先生のクラスでは、iPad上のフラッシュカードで、知識事項を確認したり、4人一組でiPadを利用して、集めた情報や考えを付箋の形で送り合い、協働して意見を形成すること ができるXingBoard(クロッシングボード)というソフトを使った協働学習などを経験しました。各自が専有利用するiPadには、自分で撮った写真やワークシート、調べたことをまとめたものなどの様々な学習結果が保存されています。

今回の研究では、「タブレットパソコンは私にとって(   )だ」と( )内の部分に、子どもたちの言葉で自由に書いてもらいました。その結果が、図4です。

図4タブレットの存在意義

8割以上の子どもたちが、タブレットを「学習に役立つ道具」として認識していることがうかがえます。特に目立ったのが、「勉強の道具」「勉強をやる気にするもの」「いつでも見返したり振り返ることができるもの」というもので、タブレットを勉強に活用できる有効な道具の一つとして認識していることがわかります。ただ、中には、「あそぶためのもの」「学習に集中しにくい」という認識もあります。

さらに、「タブレットパソコンにいれた情報(絵や写真、制作物など)は、私にとって(  )だ」という質問にも同じように答えてもらいました。その結果は、図5です。

図5タブレットに保存したデータの存在意義

「大切な情報」「みんなの意見を見られる大切なもの」「勉強の内容がつまっている大切なもの」など、「大切」というキーワードの入った回答が4割を超えています。また、「思い出」と回答する子どもも見られ、半数以上がタブレットに保存された情報が価値ある情報として認識されていることがうかがえます。そのほかにも「きれいに整理できる」「達成感を感じるもの」などの声が多く、9割以上がタブレットに入れた情報にポジティブな価値を感じていることがわかります。また、この回答の中には、家に持ち帰れないことについて、不満に思っている声もあがっています。

さらに、この研究ではグループで制作した協働学習のまとめについても、各自のタブレットに配布・保存しました。保存しただけでは、模造紙に書いた学級新聞など、従来の協働学習のまとめと同様、「自分のものではなく、みんなのもの」という意識ですが、「みんなで作ったまとめを自分のタブレットに保存できること」は「とてもいい」と答えています。さらに、自分なりの加工・編集を加えると、その「まとめ」が、「自分のもの」であるという認識に至ることもわかりました。

1人1台情報端末は、協働的な学びや主体的な学びの実現に必要

以上のことより、1人1台情報端末は、協働的な学びを通して子ども自らが学ぶために、また自らの学びを蓄積し、その学びを振り返ることで、主体的な学びを実現していくためにこそ必要なメディアだと思います。

日常的に使えば使うほど、自分の学習歴が保存されていきます。何か気になって、撮った写真や、調べたことの記録、その時考えたワークシート等が、まとまって保存されていきます。それを、子どもたちは「大切なもの・たからもの」と表現しています。

タブレットが、自分の興味・関心に応じて調べたり、それを仲間とシェアしたり、その記録や記憶のための大切な道具として位置づけば、学習の効果を高めるための「なくてはならないメディア」となり得るのではないかという仮説を持っています。

その仮説に基づき、私たちは、「1人1台環境における学びの自立を支援する学習モデルの検討」というテーマで、東北学院大学稲垣忠先生を中心とした先生方にお力をいただき研究を進めています。冒頭で述べた、文部科学省や総務省の動きなどもふまえながら、これからの子どもたちの学習に役立つ知見を明らかにすることに貢献したいと思います。

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著者プロフィール

中垣 眞紀
ベネッセ教育総合研究所 グローバル教育研究室 主任研究員

ファミコンやコンピュータ技術を利用したメディア教材の研究・開発・製作・事業開発に従事。その後公立中高一貫教育校適性検査分析など、小学校領域 のカリキュラム・アセスメントについての調査研究に従事し、「ベネッセ発親子で伸ばす『本物の学力』2006年日経BP社発行」の執筆を担当。経営スタッ フを経て、2013年より現職。ICTを活用して学びや学び方が学習者にとってよりよいものになることに強い関心をもって取り組んでいる。

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