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「日本版ネウボラ」導入への課題とは その2
 ~フィンランド「ネウボラ」視察より~ 研究員の目

2017年03月16日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 次世代育成研究室 研究員 持田聖子

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 2016年、ついに日本の出生数は100万人を下回りました。止まらない、日本の少子化。
少子化対策のひとつとして、政府は、「第3次少子化社会対策大綱」で、地域での妊娠・出産・子育ての切れ目のない相談拠点である「子育て世代包括支援センター」を、おおむね2020年度末までに全国に展開することを目標に掲げています。ここは、専門職(保健師、助産師)が、全ての妊産婦の状況を継続的に把握し、必要な支援を行うワンストップ拠点です。そして、この制度のモデルとなっているのが、フィンランドの「ネウボラ」です。

  前稿(「日本版ネウボラ」導入への課題とは)では、日本がお手本としようとしているフィンランドの「ネウボラ」の制度・特徴についてまとめ、日本で導入する場合の課題について考察しました。本稿では、筆者が、フィンランドに赴き、ネウボラ担当者に対して行ったインタビューから、「日本版ネウボラ」である子育て世代包括支援センターの導入に向けてのキーワードを紹介します。

  

■行政の複合施設内のネウボラ視察 --- Iso Omena Service Centre:

   2017年1月、筆者は、エスポー市のネウボラを視察しました。エスポー市は、首都ヘルシンキ市に隣接した、人口第2位の街です。その新興住宅エリアにできたショッピングセンターの1フロアに、2016年、行政の市民向け複合施設がつくられ、その中に、ネウボラもありました。
 
 ネウボラでは、妊産婦とその家族の、健康だけでなく福祉的・経済的な状況も把握し、必要な支援を行う行政施設につなぐ役割があります。この複合施設では、ネウボラの他に、保健所(Health Centre)、社会保険に関する施設(KELA:Social Insurance Institution 社会保険庁)、血液検査やレントゲン検査ができる施設(HUSLAB:Laboratory)、メンタルヘルスや薬物乱用に関する支援を受けられる施設(Mental Health and Substance Abuse Services)、20代までの若者向けの相談・支援コーナー(yESBOx: Youth Services)等があり、ネウボラを訪れた人で、支援が必要な場合は、すぐそこにある管轄の行政施設に繋ぐことができるようになっていました。また、ネウボラの待合コーナーの横には、図書館の児童書コーナーが配置され、面談の順番を待つ間、子どもたちが飽きずに過ごせるような工夫もなされていました。

   ネウボラでの重要な機能の一つとして、必要な他機関との連携、協力があります。ネウボラ担当者(保健師、助産師といった専門職)が、総合健診や、チェックシート、家族との対話等を通して、妊産婦、子ども、家族の健康面だけでなく、生活状況、経済状況なども把握し、必要な他機関、専門職へ繋いでいきます。このIso Omena Service Centreでは、さまざまな機関が集まっているため、物理的な距離もなく、また、ショッピングセンター内にあるため、買い物のついでに来所しやすく、妊婦や乳幼児を持つ家族にとってはありがたい、利用者中心の体制であるといえます。
このネウボラ部門のセンター長は、「サービスをお客様がいるところに運ぶ」と表現されていました。利用者が集まる場所に、サービスを持ってくることで、必要な行政サービスを必要な人により提供しやすくなるのではないでしょうか。


ネウボラの待合のそばには図書館の児童書の棚が広がる(筆者撮影)

 
■「日本版ネウボラ」導入への課題とは
 ―ネウボラ担当者へのインタビューより―

 筆者は、この Iso Omena Seivice Centreのネウボラの施設長(以下、「施設長」)と、ヴァンター市(ヘルシンキ市郊外)の独立型ネウボラのベテラン担当者マリネンさん(以下、「マリネンさん」)に、それぞれ1時間のインタビューをしました。
 2人に対して、日本でネウボラのような制度を展開するとしたらどのようなことを大切にするべきかきいたところ、3つのキーワードが挙がりました。このキーワードに沿って、フィンランドのネウボラの特徴を、インタビューの内容から紹介します。

       
                        日本版ネウボラ導入に必要な3つのキーワード
                        1.利用者が無償(または低い負担)で利用できること
                        2.他機関との連携
                        3.担当する家族を一貫、継続してみていける体制

  1. 利用者が無償(または低い負担)で利用できること
  フィンランドには、およそ800か所のネウボラがあり、妊婦の99.8%がネウボラを利用しています(1)。施設長によると、ネウボラは、フィンランドでは既に長い歴史があり、「妊娠したらネウボラに行くこと」が当たり前になっているそうですが、ネウボラに来所することが、「母親手当」(子ども1人につき現金140ユーロ)や、「育児パッケージ」(約4万円相当の育児用品セット)を受け取れる条件にするなど、来所の動機づけを促進するための施策も講じています。また、ネウボラで、妊婦健診も無償で受けられます。
 日本で導入を目指している子育て世代包括支援センターも行政制度ですから、利用者の金銭的な負担はないはずですが、もし、多くの妊産婦が継続して来所することを目指すなら、無償で、有益な情報を得られることや、丁寧な相談サービス等、来所することへの動機づけを高めるような工夫が必要ではないかと思います。

  2. 他機関との連携
 妊娠中・出産後の健診・相談・手続きをすべて行えるワンストップの拠点がネウボラですが、ネウボラだけでは解決できないニーズを持った人や、支援が必要な家族がいる場合、ネウボラから必要な機関へ連携します。利用者が転居する場合は、ネウボラ同士も連携し、転居前のネウボラでの記録を、転居先のネウボラへ渡すそうです。また、利用者の主権主義のため、転居しても、継続して元のネウボラに通いたい場合は、継続利用の希望も出せるそうです。
 
  マリネンさんは、もし、ネウボラが単なる相談だけの場で、利用者が自力で必要な支援・サービスを探さなければならないとしたら、ネウボラへの信頼や、来所することへのモチベーションは上がらないのではないかと言っていました。日本では、現在、妊婦健診は、保健所ではなく、医療施設で受けます。子育て世代包括支援センター(「日本版ネウボラ」)は、現在の構想では、妊産婦個々人との相談と必要なケアプランの作成が中心となりますが、それであればこそ、妊産婦の通う医療施設や、必要な他機関との連携は必須であると思います。
 
 フィンランドの自治体の中には、ネウボラでの医療情報を含む、住民の医療情報を電子ネットワークに一元化し、住民の許可を得た諸機関は、医療情報を共有できるようにするシステムを作り始めているところもあるそうです。高福祉国家として、日本とは一歩も二歩も進んでいると感じました。  

  3.    担当する家族を一貫、継続してみていける体制
 ネウボラでは、利用者とかかりつけのネウボラ担当者との個別健診が行われます。健診は、妊娠中に約10回行い、1回30~40分(節目は50~70分)の時間をかけます。妊娠中に1回実施される「総合健診」には、医師も参加し、妊婦だけでなく、家族の参加も求められます。妊婦の健康面だけでなく、家族の関係性も含めて生活全般をみて、個々に合った支援計画を考えます。

 妊娠中の約10か月を妊婦と家族に寄り添うかかりつけのネウボラ担当者は、どのようにして決まるのでしょうか。妊婦とネウボラ担当者との相性が悪い場合はどうしているのでしょうか。
エスポー市の場合は、初回のネウボラの予約は、管轄の予約センターが受け、空いているネウボラ担当者に割り当てるそうです。何度か健診・面談を行う中で、かかりつけのネウボラ担当者だけでは対応できない問題等があるケースは、2名体制で対処するそうです。また、利用者とネウボラ担当者との相性が悪い場合は、トップのネウボラ担当者が判断し、担当者を替えることもあるそうです。

   継続した関わりの基盤となるのは「対話」を通した「信頼感」
 ネウボラでは、継続した関係の中で、ネウボラ担当者が、担当の妊婦やその家族との「対話」を通して、信頼感を構築していきます。医療面のみならず、パートナーとの関係、生活の経済的な状況など、個人的でセンシティブなテーマを扱うので、利用者の信頼感が基盤となります。利用者の信頼を生み出せるように、ネウボラ担当者はどのような心掛けで対話し、アプローチをしているのでしょうか。「対話」力を高めるような研修はあるのでしょうか。
 
  センター長、マリネンさんともに、研修でのトレーニングもあるが、ネウボラ担当者の経験から培われる部分が大きいとおっしゃっていました。また、ネウボラ担当者としての素養のある人が目指すことが多い職業であるという特性もあるそうです。家庭内暴力といった、表に出にくいこと等、「いかに話を聞き出すか」ということは、全国レベルで重要なテーマとなっており、アンケートにどうやって本当のことを書いてもらうかについてのテクニックを学ぶ研修もあるそうです。
 
  マリネンさんは、信頼関係を結ぶためには、利用者を尊重し、傾聴し、利用者と同じレベルに立って話し合っていくことを心がけているそうです。初回の面談では、いくつかの質問をし、その反応のしかたでアプローチの仕方を決めるそうです。また、利用者に、プライバシーを覗きたがっていると思われないように配慮をし、個人の人生や生き方の価値観には踏み込まないようにしているそうです。また、内容によっては、利用者のパートナーに対しても秘密を守るそうです。こうした、相手を理解し、相手に合わせたコミュニケーションを取り、利用者との信頼関係を築くことは、経験により培われることも多いそうです。
 
  こうして築かれた利用者との信頼関係は、利用者がネウボラを卒業した後も続くようで、マリネンさんの相談室の壁やデスクの上には、たくさんの子どもや家族の写真やカード、手紙が飾られていました。施設長も、マリネンさんも、ネウボラの仕事をしている喜びは、利用者が、親としての自信をつけていくことをサポートできること、家族に寄り添って成長を見守っていけること、とおっしゃっていました。


センター長の相談室。プライバシーが保たれる環境で、面談や健診が行われる。
対話による信頼が生まれる。

   センター長は、地域の実情に合わせた「日本版ネウボラ」をつくっていくときには、実際にサービスを利用する当事者を巻き込んで、形をつくっていくとよい、と言われました。つまり、利用者中心の仕組みにしていくことです。また、マリネンさんによると、地域の中には、ネウボラの統廃合、センター化が進んでいるところもあるそうですが、妊産婦や乳幼児を抱えた母親、父親にとっては、ネウボラが「住まいの近くにあり、通いやすいこと」が重要であると言われました。また、信頼を基盤としたサポートを継続しておこなうためには、ネウボラ担当者の頻繁な異動も避けることが望ましいと言われました。

  この度の視察では、2つのネウボラ施設と、2名のネウボラ担当者へのインタビューができ、日本版ネウボラの導入に向けての課題とアドバイスを頂けました。筆者は、ネウボラの他に、幼児期の子どもがいる家庭訪問も複数行いましたが、子育ての相談先として、どの家庭の母親も、「ネウボラ」と答えていました。ネウボラが、子育て中の母親を支える身近で重要な役割を担っていることを改めて感じ、日本でも、将来、こうした声が母親から聞こえるような社会になればよいと感じました。2020年に向けて、日本でも、「日本版ネウボラ」-子育て世代包括支援センターの導入が進んでいきますが、本稿で紹介したフィンランドの現場の声が、導入のための一助となることを願っています。


■ネウボラはこんなところでした!


エスポー市のショッピングセンター内にある行政複合施設の中にあるネウボラ。
ネウボラ担当者ごとに個室の相談室がある(写真奥)。健診や相談は個室内で行われます。


相談室の中には、婦人科の診察台や、赤ちゃんの計測をする装置など、
母子の健診に必要な装置がそろっています。



ヴァンター市の独立型ネウボラの待合。


マリネンさんの相談室。インタビュー風景。


3代に渡ってマリネンさんにお世話になる家族もいるそうです。
部屋には、彼女が担当した家族からのカードや写真がたくさん飾ってありました。
婦人科の診察台と、健診用の装置。


赤ちゃん用の健診用装置。
家族での面談があるため、子ども用の絵本やおもちゃも置いてありました。


長年、家族を見守り続けてきたベテラン担当者のマリネンさん。
「ネウボラを卒業した後も、かかわった家族から便りが来たり、自分に会いに来てくれることが、
この仕事をしている喜び」と。

 ※写真は、筆者による撮影。


(参考)
(1)髙橋睦子(2015)「ネウボラ フィンランドの出産・子育て支援」かもがわ出版 p.24.



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