高等教育研究室

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第2回 「大学生の主体性」をどう育むのか

2013年04月26日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 高等教育研究室
主任研究員 樋口 健

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動きはじめた「主体性を育む大学教育」

「主体性」-今日この言葉が大学生の育成をめぐるキーコンセプトになっている。産業界は仕事に最も必要な資質・能力として、主体性の獲得を大学生に強く求めている。また中央教育審議会(大学分科会)も大学の学士課程教育の質的転換を図るための中心テーマとして「大学生の主体的学び」を掲げ、大学教育の改革を提言している。予測不可能な時代を生き抜くには若者の中に、学び続ける中で、自らが主体的に考え課題を設定して答えを導く力を育成することが必要というわけだ。目指すところは主体性の獲得それ自体だ。

こうした社会の問題意識を背景として、大学側も教育の改革に着手している。ベネッセ教育総合研究所が2012年11月に4年ぶりに実施した「第2回 大学生の学習・生活実態調査」(以降、大学生調査)の結果をみると、ディスカッション、プレゼンテーション、グループワーク、フィールドワークなどを取り入れた授業経験率の増加が確認された。これら伝統的な講義とは異なる「学生参加型」の授業は「アクティブラーニング」と呼ばれている。「大学生の主体的学び」を促す授業方法として注目されているものである。

授業に対する学生の姿勢は依然として受け身的

しかし学生側に目を移すと、主体的な学びへの転換はまだ見られない。大学生調査の結果をみると、「単位をとるのが難しくても、自分の興味のある授業」よりも「あまり興味がなくても、単位を楽にとれる授業」を好む割合がこの4年間で5.9ポイント高まっており55%と半数を超えた。(図1) また「学生が調べ、発表する演習形式の授業」、つまりアクティブラーニング型の授業より「教員が知識・技術を教える講義形式の授業が多いほうがよい」とする割合が83.3%と圧倒的に高い。背景には、推測ではあるが高校時代の講義形式の授業に慣れ切ってしまい、学生が主体的な学習スタイルへと転換ができないという事情もあろう。しかし全体として、学生の中に見えるのは「講義で知識を授けてもらい、楽に単位取得できればそれでよい」とする、これまでも指摘されてきた「伝統的な受け身姿勢」である。それも僅かに強まる傾向にある。

図1. 大学教育に対する選好(授業に関する項目)
図1.大学教育に対する選好(授業に関する項目)

大学側の改革努力は今後さらに続いていくだろう。一方で学生の受け身姿勢が今後も強まるとしたら、それはジレンマである。こうした状況を打開するためにも、アクティブラーニング型の授業にせよ、講義型の授業にせよ、どのような学生に対して、どのような働きかけをすれば学びへの意欲を高めることができるのか。効果的な授業方法やカリキュラムの開発が一層求められるところである。

強まる学生の依存傾向

さらに、学生の根本的な気質変化として気になる状況がある。生活全般において、親や教師への依存傾向が増している点だ。保護者との関係について「保護者のアドバイスや意見に従うことが多い」とする学生は08年度から5.8ポイント増え45.9%、「困ったことがあると、保護者が助けてくれる」とする割合は7.2ポイント増え49.0%といずれも5割近くにのぼった(図2)。また、大学生活についても「学生生活については学生の自主性に任せるより、大学教員が指導・支援するほうがよい」とする割合が、15.3%とから30.0%へと倍増した(図3)。これらの変化は大学の設置種別や難易度に関わりなく一律に起きている点が特徴だ。

図2. 保護者との関係
図2.保護者との関係
図3. 大学教育に対する選好(学生生活に関する項目)
図3.大学教育に対する選好(学生生活に関する項目)

背景には、不透明・不確実な時代環境の中で、就職をはじめとして何とか確実な道を歩もうと人生の先輩としての親に支援を求める学生の心理もあろう。また逆に、子ども、学生に確かな道を歩ませようとする、学生を取り巻く保護者・大学側の手をかける行動もあるだろう。しかし大学生は年齢的には成人する段階にある。大人としての自己主導性(self-directedness)が増大し、保護される立場からの脱却を求めていくのが自然な発達の姿である。調査結果からは、そのセオリーとは逆行した状況が見えてくる。自立させるために良かれと手をかけすぎる、転ばぬようにレールを敷くことが、逆に自立する力を削ぐという可能性もあるのである。

若者の主体性獲得、自立に向けた「関わり方の改革」を考えよう

このように見てくると、大学生が主体性を獲得し自立していくには、大人の側からの関わり方の改革が必要になる。特に次の二点が大事だと私は考える。まず学生に対する「自立のための放任」を思い切って許容すべきである。学習しなくてよいという意味ではない。学習や進路選択を含め、多様で困難な課題は当然あろう。しかし、それらを乗り越えるプロセスへの関与は極力控え、とことん悩み考えてもらうべきだろう。また例えば、明確な目的意識と自己責任に基づくなら、自主的な留年や休学の自由をも与えてよいと思う。これには大学、保護者側にも意識改革と勇気が必要になる。そして、このような状況を社会的にも容認していくべきだ。

次に、主体性や自立の基本的な態度は、本来は高校までの段階で涵養すべきである。現在の大学生が全体として一様に受け身的であり依存的であることを踏まえると、こうした事態は、高校の段階までに既に生じていると考えるのが妥当だろう。自立に向けた青少年への関わり方について、小中高それぞれの段階で、保護者や学校、地域がすべきことは何か、今までの何をどう変えるのかを再考する。まさに社会総がかりの努力が求められる。

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著者プロフィール

樋口 健 
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員

民間シンクタンクにおいて、教育政策や労働政策、産業政策等のリサーチ・コンサルテーションに携わる。その後、ベネッセコーポレーションに移籍し、ベネッセ教育総合研究所において主に高等教育に関する調査研究を担当。これまでの関わった主な調査研究は以下のとおり。

関心事:我が国における「中等後教育の戦略」はどうあるべきか

調査研究その他活動:日本学生支援機構 有識者会議委員、研修事業委員会委員

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