高等教育研究室

ベネッセのオピニオン

第24回 大学再編への期待
-地域の高等教育を実りあるものにするために-

2013年10月04日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 高等教育研究室
主任研究員 樋口 健

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「成長戦略」としての大学改革

本稿では、文部科学省(以下、文科省と略)が8月末に公表した平成26年度の高等教育関連の概算要求を通して、これから本格的に始まるであろう、地域の大学再編のあり方について考える。

8月末に公表された文科省の高等教育関連概算要求は、1兆9,443億円と文科省要求総額のおよそ3割にのぼる。自民党が政権復帰した今年度、新た な予算の中でとりわけ注目されるのは、政治主導による「骨太の成長戦略の実現」を目的として要求された「新しい日本のための優先課題推進枠(以降、優先課 題推進枠と略)」だ。

この「優先課題推進枠」は概ね『大学のグローバル化』と『大学再編』の2大課題の実現を目指した各種の誘導策から構成されている。現政権は、高等教育を国家競争力の源泉と捉えその抜本改革に乗り出したと見てよいだろう。

平成26年は大学再編の幕開け

下表は「優先課題推進枠」のうち、大学再編に関連する主な施策を整理したものだ。中でも「国立大学改革強化推進事業」は、平成24年度から開始され た大学改革実行プランの推進を狙ったものに他ならない。この中で最初に着手された「大学のミッション再定義」は学部・学科再編の強力な契機となる。この施 策が人材の新陳代謝まで踏みこんでいるのは、その証左である。中央教育審議会・大学分科会でも、組織・制度部会を設置し、人事制度を含む大学のガバナンス 改革に関する議論を始めている。そこで意図しているものは、大学の改革スピード向上を意図した統治・権限関係の改革である。

大学改革実行プランの完遂目標である平成30年度は、18歳人口が再び大きく減少を始める時期である。このように見てくると、政府・文科省の施策か ら、入学者人口が安定している残り5年間で大学の制度を大きく改革し、機能別分化と再編を具体的に進めようとの意図が透けて見える。平成26年はいよいよ 大学再編の幕開けとなるのかもしれない。

平成26年度「優先課題推進枠」における大学再編関連の主な概算要求
施策名概要要求額備考
国立大学改革強化推進事業 ミッション再定義を踏まえた学内資源配分最適化のための大学や学部の枠を超えた教育研究組織の再編成に向けた取組、人材の新陳代謝や年俸制への切り替えなど先導的な取り組みを集中的かつ重点的に支援。特に、今後産業界との対話を通じて策定される理工系分野の人材育成を重点支援 220億円 前年度+35億円
私立大学等改革総合支援事業 教育の質的転換、地域発展、産業界・他大学等との連携、グローバル化などの改革に全学的・組織的に取り組む私立大学等に対する支援を強化するため、経常費・設備費・施設費を一体として重点的に支援 248億円 前年度+70億円
大学改革加速プログラム これまでの大学改革の成果をベースとして、教育再生実行会議等で示された新たな方向性(学事暦の見直し、入試改革、ギャップターム活動、高大接続、ガバナンス改革、IR等)に合致した先進的な取組を実施する大学を支援することで、国として進めるべき大 学改革を積極的に推進 20億円 新規
地(知)の拠点整備事業 大学等が、自治体と連携し、地域の課題解決にあたる全学的な取組のうち、特に優れたものを支援することで、課題解決に資する様々な人材や情報・技術が集まる、地域コミュニティの中核的存在としての大学の機能強化を図る 61億円 前年度+39億円
資料;文科省予算説明資料をもとにベネッセ教育総合研究所作成

国立大学再編の意義と課題

歴史を振り返ると、戦後多くの地方国立大学には、人文、社会科学、理工学、農学、医学、教員養成など「フルセット型」の学部が編成された。それは、 各地域の社会・産業と結びついて、そこで指導的・中心的立場に立つ人材を輩出し、我が国の均衡ある発展に大いに貢献したといってよい。しかし今日、地方人 口の減少と産業の空洞化の進展、さらには財政効率化等の厳しい要請もあり、もはや国立大学が行う教育機能を大胆に精選・集約し、全体として再編成が余儀な くされる状況である。

地域産業・社会からのニーズ、雇用吸収力を備えた学部・学科に再編し、集中的に資源投下することは、個々の大学単体で見ても、研究・教育の質、学習成果、就職等の点で向上が望める。マクロ的にも国内研究拠点のバランスのよい分担・再配置につなげることができるだろう。

その一方で、国立大学の再編には、いくつかの懸念点や課題も想定される。また、これを克服するにはどのような対処が必要か。以下に述べてみたい。

大学の「個別最適」を超え地域「全体最適」からの検討が必要

一つめは、地方国立大学の学部・学科の再編は、ひとり国立大学だけの問題にとどまらないということだ。ことは周辺の公立・私立大学にも大きな影響を 及ぼす可能性を秘めている。例えば、再編後の国立大学の新学部・学科の領域が、周辺の公立大学・私立大学等と重複した場合、公立大学の場合はその役割が曖 昧なものとなる。また、特に財政の厳しい私立大学の場合は経営・存立自体に多大な困難を及ぼす可能性がある。同様・類似の教育内容ならば、地域での就職は 当然国立に有利になる可能性が高いからだ。

明言は避けるが、既に、某地方県からはそうした国立大学の動きに対する懸念を伝える声が聞こえてくる。「個別最適」を追求し、国・公・私立大学の公 正な競争基盤(イコールフッティング)が崩れる状況は避けなければならない。いわば地域の高等教育資源を俯瞰した「全体最適」からの再編成が不可欠だ。ひ いていえば、この俯瞰的視点からみた「地域の高等教育再編構想」を誰が調整し、合意形成していくのか。自治体(知事、市長)、学長をはじめとしたトップの リーダーシップとビジョンが問われるところである。

二つめは、地域における高校生の大学進学機会の減少だ。一つ目の課題で指摘したような、国立大学の学部・学科再編の影響で生じる周辺私立大学が募集停止、または国立大学の学部そのものが削減されれば、消滅した大学・学部を志望する高校生は他県に転出せざるを得ない。

既に、経済的理由により他県進学を断念する高校生の増加は指摘されているが、大学再編により高校生の大学進学の道を狭めることは、避けねばならな い。つまり、国立大学の学部・学科の再編と高校生の進学を物理面で保証する諸施策(解決策は他にもあるかもしれないが)、例えば学生寮や奨学政策の拡充は セットで整備していくべきと考える。

今こそ「地域の自律的発展」のエンジンとしての大学へ

三つめは、(一つ目の課題とも関係するが)地域の大学群は、うまく連携し、「今こそ」地域の産業や雇用、文化、コミュニティの活力を創造する実効性のある戦略を立てるべきだ。

「今こそ」と記したのは、1980年代から90年代にも国土の多極分散政策の中で多くの地域が大学を設置したが、大学間・大学と企業の連携や事業化 推進策が進まず、目指す地域振興を達成することができなかったからだ。しかしこれこそ、国の競争力向上に結びつくチャレンジングな課題といえまいか。

「地域振興における大学の役割」を趣旨とする最新の施策は25年度から実施されている「地(知)の拠点整備事業」である。これは、地域課題の解決を 目的に、研究・教育・社会貢献という大学の三大機能を用いた貢献を推進する事業である。25年度の採択事業を見る限り、自治体とは連携するものの個別大学 単位での申請・採択が非常に多い。そのテーマには、事業化・雇用創造への道筋を織り込んだプランは少ないようだ。しかしこの10年、文科省、経済産業省と もに、地域における複数の大学と自治体、企業が連携・協力し、研究・教育をシーズとした産業振興・雇用創造に取り組み一定の成果を出してきた実績がある (大学発ベンチャー1000社プラン、産業クラスター計画、知的クラスター計画等)。例えば、信用調査会社の最近の報告では、大学発のベンチャーについて は半数が黒字化している。

再び「地(知)の拠点整備事業」に目を移すと、同施策は平成26年度も継続し約61億円と前年度の1.5倍を要求している。各地域ではこのファンド を通して、ぜひとも10年間蓄積した大学を核とした地域創造の経験・シーズを活かしてほしい。地域の大学群・行政・企業が連携し、社会的課題解決から事 業・雇用をも生み出す「若きソーシャルベンチャー」を多様に創出し経営の軌道に乗せるとともに、地域の自律的発展のエンジンとなる高等教育の仕組みを構築 してほしい。

大学再編を「若者が自らの人生ビジョンを持ち得る」地域創りにつなげよう

最後になるが、地域の大学再編にはさらにもう一つ大きな意義がある。上述した3点の課題からも明らかだが、地域の高校生の進路ひいては、中学生・小 学生の地域観に大きな影響を与えるということだ。大学が中核となり地域を再生させ「この地域に自分の人生をかけよう」と奮い立ち地域の大学を志望する若者 が増える。このことは、多くの若者の進路を豊かにし地域社会の財産となる。その意味では、地域における大学の再編とそれによる地域再生・地域発展そのもの が、小・中学生を含め若者が、将来をその地域で生きるビジョンを抱くきっかけとなる。それは最高教育機関としての大学が担う責任の一端でもあろう。

再編後の姿はまだ見えない。しかし、ここで述べた「若者が人生ビジョンを持ち得る地域を創出する」という意味でも、大学の今日的な再編は、まずは大 学の個別最適を超え、地域活性化を視座とした全体最適から追求する姿勢。また地域創造に向けたトップの連携と将来ビジョンが必要不可欠なのであり、繰り返 し課題として提起しておきたいと思う。

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著者プロフィール

樋口 健 
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員

民間シンクタンクにおいて、教育政策や労働政策、産業政策等のリサーチ・コンサルテーションに携わる。その後、ベネッセコーポレーションに移籍し、ベネッセ教育総合研究所において主に高等教育に関する調査研究を担当。これまでの関わった主な調査研究は以下のとおり。

関心事:我が国における「中等後教育の戦略」はどうあるべきか

調査研究その他活動:日本学生支援機構 有識者会議委員、研修事業委員会委員

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