高等教育研究室

ベネッセのオピニオン

第80回 大学での学びは、社会で役立つのか
―卒業生約2万人対象「大学での学びと成長に関するふりかえり調査」より―

2015年09月29日 掲載
研究員 松本 留奈

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「大学での学びは、社会で役に立つか」は、久しく論じられてきたテーマだ。日本社会では、特に企業等の採用の場面で大学での学びが重視されない傾向もあり、「一部の専門職を除いて、大学での学びは社会でさほど役に立たない」という意見が、大半ではないだろうか。

平成25年5月に出された、教育再生実行会議による第三次提言「これからの大学教育等の在り方について」の冒頭で、

『教育再生は、個人の能力を最大限引き出し、一人一人が国家社会の形成者として社会に貢献し責任を果たしながら自己実現を図り、より良い人生を生きられる手立てを提供するという教育の機能が十分果たせるようにする改革です。その実現には、教育を集大成し社会につなぐ大学の役割は決定的に重要です。』

と記されている。『決定的に重要』とまでいわれる、『教育を集大成し社会につなぐ大学の役割』が機能していないとすれば大問題である。この点については、大学卒業から就職という点と点の接続のみではなく、また個人的な経験や感覚ではなく、大学が長年にわたり教育改革に取り組んできた歴史や、卒業生が社会の中で長く活躍する上でどうかという視点をもって検証する必要がある。

そこで本稿では、当研究所で2015年3月、5月に、全国の23~55歳の短期大学・4年制大学・6年制大学卒業生約2万人を対象に実施した「大学での学びと成長に関するふりかえり調査」の結果を用いて、「大学での学びは、社会で役に立つか」を検証する。

社会で役に立つとはどういうことか。大学での学びとは何か。

大学での学びと社会への役立ちを考えるときに、まず大学教育の内容と職業に直結する知識・スキルとの関連の乏しさがあげられる。しかし、変化が激しく先行き不透明といわれる社会にあって、今日使える知識・スキルが明日使えなくなることは十分に起こりうる。よって、その点のみで社会への役立ちを論ずるのは危険である。社会の中で長く活躍するには、一度身につけた知識・スキルを更新し続ける、あるいは、必要に応じて新たな知識・スキルを獲得する力こそ必要である。そこで本調査では、社会で役に立つ力として、以下の自己効力感3項目を設定した。

  • ■ものごとが思ったように進まない場合でも、自分は適切に対処できる
  • ■危機的な状況に出会ったとき、自分が立ち向かって解決していける
  • ■今の調子でやっていけば、これから起きることにも対応できる

次に、大学での学びとは何かである。学部系統やカリキュラムによってその種類は千差万別である。加えて、教育内容も記憶効果も異なる卒業後1年~33年までの幅広い層での検討を可能にするため、学んだ印象が個人の中に残っているかどうかをたずねることにした。そこで、本調査の前に卒業生を対象にデプスインタビュー(※1)を行った。その結果から、学びの種類は違えど、大学時代の成長ならびに現在の自己効力感が高い卒業生の背景に共通して存在する学びの印象を抽出し、本調査では以下10項目を設定した。上5項目が深い学びの経験を示すものであり、下5項目は周囲からの情緒的サポートを示すものである。

下の図は、それを大学教育改革前(40~55歳)と後(23~34歳)の世代で比較したものになる。すべての項目において、「とても+まあ印象に残っている」と回答した比率が、改革前世代より後世代のほうが大きくなっている。本稿の主旨とは外れるが、卒業生の大学での学びに対する印象の向上は、1990年代以降の大学教育の成果であることは述べておく。


図1.大学での学びの印象(改革前後の世代別比較)

また、下の表は、本調査後に、調査回答者12名を対象にデプスインタビュー(※2)を行い、深い学びの経験5項目に対し「印象に残っている」と回答した者より、その背景にあるエピソードを聞いてまとめたものである。ほんの一例ではあるが、カリキュラムや教員の指導といった大学側の働きかけと、個人の努力や思考の深まりの双方がうまく絡み合うことによって、「大学での学びの印象」が形成されていることがわかる。


表1.大学での学びの印象(深い学びの経験)の具体例 表1.大学での学びの印象(深い学びの経験)の具体例

※上記画像をクリックすると拡大します。

詳細なデータは省略するが、本調査の結果においても「大学での学びの印象」に「大学が提供した教育の機会の量」と「個人の学習スタイル」とのいずれも関連していることが明らかとなった。ここでいう「大学が提供した教育の機会」とは、主体的学びの機会、指導・教育の機会、学びを社会や異分野に発展する機会を指し、いずれの教育の機会も多いほど、大学での深い学びの経験や情緒的サポートを印象づけることも確認されている。

大学での学びと社会への役立ちとの関連

大学での学びの印象と、社会で役に立つ力として設定した自己効力感との関連を明らかにするために、重回帰分析を行う。分析に使用した変数と結果は以下である。


表2.現在の自己効力感の規定要因(重回帰分析)

標準化偏回帰係数の大きさからそれぞれの独立変数が従属変数(ここでは「現在の自己効力感」)に与える影響を推定し、結果を以下4点にまとめる。

1つ目は、もっとも関連が強いのが「大学での学びの印象」であったという点である。大学時代に教員や上級生から十分なサポートを受け、深い学びの経験があったという印象が、現在の自己効力感に影響を及ぼしている。本調査で設定した概念においては、卒業後30年を経てもなお「大学での学びは、社会で役に立っている」ことを証明したことになる。
「大学での学びの印象」をもつに至るプロセスについては、本調査の前後に実施したデプスインタビュー(※1※2)の結果とあわせて考えたい。大学時代の成長実感ならびに現在の自己効力感が高い者の学びには、「自己の興味、問題意識にしたがって、何らかの目標を設定し、ゴールに向けて進むプロセスを組み立て実行する」という主体性があった。この主体的学びのプロセスを、もがき悩み、時には助けを求めながら進む中で、学問の面白さや奥深さに気づき、思考力、他者の巻き込み、粘り強い姿勢、コミュニケーション力などを身につけ、自らの適性を自覚するに至っていた。そしてその多くが、現在の状況あるいは今後の展望について「あのときがんばれたのだから、今もこれからもがんばれる」と述べた。ふりかえったときに、このように思い起こせる学びの経験こそが、大学での学びを印象付け現在の自己効力感を支えていた。

2つ目は、「大学での学びの印象」は、高校までの学力を示す指標である「卒業大学の偏差値」よりも、現在の自己効力感に強い関連があるという点である。大学の偏差値にかかわらず、良質な大学経験は現在の自己効力感に影響している。

3つ目は、「大学での学びの印象」は、社会に出てからの経験量を示す「就労年数」よりも、現在の自己効力感に強い関連があるという点である。大学教育の不足を企業教育が補完しているとの指摘は長年なされてきた。企業内で育成したい人材像、あるいは職業につながる知識・スキルという側面から見れば、その指摘は正しいのかもしれない。しかし本調査が示した自己効力感という側面においては、必ずしもそうとは言い切れないだろう。

4つ目は、「大学での学びの印象」は、「アルバイト・インターン」、「サークル・部活動・社会活動」といった学外での活動よりも、現在の自己効力感に強い関連があるという点である。企業の採用面接では、学内より学外での活動について語るケースが多いといわれているが、その点について改善の余地を本データは示している。採用する側が、自己効力感をもって働き続ける人材の見極めとして、「大学での深い学びの経験」をたずねることが増えれば、学生側にも学びの動機付けの強まりや、大学での学びをふりかえる機会の増加が期待でき、双方にとって好影響である。また、デプスインタビュー(※1※2)では、個人の中でうまく正課内活動を正課外活動と連動させ、(例えば、建築学科で学んだ知識を模型作りのアルバイトで活かす、マーケティングを学んだきっかけで接客業のアルバイトをする、など)学びを次の行動につなげ、知的欲求を補足する例も見られた。正課内と正課外活動との連携は、大学のカリキュラムを考える上でも必要である。

最後に、再び教育再生実行会議による第三次提言「これからの大学教育等の在り方について」に戻れば、大学教育は、『一人一人が国家社会の形成者として社会に貢献し責任を果たしながら自己実現を図り、より良い人生を生きられる』ために必要である自己効力感に、貢献してきたことが本調査によって明らかになった。

もちろん、職業で役立つ知識・スキルは重要である。しかし、大学教育においては、その利活用や判断のための教育も必要である。それが今回の調査で明らかになった、社会人になってからふりかえった際の大学教育の印象であり、現在の自己効力感につながるものである。表1で紹介したような生き方、考え方の礎となる経験はもとより、たとえ授業が望む将来に関係ないと感じても投げ出さずに取り組み、何らかの興味・関心への接点を見出だすことができれば、その経験から学び得るものは大きい。この点で、大学教育は今まで、卒業生の未来に貢献してきたといえる。今後一人でも多くの卒業生が、大学での学びに強い印象をもち、社会での役立ちを感じられる大学教育を期待したい。

※1 本調査の実施前に、大学教育の実態を把握し、調査設計をより精緻化する目的で「大学での学びと成長に関するヒアリング調査」としてデプスインタビューを行った。4年制大学卒業以上の学歴を持つ有職者の中から、文系・理系、性別がそれぞれ1:1になるようにサンプリングした20名を対象とした。2014年12月、2015年1月実施。

※2 本調査の実施後に、調査への回答者を対象に、分析をより深化する目的で「大学での学びと成長に関するヒアリング調査」としてデプスインタビューを行った。調査の回答結果を参考に、文系・理系、性別がそれぞれ1:1になるようにサンプリングした12名を対象とした。2015年8月実施。

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著者プロフィール

松本 留奈
まつもと るな

民間シンクタンク、(株)ベネッセコーポレーションの営業部門を経た後、ベネッセ教育総合研究所に入所し、幼児分野における各種調査の設計・分析を担当。近年は高等教育領域を中心とした調査研究に従事している。学生の主体的な学修ならびに生涯学習支援の在り方に関心を持っている。

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