高等教育研究室

ベネッセのオピニオン

第107回 「一生学び続ける」を科学する⑥
大学教育の目標をどう設定し、育成・評価するか
~「目標-指導-評価の一体的運用」の実現に必要なこと〔後編〕

2016年08月02日 掲載
研究員 岡田 佐織

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 前編(第106回)では、大学の教育目標であるディプロマ・ポリシーを実効性のあるものにするためには、ディプロマ・ポリシーの策定と運用に関わる関係者がていねいに議論を重ねながら、抽象度の高いディプロマ・ポリシーをより具体性のあるものへとブレークダウンする必要があることを述べた。

 しかし実際に複数の人間でこのブレークダウンの作業に取り組んでみると、意外と困難であることに気づかされる。なぜなら、たとえば「主体性」という言葉一つとっても、その言葉をどのような意味で捉えているかや、主体性が育まれたり発揮されたりするときに、何が要因で、それがどう作用した結果そうなるのかについては、人によってそれぞれ抱いているイメージが異なるからである。

 したがって、複数の関係者でディプロマ・ポリシーをブレークダウンする際には、まずその前提として、議論の際に使用する共通言語を作っていく必要がある。ここで言う「共通言語づくり」とは、言葉の定義を揃えることと、能力を育成・発揮するプロセスの背後に想定している因果構造を共有しておくこと、の両方を含んでいる。

 そこで後編では、共通言語づくりをどのように行っていけばよいかについて検討したい。

共通言語づくりに必要な3つの観点

 共通言語を作っていくためには、以下の3つの観点で「言葉の定義」と「構成要素の因果構造」を整理・共有する必要がある。


(1)「能力」の要素と、能力が発揮された「状態」とを切り分けて考える

 「Aさんは、意欲を持って学習に取り組めていない」と学習意欲の不足を問題にする場合を考えてみよう。
 ここで議論の俎上に載せられている「意欲」とは、「達成動機」「粘り強さ」などとも言いかえられるような、その人の能力としての意欲の低さだろうか。それとも、「専攻した経済学に興味が持てず、学ぶ意欲がわかない」というような、状況に依存する状態としての意欲だろうか。もし前者であれば、課題解決のためにたとえば、自己肯定感を高められるような「乗り越え経験」をカリキュラムの中に数多く埋め込み、能力としての「粘り強さ」を高めることが必要かもしれないし、後者であれば、経済学の知見を用いて社会課題を解決するようなプロジェクトへの参加を促すなどして、経済学そのものへの興味関心を引くアプローチが検討ができるかもしれない。

 これはあくまで一例だが、問題にしているのが「能力」についてなのか、状況に依存する「状態」についてなのかの切り分けを行い、言葉の捉え方を揃えてスムーズに意思疎通できるようにしたい。そうしないと、「意欲を持って学習に取り組めないのは、学生に意欲がないからだ」という発展性のない議論に終始することにもなりかねない。

 近年、新しい能力観として非認知的スキルへの注目が高まり、「主体性」や「協調性」などが教育目標として重視されるようになっている。マインドセットや態度などの要素が大きな比重を占めるこれらの非認知的スキルの発揮に関わる言葉は、その文脈によって意味するものが「能力」なのか「その時々の状態」なのかが変わる両義的な使われ方をすることが多いように思われる。

 実際には厳密にどちらかに切り分けるのは難しい面もあるが、1つの目安として、加齢や事故などの特殊な事情がない限り伸長していくものは「能力」、状況に依存して上下変動するものは「状態」と考えて、言葉の共通理解を作っていくとよいのではないかと筆者は考えている。たとえば、「くじけそうになってもモチベーションを保ち続けるためのスキル」は「能力」であり、「何のために大学で学ぶのか、という現在のモチベーション(動機づけ)のありよう」は「状態」となる。

 また、「学習とは、知識をただ暗記することではなく、自分のなかに理解を構築していくことだ」といった学習観(学習の捉え方)は、変化・変容の望ましい方向性が想定されるため、獲得されるべき「能力」として捉えることができるが、一方で、環境や学ばせ方によっては、悪い「状態」へと変化しうる。そのような場合は、それを育成対象とするか、能力獲得のプロセスを支える操作可能な要因として扱うかという目的に応じて、位置付けを整理するとよいだろう。


(2)能力は、プロセスの要因であり、結果でもあるものとして位置付ける

能力は教育の成果・結果であるとともに、教育の成否を左右する原因・要因でもある。たとえば、ある程度の思考力が育っていなければ、授業についていくことができず(原因・要因)、思考力を伸ばすことができない(成果・結果)、というような因果関係がある。したがってまずは、能力を「原因・要因」と「成果・結果」に分けて捉える必要がある。
 そのうえで、人が能力を獲得する過程を、以下図1のように整理してみるとよいだろう。

図1
図1 人が能力を獲得する過程

 能力の初期値に合った「学び・活動のプロセス」があることで、学修成果としての能力の獲得が達成される。このような成長・変容のプロセスで起こっていることが「状態」に相当する。このプロセスがどのようなもので、プロセスを駆動するために必要な要素(そこには、能力の初期値も含まれる)は何なのかということを、共通言語化していかなければならない。たとえば、「思考力を伸ばすためには、学びに対する動機づけを持ち、将来の目標を定めて、それまでに培った思考力をベースにして質の高い学習を一定量行い、その結果を適切に振り返ることが必要」というようにして、能力とプロセスとの関係を位置づけていく(教育改善につなげるには、もう一段ブレークダウンが必要だが、紙幅の都合上ここでは割愛させていただく)。

 また、上記の例では、能力がプロセスの前後で1対1の対応関係になっているが、実際には、「思考力を伸ばすためにはグループ活動で他者と対話するスキルも必要」といった具合に、多様な能力要素を動員することで学びや活動の質が高まり、能力の向上へとつながるという関係がある。


(3)目の前に現れている「状態」は、学生本人と周囲の環境
  (カリキュラムや指導など)との相互作用の結果であると捉える

 学生調査の分析に関わっている中で、しばしば、「大学教育への満足度」を大学教育の成果として取り扱ってよいのかという議論が出る。(そしてかなりの確率で「学生を満足させるために教育しているのではない」という発言が出てきて、その話は終わってしまう。)ここでは1つの例として、「満足している」という状態を、何の反映(代理指標)とみるのか、という点について考えてみたい。「満足度」は、「大学がいい教育をしている」「学生のニーズと、提供されているカリキュラムがマッチしている」など、大学側の努力の成果指標として扱われることが多いが、「学生が学びたいことを明確に持っているか」「その大学に入学したことを肯定的に捉えているか」「1つの経験から多くを学びとることのできる内省力があるか」といった学生側の要因によっても大きく影響を受ける。

 「満足度」以外にも、「授業外学習時間」や「将来どんな仕事に就きたいと思っているか」といった学生の「状態」は、影響の度合いにそれぞれ違いはあれども、大学側の要因と学生側の要因の相互作用の結果として生じたものだ。そのような相互作用の関係をまずは押さえた上で、さらにもし「大学教育への満足度」に対して、「満足しているかどうかの度合い」以上の意味を持たせるのであれば、「この場では便宜的に、『満足度』を学生のニーズとカリキュラムのマッチ度を見るものとして使いましょう」といった合意形成をしておくとよい。そうすれば、先のような「学生を満足させるために教育をしているのではない」というような議論の先へと、検討を一歩前に進めることができる。

共通言語を使って、因果構造を表す概念マップを作ってみる

 上記の3つの観点に留意しながら言葉の定義を揃えていくと、(結果として)様々な要素を「能力」「状態」「環境」の3つのレイヤーに分け、それらの要素間にある因果構造を確認していくことになる。そのようにして、一緒に議論するメンバー各自が暗黙のうちに想定している因果構造をお互いに共有できるようになってきたら、その因果構造を概念マップにしてみるとよい。何と何がどのように影響しているのかが可視化・共有されれば、どこに問題があるのか、その問題にどうアプローチしたらよいのかを議論する際の手助けになる。

 ディプロマ・ポリシーの多くは、上記で言うところの「状態」として記述される場合もあれば、「能力」の到達目標として記述されることもある。いずれの場合であっても、前編 で述べたようなディプロマ・ポリシーのブレークダウンを行う際には、能力の要素が何で、プロセスとそれを支える要素はどのようなものかを分解していくことになり、概念マップを作ることと同様の作業となる。

 以下の図は、筆者が「学びと成長のプロセス」を把握する目的で作成した概念マップである。円の中心(同心円状の部分)に能力の要素を配置し、その周囲に自己調整的な学習のプロセスを支える状態要素を配置し、様々な能力を総動員して学習プロセスを回すことで、能力が伸びていく、という様子をモデルとして表現した。さらにその外側には環境要因となる要素を配置し、「状態」を表す外円は「環境」と「能力」との相互作用の結果であることを表現している。


図2 「学びと成長のプロセス」概念マップ

図2 「学びと成長のプロセス」概念マップ

 ※上記画像をクリックすると拡大します。


 因果の構造を捉えモデル化するには、IR部門とも連携協力できると、その後の仮説づくりやコミュニケーションの円滑化の手助けにもなるだろう。ただ、その際には、現時点で利用可能な情報(評価データ、調査結果等)やエビデンスの有無、測定可能性には捉われず、仮説や日々の実感のレベルでよいので自由な発想で要素を洗い出し、想定される因果関係を図に落とし込んでいくことが肝要である。なぜなら、ここで必要なのは、学術的に正しいモデルを作ることではなく、一緒に議論するメンバーの脳内に暗黙知的に形成されている概念マップを共有し、対話ができるようにすることだからである。

 このような概念マップを作っていくプロセスを経ることで、立場の異なる関係者が同じ目線で、カリキュラムや授業科目、日々の授業、施策について検討できるようになるだろう。先に述べたようなディプロマ・ポリシーをブレークダウンする作業も、こういった図を作成しながら行うことができれば、議論の錯綜・混乱を最小限に抑えながら行うことができるのではないかと考えている。

まとめ 大学の個性や理念を生かした<目標-指導-評価>の一体的運用のために

 上記で示した概念マップは、説明のために要素をかなりそぎ落としたものになっており、細かい要素まで挙げると膨大なリストになるため、実際に施策やカリキュラム等を検討する際には、どこかに的を絞って議論することになる。そのとき、どのような能力や状態に着目し、重点的に育成するのか、また育成の先にどのような人物像を描くのかという点に、大学の個性や思いが表れるように感じている。そして、その能力を有している人・いない人で何が異なっているのか(前編最終節を参照 )というクリティカル・ポイントにも、その大学・学部ごとの特徴が出ることになり、そのポイントを乗り越えるために必要な学習環境や教育プログラムも、大学や学部学科によって異なるものになるはずだ。

 このような大学の固有性・個別性を大事にしてディプロマ・ポリシーを設定し、カリキュラムと学習環境をデザインし、大学経営戦略の起点としていくことで、「外圧によって強いられた改革」ではない、試行錯誤を楽しみながら取り組む教育改革が実現できないだろうかと、考えているところである。

 学修成果を可視化するという第3サイクルの認証評価の方向性は、大学改革の実効性を向上させる契機となる可能性がある一方で、「○○力」を無理やり数値化して事足れりとするような表層的な対応を生む危険性をはらんでいる。学修成果の可視化とは本来、大学の教職員、学生が学修の到達目標と実際の到達水準を把握し、教育や学習の質を高め、学修の成果と価値を学外の人々とも共有できるようにするためのものであるはずだ。共通言語づくりを起点として、より深いレベルで学びと成長のプロセスを把握することで、学生の成長のきっかけを大学の各所に重層的に埋め込み、その結果としての成長・変容の様子を皆で共有することができる、そのような協働的な「学修成果の可視化」がいま必要なのではないだろうか。

 このような課題認識のもと、現在、下記のテーマで大学との共同研究に取り組んでいる。


(1)「『一生学び続ける』を科学する」研究を通じて、より汎用的で使い勝手のよい「学びと成長のプロセス」の概念マップ(理論モデル)を作る

(2)共通言語づくりをスムーズに行えるようにするためのメソッド(方法)およびメソドロジー(方法論)を研究開発する

(3)学生自身とも「言葉」や「目標」を共有し、学生自ら意識的に学ぶことができるような教材・ツールを開発する


 協働的で実効性のある「学修成果の可視化」の実現に寄与できるような知見の創出を目指し、研究活動に取り組んでいきたいと考えている。

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著者プロフィール

岡田 佐織
おかだ さおり

ベネッセ教育総合研究所 研究員

大学職員として学生調査の企画・運営業務に従事した後、ベネッセ教育総合研究所に入所。大学事業部、教育事業本部を経て2015年4月より現職。この間、教育研究情報誌『BERD』編集、学生調査・アセスメントテストの設計・分析、大学FD・IRに関するコンサルティング活動等に従事。現在は大学と共同で「学生の学習と成長のプロセス」を可視化する研究に取り組んでいる。東京女学館大学非常勤講師(2014)、日本教育大学院大学教員免許更新講習講師(2009-2014)、相模女子大学非常勤講師(2016-)。高等教育領域に関連する執筆物:「新入生の実態に合わせたカリキュラム開発」『工学教育』(2013、公益財団法人日本工学教育協会)。東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。修士(教育学)

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