高等教育研究室

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【調査研究】
増加する看護系学生-その悩みとは何か-

2014年02月12日 掲載
 ベネッセ教育総合研究所 高等教育研究室 主任研究員 樋口 健

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増え続ける看護系学生

 1992年の「看護師等の人材確保の促進に関する法律」の施行等を契機に、看護系大学の増加は今日まで一貫して続いている。1991年に11大学だった看護系の4年制の学部・学科は2013年度には218大学まで増加した。当然、学生数の増加も著しい。2000年代に入ってからも年1割以上のペースで増え続け2013年には約6.6万人達し、対2000年(1.7万人強)比でおよそ3.8倍という状況だ(図表1)。
 この変化は、急速に進む高齢化、また日々進歩する医療技術を支える人材育成という社会的要請を背景としたものだ。だが、こうした看護系大学・学生の「急増」の一方で、厳しい教育・訓練についていけず「ドロップアウトする学生」等の問題が指摘されるようになった。その理由や背景はどのようなものなのか。


図表1 看護系の学部・学科に在籍する学生数の推移


 (出典)学校基本調査より作成


「勉強が想像以上に大変!」揺らぐ看護系学生の進路意識

 図表2は「保健衛生系統」学部・学科に在籍する学生が抱く、他学部・学科への変更、他大学への転学、また大学そのものを辞めたい退学意向についての自由記述を整理したものだ(データは2012年実施の「第2回 大学生の学習・生活実態調査」の結果を用いた。「保健衛生系統」として看護、看護医療、保健、保健医療を一括しており、純粋に看護学系学生だけではないが、状況を推し量ることは可能である)。

 まず国公私立を問わず共通してみられるのが、「勉強が想像以上にきつく、つらい」という学習上の理由である。ますます高度化する看護・医療に関する専門的知識の修得に加え、学修の4分の1からが臨床実習により構成され、合間に多数のレポートが求められる。こうした厳しい教育訓練が4年間つづく。また看護大学の先生方に実際にうかがうところによれば、現場で多様な患者と直に接する経験は、看護職の素晴らしさを味わえる一方で、精神的な負担になることがあるようだ。看護職に対する意識の曖昧な学生や、厳しい教育・訓練に対する「覚悟」ができていない学生は、想像以上の過酷な日々にともすると悲鳴を上げてしまうと推察される。
 そうした中で、自分の「進路に対する揺らぎ」が生じるのか、「他の職業につきたい」、「やりたいことが変わってきた」と将来に対する気持ちの変化を示す声も多数あげられている。


図表2 保健衛生系統(看護、看護医療、保健、保健医療)の学生が
学部・学科変更、転学、退学を考える主な理由(代表的な記述を抜粋)


(出典)ベネッセ教育総合研究所「第2回 大学生の学習・生活実態調査」2012年より作成


一方で大学側の教育体制の安定、教育の質的向上も課題

 その一方で、設置されて間もない学部・学科が多い故だろうか「大学が新しくカリキュラム等が整っていない」、「教員の教え方が良くない」との大学教育の質を問う声がある。実際「毎週のように、時間割が変わる」という指摘もある。新設の学部・学科が増えゆく中で、安定定した教育運営に問題を抱える大学もあると推察される。
 また「国家試験対策ばかりで研究ができない」、「もっと幅広い勉強がしたい」等、視野を広げる視点からの学び求める声があった。人としての成長と主体的な学びを求める大学生としての素直な思いが反映されていると言えるだろう。こうしたニーズにどのように答えていくのか、看護師育成の目標と教育の質を問う上でも重要な視点といえるだろう。


今後の発展を願って

 大卒者の就職の厳格化が基調となる中で、就職の良い看護系学部の人気は上昇している。またこのトレンドは今後しばらく続くと予想される。それだけに学生側は、看護師という職業と仕事そして看護教育の実状を、事前にしっかりと理解した上で、明確な目的意識・覚悟を持って進学すべきだ。
 一方大学側は、高校側との連携を通じて、今以上に看護職・看護教育の実態を、その素晴らしさ、厳しさを併せ高校生に対して正確に伝えていくことが必要だ。教育システムの安定や質の向上については、カリキュラムを十全に実施し得る体制および指導力の形成と、そのPDCAを回し続けることが必要だ。そのためのFDや内部・外部の評価システムの導入等がより重要となるだろう。

 看護師は、我が国の高齢社会を根底から支える人財である。そのあり方が国民の生活の豊かさ(QOL)にもつながっていく。それだけに、看護を学ぶ大学生には「高い専門技術や教養・汎用的能力」に加え「深い慈愛の精神」など、豊かな素養を備えた看護師に育ってほしい。また、そのような人を育む教育の場を目指して、看護系大学の一層の発展・成熟を願ってやまない。

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