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第28回 PIAACの結果から考える、これからの日本の教育

2013年11月01日 掲載
ベネッセ教育総合研究所
理事長 新井 健一

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「成人力」世界一の国、日本

先日、OECDから国際成人力調査(PIAAC)の結果が公表されました。調査の対象は世界24カ国・地域の16歳から65歳で、調査内容は、読解力、数的思考力、ITを活用した問題解決力の3分野のスキルと背景調査です。調査方法は、抽出された対象者を調査員が訪問して、対面で行われました。調査目的は、対象分野のスキルの評価だけでなく、学校教育や経済的・社会的成果との関係を検証し、政策に活かすこととしています。問題内容は、市民マラソンのホームページを見せて開催者の電話番号のリンクをクリックさせたり、図書検索結果を見せて著者名を答えさせたり、箱のイラストを見せて展開図を選ばせたりというもので、日常的な事象を題材にして答えさせるように設計されています。

成人のスキルという新しい観点でしたので注目されていましたが、結果は読解力、数的思考力で日本が1位、ITを活用した問題解決力については、コンピュータによる調査ができないために紙で調査した受験者を含む、全回答者を対象にした順位では日本は10位、コンピュータ調査受験者だけの平均点では1位でした。

図. スキルと年齢の関係
図
OECD国際成人力調査「調査結果の概要」より

年代別にみると、OECD平均と日本はほぼ同様なカーブを描いていて、16歳から年齢が上がるごとに上昇し、30歳ころをピークに下がっていきますが、読解力と数的思考力については、どの年代でも日本はOECD平均を上回っています。とくにピークの30歳前後は、OECD平均を大きく上回る結果となりました。ITを活用した問題解決力は、60歳代がOECD平均を若干下回ったことと、16歳から24歳はOECD平均を上回ったものの、あまり差がないという状況でしたが、やはり30歳は高いという結果でした。日本の30歳は世界で最も成人力が高いということになります。OECDでは15歳を対象にして国際学習到達度評価(PISA)を実施しており、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野について国際比較をしていますが、かつて日本が順位を落としPISAショックといわれた世代も、今回のPIAACを見る限り、世界のトップクラスに位置しています。

日本以外で上位の国は、読解力ではフィンランド、オランダ、オーストラリア、スウェーデンなど、数的思考力ではフィンランド、ベルギー、オランダ、スウェーデンなど、ITを活用した問題解決能力については、スウェーデン、フィンランド、オランダ、ノルウェーなどという結果でした。3つの分野のどの調査でも、上位に位置する国々の中で、1億人規模の人口を持つ国は日本だけですので、日本のレベルの高さは出色です。

スキルレベルの高さと経済的・社会的成果や学校教育との関係を見てみると、賃金や他人への信頼感、ボランティア活動、政治的効用感、健康などに正の関係が見られますので、PIAACで調査されたスキルは、社会生活をしていく上でとても重要なスキルであると言えますし、PIAACとPISAは内容や方法が異なるため、直接の比較はできませんが、PIAACで上位の国は概ねPISAの結果も高い傾向にありますので、学校教育とも関係が深いスキルであると考えられます。したがって、PIAACは、経済的・社会的成果や学校教育と関係の深い調査であり、その調査で日本はトップであったということになります。

結果を生んだ学校と社会の高い教育力

今回のこのような結果は、今後の日本の教育を考える上で、多くの示唆がありました。

まず、各国様々な社会的、歴史的背景があるにせよ、調査の範囲では日本が世界のトップであるということには自信をもってよいと思います。前述のとおり、人口1億人規模で高いスキルレベルに位置している国は世界で日本だけですので、人材が資源の日本としては、とても好ましい結果であったと思います。

この理由は、対象が成人であるため様々な要因が重なっていることと思いますが、第一にしっかりとした学校教育の成果が挙げられます。PISAでも国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)でも日本は常に上位に位置していますし、この学校教育段階での国際比較でも、上位の国々の中で、1億人規模の人口を持つ国は日本だけです。このことは日本が、全国津々浦々まで質の高い学校教育を提供している国であることを意味しています。国内にいるとあたり前のようで気づきませんが、これはとても重要なことだと思います。第二に、社会の教育力の影響も大きいと思います。社員教育などのフォーマルな教育だけでなく、日本は新聞、テレビ、出版、インターネットなどのメディア大国で、私たちは常に情報にさらされ、習得、思考、判断、表現を繰り返しています。このことの積み重ねが今回の結果につながっていると思います。30歳頃は社員教育の機会も多い一方で、後輩の教育を担当し、プライベートでも様々な情報に接する機会が多い年代ですし、学校教育の余韻も保持しています。したがって、PIAACのような問題は日常的なものとして解答できたのではないかと思います。長年にわたるしっかりとした学校教育の基盤の上に、フォーマル、インフォーマルな社会教育の環境があることが、今回の結果につながったと考えます。さらに、社会的背景も理由に挙げられると思います。多くの先進国では移民による多様性が進んでいて、教育のとらえ方も様々になっていますが、日本は、現在のところ、それによる影響が小さいため、学校教育、社会教育の効果を反映しやすい環境にあると思います。

課題とこれからの教育

一方で、ITを活用した問題解決力については課題が見られます。日本は解答に際して紙を選択した受験者の比率が高く、若年層と60歳代の結果がOECD平均レベルとなっています。また、実際に仕事でICTスキルや問題解決力を使っている頻度は、日本はOECD平均以下でした。このようなスキルはこれからの社会で益々重要なスキルで、知識だけあっても実践されていなければ意味のないものですので、これらを活用して実践値を高めることと、学校教育の中に積極的に取り入れていくことの取り組みが必要です。

また、今回の結果は、あくまで調査された分野の範囲ですので、当然のことながら調査以外の分野については分かりません。たとえば科学的思考力、イノベーションや創造力のようなスキル、チームワークスキル、英語力等々、今回のスキルと相関するものもあるかもしれませんが、それは判断できません。今回PIAACで調査された3分野は、必要かつ重要なスキルですが、それだけで十分というわけではありません。

したがって、今回の結果には健全な自信を持ちながらも、一つの評価として冷静にとらえ、社会的成果につながる学習社会を形成していく必要があります。今後、雇用形態が変化して労働力の流動性が高まれば、これまでのような企業による社会教育機能が、十分に果たせなくなるかもしれません。一方で、社会は益々多様に変化していきますので、常にスキルの更新が必要になります。このような環境下で、成人はどこでどのように学ぶ機会を得ていけばよいのでしょうか。これまで企業内だけで流通していたスキルの証明が、労働市場でも流通するようになれば、学び直しの機会は大学などにも拡大できるでしょうが、OECDの調査によれば、日本の大学の25歳以上の入学者比率は調査国中最下位です。これは、日本の大学が、生涯学習の拠点として十分に機能していないことを表しています。生涯にわたって主体的に学び、社会的成果につなげていくことができる環境をどのように構築していくかが、今後の重要な課題であると思います。今回のPIAACの結果は朗報ですが、何かを保証されたわけではありません。今後も、日本は教育大国のトップランナーとして、21世紀型の生涯学習社会を、抜かりなく追求していく必要があると思います。

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著者プロフィール

新井 健一
ベネッセ教育総合研究所 理事長

平成16年執行役員、教育研究開発本部長及び教育研究開発センター(現 ベネッセ教育総合研究所)長を兼務。平成19年1月NPO教育テスト研究センター設立。同理事長に就任し、OECD等海外の機関とネットワークを構築。現在、中央教育審議会初等中等教育分科会「学校段階間の連携・接続等に関する作業部会」委員。総務省事業「青少年のインターネット・リテラシー指標に関する有識者検討会」座長代理などを歴任。

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