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第68回「子どもの未来を考える」① ~日本の教師は変われるか?~

2015年05月12日 掲載
 情報企画室長 小泉和義

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 変化の激しい社会環境の中で、「子どもの未来」をいかに明るいものにするか。
 私たちはこの問いを様々な角度から切り取り、解決策を考えるための視座を提供したい。今回は、日本が今まで大切にしてきた学校教育の価値に着目した上で、学校の教師が今後どう変わっていくべきかを考える。

日本の学校教育のよさ

 日本は1億人を超える人口規模の国であるにも関わらず、識字率はほぼ100%であり、全国どこへ行っても同じ水準の義務教育を享受することができる。学力も国際学力調査(PISA:OECD生徒の学習到達度調査)では常に上位の成績を収めるなど、我が国の教育力は世界有数の高さであると言ってよいだろう。また、学校は教科学力の指導だけではなく、挨拶・掃除・給食の指導、係活動、部活動の指導など、子どもの生活の多くの部分を担っている。

 そうした取り組みを支えているのは、学校の教師であり、日本の教育水準の高さは日本の教師の水準の高さと言っても過言ではない。TALIS調査(注1)によれば、日本は伝統的に授業研究が盛んで、授業実践を見せ合い、授業後にディスカッションを行うことを通して指導力を高めている。また、日本は他の国と比べて「他校の見学」の選択率も高く、多くの他の実践から学ぼうとする教師の姿勢が伺える。(図)

 実際、私が出会う多くの教師たちも、教師同士で授業を見せ合い、指導の在り方について議論しながら、常に自分の指導の質を高める努力をしている人が多い。そうした教師たちに共通することは、子どもの未来を見通しながらも、目の前に横たわる問題を解決するために、子どもと向き合う姿勢だ。

 例えば、中学校や高校の場合、希望する高校や大学に合格することは子どもや保護者にとっての一つの目標だ。教師の役割は、その目標達成に必要な学力を付けるための学習指導をすることだが、実際の指導はそれだけに留まらない。同じような目標や志をもつ生徒同士が一緒に学べる環境をつくるなどして、目標達成の意欲を高める。生徒が、小さくてもハードル越えることができた瞬間を見逃さずに褒める。受験にはお金がかかること、そしてそのお金を負担するのは親であることを、三者面談などを通して伝え、周囲の協力があってこそ受験に挑戦できるのだということを実感させる。こうした学習以外の様々な場面で、丁寧に指導を行っている。

 ある先生からこんなことを伺った。

「合格発表日に、残念ながら不合格になった生徒が、私のところへ来て『先生、今まで指導してくださり、有難うございました』と言いました。そのとき、私はこの子が成長したことを実感しました」

教師は子どもを「合格」というゴールに到達させるのではなく、「入試」という機会を通して、子どもの成長に向き合っているのだということを、私は学んだ。

図:教師の成長を支える授業研究(TALIS2013年)

出典:http://www.nier.go.jp/kenkyukikaku/talis 調査データをもとに作成

社会の変化に対応した新しい教育

 現在、国が進めている教育改革は、大学入試改革に留まらず、高等教育、高校教育、義務教育、幼児教育を含めた大規模なものだ。これほど大きな改革を推進する背景には、今の教育に課題があるからに他ならない。

 世界では、技術の進歩と比例するようにグローバル化が急速に進んでいる。5年後どころか3年後の未来も予測が難しい社会の中では、与えられた課題の正解を短時間で導き出す能力以上に、課題自体を見つける力と、その解決策を考え、実行する力が求められる。 そして、幅広い情報や多様な価値観と接触することが、課題の発見を促進し、解決策の質を高めることにつながる。今の日本でも、そうした力を育てる教育が必要になっている。

 また、日本では急速に少子高齢化が進んでいる。2015年の年間出生数は100万人を割ると予想されているが、これは、現在の親世代が生まれた1970年代前半の約半数にあたる。多くの地域では学校の小規模化が進み、1校単独での運動会や部活動の運営が難しくなっているところもある。学校統廃合も多くの地域が抱える課題だ。そうした状況の中でも、幅広い情報や多様な価値観と出合う機会を失わないようにしなければならない。

 現在、国主導で進められている教育改革も、上記の問題意識に基づいて進められており、2020年に施行予定の新しい学習指導要領では、協調的に課題解決が出来る力を育成するために、「アクティブラーニング」の導入が提唱されている。すなわち、知識を持つ人から知識を教わるだけではなく、子ども自身が主体的になって、大人も答えを知らない課題を見つけ、解決するための学びの機会を、日本のあらゆる地域に提供できるようにしようとしている。

日本の教育のよさを生かした変革

 前述した通り、日本の教育は、学校教育が支えてきたといっても過言ではない。その価値を大切にしながら、これからの世の中を生き抜く子どもを育てていくためには、子どものみならず、教師自身が多様な価値観と出合う機会をつくることが不可欠だ。ここでは二つの提案をしたい。

 

①   幼保・小・中・高・大の垣根を超える

 学校文化の課題として、同じ学校種(例えば、小学校同士、中学校同士)でのコミュニケーションは活発に行われるのに、学校種を超えた関わりが極めて少ないことが挙げられる。中高一貫教育校や、小中一貫で指導を行っている学校でさえ、この課題は残ったままだ。学校種が異なると、子どもの発達課題も学習内容も異なるため、共通のテーマで議論がしにくいことがその背景にある。しかし、子どもの成長は0歳から大人になるまでずっとつながっている。教育を短いスパンではなく、長いスパンで捉えた議論と実践を行うことが、子どもの成長にとって重要であると考える。ベネッセ教育総合研究所では、小・中・高校の教師たちが学校種を超えてさまざまな教育テーマについて語り合い、ワークショップなどを通してオピニオンをつくっていく「Teachers’ café」を実施している。参加した教師にとって、こうした場は、大きな収穫のある場になっているようだ。学校同士の連携は、一朝一夕には進まないと思うが、例えば小学校の教師が高校の進路指導から学んだり、中学校の教師が幼児教育での指導から学ぶことも大いにあるはずだ。

 

②   学校と家庭、地域のつながりを重視する

 子どもの数が減り、リソースも少ない中で、多様な価値観との出合いを保証していくためには、地域のリソースを最大限に活用したい。また、大人にも正解が分からない課題を発見し、その解決策を探るには、教師だけでは限界がある。

 たとえば、「地元の祭りに他の地域から人を呼び込むためにどうすればよいか」という問いを立てた場合、地元の祭りに関わる地域住民や保護者、役所の人、出資してくれる地元企業の方など、その問いに関心を持つ人は沢山存在する。「学校での授業」の場を通して、地域に住む多くの大人を巻き込んで地域の課題を解決していくことが出来る。ICT技術を活用すれば、関わる人の輪はさらに広がる。地域の課題解決策を地域の大人と共に考え、決め、それを実践する経験を積むことは、結果として郷土への愛着の涵養にもつながるのではないか。

 ベネッセ教育総合研究所で取材した宮城県石巻市での取り組みでは、地域全体がさながら一つの学校となり、街全体をバージョンアップさせるために大人も子どもも知恵を出し合う姿がみられた。こうした取り組みは、教師の新しい役割を考える契機にもなるだろう。

教師自身が「挑戦」すること

 与えられた課題の正解を導く学びから、課題自体を見つけ、解決策を考え、実行する学びへの転換は、子どもだけではなく大人自身の課題でもある。教師自身がそうした学びを実践することで、子どもの学びをより豊かなものにしていくことができるはずだ。そのために、教師は今まで以上に多様な価値観と「つながる」ことが必要だ。上記の実践は恐らく効率が悪く、すぐに子どもの学力に成果が出るとは限らない。しかし、多くの関係者を巻き込むくことが出来れば、取り組みのプロセスが可視化され、それ自体が評価されるだろう。

  学校教育は今、不易の価値を生かしつつ、新しい試みに挑戦することが必要だ。「子どもの未来」を考え、子どもに寄り添いながら「今」を丁寧に指導する姿勢を大切にしつつ、教師自身が新しい価値観と出合う経験を意識的にもつことが、子どもの未来を明るくするチャンスになると考える。

 日本の教師が、子どもの未来を明るくする原動力になることを期待したい。

 

注1 OECD国際教員指導環境調査(TALIS:Teaching and Learning International Survey)

学校の学習環境と教師の勤務環境に焦点を当てた国際調査。日本は2013年に実施された第2回調査に参加。日本を含む34か国・地域が参加。

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著者プロフィール

小泉 和義
情報企画室長

福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、高校の進研模試営業を担当した後、研究部門に異動。教育分野に関する調査研究、サイバー子ども学研究所のチャイルドリサーチネット(CRN)の運営に関わる。その後、学校向け情報誌進研ニュース(VIEW21の前身)中学版の編集担当、VIEW21(小学版、中学版、高校版)副編集長、VIEW21(小学版、中学版、高校版)編集長、情報編集室長を歴任し、現在に至る。任意団体 次世代の教育を考える会 幹事。

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