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第69回「子どもの未来を考える」② ~地域が果たすべき子育て・教育施策の役割~

2015年05月26日 掲載
主任研究員 黒木研史

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先回のベネッセオピニオン「『子どもの未来を考える』①~日本の教師は変われるか?~」では、これまでの学校教育の価値に着目し、教師が今後どう変化すべきかを論じた。今回は、基礎自治体が果たすべき子育て・教育の役割を、調査で分かったデータを踏まえて考えてみたい。

地方創生における子育て・教育施策の役割

 地方の人口減少、経済縮小を背景に、いま「地方創生」は日本にとって最大の課題とされ、さまざまな行政分野において議論が活発に行われている。子育て・教育の分野も例外ではない。一例を挙げると、首相の諮問機関である教育再生実行会議が今年3月4日に出した提言(第六次提言)のタイトルは「『学び続ける』社会、全員参加型社会、地方創生を実現する教育の在り方について」。この中で、同会議は「教育の力は大きく、地域を動かすエンジンの役割を担う」と述べ、地域を担う人材の育成、学生の地方への定着、教育機関を核とした地域活性化、地域・家庭の教育力やスポーツ・文化を活かした地域活性化、などを柱に、いくつかの具体的な施策を提案している。

 では、これらの活動主体となる各基礎自治体の子育て・教育施策の実施状況、その背景にある考え方、課題はどのような状況だろうか。ベネッセ教育総合研究所が今年1月に、全国1,741の基礎自治体を対象に実施した「明日の子育て・教育を考える」調査(※注1)の結果から見てみよう。

基礎自治体の子育て・教育施策の実態

子育て・教育施策への思いは強い

 図1は、各自治体の子育て・教育施策についての考えをたずねたものである。「自治体の発展のためには、子育て・教育施策を最優先するつもりだ」と回答した自治体は、「とてもそう思う」「ややそう思う」を合わせると75.9%であった。これを回答者を首長に絞って見てみると、94.4%に達する。調査主体や調査名に起因する回答時の偏りを考慮する必要があるが、子育て・教育分野への取り組みが、自治体の発展につながるとの思いをもって、施策を実行する自治体が多いとみてよいだろう。本調査では、「自治体発展」の定義を明確にしていないが、人口規模の小さな自治体ほどこのような回答が多く見られる傾向があることから、少子化対策や定住人口増といった人口減少のための手当てと考える自治体が多いと推察する。

図1:子育て・教育施策に関する考え


※サンプル数は826/「そう思う」+「ややそう思う」の回答数が多い項目を抽出


人口規模により子育て・教育施策の実施に差がある

 図2は、各自治体の子育て・教育施策の実施状況についてたずねたものである。施策の実施割合を見ると、もっとも高いのは「子どもの医療費の助成」で91.9%であった。以下、

  • 小学校での外国語教育のための特別な取り組み(外国人講師の雇用、独自カリキュラムの作成、教員研修など)72.0%
  • スポーツ活動充実のための特別な取り組み(総合型地域スポーツクラブの支援、クラブ活動・部活動への地域人材の活用、学校施設の開放など)70.8%
  • 子育て支援センターの設置70.6%
  • 妊娠・出産に関する特別な助成(出産祝い金、不妊治療への助成など)63.4%
  • 保育サービスの量的拡大(保育所の増設、一時預かり保育の機能強化など)62.3%

と続く。また、これらの実施状況は自治体の人口規模によって以下のような傾向がみられた。

【人口規模が小さいほど実施割合が高い施策】

  • 婚活支援(コーディネータやサポーターの養成、婚活イベントの実施など)

【人口規模が大きいほど実施割合が高い施策】

  • 保育サービスの量的拡大(保育所の増設、一時預かり保育の機能強化など)
  • 母親の再就職のための支援事業(再就職の相談、研修など)
  • 情報教育推進のための特別な取り組み(ICT支援員の雇用、タブレットPCの導入など)
  • 学校選択制の実施
  • 小中連携・学制の見直し(小中一貫校の設置、6-3制の見直し、小学校と中学校教員の人事交流など)
  • 地域の高等教育機関との連携(大学教員・大学生の小中学校派遣、学校教育改善の指導など) 

図2:自治体が行っている施策の実施状況

※サンプル数は826、複数回答


③施策実施上の課題は「予算不足」と「人材不足」

図3は、子育て・教育施策の実施上の課題をたずねたものである。もっとも多かったのは「予算が不足している」で71.9%、次いで、「人材が不足している」が58.2%であった。この2つの項目については、自治体の人口規模に関わらず、共通して挙げられていたのが特徴だ。一方、人口規模によって違いがみられたのは以下の項目であった。

【人口規模が小さいほど課題と答えた割合が多かった項目】

  • 育成した人材が地域外に出てしまう
  • 支援してくれる企業・団体が少ない

【人口規模が大きいほど課題と答えた割合が多かった項目】

  • 学校現場の理解を得にくい
  • 地域住民の理解を得にくい

図3:子育て・教育施策の課題

※サンプル数は826、複数回答

どのように子育て・学習環境を整備していくか

 このように、多くの自治体が子育て・教育施策を自治体発展のための課題と捉え、さまざまな施策に取り組んでいるが、一方で予算や人材の不足に悩んでいる、という姿が見えてきた。今後も各自治体で各種の施策が検討・実施されると予想されるが、これらの取り組みにあたりいくつかの論点を提示したい。

 懸念される教育施策の自治体間格差による影響

 本調査結果では、全体的に出産・子育てへの支援策については力を入れて取り組んでいる様子がうかがえる一方、学校教育関連の施策を見ると、人口規模によって施策の取り組みに差がみられた。自治体によって状況が異なる中で、限りあるリソースを効率よく活用するために施策の優先順位を検討し、実施に移すのは当然の流れだが、教育施策の充実度合いの差が自治体によってあまりに大きい場合は、「子どもが小学校に入学するまではこの自治体で暮らすが、小学校入学以降は施策が充実している他の自治体へ引っ越そう」というような保護者の意識・行動の変化が今後起こる可能性があるのではないか。教育施策充実度の自治体間格差は、移住人口・定住人口の取り合いを助長し、予算や人材などのリソースをもつ自治体・もたざる自治体間の格差をさらに広げる恐れがある。こうした動きは、少子化対策としての教育施策という観点に絞ると根本的な課題解決にはならない。

 求められる地域内連携

 では、どのような取り組みが考えられるだろうか。本調査では、子育て・教育に関する意見(自由記述回答)に、「子育て・教育については、行政や学校の現場だけでなく、住民みんなで地域全体として考えていくべき」という回答が多く見られた。これらの意見は、予算や人材などの不足を補いつつ、子育て・教育施策に優先的に取り組むための課題解決のヒントと言えるだろう。教育再生実行会議・第六次提言でも、「教育機関を核とした地域活性化」を目的としたコミュニティ・スクール(※注2)の必置を提言している。通学する児童生徒の保護者や周辺の住民が、子どもたちの教育環境をよりよくするために話し合ったり、地域の大人が自ら総合的な学習の時間や土曜日の学習活動、部活動などに出向き、学校教育活動に積極的に参加したりするなどの場面が増えれば、教育施策の充実とともに地域全体での教育力の向上が期待できる。

 大人も主体的な学び・協働的な学びが必要

 アクティブ・ラーニングに代表される「新しい学び」の実現に向けて、戦後最大と言っても過言ではない教育改革が進められようとしている。その大きな目的は、激しく、早い社会変化とそれに伴う価値観の変化の中で、主体的に課題を発見し、多様な他者と協働しながら解決に導く力の育成だ。そのような力を身につけてくる「将来の大人」と、われわれ「今の大人」は協働しながら、将来の社会を創っていくことになる。子どもたちだけではなく、われわれ大人も主体的に課題を発見し、協働で解決に向かう姿勢、「新しい学び」が求められているのだ。大人の「新しい学び」の機会を、「地域の教育力向上」への参加の中に見出すことができないだろうか。また、そこに教育施策の主人公である子どもにも参加を促すことはできないだろうか。もし実現すれば、新しい学びを通した地域活性化モデルの構築につながりそうだ。

誰のための子育て・教育施策か

 先に述べたように、子育て施策、教育施策は、地方創生・地域活性化の文脈でも成果を期待されている。しかし、これらの施策充実は、本来は子どもたちの健やかな成長と明るい未来の実現のためにあると考える。現在、各自治体で特色ある施策が具体的にどのように実行されているのか、今後どのような新しい取り組みが出てくるのか。データだけではなく現場の実際の様子を、これからできるだけ多く見ていきたい。 

※注1:「明日の子育て・教育を考える」調査
各自治体における子育て・教育に関する施策の実施状況や、首長の想い・願いなどを調査することで、子どもたちのよりよい成長とその環境づくりに資することを目的として、2015年1月に全国の市区町村1,741自治体を対象に実施。回収数826、回収率47.4%。本調査の結果報告書については以下サイトよりダウンロード可能。
http://berd.benesse.jp/shotouchutou/research/detail1.php?id=4625 

※注2:コミュニティ・スクール
地域住民や児童生徒の保護者などで構成される委員が、学校の運営に関して協議する機関を置く学校。

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著者プロフィール

黒木 研史
くろき けんし

教育関連の出版社において営業や商品企画、またインターネットサービスプロバイダにおいて教育関連コンテンツの配信業務などに従事し、2004年に(株)ベネッセコーポレーションに入社。教育におけるICT活用の効果について外部機関との共同研究や、WEB教材用の動画コンテンツの制作支援などを経て現職。現在は教育を取り巻く環境変化全般についての情報収集・分析等を行う。

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