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ベネッセのオピニオン

第73回 見えにくい力の成育に挑む 
~子どもの成育プロセスに寄り添う長期追跡調査と研究~

2015年06月30日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 所長 谷山和成

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主体性 学び続ける力 学習 意欲 教育改革 地方自治体 アクティブ・ラーニング 21世紀型能力 パネル調査

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 2年前の2013年6月、子育て・教育環境を統合的に捉えた研究と社会への発信を目的に、「ベネッセ教育総合研究所」を組織して今年で3年目を迎えることになりました。これもBERDサイトをお訪ね下さるみなさまのご声援と、関係省庁・自治体・園・学校・研究機関の先生方のお力添えをもってのことと受け止めています。改めまして御礼申し上げますとともに、研究員一同一層の研鑽を心して、さらに歩みを進めたいと思っております。引き続きご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。

1.はじめに ~可視化することで次なる可能性が見えてくる~

図1

出典:ベネッセ教育総合研究所作成

 可視化することで改めてその大きさに驚かされることがあります。ここに用意したものは、十分な睡眠時間を除いた生活時間の中で、学校の授業や企業研修などのフォーマルな学びに費やす時間(黒色)と、それ以外(オレンジ色)を可視化したものです。(図1)

 オレンジ色の中には食事や入浴や娯楽などの時間も含まれてはいるものの、自分の意志でコントロール可能な時間がいかに大きいかに目を奪われます。先々、医療技術の進化によりオレンジ色の生涯時間はより拡大していくでしょう。このチャートを見ているだけでも、「子どもの成育のためにもっとできることはないか?」「年齢に関係なく学びつづけることの価値を顕在化できないか?」など、問題意識が次々と芽を出し始めます。教育総合研究所創設3年目を迎えたいま、改めて「これからの学びをどう捉えなおすべきか」「これからの研究テーマをどう設定し、どう深めていくべきか」という、次なる研究価値の創出にむけた考えを論じてみたいと思います。

2.子どものもつ可能性を信じることを貫きます

「子どもは未来」

 当研究所の研究理念です。子どもたちの成育は未来を育むことそのものであると考え、研究活動の立ち返る先として掲げ、実践して参りました。また、わたしはベネッセのオピニオン「第64回 人が一生育つために~子どもの可能性を開くコーチング~」の終章で、人のもつ底力について触れたとおり、卓越した知識・技能やネットワークをもつどこかの国の研究者や技術者の語る評論ではなく、子どもが自分ごととして学びの意識と行動の変化を促していくことが大切だと考えます。その前提を、子どもは生まれながらに自ら考え、自ら成す欲求と力をもっていると信じることがすべての始まりであると置きたいのです。

 子どもは未来を創っていく最もたいせつな存在です。先生・保護者・地域の大人が子どものもつ力や可能性を信じ、それぞれが学校・家庭・地域で相互協力的にそれらを引き出して、「分かる喜び」「できる実感」「学ぶ楽しさ」に導く働きかけをいかに具現していくか。大人からの、何を/どうやれば/ほらっできた といった適切なナビゲーションやアドバイスが必要なのです。最も難しく、でもあったらうれしいものが、「意欲」「主体性」などの見えにくい力を引き出すナビゲーションやアドバイスではないでしょうか。伸びない子どもはいませんし、伸びたくない子どももいません。学ぶことのうれしさを経験し、再現し、拡張していくことができる人を増やすことができれば、学びと育ちの景色を大きく塗り替えることができる気がするのです。

3.「見えにくい力の見える化」に努めてゆきます

 教育再生実行会議、中央教育審議会、および各専門部会等で議論されている教育改革は、先述の図1にある知識伝達型の学びの時間(黒色)の改革論です。とりわけ、2014年11月20日、中教審に文部科学大臣が諮問した「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について」は、大きな教育政策のビジョン転換を示唆するものでした。

①(子どもには)変化を乗り越え、伝統や文化に立脚し、高い志や意欲をもつ自立した人間として、他者と協働しながら価値の創造に挑み、未来を切り開いていく力を身に付けること。

②(指導者には)「何を教えるか」という知識の質や量の改善、「どのように学ぶか」という、学びの質や深まりを重視することが必要であり、課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習(いわゆるアクティブ・ラーニング)や、そのための指導の方法等を充実させていく

 いままでの教育は、先生:児童・生徒=1:40の知識伝達型の学びを中心に行うことによって、より多くの知識を正確に記憶し、速く正解を導き出すことができる力を重視してきました。そうした力は数値化がしやすいため、入試を含めた子どもの学力を客観的に評価しやすいという面もありました。一方、今回中教審に諮問されたビジョンを実践し、成果につなげていくためのポイントは、従来の見える力(教科学力など)に加えて、見えにくい力をどんな指標と方法論で測定し、可視化するかにあると考えます。見えにくい力とは、国立教育政策研究所のまとめた、21世紀型能力の整理にある「思考力・実践力」にあたるものです(図2)。

図2


出典:国立教育政策研究所

 「見えにくい力の可視化」が実現できないと、従来型学校教育システムでの経験知や価値観を超えることは難しく、かつての「総合的な学習の時間」の創設期のように、「どうやるか」が流行りもののように先行し、後にその成否を論ずることができないことになりえるのです。

 アクティブ・ラーニングによって身に付く力を事例として述べます。先生の視点で、「クラスはみんな、それぞれ違う意見や考えを認め合えるようになった」だけでなく、「課題に対して互いに違う考えを出し合って、対話しながら考えることを通して、一人ひとりが自分なりの答えに近づき、それによってさらに次の疑問や問いを見出すことが楽しい、という学びができるようになった」を、めざす姿とします。この姿を構造化し、一つひとつの構成要素の目標&評価をルーブリック化することがまず必要ですが、それだけでは実際の教育現場の指導や家庭での子どもの関わりを変えることはできません。そこで、当研究所は子どもに寄り添いながら、見えにくい力を可視化するという道を選択したのです。

4.子どもの成育プロセスに徹底的に寄り添います

 当研究所が子どもに寄り添って見えにくい力を見える化し、学校・家庭・社会それぞれの環境で、未来を創る本質的な力をもった子どもの育みに貢献するという決意を固めたのは、当研究所・次世代育成研究室が積み上げてきた3歳~6歳親子パネル(縦断調査)の成果が確認できたからです。幼児期に文字・数・英語といった認知的能力の早期獲得に傾注するよりも、好奇心をもたせる・友達と協力する・自分の気持ちを表現する・目標に向けて頑張るといったことを、親子のやり取り遊びなどを通して、非認知的な見えにくい力を育むほうが、後の学びや生き方を支える力となり、結果として認知的能力の発達にもつながることが分かったのです(「幼児期から小学1年生の家庭教育調査・縦断調査」)。

※参考:【ベネッセのオピニオン】第71回 5歳児の「学びに向かう力」の育ちには、何が関連しているのか?~「幼児期から小学1年生の家庭教育調査・縦断調査(4~5歳児)」の結果から~

 この成果をより発展させ、影響力の拡大も意図して、当研究所は東京大学社会科学研究所と「子どもの生活と学び」の実態を明らかにする共同研究プロジェクト設立に至りました(「子どもの生活と学び」研究プロジェクト)。子どもの未来にむけたわが研究所の果たす役割・使命としては、極自然な成りたちであったと考えます。

※参考:【プレスリリース】東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所 共同研究プロジェクト発足 「子どもの生活と学び」追跡調査 7月実施、2月発表

 10年レンジで親子の長期追跡調査(パネル調査)を実施していくことは、子ども・保護者・家族の成育プロセスに寄り添うことに他なりません。時間の使い方・居場所・価値観・親子コミュニケーション・先生や友人など他者からの影響など、これらの変化とその因果を明らかにすることで、教科学力以外のこれまで見えにくかった子どもの「成長因子」の特定につなげます。そのため、小1から高3までの親子約21,000組(1学年約1,750組)の長期追性調査の運営基盤とモニター基盤をつくりました。(図3)

 また、調査データは東京大学社会科学研究所のデータアーカイブ(SSJDA)に寄託し、研究・教育目的で公開いたします。研究者個人では入手しにくい追跡調査のデータを公開することで、問題意識と価値観を共にする国内外の研究者の研究参画を促し、より深く、実効性のある研究成果を導き、学校・家庭・地域の実践につなげていく貢献を果たして参ります。

図3

5.おわりに

 紀元前、人は自分よりも大きく強い生き物から身を守り、倒し、自らの命に換えてきました。一寸先が予見できない日々の中で、互いに学び合い、助け合って、今日よりもいい明日を迎えることに努めていました。翻って現代。核家族化、個人情報保護法、デジタルデバイスの進化と拡大などの環境変化と、近未来がある程度予見可能な生活変化は、「ひとり(孤独)」であっても比較的安全で、むしろそうあることのほうが居心地良く、ストレスのない日常生活として一般化してきているように感じます。平穏な日常は、人びとが命をつなぐ努力、即ち、学び合いや助け合いを必ずしも必要としない日々を形作ってきたのかもしれません。しかし、これから先の未来はどうか。環境変化は待ってくれません。わが国の少子高齢化の加速による労働生産人口の減少は、産業全体の生産性低下や地域格差(特に地方の衰退)という影をはっきりと落とし始めました。さらに、世界レベルで進展する産業・経済のグローバル化、製造・物流・通信など技術のデジタル化などにより、地球のサイズは年々小さくなっています。いまだ見ぬ課題の出現スピードも、より加速するでしょう。

 私たちベネッセ教育総合研究所は、個人が学びによって見える力(認知的能力)を競い合い、個々に豊かな人生を営んでいくという、これまでを形成してきた価値観を認めたうえで拭います。新たに、認知的能力にアドオンすべき見えにくい力の要素や事例を、長期的追跡調査(親子パネル)の研究活動によって明らかにし、その学び方(指導法)と測定方法まで形作ることに向かいます。これらを学校・家庭・地域社会(自治体)のなかで実践的研究として練り上げ、未来を創る子どもたちの成育に実効性ある貢献をしてゆきたいと決意し、始動いたしました。当研究所の研究活動、発信活動にぜひご期待いただき、より一層のご支援をお願い申し上げます。

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著者プロフィール

谷山 和成
たにやま かずなり

ベネッセ教育総合研究所 所長

1983年㈱福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社。ベネッセコーポレーション九州支社長、児童教育カンパニーバイスプレジデント、執行役員補、㈱東京個別指導学院代表取締役社長を歴任。2013年、グローバル化と教育環境変化の加速化を背景に研究機能を統合し、新たに「ベネッセ教育総合研究所」を組織し、現職に着任。
●「子どもの生活と学び」研究プロジェクト 共同代表
●広島大学 教育開発国際協力研究センター客員研究員
●岐阜市教育・子育て創造会議委員

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