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第83回「子どもの未来を考える」⑥
今こそ問われる「子どもは未来」の射程

2015年11月10日 掲載
研究員 渡邊 直人

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子どもたちの未来=22世紀

 ベネッセ教育総合研究所では「子どもは未来」を研究理念に過去35年間にわたって調査・研究活動を行ってきた。地道なデータの蓄積から先進事例の収集まで、活動範囲は多岐にわたるが、それらを通して伝えたいのは、子どもたちの育ちを保障する、より良い教育環境を構築することの大切さである。本稿ではそれらの前提となる「子どもたちの未来」について(少々の飛躍も交えつつ?)、あらためて考えてみたい。

 まず以下の図を見てほしい。これは、当研究所が収集した資料やシンクタンク各社の将来予測をもとに、今後約100年の社会情勢を概観したものだ。100年というと、遠い未来の話に聞こえるかもしれないが、実はこのスパン、極めて「子ども目線」から設定した期間である。


図1)「22世紀」まで生きる、今の子どもたち

※上記画像をクリックすると拡大します。

 国立社会保障・人口問題研究所の予測をもとに計算したところ、2000年生まれの子どもたちが22世紀(2101年)まで生存している確率は、多く見積もって12.2%。今年(=2015年)生まれの子どもに至っては、実に約70%が存命と見積もられる(注1)。某ネコ型ロボットと対面できるかはともかく(!)、今の子どもたちにとって「22世紀」が、かなりリアルな未来であることをまずは確認したい。

2つのパラダイムシフトが起きる

 とすれば、子どもたちの教育を考える際に、100年レンジでものを考えることが現実味を帯びてくる。不確実性の極めて高い領域ではあるが、少なくとも次の2つのパラダイムシフトが決定的な意味をもつはずだ。

 すなわち、政治・経済におけるアジア→アフリカへのパワーシフトと、科学技術における人間→コンピュータへの労働シフトである。

1)「アジアの時代」→「アフリカの時代」

 産業革命以来、おおむね世界のパワーバランスは生産年齢人口×労働生産性の総和によって規定されてきた。2040~2050年ごろにアジア圏の人口がピークを打つことが確実視される以上、次はアフリカの時代ということになる。

 教育に引き付けて考えるならば、いわゆる「グローバル人材」の要件が激変することが予想される。コミュニケーション言語は相当変わってくるだろうし、異文化理解の幅、深度も今以上に問われるようになるだろう。子どもたちが社会に出るころには、「英語を駆使して欧米圏で活躍」といった画一的なモデルは、かなり変質しているはずだ。

 なお、比較的短期の予測になるが、経済産業省の試算によると、日本における「グローバル人材」の需要は2012年→2017年の間に約170万人から420万人へと約2.5倍増になるとされている(図2)。日本の労働人口が現在約8000万人なので、約20人に1人が「グローバル人材化(?)」することが必要というわけだ。これだけの人材を現行の教育制度の中で育成できるかどうか? 現状、若者の海外意欲は二極化が進んでいるようだが(図3)、教育改革が急がれる理由もこの辺りにあるとみてよいだろう。


図2)グローバル人材需要の将来推計値、図3)海外で働く意思(2013年度 新卒者)

※上記画像をクリックすると拡大します。

左)経済産業省「大学におけるグローバル人材育成のための指標調査」(2011年)

右)産業能率大学「第5回 新入社員のグローバル意識調査」(2013年)

2)人材競争→コンピュータとの協働・競合

 2012年、レイ・カーツワイル氏が発表した『シンギュラリティは近い』(NHK出版)以降、すっかりメジャーになった感のある「シンギュラリティ」問題。コンピュータの能力が人間の能力を超える「技術的特異点」が、2045年ごろには到来すると予想されている。労働の機械置換が進むため、論者によっては、人間が担ってきた職種の半数近くが消滅するとさえ予測している(注2)。ともあれ、今の子どもたちは、人材競争のみならず、コンピュータと協働、あるいは競合しながら働くという、極めて大きなワークスタイルの転換を、就労期間の前半期に経験することとなるだろう。(この動きと同時並行で、今現在存在しない職業の誕生も多々あるはずだ)。

 教育現場においては「なりたい職業から進路を考える」というキャリア教育のアプローチが根本的に変質するであろう。また、就業準備期間における教育の在り方や、職能要件そのものも相当変化するはずだ。もちろん、我々教育関係者にとっては、教育という営為そのものの価値の再考を迫られることともなろう。

 「どう生きるか?」という人間の本質にかかわる問いが、テクノロジーの発達によって、あらためて教育現場でクローズアップされることは間違いない。

 この手の話を教育関係者にするとなかなか実感を持ってもらえないケースも多いのだが、「2012年」(=すでに3年前である)の、ある生産現場の様子を写した以下の動画が実に示唆的である。労働環境の変化が現実に起きていることが、一目瞭然のはずだ。



上記動画をご覧になるにはこちらをクリックしてください

出典)グローリー株式会社

マクロな視点を忘れずに、子どもたちと向き合う議論を

 以上、かなりアバウトな未来像を示したが、現在、政府が進めつつある教育改革においても、おおむねこういった情勢認識がベースとなっている(注3)。次期学習指導要領の諮問文が、子どもたちが生きる未来を「厳しい挑戦の時代」とシビアな表現で示したのは、実に象徴的である(注4)。

 だが、このようなマクロな視点が、現在の教育現場で十分生かされているかといえば、 必ずしもそうではあるまい。教育関係者の間でも、未だ大学入試を教育の「ゴール」と考える風潮は根強いし、逆に社会の側でも、学校教育に対して安直に「即戦力」を求めすぎてはいないだろうか。学校教育と社会の接続、あるいは、人生全体を含めた「ライフキャリア」という発想が、今こそ必要であろう。そこで問われるべきは、「社会における教育の役割を、今後どう捉えるか」という骨太なテーマのはずだ。

 おそらく、22世紀を見ることはない我々世代が、教育を通して、次の世紀を生きる子どもたちに何を伝え、何を残していけるか。「子どもは未来」の射程が、今まさに問われているはずである。

注1) 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」より2101年時点での死亡低位推計を用いて算出。

注2) Carl Benedikt Frey and Michael A. Osborn「THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?」(2013) によると、全米702職種のうち、47%がコンピュータに置換される可能性が高いという。

注3) 第102回 中央教育審議会(2015年10月28日) 「新しい時代の教育や地方創生の実現に向けた学校と地域の連携・協働の在り方と今後の推進方策について 審議のまとめ 参考資料」など

注4) 文部科学省「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)」(2014年11月20日)

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著者プロフィール

渡邊 直人
わたなべ なおと

都内編集プロダクションにて、教育専門誌の編集に携わった後、2006年に(株)ベネッセコーポレーション入社。学校向け情報誌「VIEW21」、研究者向け情報誌「BERD」の編集担当を経て、現在は教育を取り巻く政治、社会、経済情勢に関する情報収集、将来の教育環境の予測等を業務とする。目下の関心は、シンギュラリティ問題と教育の関係性について。

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