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第85回 「子どもの未来を考える」⑦
学際的な「子ども学」が、今こそ必要
~立場を越えた議論を促す
チャイルド・リサーチ・ネット「ECEC研究会」の取り組みより~

2015年12月11日 掲載
研究員 小川 淳子

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世界の子どもをとりまく諸問題を解決するためには、従来の学問分野を越えた学際的な研究体制が必要ではないか―このような問題意識から、ベネッセ教育総合研究所が運営するチャイルド・リサーチ・ネット(略称CRN)の小林登名誉所長は、1980年代に「子ども学(Child Science)」の考え方を提唱しました。子どもは生物学的存在として生まれ、社会的存在として育ちます。「育つ力」をもった子どもは保護者・家庭・学校、そして社会の「育てる力」との相互作用によって体を成長させ、心を発達させます。この「成育」の営みを支援していくのが、様々な立場にある子ども関係者同士の対話を促す、学際的な「子ども学」のミッションです。

この「子ども学」研究所であるチャイルド・リサーチ・ネットは、去る10月初旬に、まさに上記を目的のひとつに据えたECEC研究会「世界の保育と日本の保育~4カ国との比較から日本の保育の良さを探る~」を行いました。本稿ではその概要をご紹介するとともに、学際的な「子ども学」的アプローチの重要性について、私見を述べたいと思います。

ECEC研究会「世界の保育と日本の保育~4カ国との比較から日本の保育の良さを探る~」の概要

ECECとはEarly Childhood Education and Care(=人生初期の教育とケア)の略語であり、チャイルド・リサーチ・ネットは2013年度より、この研究に取り組んできました。これまでに4回のECEC研究会を開催しており、今回のECEC研究会「世界の保育と日本の保育~4カ国との比較から日本の保育の良さを探る~」は、第5回にあたります。(注1)

第5回ECEC研究会は、以下の3部構成で行いました。

  • 【第1部】話題提供 各国の保育・幼児教育の紹介:イギリス/韓国/オランダ/
    スウェーデン/日本
  • 【第2部】ワークショップ 来場者全員によるグループディスカッション
  • 【第3部】パネルディスカッション

まず第1部では、イギリス・韓国・オランダ・スウェーデンの保育・幼児教育に関する研究者より、各国事情についての紹介がなされ、それを受けて日本の保育・幼児教育に関する研究者より、各国事情に対する感想とともに、改めて日本の保育の良さと課題についての提示がありました。この第1部のインプットを受けて、続く第2部では、来場者全員を8グループに分けて、グループディスカッションを行いました。そして第3部では、第2部のグループディスカッションで話し合われた内容を受けるかたちで、研究者によるパネルディスカッションが行われました。(注2)

第2部で行われた、来場者全員によるグループディスカッション

この第1部から第3部にかけての研究会の要素のうち、特に力を入れて取り組んだのが、第2部で行った「来場者全員によるグループディスカッション」の試みです。今回の研究会の来場者、それは保育・幼児教育の研究者や保育士、幼稚園教諭のみならず、小・中学校教諭、大学や専門学校などで保育・幼児教育を学んでいる人、一般企業の方、行政関係者、そして今まさに子育て中の保護者の方々などです。子どもの周囲にいる立場の異なる様々な方々に集まっていただけるよう、参加者を募集する際に工夫をしました。

そして、グループに分かれて議論する際のテーマとして、以下の2点を設定しました。

  • ①4カ国の発表を聞いて、最も印象に残った内容
  • ②世界の保育と日本の保育の比較から:共通点と相違点/日本への示唆/日本の保育の良さ

上記の2項目は、今回のシンポジウムのタイトルにあるような「世界の保育と日本の保育」に関心がある方であれば、第1部の講演内容を参考にしながら、議論を展開できるテーマとなっています。このテーマ設定のもと、各グループにおいて交わされた様々な意見を、最終的に模造紙に書いて整理していただきました。

 

 

主な意見として、日本と各国の共通点は「子どもを尊重し、子どもの幸福を願って保育・幼児教育に取り組んでいること」「幼保一元化が課題となっていること」などがあげられ、逆に相違点としては「日本ではワークライフバランスが保たれていない」「日本は保育時間が長すぎる。朝7時から夜8時までというような長時間保育は、保育者にとって、保護者にとって、何よりも子どもにとって良いことなのだろうか」などの意見があがりました。日本への示唆については「保育者1人が見取る子どもの人数など、保育・幼児教育の構造の質をどのように保障するかについて、国レベルで議論していきたい」「育児をする家庭に対する国家の支援を充実させる必要を、改めて感じた」などの指摘があがり、また日本の保育の良さについては「保育者の資質の高さ。子どもを丁寧に見取り、きめ細かく支援している」「連絡帳。子どもの日々の様子についてきめ細かく書いてくれているので、読み返すことで子どもの変化が可視化される。保護者の育児の支えであり、子育てツールである」「保育所の給食が安全でおいしいところ。これは、日本が食生活を子どもの権利として尊重していることの表れだと思う」などの意見があがりました。

一般的に、研究会やシンポジウムと銘打ったイベントでは、研究者による講演や、研究者同士のディスカッションが行われて終了となるものが多いかと思われます。そのような中、今回のECEC研究会のグループディスカッションにおいては、研究者、保育士、幼稚園教諭、保護者、行政関係者などの異なった立場にある来場者が同じテーブルを囲み、同じテーマについて意見を交わす形式で、議論を行いました。その結果、ある研究者からは「知らないことを知るということは何歳になっても楽しく、うれしいものですね。そんな知的好奇心がかきたてられる一日でした」という感想をいただき、またある保護者からは「アクティブな学びを体験することができました。多様な立場の方々の考えを聞くことができる貴重な機会となりました」との声がありました。またある保育者からは「保育者だけでなく、社会の色々な立場の方々の意見や感想、考えなどを聞く機会が得られて、とても学びになった」との感想がありました。研究会終了後も会場内では議論が続き、連絡先の交換などが行われ、その後もメール交換など、来場者同士のやりとりが継続しているとの報告もありました。グループディスカッションにおいて、全員が参加可能なテーマを据えつつ、すべての参加者の立場をフラットにしたことで、それぞれの置かれた立場を越えた議論ができたことが、このような感想や研究会後も続く来場者同士の関係性の構築へとつながったのだと思います。

子どもをとりまく関係者による立場を越えた議論の必要性

さて、第2部のグループディスカッションであげられた意見を俯瞰すると、「子ども」という存在を中心に置いたときに、様々な立場の方――それはつまり、保護者であり、保育者であり、保育・幼児教育に関わる研究者であり、行政関係者である――が、その成長や生活をとりまく関係者であることが見て取れます。だからこそ、子どもの周囲をとりまく立場の異なる人たちが、互いに手を携えて、ともに子どもの育ちについて考え議論していく、今回のECEC研究会のグループディスカッションで行われたような取り組みが、子どもたちのよりよい成育環境を育むことへとつながっていくのでしょう。

「学際的」ということばに対する一般的な捉え方は、「あるひとつのテーマや関心のもとに、いくつかの異なる学問分野の研究者が協業して研究すること」だと思います。チャイルド・リサーチ・ネットが提唱する学際は、研究分野や学問分野だけにとどまらず、「立場を越えた関係者」同士の対話や議論を促します。今の子ども世代が現役世代となる未来社会では、世界的な規模で課題はますます複雑化し、環境変化のスピードも速くなるだろうと言われています。そのような社会では、より多様な考え方をふまえた協働的な課題解決が必要となります。だからこそ、「子ども」という存在を中心に置いたときに、研究者だけにとどまらず、保護者、保育者、行政関係者など、その存在をとりまく様々な立場にある人たちによる議論を促す、学際的な「子ども学」的アプローチが、これからますます必要となるのだと思います。複雑で先が読めない未来社会を生き抜くことを要求される子どもたちのために、このような取り組みを、ぜひ一緒に広げていきませんか?


(注1)第1回~第5回の ECEC研究会の全容については、こちらをご覧ください。

(注2)第5回ECEC研究会の詳細については、こちらをご覧ください。

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著者プロフィール

小川 淳子
おがわ じゅんこ

2004年に(株)ベネッセコーポレーション入社後、こども英語教室事業部、グローバル教育事業部を経て、2013年よりベネッセ教育総合研究所に所属し、チャイルド・リサーチ・ネットの活動を運営しています。

※チャイルド・リサーチ・ネット(Child Research Net: CRN)  世界の子どもをとりまく諸問題を解決するために、従来の学問分野を越えて学際的な研究を集め、日・英・中の3言語で情報収集・発信をしているインターネット上の「子ども学」研究サイト

これまでに関わった主な研究、発刊物は以下の通りです。

ECEC(Early Childhood Education and Care)研究
東アジア子ども学交流プログラム
国際シンポジウム「子どもの福祉と権利」

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