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第87回 フィードフォワード

2016年01月05日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 所長 谷山 和成

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PISA 主体性 大人の責任 未来予測 学び続ける力 21世紀型能力

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 新年明けましておめでとうございます。

 2016年、ベネッセ教育総合研究所は創設36年目に踏み出しました。2013年6月、「子どもは未来」を研究理念に教育総合研究所として新たに始動した私たちは、この3年間で15本、1980年の創設以来35年で400本を超えるテーマの研究知見を社会に発信して参りました。積み上げてきたものを生かし、新たなものを生み出すことでここにしかない価値を一層高めて参る所存でございます。本年もご指導ご鞭撻の程、どうぞよろしくお願い申し上げます。

フィードバックからフィードフォワードへ

 様々な組織とそれぞれのレイヤーにおいて、日常的に繰り返されるコミュニケーションのひとつに「フィードバック」があります。「出た結果から課題原因を特定し、その克服を重ねることで、できることを増やしていく」手法がフィードバックです。それを積極的に行い、自分や自分のチームをよくしていくことは重要です。しかし、この手法は、現状の積み上げ・振り返り・弱みの克服・成功確率・ストレスフルなど、堅実ですが、成果が出るまで時間を要する手法だと感じています。

 一方で、「目標をどう達成するかに集中し、結果が出る前に原因に手を入れて、最善の結果に導く」手法があります。フィードフォワードです。目標達成に向けてどんな苦労も惜しまず、知恵と技術を結集して実現していくときの大きな枠組みと、その中で重ねられた一人ひとりの小さな努力がこのイメージです。昨年、その組織能力で世界を驚かせたW杯ラグビー日本代表や、ドラマ「下町ロケット」で初の国産ロケットを打ち上げるという夢をかなえた工場の技術者などがその一例として挙げられます。自分や自分のチームが達成したい目標からの逆算・ユニークなアイデア・強みの結集・勝算・モチベーションなど、ポジティブな心理に即し、スピードも大いに期待できる機能的な手法と言えるものです。

 どちらが正しいという議論ではなく、目標とする成果に向け、組織能力と生み出す価値をある地点から一気に高める方法として、フィードフォワードの考え方と手法をもって、これからの研究活動を考えたいと思います。

(※)言葉の定義は多くの識者・専門家が多様になされています。ここでは筆者なりの解釈で表記しました。

積み上げか仮決めか

 昨年、創設35周年記念として、他に類を見ない経年比較の価値を持つふたつのテーマ研究を行いました。ひとつは2015年11月に速報をリリースした「第5回幼児の生活アンケート」。1995-2015年の20年間の幼児の生活実態の変化と要因を追ったものです。もうひとつは、今月28日に速報のリリースを予定している「第5回学習基本調査」。1990-2015年の25年間の小中高生の学習に関する変化と要因を追ったものです。

 折しもこの20〜25年間は、1.57ショック・エンゼルプラン・ゆとり教育・PISAショック・確かな学力(脱ゆとり)・待機児童ゼロ問題・子ども子育て支援新制度・新しい資質能力の育成へ、と子どもを取り巻く環境や制度が極めて激しく変化した期間でもあります。

 本調査を積み上げてきた私たちは、この20〜25年の子育て・教育を、どういう視点に基づき、どのように総括するか。変化とその原因を過去からの履歴で語り、解明し、現状の解決提言の積み上げにとどまるのか、あるいは次の25年を、即ち2040年の洞察とあるべき姿(目標)の仮決めから方策の提言を導くのか。私たちが自らの力でさらなる成長を遂げて、社会に貢献していく岐路に立って、存在意義を選択する局面なのかもしれません。

変化のスピードと規模がフィードフォワードを必然とする

 これからの子育て・教育の在り方を研究し提言するにあたり、前提となる日本のポジショニングを確認するため、少し先の未来の変化を、私たちの子育て・教育のフィールドに引きつけて捉えたひとつの材料を紹介します。

 今から95年ほど遡った1920年(大正9年)の国勢調査では、当時国民から申告された職業の数は約35,000種類も確認できるそうです(参考文献:『ナリワイをつくる』伊藤洋志著 東京書籍)。かたや2008年(平成20年)版の新訂職業名索引(独立行政法人労働政策研究・研修機構)で採録されている職業名は約18,600種類。一人ひとりが手に職を持ち、互いの得意分野を補い支えあって倹しく日常を営んでいた95年前から、重工業を成長産業とする生産と消費の大量化によって多くの国民に豊かさを還元した高度成長期を経て、国際競争の中で淘汰が激化した歴史がもたらした数値として非常に興味深いものを感じました。職業の分類方法が異なるため安易な比較は危険ですが、ある意味約100年で47%の職業数の減少と見立ててよいかもしれません。

  さらに昨年12月、野村総合研究所が「今から10〜20年後に、日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に」と2013年に英国のオックスフォード大学マイケルA.オズボーン准教授と同じ手法による分析データの公表がありました(資料 1)。わが国の労働力が、これから先の未来ではわずか20年足らずで半減すると予見しているのです。

資料 1

 

注)米国データはオズボーン准教授とフレイ博士の共著“The Future of Employment”(2013)から、また英国データはオズボーン准教授、フレイ博士、およびデロイトトーマツコンサルティング社による報告結果(2014)から採っている。


 わが国の現在を築いてきた「ものづくり」の労働力が(匠の技のようなごく一部の方々を除いて)過去から現在ではアジア諸国に移行し、現在から未来に向かってはロボットや人工知能に置き換わり、過去の経験の5倍のスピードで「ものづくりの時代の先細り」を迎えていくという時代認識をもつ必要がありそうです。このように予見される社会・産業の構造変化にあって、一体何が大事なことなのかという視点で子育て・教育を捉え直し、より高いレベルで、より多くの子どもたちが成長実感を得られるようあるべき姿をPLAN(目標設定)し、政策・学校・家庭など各分野の大人のTO DO(実行項目)に落としていくことができる研究成果が問われるのだと考えました。変化のスピードや規模が大きな今、フィードバック型の過去の振り返りから課題の原因を特定し政策や施策に落とし込んでも、その成果を還元する先はすでに過去なのかもしれないのです。

子どもの学びと成長を常に真ん中に置いたフィードフォワード

 私たちの今後の研究活動の価値向上を考えるにあたって、自らの立ち位置を確認してみました。この3年間の研究報告書から以下に列挙したような矛盾(ギャップやズレ)を取り上げ、今後の命題を定める材料にしてみたいと思います。

【当研究所リリースの研究報告】

① 幼児の生活アンケート(2015.11.25リリース)から見える行政と現場のギャップ(資料 2)
「国立教育政策研究所:教育政策として人間関係形成力など新たな資質能力(実践力)の育成を加速させる」に対して、
「本調査結果:園以外で友達と遊ぶ幼児が20年で27%に半減し、コミュニケーション力の育成機会が親子に閉じてしまった」


資料 2


①幼児の生活アンケート(2015.11.25リリース)から見える行政と現場のギャップ

※上記画像をクリックすると拡大します。


② 小中学生の学びに関する実態調査(2014.11.18リリース)から見える数値結果と人の心理のズレ(資料 3)
「PISA(OECDによる国際学力調査):2006年を底にどの分野も得点率で大きく参加国順位を回復させた」に対して、
「本調査結果:小学生の40%・中学生の55%が上手な勉強のやり方がわからないということが判明した」


資料 3


②小中学生の学びに関する実態調査(2014.11.18リリース)から見える数値結果と人の心理のズレ

※上記画像をクリックすると拡大します。


③ 中高の英語指導に関する実態調査(2015.12.3リリース)と中高生の英語学習に関する実態調査(2014.11.28リリース)から見える政策と現場のズレ(資料 4)
「文部科学省:『授業は英語で』と指導要領に記載」に対して、
「本調査結果:60%以上の教員が自分の英語力が足りてないと認識している」、
そして「本調査結果:90%の中高生が社会に出てからの英語の必要性を感じている。でも自分は使わない」


資料 4


③中高の英語指導に関する実態調査(2015.12.3リリース)と中高生の英語学習に関する実態調査(2014.11.28リリース)から見える政策と現場のズレ

※上記画像をクリックすると拡大します。

 個々のズレの原因究明や背景を斟酌するつもりはありません。これらのギャップやズレも、過去に遡ってその原因を特定するだけで、社会的な課題解決につながるとは思えません。なぜなら一生続く子どもの「学びと成長」が、「政策」と「現場」と「個人の行動と意識」の一本軸で、つながっているわけではないからです。縦割りあるいは分散する組織機能のそれぞれが、アカウンタビリティー志向の短期目標で政策や施策を設計・実行するも、部分最適の域を超えず、総体の深化&進化をかなえてきたわけではないからだとも言えます。

 子どもの育みは未来の創造と同義です。子どもの育みによって未来をどう創るかは、一滴の雫によってつくられる大河にも似ていると思います。子育て・教育という営みは、雫に働きかける先人の小さな努力の積み重ねがこれまでを形作ってきました。しかし、デジタル技術や経済のグローバル化の急速な進展によって、国際的にも時間と空間の堰がなくなっていく未来環境の変化を洞察すると、子育て・教育という営みの在り方とともに教育の専門研究機関としての存在意義も、これまでの延長線上にはないことを胸に新たな始動を目指さなくてはと心いたしました。

おわりに

 当研究所高等教育研究室が2015年9月にリリースした社会人対象の「大学での学びと成長に関するふりかえり調査」があります(資料 5)。


資料 5


表1.大学での学びの印象(深い学びの経験)の具体例

※上記画像をクリックすると拡大します。

 現役の学生時代には意識の中になかった「主体的な学び」は、実社会で経験を積むほどにその重要性を実感するようです。この社会人と大学生の意識の差異を最小化していくのもひとつの目標ではないかと思います。未来に向けて今、最も大切にすべきは、このような目標の実現を高大接続改革や大学教育改革だけに委ねず、目標共有のもと子どもの学びと成長に関わるあらゆるステークホルダが組織やそれぞれの立場を超えて役割責任を果たし、つながって、スピードをもって成果を出すことです。このムーブメントを最大支援できる研究報告を当研究所の命題に据え、問題意識と志を同じくするみなさまとともに歩みを進めて参りたいと思います。

 先にご紹介しました幼児と小中高生対象のふたつの研究成果をもとにしたシンポジウムを、今年の上半期に開催する計画を進めています。みなさまの積極的なご参加をお待ち申し上げ、ぜひ未来に向けた議論にご期待いただきたいと思います。

 最後に、改めまして一層のご支援ご指導を賜りますようお願い申し上げます。

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著者プロフィール

谷山 和成
たにやま かずなり

ベネッセ教育総合研究所 所長

1983年㈱福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社。ベネッセコーポレーション九州支社長、児童教育カンパニーバイスプレジデント、執行役員補、㈱東京個別指導学院代表取締役社長を歴任。2013年、グローバル化と教育環境変化の加速化を背景に研究機能を統合し、新たに「ベネッセ教育総合研究所」を組織し、現職に着任。
●「子どもの生活と学び」研究プロジェクト 共同代表
●広島大学 教育開発国際協力研究センター客員研究員

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