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ベネッセのオピニオン

第91回「子どもの未来を考える」⑩
自ら学ぶ意味を問い直す
高校生たちのアクティブ・ラーニング
~地域連携・協働編~

2016年02月09日 掲載
BERD編集長 石坂 貴明

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 中央教育審議会は2015年12月、「新しい時代の教育や地方創生の実現に向けた学校と地域の連携・協働の在り方と今後の推進方策について」という答申をとりまとめた。未来を生きる児童・生徒にとって必要な学びを実現し、その質を高めていくためには、学校と地域との連携・協働が一層重要であるという内容だ。確かに今年は、現政権が推進する成長戦略の一環として、全国の自治体から地方版総合戦略が出揃う年でもある。しかし、今回の答申内容は、国の戦略が地方創生だから学校も地域活性化の一翼を担うべきだという単純な発想で出されたものではないと筆者は考える。なぜなら、教育現場と地域が抱えてきた積年の課題が実は表裏一体の関係であり、それぞれの本質を見極めたうえで解決策を考えるならば、両者の連携と協働は必然であったからだ。

 教育現場の課題とは、生徒たちの学びへ向かう意欲の低下、もっと言えば目的の喪失だ。地域の課題とは、地方で若く優秀な人材を教育すればするほど都市へ流出し続け、ほとんど戻ってこないという悪循環だ。今や国家命題とも言えるこの2つの課題に対して、敢然と立ち向かっている高校と地域、自治体がある。前々回は授業改革、前回は学科改革のためにアクティブ・ラーニング(以下、AL)を効果的に採り入れた高校の事例を取り上げた。今回取り上げるのは、高校生たちの主体的な学び、すなわちALによって、教育現場と地域の課題を一体的に解決しようという、画期的でありながら、着実なチャレンジを続ける岐阜県立可児高等学校の事例である。

進学校でも起こり始めた意欲の低下

 岐阜県有数の進学校である岐阜県立可児高等学校では、2013年からALを採り入れ始めて、学力向上の成果を挙げている。AL導入のきっかけは、岐阜県が行った「県立高校改革リーディングプロジェクト」だった。その目的は教科指導力の盤石化であり、主軸は授業の基調転換、すなわちAL化であった。しかし、全教科にいきなり導入するのではなく、2013年には理科から試験的に実践し、翌年には他教科への共感的な浸透を図り、2015年からは組織的に展開をしている。手法だけを採り入れる表層的なALにならないように、授業研修体制を確立し、授業と自宅学習のトータルデザインをし、生徒の変容(AL効果の手応え)を見極めながら導入を進めている。

浦崎先生の物理の授業

浦崎先生の物理の授業

 2015年10月に同校で行われた公開授業および生徒たちの地域活動の成果報告会を取材した。公開授業ではALを推進する浦崎太郎教諭が指導する3年生の物理の授業を見ることができた。浦崎先生は中央教育審議会生涯学習分科会学校地域協働部会の専門委員でもあり、冒頭の答申内容の検討に携わっている。

  授業は、多数のスライドによる解説と問いかけ、そしてグループディスカッションを中心に、起こった現象をもとに徹底的に自分で考え、仮説を構築しては矛盾や発見を共有し合うという内容だった。単なるインプットの連続ではなく、思考判断の後にアウトプットも行うことで、最終的に「自ら気付く」ことの大切さを生徒たちに伝える授業展開になっていた。

 

 

 

 しかし、授業や学校内におけるALにも一定の限界があるという。最近では進学校の可児高校でさえ、そもそも学ぶことへのモチベーションをあまり感じられずに停滞する生徒が増える傾向にあるそうだ。大学のオープンキャンパスに参加する程度では、生徒たちが動機付けされなくなっている。そこで浦崎先生は、正課授業でALを活用し進学実績をしっかりと出しながら、2012年から高等学校の学びと地域社会を結びつけることにチャレンジし始める。なぜなら、社会と断絶された高校での学びだけでは、生徒たちの未来へ繫がりにくく、生徒たちのやる気のスイッチが入らないと実感していたからだ。

本気の大人と協働することで"スイッチが入る"生徒たち

 浦崎先生が最初に行ったのは、その年の3年生有志と可児市役所職員たちとで行った防災クロスロード※を使った実習だった。この活動では、地域をより深く理解できたことに加え、地域を思い日々働く自治体職員たちの熱意と本気度に感化される生徒たちが少なからず現れたという。そして、一連の活動を経て、地域に対する思いや大学進学後の志について熱く語る生徒たちが生まれ、その中から"大逆転"と言えるほど学力を伸ばして志望大学に合格する生徒が出始めた。

※阪神・淡路大震災で災害対応にあたった神戸市職員へのインタビューをもとに作成されたカードゲーム形式の防災教材。

防災クロスロード発表風景

防災クロスロード発表風景

 可児高校関係者たちは、地域にいる本気の大人たちと関わることによって、あるべき自分に気付いて覚悟が決まり、惜しみなく勉強を始める生徒たちを目の当たりにした。そして、地域と連携したキャリア教育は、正課授業のAL化とともに、翌2013年から始まる可児高校の学校改革事業の柱に位置付けられることになった。

 

 その後も活動を積み重ね、2015年には現1年生全員が地域で展開される多数のイベント講座の1つに参加することが授業の一環として義務付けられた。背景にあったのは、地域活動を一部の有志生徒だけのものにしていると学校の雰囲気も変わりにくく、指導も徹底できないという判断だった。このエンリッチ・プロジェクト※と呼ばれる地域活動が目指すのは、ずばり高校と地域が一体となって行う「課題解決型キャリア教育」の実践だ。

※エンリッチ・プロジェクトとは、enrich、縁リッチ、縁立知、縁立地の意味が込められたプロジェクト名称。

地域総がかりのキャリア教育にするための仕組みづくり

 学力向上、キャリア保障、地域再生の3つを同時に実現しようというエンリッチ・プロジェクトだが、どのような内容と運営体制なのか。プロジェクトで実施されるのは、学年全体が数名単位のグループとなって参加するワークショップ形式の講座だ。ただ、1つ1つのワークショップを地域関係者を巻き込みながら、準備から実施に至るまで1人の教員が行うことは到底無理である。さらに、学校や自治体では数年ごとの人事異動は避けられない。だとすれば、人や環境が変わっても持続可能な、プロジェクト推進のための仕組みが不可欠となる。

 そこで可児エリアにある学校のキャリア教育支援を定常的な活動にしていくためのNPO法人縁塾(えんじゅく)が立ち上げられた。縁塾の役割は、可児市を含む可茂地区にある小中高校と地域を連携していくことだ。2015年、縁塾は夏休み期間に「夏のOPENエンリッチ・プロジェクト2015」を開催した。講座の基本形は、まず地域課題に取り組む大人や可児高OBOGの大学生などが講演を行い、それらを受け高校生も大人や大学生と一緒に考えるワークショップを行うというながれだ。1つの講座は1回1時間半から2時間程度で、期間中に実に48もの講座が開催された。

「夏のOPENエンリッチ・プロジェクト2015」のパンフレット

「夏のOPENエンリッチ・プロジェクト2015」のパンフレット

 プロジェクトの目的は高校生の学ぶ意欲を引き出すことなので、講座開発のポイントはいずれも少人数制で多様であることだ。たとえば、講座テーマは「子育て」、「話し方」、「アイデアを生み出す方法」などから「福祉とは何か」、「市職員として働くこと」、「国際交流・海外留学」まで多岐にわたる。当然、そのテーマ設定から人選、事前の入念な準備が講座の成否を分けることになるが、これを中心的に担うのが縁塾である。

 

そして、可児高校1年生は少なくとも1つの講座参加が必須になり、2、3年生の参加は任意だが複数参加もあったことから、のべ400人もの生徒が参加する一大プロジェクトになった。上述のように"スイッチが入った"生徒が多数いたことは想像に難くない。

 また、可児高校の公開授業と同日に行われたエンリッチ・プロジェクトの報告会も取材したが、それは報告会というよりは地域の様々な世代が参加するALの様相を呈していた。すなわち、報告のみならず地域課題のインプットの時間があり、最後はプロジェクトに参加した可児高校の生徒有志と大人たちが同じテーブルに着き、今後実行したい地域活動のアイデアを考え、発表する時間になっていた。協働し、共有した時間が次の学びや行動につながる内容になっていて、従来の学校や役所が開催する報告会のイメージを覆すものだった。


エンリッチ・プロジェクト報告会

エンリッチ・プロジェクト報告会


その場で関係者にアイデアをぶつける高校生も

 

日本初、高校生による条例制定を支援する議会

 次々に高いハードルを乗り越え、まだどこにもないようなALを融合したキャリア教育支援システムを構築してきた可児高校だが、ここに至るまでの重要なポイントはなんだろうか。

 まず挙げたいのが、キーパーソンである浦崎先生の持つ多様性とフットワークの軽さである。高校以外に中学校や自治体などでも勤務経験があり、目的に応じてネットワークを拡げて協働的に課題に取り組める人物が中心にいること。次に、防災クロスロード実習などでも協力してくれた可児市役所の若手職員たちのような口も手も出す外部の応援団。彼らは地域貢献に対する渇望感を持ち、浦崎先生の打診や相談に対して当初から真摯に機敏に対応している。そして、3つめは上記の学校と役所の動きに対して、即決と言ってよいほどの速さで呼応した可児市議会の存在が挙げられる。議会として高校生にできることを徹底的に議論し、その可視化に努めている点は特筆すべきであろう。

 可児市議会は議会改革の一環として、20歳以下の市民の意見に対して議会はどのように対応すべきなのかを検討し始めていた。当時、可児市議会議長だった川上文浩さん(現・同市議会議員)は、可児高校のキャリア教育の取り組みを聞きつけて、2013年11月に浦崎さんを訪問し意気投合。そこから可児市議会と可児高校の連携が始まった。翌2014年2月、議場で高校生がキャリア教育の活動報告を行う「高校生議会」が開催され、そこから若い市民の意見を議会が聞く機会として「地域課題懇談会(キャリア教育支援)」の実施が決まった。2015年12月には、この懇談会の一環として、「18歳選挙権をきっかけに政治と選挙を考える」と題した議会の出前授業が可児高校で行われた。授業では市長らの講演に続いて、生徒と議員、市職員が投票率向上をテーマにグループディカッションを行い、課題や解決策の共有をした。このような市民としての自己効力感を得られるALの機会があることで、高校生も初めて選挙権の意味を実感でき、地域への貢献意欲が生まれるのではないだろうか。

高校生と議員たちが協働する出前授業

高校生と議員たちが協働する出前授業

 さらに可児市議会は、この地域課題懇談会に関連する会議を会議規則内に規定し、議員が取り組むべき議会活動として体制整備を行った。その意味するところは、可児市議会は前述のエンリッチ・プロジェクトを含めた高校生のキャリア教育推進のための諸活動を、地方自治法上の公的な会議体に位置付けたということだ。そして、ついに2016年には高校生による条例の制定に向けての活動が開始されるという。

 

これら一連の議会の実効的な取り組みは、地域における高校生のキャリア教育を持続可能なものにするための仕組みづくりの一環で、議会としても本気であることの証左と言えよう。

意欲を高め、学力を伸ばすアクティブ・ラーニング

 次期学習指導要領でも重視されるのは、正解のない課題の設定と解決を可能にする能力・資質の育成だ。では、その課題は一体どこにあるのだろう。間違いなく言えることは、現在の日本の地域は課題山積であり、その解決を求めているということだ。つまり、それぞれの地域の課題を知らずして、体系化された知識を詰め込むだけでは今後の高校生の学びは成立しないと言い換えることもできるだろう。

 これまで都道府県立の高等学校に対しては、市町村が自治体として関係性を持ちにくいという経緯もあり、次世代の担い手育成という観点では高校生たちは地域で最も見過ごされ、浮いた存在であったのかもしれない。浦崎先生の言葉を借りれば、これまで地方の進学校は「人材流出装置」であったという。多額の投資をしても、優秀になればなるほど地元には帰ってこないからだ。しかし、自分の人生はどこに向かっているのか、何を学ぶべきなのかを高校の時に気付ける環境があれば、状況は一変する可能性がある。実際、可児高校が推進する課題解決型キャリア教育という壮大なALも始まりは小さな試みからであったし、首長部局と教育委員会との役所の壁も議会が本気になれば突破できるし、地域の人たちが持つスキルやノウハウも目的を共有できるNPOであれば着実に積み上がる。高校生のキャリア教育を強力に支援するうえで、この三者の役割と実績は、全国の多くの学校や自治体、地域でも「本気さえあれば」大いに参考になるモデルケースだろう。

 筆者は、冒頭の中央教育審議会答申の核心部分に大いに共感する。それは、教育は地域社会を動かしていくエンジンの役割を、学校は地域コミュニティの核としての役割を担えるし、担うべきだということだ。ただ、そのためには、学校は従来からの閉鎖的な体質から抜け出し、可児高校がチャレンジしたように「地域とともにある学校」へ転換していくことが極めて重要になるであろう。そして、そうした志や覚悟を支援していくことが、当研究所の大切な使命の1つだと感じている。

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著者プロフィール

石坂 貴明
いしざか たかあき 

ベネッセ教育総合研究所ウェブサイト BERD編集長

アメリカでホテル開発に従事後、ベネッセコーポレーションへ移籍。ベネッセ初のIRT(項目反応理論)採点の検定試験を開発、社会人向け通信教育(ニューライフゼミ)事業ユニット長、在宅主婦ネットワークによる法務サービス事業責任者等、主に新規事業に多く関わる。その後、移住・交流推進機構(JOIN)に出向し、総括参事として総務省「地域おこし協力隊」等を立ち上げる。教育テスト研究センター(CRET)事務局長を経て、2013年より現職。主に、「シリーズ・未来の学校」、「SHIFT」、「CO-BO」、「まなびのかたち」をプロデュース。 グローバル人材のローカルな活躍、日本の伝統と学びのデザインに関心。

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