初等中等教育研究室

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第3回 学校週6日制の是非 -実現のための条件とは-

2013年05月10日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 初等中等教育研究室
主任研究員 木村 治生

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【要旨】

近年、子どもたちの学力を維持し、学習内容の増加に伴う平日の負担を改善するために、各地で土曜日の活用が検討されている。これに対する保護者の意見は、「隔週実施」が6割と最多で、「完全週5日制」も「完全週6日制」も少数だ。大きな変化は望んでいないが、一定程度は土曜日の活用を求めている。とはいえ、土曜日の活用によって子どもや教員の負担が軽減されるかどうかには疑問が残る。新たな教育ニーズも増加しており、平日の負担は変わらないままに、土曜日の活動がプラスされる恐れもある。子どもの多様な体験を保障し、保護者や地域住民を巻き込んだ充実した土曜日の取り組みを実現するためには、教員や教育活動を支援するコーディネーターなどの増員が必要であろう。

学校週6日制をめぐる政策の流れ

最初に、学校週6日制をめぐる政策の流れを概観しておこう。

1990年代までの教育問題は、詰め込み教育で子どもたちが知識偏重になっており、生活体験、社会体験や自然体験などが不足していることにあった。家庭や地域で多様な体験をすることで、自ら学び、自ら考える力を養い、「生きる力」を育もう。学校週5日制はそうした理念の下に、1992年から月1回、1995年から月2回と段階的に行われ、2002年から完全実施された。(文部科学省「学校週5日制に関するこれまでの経緯」)。ところが、2000年代に入ると、子どもたちの学力低下が問題になり、完全学校週5日制による授業時数の削減と学習内容の減少が批判される。さらに、PISAなどの国際学力調査の順位の低下もあり、「基礎的な知識・技能の習得」だけでなく、「それらを活用する力の育成」も重視することが、文教政策の大きな方針になる。2010年代には、この方針に基づいて、新しい学習指導要領が全面実施(小学校2011年、中学校2012年)され、学習内容は大幅に増えた。その一方で、週5日制は基本的に変わっておらず、授業時数もそれほど増えていない。

要するに、今の教育課程は、学力を維持するために多くの学習内容を、きゅうくつな時間の中でこなしている状況といえる。学校現場では、教育相談や学校行事のための準備、児童・生徒会活動のための時間など、教科の学習指導にかかる以外の時間のやり繰りがたいへんになった。そうした理由から、たとえば東京都では、自治体や学校の自主的判断で月2回までの土曜授業を認めている(東京都教育委員会「土曜日における授業の実施に係る留意点について」)。同様の取り組みを行う自治体は、京都府、福岡県、横浜市、さいたま市、大阪市などにも広がりつつある。

学校6日制をめぐる保護者の意見

それでは、学校6日制に対して、保護者はどのように考えているのだろうか(図1)。ベネッセ教育総合研究所が朝日新聞社と共同で実施した調査(小2、小5、中2の子どもを持つ保護者対象)によると、「完全学校週5日制」を支持する者は17.9%にとどまり、「完全学校週6日制」の賛成も23.4%と四分の一に満たなかった。6割近くは、その中間である月2回程度の土曜日授業(「隔週学校週5日制」)を望んでいる。

図1. 学校週5日制に対する意見

このことは何を意味するのか。

第一に、今まで通りの週休2日は望む者は少なく、一定程度の土曜授業を望む者が多いが、この傾向は経済的にゆとりが「ない」と答えている保護者や、学歴が「大学・短大卒」よりも「高校卒」の保護者に顕著である。一定の層はより手厚い学校教育を望んでいる。

第二に、クロス分析の結果からは、保護者は学校が子どもを預かってくれると楽だから、といった理由で土曜授業を支持しているわけではない様子がうかがえる。たとえば、母親の職業別に見ても、「専業主婦」「パートやフリー」「フルタイム」で数値に大きな違いは見られない。また、学年別に見ても、意見の差はほとんどない。母親が働いているから、もしくは子どもが小さいから面倒を見てほしいといった自己都合で土曜授業を考える要素は、それほど大きくないようだ。

第三に、完全週6日制を望む者もそれほど多くない。保護者自身も週休2日が定着するなかで、子どもだけ土曜日に登校することの抵抗や、土曜日をさまざまな体験活動に活用することに利点も感じているのだろう。いずれにしても、保護者は、今以上を望むが大きな変更は避けるというバランスを考えた選択をしている。

学校6日制を実現するための条件

政策の流れを概観したように紆余曲折してきた学校週6日制だが、私も保護者の一人として、月に2日程度の土曜日の活用には賛成だ。このとき、子どもの多様な体験を保障し、保護者や地域住民を巻き込んだ取り組みを期待したい。保護者が教育活動を参観したり、自らも参加したりできるのは、学校や子どもたちの様子を知るよい機会だ。学校教育に関心を持ち、主体的にかかわるきっかけにもなる。

とはいえ、心配なのは教員をはじめとする学校の負担である。学校週5日制も、もともとは教員の労働問題という側面を持つ。アメリカの対日貿易赤字が拡大した1980年代に欧米諸国から日本人の労働時間の長さが非難され、政府は時短政策に乗り出すが、教員の週休2日もその流れが背景にある。しかし、教員の場合は、完全学校週5日制が実現した2002年以降、平日の勤務時間が増えた。ベネッセ教育総合研究所が実施している「学習指導基本調査」を見ると、小学校教員の退勤時刻は1998年から2010年にかけて55分遅くなり、中学校教員も1997年と2010年の比較では1時間以上も在校時間が増え、平均の勤務時間は12時間を超える。

要は、土曜授業の復活によってこうした状況が改善されるかだが、現状のままでは難しいように感じる。知識・技能を活用する力の育成や、新たな教育ニーズ(例えば、国際教育、情報教育、環境教育、法教育など)の出現など、これまでにはない指導の必要が強まっている。平日の業務は軽減されないままに、土曜日にこうした業務がプラスされる可能性が高いのではないか。もしそうだとしたら、学校現場は疲弊するし、子どもたちの負担も増える一方である。

この4月に中央教育審議会が答申した「教育振興基本計画」では、教育に対する公的支出のGDP比について、将来的にOECD並みを目指すことが明記された。教育は、未来に対する投資でもある。子どもの多様な体験を保障し、保護者や地域住民を巻き込んだ充実した土曜日の取り組みを実現するためには、教員や教育活動を支援するコーディネーターなどの増員が必要であろう。単に制度を変更するだけでなく、そこに本腰を入れて投資を行えるのか。そのことが、学校週6日制の成否を左右すると考える。

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著者プロフィール

木村 治生
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員

ベネッセコーポレーション入社後、初等・中等教育領域を中心に子ども、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究、学習のあり方についての研究、教育市場(産業)の調査などを担当。文部科学省や経済産業省、総務省から委託を受けた調査研究にも数多く携わる。専門は社会調査、教育社会学。これま でにかかわった主な調査研究・論文は以下の通り。

その他活動:東京大学社会科学研究所客員准教授(2007年)、中央大学非常勤講師(2005~2008年)など

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