初等中等教育研究室

ベネッセのオピニオン

第102回「一生学び続ける」を科学する①
~ベネッセ教育総合研究所が実践する研究概要~

2016年06月28日 掲載
 ベネッセ教育総合研究所 副所長 小泉和義

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 不確実な未来を子どもたちが生きていくために、どんな知識や技能が必要なのだろうか。 この問いに対する唯一の正解はありません。
 社会の変化とともに、その時代に求められる知識や技能も変化していきます。今必要な知識や技能を身つけたとしても、それだけでは多様で複雑になる未来の社会でおこるさまざまな課題を乗り越えていくことは困難でしょう。
 そうした社会を生きていく子どもたちの未来のために、今の教育にできることは何でしょうか。それは、どのように社会が変化してもその社会で必要な知識や技能を身につけようとする姿勢、そして、知識や技能を用いながら周囲の人とともに問題を解決していこうとする姿勢、すなわち「学び続ける」姿勢を育成することだと考えます。

 では、どうしたら「学び続ける」ことができるのでしょうか。今までにも、学びに関わるさまざまな研究知見が生み出され、教育現場ではそれらの知見を活用した実践もされています。しかし、乳幼児から社会人までの連続した「学びと成長」に関わる研究知見は、世の中にあまりありません。人が「学び続ける」ためのメカニズムを明らかにするためには、子どもから大人になるまでの連続した視点で見ていくことが不可欠であると考えます。私たちベネッセ教育総合研究所は、乳幼児から大学、社会人までを対象に、それぞれの学齢での実態だけでなく、学齢間の接続の実態も把握した上で、ずっと「学び続ける」ための課題と解決策を、さまざまな研究アプローチで明らかにしていきたいと思います。

学びと教育

 国立小児病院名誉院長でチャイルドリサーネット(CRN)名誉所長の小林登先生は「子どもは生物学的存在として生まれ、社会的存在として育つ」「そもそも子どもには『考える』『まねる』『憶える』などの知的な活動が、生まれながらにしてプログラムとして備わっており、新しいことを知りたいという欲求も持っている。そしてそれらのプログラム(「学び」のプログラム)をフル回転させるためのスイッチを入れるのが教育である」と言っています。(小林登文庫「教育と脳―システム情報論の立場から―」より抜粋。著者が一部修正)

 この考え方に従えば、赤ちゃんのときは、生来持っている学びへの欲求を満たす環境をつくることが大切であると言えます。そして、社会的存在として成長できるようにするために、徐々に社会の文脈の中で自己を客観視し、その中で学びをとらえられる環境をつくっていくことが、教育の役割ではないかと思います。
 私たちは、子どもが生来持っている「学び」のプログラムをフル回転させ、いくつになっても「学び続けること」ができるようにするために、何が必要なのかを明らかにしたいと考え、①発達段階ごとの学びと成長の中身の可視化(学ぶ内容、学ぶ方法、学ぶ目的、学びに対する意識) ②地域特性や個人特性と学びとの関係 ③学び手を支える環境(保護者、学校、社会など)と学びとの関係 の3点をベースに研究を進めていきます。また、当研究所が主に行ってきた量的調査だけなく、学習履歴のログデータ解析など、新しい手法も用いて知見を創出してまいります。

研究を進める上でのキーファクター

1 多様性

 子どもの学びに関わる実態は多様です。全国の平均値だけを追っていても、リアルな課題に迫ることはできません。たとえば現在、通常学級に通う特別支援を必要とする児童生徒は6%を超えているといわれています。また、地域による教育環境の違いも大きく、教育政策上の課題になっています。
 大規模な定量調査で、全体の傾向や流れを把握することはできますが、個々の実態や数字の裏側にある個別の多様な実態までは分かりません。個人の特性や地域の特性の違いによる課題を明らかにし、解決策を模索するため、質的な研究アプローチも加えていく必要があります。

2 社会環境の変化

 今後、環境変化として確実に起こる「少子化」「グローバル化」「科学技術の進展」は教育にも大きく影響を与えるでしょう。
 「少子化」は、学校の小規模化や統廃合などによる学校での集団活動への影響や通学に関わる問題、また、地域間格差の問題などをはらんでいます。「グローバル化」は、異文化の価値観の受け入れと、現実的には英語の活用の問題があります。「科学技術の進展」は、デジタル技術を活用した教材やコミュニケーションツール、ログデータ解析などで、授業スタイルや子ども自身の学習方法を大きく変える可能性があります。

3 学校段階ごとの環境の違い

① 幼稚園、保育所から小学校へ

 幼稚園、保育所での「遊び」中心の活動から、小学校では、授業での学習を中心とした活動へと変化します。たとえば、幼稚園、保育所では午前、午後という大きなくくりでの時間配分による活動でしたが、小学校では1コマ45分を単位に細かく授業時間が決められており、子どもにとっては大きな環境変化です。この時期は、学びに向かう力(好奇心や、頑張る力など)をしっかり身につけることが、小学校以降の文字・数・思考の力に大きく影響を与えることが分かっています。(ベネッセ教育総研 「幼児期から小学1年生の家庭教育調査・縦断調査」

② 小学校から中学校へ

 学習内容の抽象度が上がり、子どもたちの学力差が開いていく時期です。学習に関する悩みや疑問が増加するのもこの時期です。(図1:「第2回子ども生活実態基本調査」より)また、振り返り学習などの学習方法などを通して自分自身を客観的に振り返ること(メタ認知)を身につける大切な時期でもあります。

図1

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③ 高校から大学、社会での学び

 小~高校のような学びのナショナルスタンダードがなくなり、自由度が高まります。それ故、何をどう頑張ればよいのか、自分自身で目標を立て、計画・実行をしていく力がより必要になります。また、何のために学ぶのか、なぜ学ぶのかということを社会への貢献に引き付けて考えていくことも大切な時期でしょう。今の大学教育では学生の主体性を伸ばす試みが進みつつありますが、大学側のそうした活動が、実際に学生の主体性育成につながっているのかも十分検討する必要があります。

研究を通して伝えていきたいこと

 上記のキーファクターを考慮し、子どもの学びと成長のメカニズムを可視化すること、それを支える環境の在り方を探ることを通して、「学び続ける」にはどうしたらよいのかを明らかにしていきたいと思います。研究知見は、特に以下の観点を意識して、乳幼児~社会人までの連続したメッセージとして発信をしていく予定です。

1 いかにつなぐか

 前述のとおり、学校段階が変わるタイミングで環境が大きく変わることは、子どもの学びをとらえる上で大きな課題です。子どもの発達の視点、学校段階の接続の視点をもち、学びの環境が変化する中で「学び続ける」にはどうすればよいのか、地域の個々の実態に合わせた課題解決策を提案していきます。

2 いかに多様性を担保するか

 多様な子どもがクラスに存在する中で、それぞれの価値観を受け入れ、新しい価値を生み出す学びを実現するにはどうしたらよいのかを考えます。多様な子どもたちの個性が生きる教育実践の場は、社会からの要請でもあり、子どもたちの学び続ける姿勢を育てることにもつながるのではないかと思います。

3 いかに関わるか

 学び続ける姿勢を身につけるためには、大人が子どもにどう関わるのかが極めて重要です。特に保護者や教師は、子どもが接する数少ない大人です。たとえば、子どもを褒めることは子どもの自信を高める上でとても重要であり、それは高校生であっても当てはまります。(図2:「子どもの生活と学びに関する親子調査2015」より)
 大人が子どもから手を放し、一人で学び続けることができるようになることが目標です。子どもから手を放すために、どう手をかけていけばよいのか、解決策を探っていきます。

図2

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終わりに

 「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」

 これはインドのマハトマガンジーの言葉です。学びは人生を豊かにするための営みです。
 「一生学び続けること」は私たちの人生を豊かにすることにほかなりません。私たちの研究が、多くの人の人生を豊かにできることを願っています。

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著者プロフィール

小泉 和義
ベネッセ教育総合研究所 副所長

福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、高校の進研模試営業を担当した後、研究部門に異動。教育分野に関する調査研究、サイバー子ども学研究所のチャイルドリサーチネット(CRN)の運営に関わる。その後、学校向け情報誌進研ニュース(VIEW21の前身)中学版の編集担当、VIEW21(小学版、中学版、高校版)副編集長、VIEW21(小学版、中学版、高校版)編集長、情報編集室長を歴任し、現在に至る。任意団体 次世代の教育を考える会 幹事。

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