初等中等教育研究室

ベネッセのオピニオン

第126回 教育改革を実現するうえでこれから必要になること
『朝日新聞』との共同調査
(学校教育に対する保護者の意識調査)の結果をもとに考える

2018年04月05日 掲載
ベネッセ教育総合研究所 主席研究員 木村 治生

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大学入試改革 次期学習指導要領

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 近年の学校教育は、「知識・技能」の習得だけでなく、「思考力・判断力・表現力」の育成にも力を入れてきた。次の学習指導要領は、この枠組みを維持したうえで、さらに知識の理解の質を高め、多様な資質・能力を育てることを目標にする。それを実現する指導方法として、「主体的・対話的で深い学び」が重視される。教員には授業の改善が求められ、学校や行政にも教員の指導力向上のために多くのタスクが課されることとなる。

 今年度 (2018年度)は、こうした改革の流れを決定づける学習指導要領が、小中学校で移行期間に入る。そして、小学校は2020年度、中学校は2021年度に全面実施に。高校では、2019年度から移行期間に入り、2022年度に高校1年生から年次進行で実施される。また、大学入試は、2020年度に大学入試センター試験が大学入学共通テストに変わる。このように、今後の数年間は、改革の具体策を実行する段階となる。

 それでは、こうした流れに対して、保護者はどのように考えているのか。この点を明らかにしておくことは、改革を進めるうえでとても重要である。新しい学習指導要領では「社会に開かれた教育課程」が謳われ、保護者も改革の担い手として参画することが求められる。学校の取り組みや教育改革の方向性に対して保護者の支持がなければ、改革は覚束ない。そのため、本稿では、小中学生の保護者が、今までの学校教育やこれからの改革をどう評価しているのかを確認する。それを踏まえて、改革を実現するうえで、さらにどのようなことが必要になるか。その点を考えてみたい。

学校教育に対する保護者の意識調査

 検討の手がかりにするデータは、『朝日新聞』と共同で実施した「学校教育に対する保護者の意識調査」である。この調査は2004年、08年、13年、18年に行った。対象は、公立の小中学校に子ども(小2生、小5生、中2生)を通わせている保護者で、比較の条件をそろえるため毎回、同じ学校に調査を依頼※1。回収数などは、表1の通りである。なお、調査は4時点で行ったが、本稿ではすべてを紹介しきれない。詳細については、ダイジェスト版などにまとめているので、そちらをご参照いただきたい。

調査・研究データ
朝日新聞社共同調査 「学校教育に対する保護者の意識調査 2018」

表1:調査概要


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学校に対する満足度が高まっている

 最初に、保護者は子どもが通っている学校をどう評価しているのかを確認しよう。図1は、「総合的に見て、子どもを通わせている学校に満足か」をたずねた結果である。ここからわかるように、「とても満足している」が増加し、「あまり満足していない」が減少している。「とても満足」と「まあ満足」の合計は、2004年の73.1%から約10ポイント増加して83.8%に。図は省略するが小中学生別にみると、小学生の保護者は77.6%から86.8%、中学生の保護者は63.9%から77.8%になった。小学生の保護者のほうが満足度は高いが、中学生の保護者は伸びが大きい。「満足していない」という回答は全体の1割強で少数だ。

図1:学校に対する満足度(全体)


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 保護者が学校に対する満足度を高めているというのは、望ましい変化である。これまでの学校や教員の努力の成果ともいえる。では、誰が「満足」に転じたのか。属性別に推移を追うと、興味深い傾向が浮かび上がる(表2)。たとえば、保護者の学歴による違い。学歴別では、もともとは学校に対する評価が低い「母大卒・父大卒」が「満足」を増やした。さらに学校がある自治体の人口規模による違いで見ると、「東京特別区、政令市」といった都市部で「満足」が増えている。04年の結果では、学校に対する満足度は地方部のほうが高かったが、これが逆転。振り返ると、04年当時は学力低下が社会問題になっており、高学歴や都市部の保護者は相対的に学校に対する信頼が低かった。しかし、そうした学校をあまり評価しなかった属性で、「満足」が増えていることがわかる。

表2:学校に対する満足度(保護者学歴別/人口規模別)


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なぜ、学校に対する満足が高まったのか

 このことは何を意味するのだろうか。おそらく、この間の学校の変化が、高学歴の保護者や都市部に住む保護者にとって好ましい要素を備えていたのだろう。それは、具体的な取り組みに対して満足しているかをたずねた結果からもうかがえる。

 図2をみると、総じて「満足」という回答は増えているが、増加幅が大きいのは「学校の教育方針や指導状況を保護者に伝えること」と「先生たちの教育熱心さ」。調査を行ってきた十数年の間に、保護者による学校評価、地域学校協働本部、コミュニティスクール(学校運営協議会制度)など、保護者の学校参画を進める制度が進んだ。学校は、保護者との連携強化の取り組み(たとえば、授業公開、正課内外の教育活動に対する支援要請など)を進め、実践を伝える方法として学校のホームページを開設するなど伝達手段も広がった。さらに、情報公開によって、先生たちの努力の様子も見えるようになった。このようなコミュニケーションの促進は、それまで報道の影響などで学校に批判的な意識を持っていた高学歴の保護者や、学校との心理的な距離が遠かった都市部の保護者に、より強い効果を持ったと考える。

図2:各取り組みに対する満足度


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教育改革に対しては「賛成」が多い

 それでは、これから行われようとしている教育改革・入試改革に対して、保護者はどのような意識を持っているのだろうか。冒頭で述べたように、これから改革の具体策が目白押しだ。保護者の意見は、世論の一部でもある。その結果は、改革の成否にもかかわる。

 図3では、いま検討されている改革やすでに実施されている改革の具体策に対して、「賛成」「どちらかと言えば賛成」「どちらかと言えば反対」「反対」「よくわからない」を選択してもらった結果を示した。ここから言えるのは、大きく次の2点である。

 ①これから進められようとしている施策に対しては、「賛成」の意見が強い。「プログラミング教育」「小学校英語を必修・教科に」「道徳を教科に」といった教育内容にかかわる項目は7~8割が「賛成」。さらに、「入試で多様な力を重視」「入試に記述式導入」「英語4技能を入試で測る」など入試改革にかかわる関連する項目は、「よくわからない」が増えるものの「賛成」多数で「反対」は少ない。

 ②学校や教員の評価に関する施策に対しては、賛否が分かれる。「学力調査の結果を公表」「評価を給与・人事に反映」「指導力不足の教員を解雇」などは若干「賛成」が多いが、「子ども・保護者が学校・先生を評価」「学校評価に基づいて予算配分」などは「反対」のほうが多い。市場原理や競争原理の導入といった新自由主義的な教育施策に対して、慎重な保護者が一定程度いることがわかる。

図3:教育改革・入試改革に対する賛否(2018年調査)


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認知の低さに留意すべき

 とはいえ、保護者はこうした改革の具体策に対し、深く理解したうえで賛否を表明しているわけではない。学習指導要領の改訂の認知についてたずねたところ「変更内容についてよく知っている」は0.8%、「変更内容についてだいたい知っている」は9.8%だった。「変更されることは知っているが変更内容は知らない」は42.1%、「変更されることを知らない」「学習指導要領がわからない」は合わせて46.3%と多い。「大学入学共通テスト」導入についての認知も同様の状況で、「変更内容について(よく+だいたい)知っている」は15.7%にとどまる。そもそも保護者は、改革の中身まではよく知らないのだ。

 自治体(教育委員会)や学校は、改革の具体策を実行するにあたって、この点に留意する必要がある。前述したように、学校に対する保護者の評価が高まったのは、情報公開を進めたことが一因と考えられる。取り組みの内容をよく知らなければ、協力しようという気は起きにくい。教育改革に関わる施策も同様に、保護者の参画を促すためには、まずはその意義や内容を伝えることが有益だろう。「社会に開かれた教育課程」を謳い、保護者にも改革の担い手としての参画を求めるのであれば、まずはその認知を高め、理解を得ることが条件となる。

改革を実現するうえで重要なこと

 さらに重要なのは、改革を実現するうえで、国や自治体、学校がどこまでリソースを投下できるかだ。改革は「あるべき姿」を追求したがゆえに、現実とのかい離が生まれる可能性もある。

 新しい学習指導要領では、知識・技能の分量は減らさずに、多様な資質・能力を育成するという。しかし、授業時数を増やす余地はほとんどない。それを解決しようとすると、無理な詰め込みや宿題の増加など、子どもの負荷が高まる懸念がある。そもそも多様な資質・能力をどう評価するのか。その指標づくりや測定方法の開発も必要となる。「主体的・対話的で深い学び」は指導の準備に手間がかかるが、教員に時間的な余裕はない。また、指導には一定の技量が必要だが、教員によってばらつきがある。指導に集中するには業務のICT化や専門職の充実を図りたいが、それも十分とはいえない。課題は次から次に浮かび、枚挙にいとまがない。

 こうした問題の解決策が、今までにありがちな“教員の努力に頼る”といった安易な方策にならないことを強く望む。「あるべき姿」と現実とのかい離を埋める作業は、子どもの学びの環境を豊かにして、将来に必要な資質・能力を育てることと同義である。そのために必要な人・物・金・時間の投下は、大人の責任としてしっかりやるべきだ。本調査では、「学校教育を育てるために税金が増えるのは仕方がない」という意見か、「学校教育は現状のままでよいので、税金は増やさないほうがよい」という意見のどちらに賛成するかをたずねている。結果は、前者が13年調査から4.2ポイント増えて53.0%と過半数に。負担を覚悟しても、教育を充実させたいと願う保護者が増えている。それぞれが、できる範囲で応分のリソースを拠出してくことを、これからの未来を創る責任として考えていきたい。

※1 同じ学校に協力いただけなかった場合は、できるだけ条件が似ている近隣の学校に依頼をした。回収したサンプルは、各調査で同様に4つのエリア区分を設け、そのエリアの児童・生徒割合に合せるウェイト付けを行い、データを補正している。


調査・研究データ
朝日新聞社共同調査 「学校教育に対する保護者の意識調査 2018」




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著者プロフィール

木村 治生
ベネッセ教育総合研究所  主席研究員

ベネッセコーポレーション入社後、初等・中等教育領域を中心に子ども、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究、学習のあり方についての研究、教育市場(産業)の調査などを担当。文部科学省や経済産業省、総務省から委託を受けた調査研究にも数多く携わる。専門は社会調査、教育社会学。これまでにかかわった主な調査研究・論文は以下の通り。

その他活動:東京大学社会科学研究所客員准教授(2007年、2014年)、中央大学非常勤講師(2005~2008年)、横浜創英大学非常勤講師(2018年~)など

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