激しい社会変化のなかで、子どもの生活や学びもどのように変化しているのか。
その変化を多面的、継続的に捉えるために、ベネッセ教育総合研究所と東京大学社会科学研究所は共同研究プロジェクトを立ち上げました。
そこで実施された調査の結果データを、いま多くの研究者たちが分析しています。
本プロジェクトデータから得られた洞察と仮説をもとに、社会課題の解決の糸口を模索しています。
研究論文には書ききれなかった思いと展望を、研究者自身が伝えます。
子どもの学業成績・子どもの進学期待・
母親の進学期待の相互関係 /鳶島 修治

- 鳶島 修治
群馬大学 情報学部 准教授
専門領域:教育社会学
東北大学大学院 教育学研究科 総合教育科学専攻 博士後期課程 修了 博士(教育学)
主な論文
鳶島修治,2016,「読解リテラシーの社会経済的格差――PISA2009のデータを用いた分析」『教育社会学研究』98: 219-239.
Tobishima, Shuji, 2018, “Family Structure and Children's Academic Achievement in Japan: A Quantile Regression Approach,” Educational Studies in Japan: International Yearbook, 12: 107-119. 鳶島修治,2020,「中高生の教育期待形成における父母の期待の相対的重要性」『教育社会学研究』107: 111-132.
分析の背景
日本社会において出身家庭の社会経済的地位等による進学機会の格差、いわゆる「教育格差」が存在することは広く知られている(松岡 2019)。
教育格差が生み出されるプロセスについて、これまでの研究では子どもの学業達成や進学期待(どの教育段階まで進学することを期待するか)、
親の子どもに対する進学期待の重要性が指摘されてきた。また、これらの要因がそれぞれ強く関連していることも繰り返し確認されている(卯月 2004; 藤原 2009; 垂見 2021など)。
しかし、データの制約もあり、これらの要因間の複雑な関係が十分に解明されているとはいえない。
たとえば、子どもの学業成績が親の進学期待に影響するのか、親の進学期待が子どもの学業成績に影響するのか、あるいはその両方なのかという問題がある。
パネル調査のデータを利用することで、このような変数間の相互関係を分析することが可能になる。鳶島(2022)では「子どもの生活と学びに関する親子調査」の
データをもとに子どもの学業成績と母親の進学期待との相互関係を検討したが、子ども本人の進学期待は考慮できていなかった。本稿では、同調査のデータを用いて、
子どもの学業成績・子どもの進学期待・母親の進学期待という3つの変数間の相互関係を検討したい。
分析方法
「子どもの生活と学びに関する親子調査」のWave1~4のデータを用いて、子どもの性別や母親の学歴による違いに着目しつつ、子どもの学業成績・子どもの進学期待・
母親の進学期待の相互関係を検討する。パネルデータを用いて変数間の相互関係を分析する手法として、交差遅延効果モデル(cross-lagged effects model)を用いる(Finkel 1995)。
分析対象は中学生(中1・中2・中3の3時点)である。Wave1~3(Wave1時点で子どもが中1)またはWave2~4(Wave1時点で子どもが小6)の3回の調査に子どもと母親が回答したケースのみを
分析に使用した。また、子どもの学業成績を分析に用いる都合上、公立学校の生徒とその保護者に対象を限定している。
子どもと母親の進学期待については、大学または大学院までの進学を期待しているか否かを表す2値の変数を用いる。
「その他」や「まだ決めていない」という回答は扱いが難しいが、ここでは大学進学を期待していないとみなした。子どもの学業成績については、国語・数学・理科・社会・英語の
5教科の成績自己評価(「5:上のほう」から「1:下のほう」の5段階)の平均をとった変数を用いる。この他には、男女別の分析や母親の学歴別の分析を行う際のグループ変数として、
子どもの性別(男子/女子)と母親の学歴(大卒/非大卒)を用いる。母学歴については短大卒のケースも「大卒」のカテゴリに含めた。
分析結果
交差遅延効果モデルでは、時点tの変数xから時点t+1の同じ変数xへのパスの係数を「自己回帰係数」、時点tの変数xから時点t+1の別の変数yへのパスの係数を「クロスラグ係数」と呼ぶ。 子どもの学業成績・子どもの進学期待・母親の進学期待という3つの変数の3時点での測定値を分析に用いると、6個の自己回帰係数と12個のクロスラグ係数が推定される。 図1に示したモデルを推定したところ、自己回帰係数とクロスラグ係数(黒の実線で示したパス)のほとんどが統計的に有意な正の値 (p<0.05)を示した(有意かどうかにかかわらず、負の値を示したものはなかった)。そのため、以下では係数が有意でなかったパス(p>0.05)に注目して分析結果を整理する。

サンプル全体の分析(N=1,317)では、「子期待1→子成績2」と「子期待2→子成績3」の2つのクロスラグ係数が有意でなかった。
子ども本人の進学期待と学業成績は強く関連しているが、学業成績が進学期待に影響するのであってその逆ではない、と解釈できる。ここで挙げた2つ以外の係数はすべて有意であり、
子どもの進学期待と母親の進学期待のあいだには双方向の影響が認められる。子どもの学業成績と母親の進学期待との関係についても同様である。
男女別の分析では、女子(N=684)に関して「子期待1→子成績2」と「子期待2→子成績3」が有意でなかった。これはサンプル全体の分析結果と一致する。男子(N=633)に関しては、
「子期待1→子成績2」と「子期待2→子成績3」が有意でないことに加え、「母期待1→子成績2」と「子期待1→母期待2」のクロスラグ係数も有意でなかった。
また、母学歴別の分析では、大卒層(N=676)で「子期待1→子成績2」、「子期待2→子成績3」、「子期待1→母期待2」の3つのクロスラグ係数が有意でなかった。
これに対し、非大卒層(N=571)では「子期待1→子成績2」、「子期待2→子成績3」、「母期待1→子成績2」、「母期待2→子成績3」の4つが有意でなかった。大卒層と異なり、
非大卒層では母親の進学期待が子どもの学業成績に影響していない。
子どもの進学期待と母親の進学期待との関係も重要な論点ではあるが、ここでは学業成績と進学期待の関係に注目して結果を整理する。子どもの学業成績と進学期待に関しては、
「子どもの成績→子どもの期待」の関連は見られるものの、「子どもの期待→子どもの成績」の関連は確認されなかった。他方で、子どもの学業成績と母親の進学期待のあいだには、
「子どもの成績→母親の期待」の関連とともに、「母親の期待→子どもの成績」の関連も(母親が大卒の層では)観察された。子どもの学業成績に対して子ども本人の進学期待は影響せず
母親の進学期待が影響していることは、教育達成過程における母親の進学期待の重要性を改めて示すものといえる。
社会課題との関連
教育格差との関連で注目されるのは、「母親の期待→子どもの成績」という向きの関連が大卒層でのみ見られ、非大卒層では見られなかったことである。
大卒の母親は子どもに大学進学を期待しやすく(松岡 2019)、母親が大学進学を期待していたとしても、それが子どもの学業成績の高さにつながるかどうかが母親の学歴によって左右されている。
このことが出身家庭背景による教育格差が生じる1つの要因になっている可能性がある。母親の学歴によるこうした違いがなぜ生じるのかは直接検討できていないが、
家庭内での親の子どもに対する働きかけや学校外教育の利用等が関係しているのではないかと推測される。この点についての検討は今後の重要な課題である。
子どもの学業成績・子どもの進学期待・母親の進学期待のあいだの関係に第三者が介入することは容易でない。それゆえに、本稿の分析で得られた知見は、
教育格差の解消に直接的にはつながらないかもしれない。しかし、教育格差の縮小に取り組む上では、格差が生み出されるプロセスやメカニズムを理解することが不可欠である。
その意味で、本稿の知見は間接的にではあるが教育格差という社会課題の解決に寄与しうるものだといえるだろう。
引用文献
Finkel, S. E., 1995, Causal Analysis with Panel Data, Sage.
藤原翔,2009,「現代高校生と母親の教育期待――相互依存モデルを用いた親子同時分析」『理論と方法』24(2): 283-299.
松岡亮二,2019,『教育格差――階層・地域・学歴』筑摩書房.
垂見裕子,2021,「社会関係資本と学力格差――社会関係資本の関係性(つながり)と規範に着目して」耳塚寛明・浜野隆・冨士原紀絵編『学力格差への処方箋――[分析]全国学力・
学習状況調査』勁草書房,77-91.
鳶島修治,2022,「子どもの学業成績と母親の進学期待――パネルデータ分析による相互関係の検討」東京大学社会科学研究所附属社会調査・
データアーカイブ研究センター編『2021年度参加者公募型二次分析研究会 「子どもの生活と学びに関する親子調査」(パネル調査)を用いた親子の成長にかかわる要因の二次分析
研究成果報告書』37-55.
卯月由佳,2004,「小中学生の努力と目標――社会的選抜以前の親の影響力」本田由紀編『女性の就業と親子関係――母親たちの階層戦略』勁草書房,114-132.
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