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2020.10.02 update

「暗記科目だから苦手」「覚えることが多くてイヤ」と、生徒から敬遠されがちな中学校社会科の地理的分野。しかし、本来は、地形や気候の特徴からその地域や国の人々の生活が浮き彫りになることから、生徒が自分事として捉えやすい分野だ。横須賀市の中学校で教鞭を執る清田直紀先生は、人物や物語からアプローチした授業づくりで、地理への見方を変えようとしている。今回、中学1年生に行った2つの授業をオンラインで模擬授業として実施。地理の楽しさを伝える指導の工夫について、参加者と意見を交わした。

1.地理の知識やデータに血を通わせたい

 生徒に社会科で学べる内容が社会や生活につながっているという実感を持ってもらいたいという思いから、神奈川県の横須賀市立田浦中学校に勤める清田直紀先生は、3年前から担当する社会科の授業で、知識と人・物語を関連させた授業づくりにチャレンジしてきた。中学1年生を担当する今年度は、地理的分野の授業で、具体的な人物を挙げて、日本人が世界の国々とどのようなかかわりがあるのかを伝えている。

 生徒はそうした授業に強い関心を示し、「ほかの国にも、日本人がかかわっている例はありますか」と質問を受けることも少なくない。地理の授業への見方を変えていく生徒の姿をうれしく思う一方、学ぶべき知識・理解への意識が薄れてしまうのではないかという課題意識を持った。

 「知識の習得だけであれば、インターネットなどでも十分可能であり、今や知識の習得にとどまらない授業のあり方が問われています。ただ、人物を中心とした道徳的内容であれば、道徳の授業で行えばよいという考えもあると思います。私が試行錯誤している授業に対して広く意見をうかがいたいと思い、今回の模擬授業にチャレンジしました」(清田先生)

 オンライン模擬授業には、教員や保護者、教員志望の学生など、全国から約20人が参加。清田先生は、中学1年生に実施した「アフリカ州」と「ヨーロッパ2」がテーマの2つの授業を各15分に圧縮して行った。

■オンライン模擬授業の概要

◎「アフリカ州」
アフリカの北西部に位置するモーリタニアを取り上げ、同国の経済発展に日本人がかかわっていたことを、同国の自然環境や社会状況を踏まえながら解き明かしていく。
[概略]
東日本大震災の際、モーリタニアの日本大使館に総額4570万円の寄付金が集まった。同国の平均月収が7000円という中で、なぜそれほどの寄付金が集まったのか。実は、JICA(国際協力機構)から派遣された中村正明氏の存在があった。同氏は、同国の海域に生息するタコに着目し、タコ漁を普及させた。漁獲したタコは日本に輸出。日本が輸入するタコの35%をモーリタニア産が占めるほどであり、タコは同国の主力輸出品となった。同氏は2010年に国家功労賞を受賞。同国の経済発展に尽力した日本人への恩返しとして、多額の寄付金が寄せられたのだ。

◎「ヨーロッパ2」
2つの世界大戦の反省を踏まえて設立されたEUには、日本人がかかわっていたという切り口で、EUの考え方に迫る。
[概略]
パン・ヨーロッパ主義は、戦争を阻止するために欧州全体で話し合い、「共通のルール」をつくるという考え方で、EUの礎でもある。それを提唱したリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーは、ノーベル平和賞に19回ノミネートされるほど、EUの設立に大きな影響を与えた。同氏は、多民族国家であるオーストリア・ハンガリーの出身だが、母は青山みつという日本人。日本初の正式な国際結婚と言われていて、同氏は日本生まれの日本育ちだった。自身が多様なルーツを持つからこそ、多様性を認めることで欧州を一つにするという発想が生まれたのではないか。同時期に出版された岡倉天心の書籍に記された「Asia is One」の影響もあるかもしれない。

 実際の授業は、全3時間の2時間目に実施。1時間目に学習用動画を見て、単元の概要をつかみ、2時間目に本授業、3時間目は演習問題に取り組むという内容だ。つまり、生徒はある程度の知識を得た上で、本授業に臨んだ。

 授業は、プレゼンテーションソフトで作成したスライドを見せながら、適宜、清田先生が生徒に発問。隣の席の生徒同士で知識を確かめ合い、意見を交換する機会を設けた。また、プリント等は配布せず、生徒は気になったことをノートに書き込む。授業の最後には、本時のまとめを「今日の授業を家族に話すとしたらどう伝えるか。そのとおりに書こう」と書かせ、提出させた。

2.生徒の嗜好を念頭に、起伏のあるテンポのよい展開に

 日本とモーリタニア、日本とEUの意外なかかわりが明かされていく展開に、参加者はぐいぐいと引き込まれていき、授業の途中からチャットには様々な質問や感想が書き込まれていた。模擬授業後は、東京都小金井市立前原小学校の蓑手章吾先生の司会で、清田先生と参加者とでディスカッションが行われた。

 まず挙がったのは、授業づくりの工程に関する質問だ。「どのようにして、人物と地理を結びつけていますか」という質問に、清田先生は、新聞や雑誌、テレビなどから着想を得ていると回答。日頃から授業づくりが頭にあるためか、目に入ってきたことが地理に結びつくとひらめく瞬間があり、それをさらに調べていき、具体化していくと説明した。

 「例えば、EUの授業は、以前読んだ書籍にあった『EUの母は日本人だった』という一文を思い出したことがきっかけです。今もあるEUの設立に日本人が関係していたと分かれば、生徒は『日本はすごい』と思え、日本を愛する心が持てるのではないかと考えました」(清田先生)

 続いて、「授業展開がテレビのバラエティー番組のようでしたが、それは意識的ですか」という質問に対して、清田先生は、商業的に成功を収めている映画のストーリーについて分析した書籍『神話の法則』を参考にしていると説明。

 「一見関係のない話題から始めて、起伏のある展開にして、最後はハッピーエンドとなるようにしています。生徒がよく利用する動画配信サービスのコンテンツは、長くても10分、短ければ数十秒で終わりです。そうした展開に慣れている生徒が授業に関心を持てるよう、一つひとつの話は短くして、場面をテンポよく変えています」

3.学習意欲を高めるのは、記憶に残る授業

 諸外国と日本の意外な関係を示した授業に、参加者は大いに刺激を受け、授業をさらに発展させるアイデアが次々に提案された。

 「日本人として感謝したい外国人とその国との関係を取り上げても面白そう」
 「国際援助の成功例だけでなく、失敗例も伝えておきたい。両面をバランスよく学んだほうがよいと思いました」
 「現地の人が、どのように思っていたのかも、ぜひ加えたい」

 「授業では2回とも日本人が登場して、親近感が湧きましたが、そこもねらいでしょうか」と、蓑手先生が質問すると、清田先生は授業への思いを次のように語った。

 「日本にもよい面、悪い面の両方がありますが、生徒の発達段階を考えると、まずはよい面を知り、日本人としての自己肯定感を持てるようにしたいと考えています。失敗や悪い面については、自分が疑問を持った時に調べればよいと、長期的な学習として捉えています」

 その一方で、地理では、教科学習としては資料やデータが重要であり、参加者から、「人物や物語がクローズアップされすぎると、知識として習得すべき内容に意識が向きにくくなるのではないでしょうか」といった指摘があった。

 蓑手先生は、「今回のテーマでもありますが、一人の人物を取り上げて、その素晴らしさに迫るのは、道徳的でもあります。それならば、道徳の授業で行えばよいといった考え方もあると思いますが、いかがでしょうか」と、参加者に投げかけた。

 すると、参加者から「人物を通して地理の知識を捉えるというこの授業をロールモデルとして、生徒が自分なりの地理の見方・考え方を身につけられる機会となるのではないでしょうか」といった意見が挙がった。

 また、保護者だという参加者は、「学びの意欲は、感動的な気持ちから出てくるものでもあると思います。今回のような記憶に残る授業は、どの教科にあってもよいのではないでしょうか」と、授業の内容だけでなく、どの先生から学ぶかも重要だと指摘した。

 清田先生は、生徒が社会科の授業として捉えられるような工夫をして、例えば、アフリカ州の授業では、「砂漠化」「スラム」「モノカルチャー経済」など、教科書の重要語句をスライドでは赤色で示して強調し、前時の復習をできるようにしたと説明。

 「生徒が書いた授業の感想を見ると、重要語句が使われたものもありました。生徒には、授業の意図が伝わっていたのだと思います」(清田先生)

4.授業後はあえて突き放し、生徒の意欲に任せる

 授業で学んだ見方・考え方や高まった学習意欲を、次にどうつなげていくかも課題となる。蓑手先生は、「授業が面白かったからこそ、『もっと知りたい』と言ってきた生徒には、どう対応されていますか」と質問。清田先生は、「そこは、生徒に自分で学んでほしいので、あえて突き放します」と答えた。

 「例えば、『外務省のウェブサイトに、諸外国と日本との関係を紹介したコンテンツがある』とヒントは教えますが、具体的なことは伝えません。生徒が自分でその次の学びに進めるような授業を目指しています」(清田先生)

 学年全クラスの授業が終わると、「社会科通信 世の中」で生徒たちの感想を紹介。他者の考えをクラスを超えて共有し、刺激し合えるようにしている。

 蓑手先生は、生徒が授業で抱いた関心を次の学びに発展させるために、新たな探究学習を提案した。

 「今回の授業を手本として、今度は、生徒が日本と外国のかかわりを調べて、発表するという活動が考えられます。人気バラエティー番組のように、世界地図にダーツを投げて当たった国を担当させたら、生徒も盛り上がって意欲的に取り組めるでしょう。知識の習得はもちろん、清田先生が授業でどんな工夫をしているのかにも気づき、他者に伝える力の育成にもつながるのではないでしょうか」

 蓑手先生の提案に対して、清田先生は、「時間を作って、ぜひ実践したい」と意欲を見せた。

 「今日提案いただいた様々なアイデアを取り入れて、さらに生徒が地理を好きになるような授業を目指していきます。『どの先生から学ぶのかが重要』と言われていましたが、私自身がそうした存在になれるよう、楽しいオーラをまとって授業をしていこうと、思いを新たにしました」

プロフィール

清田 直紀

清田 直紀(せいた なおき)

横須賀市立田浦中学校教諭。社会科担当。教員18年目。「面白くて楽しくてためになる授業づくり」を心掛けている。学校外での活動として、「教育サークル三笠」(教師のための学習会)を主宰。オンラインや対面式の学習会を開催し「先生たちの学びの場」を提供。また、「センセイの駆け込み寺」(教師向けオンライン無料お悩み相談)も主宰。北海道から中国・四国など日本各地の先生方の悩み相談にのり、共に解決策を考えている。

蓑手 章吾

蓑手 章吾(みのて しょうご)

教員14年目。専門教科は国語で、教師道場修了。特別活動や生活科・総合的な学習の時間についても専門的に学ぶ。特別支援学校でのインクルーシブ教育や、発達の系統性、学習心理学に関心をもち、教鞭を持つ傍ら大学院にも通う。特別支援2種免許を所有。ICT活用に関しても高い関心があり、多くのセミナーや勉強会に参加。ICT CONNECT21が主催する「先生発!最新のICT技術で教育現場を変えるハッカソン」ではグランプリを受賞。現任校ではICTプロジェクト主任も務める。
現在「教育の鉄人」こと杉渕鉄良氏主宰のユニット授業研究会に所属。その他、多種多様なセミナーや研修会、文献などからも学力向上について理解を深めている。 セミナー登壇経験多数。共著に『全員参加の全力教室2』『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』などがある。
https://ict-enews.net/2017/10/27maehara-2/ https://edtechzine.jp/article/detail/1420

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