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大学授業レポート~新たな学びのスタイル~

【日本の大学のルーツを探る】
「自由の学風」の下に集った学生や研究者は、
「創造」と「越境」をいかに繰り返してきたのか

京都大学 総合博物館
京都大学創立125周年記念事業 2022年度特別展「創造と越境の125年」

日本で2番目の帝国大学として1897年に創立された京都大学は、2022年に創立125周年を迎えた。その記念事業として、2022年10月5日~12月4日、特別展「創造と越境の125年」(以下、本特別展)が開催された。「創造」と「越境」をキーワードに同大学の125年間の軌跡を読み解くと、日本の大学のルーツとこれからの大学教育で大切にしたい姿勢が見えてくる。本特別展を企画した京都大学の塩瀬隆之准教授に話を聞いた。

  • 塩瀬隆之

京都大学 総合博物館 研究部情報発信系 准教授
京都大学工学部精密工学科卒業、同大学院修了。博士(工学)。京都大学総合博物館准教授を経て、2012年7月より経済産業省産業技術環境局産業技術政策課技術戦略担当課長補佐。2014年7月、京都大学総合博物館准教授に復職。
共著書に、『科学技術Xの謎』(化学同人)、『インクルーシブデザイン』(学芸出版社)、『問いのデザイン』(学芸出版社)等。日本科学未来館“おや?”っこひろば 総合監修者。NHK Eテレ「カガクノミカタ」番組制作委員。文部科学省中央教育審議会初等中等教育分科会「高等学校の数学・理科にわたる探究的科目の在り方に関する特別チーム」専門委員。

塩瀬隆之

研究や学びに没頭できる環境は、「自重自敬」が原点

 「自重自敬」。京都帝国大学初代総長の木下広次が、創立後最初の入学宣誓式で述べたこの言葉が、京都大学の「自由の学風」の原点にある(写真1)。文部省(現文部科学省)の行政官だった木下初代総長は、高等教育改革の流れの中で京都帝国大学の創立にかかわり、そのまま初代総長に就任した。京都大学総合博物館の塩瀬隆之准教授は、木下初代総長が「自重自敬」に込めた思想を次のように解説する。
 「『自重自敬』は、『自分を重んじて自分を敬え』と解釈されることもありますが、それだけではありません。木下初代総長は、自分の中に軸を持ち、自分を律して行動することが、自立独立につながるという意味で、この言葉を学生に投げかけたとも言われています」
 この思想を身近に感じるものに、「学年と学科を結びつけない履修制度」がある。京都大学では、基本的に留年がない。多くの大学は、履修科目が学年ごとに配置され、指定された科目または単位数を修得できなければ次学年に上がれず留年となる。一方、同大学では、履修する順番やペースは、学生本人の能力に応じて自分自身で決めるといった考えがベースにあり、卒業までに指定された科目・単位数を修得すればよい履修制度となっている。同じ学年に留まる留年が生じないため、学生を1回生、2回生と大学に在学した年数で呼称している。ただし、単位がそろわなければ5回生、6回生と増えていく。

写真1 木下広次初代総長による「自重自敬」の揮毫。
写真1 木下広次初代総長による「自重自敬」の揮毫。

 自立独立を究めた先に、真の自由がある。学生や研究者は、その基本思想を胸に刻み、勉学や研究に励む中で「創造」と「越境」を繰り返してきた。自分の中に軸をどう育むかを表しているのが、創立当時から受け継がれてきた「好学の志操」という言葉だ。
 「好学、すなわち学問への好奇心を抱き、志の操を立てることが、自分の軸となるのです。そうした軸さえあれば、他者からの評価に揺らぐことはなく、壁にぶつかったとしても、それは失敗ではない。自分の人生を賭けるくらいの気持ちで、特定のテーマに没頭する姿勢が、『創造』と『越境』を生み出すのです」(塩瀬准教授)

 

自分で探し、選び、作る行為は、自由への第一歩

 この言葉の裏側には、当時、同大学が置かれた厳しい状況も見え隠れするという。
 「当時、大学の役割の一つに図書や器械、標本を蓄えることがありましたが、本学は東京帝国大学に比べて、予算に大きな制約がありました。そうした環境でも、一人ひとりに『好学の志操』があれば学びは充実するといったメッセージがあったのでしょう。実際、研究では、必要な道具そのものを自分たちで作ることから始めざるを得ない状況が、結果として自ら探し、自ら創り、自ら使うという様々な創造につながっていきました」(塩瀬准教授)

 本特別展に展示されている、「KDC-Ⅰ(京都大学ディジタル型万能電子計算機第1号)」はその好例である。KDC-Ⅰは、同大学の大学院生が「学内で使用できるコンピューターをつくる」という目的で日立製作所に派遣され、1959年に同社と共同開発した電子計算機だ。日本の大学向けに開発された最初のトランジスタ計算機であり、同大学の教育用計算機のインフラとなった。
 「与えられたり、買ったりした道具には、あらかじめ目的が付与されていますが、自分たちでつくる道具は目的を自由に決められます。自分で探したり、選んだり、作ったりする行為は、そういった他者が付与する目的や評価からの解放であり、自由への第一歩となり、そこから創意工夫による創造が始まるのだと思います」(塩瀬准教授)

 

対話を通して創造できる場をつくり出す

 本特別展には、ほかにも先人による創造の事例が数多く展示されている。

 同大学が重視してきた方針の一つが、対話を通じて創造することだ。その姿勢がよく表れているのが、ノーベル物理学賞受賞者で、同大学名誉教授の湯川秀樹氏が、コロンビア大学客員教授時代に当時の総長に送った書簡である。

 そこには、「湯川記念館」と呼ばれ、後に京都大学基礎物理学研究所となる施設の創設にあたり、「日本にいる200人の素粒子物理学者が全員入れる講演室がほしい」「くつろげる談話室がほしい」などといった要望が綴られている。それらの意見を取り入れて1953年に開設した同研究所は、大学の枠を越えて研究者が共同で利用できる「共同利用・共同研究拠点」の第1号として認定された。
 「研究所では、創設当初から、研究者による創造的な対話が定期的に行われていました。湯川氏は、『対話の場には甘いものが欠かせない』とお考えで、研究所で購入された実際のお菓子の領収書も本特別展に展示しています。このお菓子付きの対話は、現在も引き継がれていて、コロナ禍で対面会議からオンライン会議に切り替わっても、研究所入口で同じお菓子を受け取り、それぞれの研究室に持ち帰る甘いものの共有は続いているのです」(塩瀬准教授)

 京都大学生活協同組合(以下、生協)の創立と拡大に関する記録展示も、同大学の自由と創造の学風を表している。

 同大学の生協は、戦後、国民がインフレや貧困にあえいでいた時期に、学生自らが食べ物や学用品を共同購入する組合を創設したのが始まりだ。この組合が、1949年に職員組合厚生部などと併合して誕生した経緯がある。
 学生のニーズに対応して学生生活の向上を支えており、例えば、ムスリムの留学生が増えてきた際には、同大学の生協スタッフが学生やイスラム文化センターらの協力を仰ぎながら、いち早く提供可能なハラル食の在り方を探究した。
 「もともと大学という組織自体が、学生による組合から始まっています。11世紀のイタリアのボローニャ大学は、学生がヨーロッパ中から集まって組合を組織し、ローマ法をはじめ自分たちが学びたいことを教えられる先生を雇用するという形態でした。本学の生協においても、自分たちの手で必要なものを自らつくり出すという創造の姿勢が息づいています(写真2)」(塩瀬准教授)

写真2 多様な方向性の「創造」を繰り返して京都大学の歴史が形作られてきた。
写真2 多様な方向性の「創造」を繰り返して京都大学の歴史が形作られてきた。

 

飽くなき「創造」の追求の結果、「越境」が自然と起こる

 本特別展には、特定のテーマを追求した結果、新たな創造のために必然的に「越境」をした、数々の事例が紹介されている(写真3)。「創造」と「越境」は、「好学の志操」を根としてつながっていることを示している。
 「最初に分野交流や文理融合を掲げて集まり、『さあ、何をしようか』と考えるのは、手段と目的のはき違えといえるのではないでしょうか。知りたいことや創りたいことがあり、ただそれに向かったその結果として他分野との交流を行う『越境』があるのが、本来の流れでしょう」(塩瀬准教授)

 1955年に同大学が海外から購入した「ソナグラフ」は、その一例だ。ソナグラフは、音声を周波数分析して、黒白濃淡模様に変換して記録する装置で、発話の周波数分析をすると、個人ごとの声紋が記録される。当時、世界的に音声学の研究が活発化する中、同大学では、生理学や医学、物理学、工学、音楽学、心理学、哲学、言語学、教育学など、多様な分野の研究者が集まり、学際的な研究を行った。その研究成果をまとめたものが、1961年に創刊された学術雑誌『音声科学研究』で、1994年まで刊行された。

写真3 学問を越える、時代を越える、海を越える。「越境」にも様々な形がある。
写真3 学問を越える、時代を越える、海を越える。「越境」にも様々な形がある。

 

自由を保障し、研究に没頭できる環境に

 海外との「越境」にも、同大学は精力的に取り組んできた。その一例として、歴史学者である同大学名誉教授の石井米雄氏の研究資料や出家証明書が展示されている。
 海外に多数ある研究拠点の中でも、タイに設置されるASEAN拠点は、東南アジア研究センター(現東南アジア地域研究研究所)を中心とした継続的な研究交流の歴史の深さに根ざしている。これは、石井氏が現地で出家し、僧名を賜るなどしながら現地語に精通し、欧米とは異なる姿勢で、現地に根ざした地域研究に取り組んだ長年の功績も大きいと言われている。東南アジア研究センターは、情報学分野の研究者も所属している珍しい地域研究拠点であるが、それもタイ語のワープロを開発したいという強い想いを胸に、情報学の研究者との連携を切望したからだという。
 「石井氏の研究姿勢は、まさに『好学の志操』の典型だと感じます。タイという国に惹かれて深く理解したいあまりに出家まで行い、我が道を突き進んだ。そして、必要に駆られて、情報学をはじめとする多分野との『越境』による研究に発展しますが、その共通項は『タイが好き』『タイのことをもっと知りたい』というただただ好奇心なのです」(塩瀬准教授)

 1998〜2004年には、同大学とカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)、NTTの共同プロジェクトとして、国際遠隔教育を実施した。両校をATM回線で接続し、映像・音声の配信や電子白板を共有し、当時の通信技術としては考えられないリアルタイムかつ双方向性のある講義を展開。週2回、全学共通科目として開講し、国境を越えて学びを深めたという。そうした先進的な研究が下支えとなり、現在のオンライン授業などのテクノロジーを活用し、コロナ禍でも授業の継続的配信を可能とする教育研究環境を整備できたのである。

 本特別展を通して同大学の軌跡を振り返ると、まず「自由の学風」という土壌があり、その環境で明確な軸を持った学生や研究者がどこまでも追求を続けた結果、「創造」と「越境」が引き起こされてきたことが伝わってくる。
 「誰に何を言われようが、自分がやりたいテーマを持つ人にとって、自由が保障され、互いに干渉することなく勉学や研究に没頭できる本学は、理想的な環境との自負もあります。もちろん自由であるが故に、まとまりのない組織に見えたとしても、方向が重なると自然な形で『越境』も生まれます。逆に、自分の軸がしっかり定まっていない人は、誰も何をするべきかを教えてくれませんから居心地はよくないかもしれません」(塩瀬准教授)

 学生の主体性や創造性をどう育み、いかに発揮させるかという観点で、同大学の実践の積み重ねは、日本の大学の原点であるととともに、これからの大学の一つの方向性を示しているのではないだろうか。

写真4・5 「創造」と「越境」は、探究の中で自然に行われてきたものといえる。
写真4・5 「創造」と「越境」は、探究の中で自然に行われてきたものといえる。

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