各界で活躍する20代・30代の若者のインタヴューを通して、これからの社会で「活躍」し、「Well-being」に生きる多様なモデルを、そして社会のよりよい未来を考えるヒントを探っていきます。
今回は、東日本大震災でのボランティアを機に、書家とIT領域で活躍するビジネスパーソンというパラレルなキャリアを歩むことを決意した小杉卓さんにお話をうかがいました。
「誰かのために書く」を胸に単身パリへ
ビジネスパーソンと書家であり続ける自分だけの道
- 小杉 卓
アクセンチュア株式会社
書家
1990年生まれ。栃木県鹿沼市出身。国際基督教大学教養学部卒業。6歳から祖母に書道を習い、2011年の東日本大震災を機に書家を志す。一方で、ITを駆使した一次産業の再興に強い関心を持ち、大学卒業後の2013年、日本マイクロソフト株式会社に入社。2017年に退職し、単身フランス・パリへ。個展や講演、パフォーマンスなど、書家として活動。翌年、帰国し、2020年からアクセンチュア株式会社に勤務。
訪れた被災地で
「誰かのために書く」書家を志す
「書を書いてくれないかな」
2011年5月、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県大槌町の避難所で、ボランティアをしていた大学3年生の私が、そう声をかけられた時、正直、戸惑いました。6歳から書道を習ってきましたが、私が続けてきたのは学校の書道の授業で学ぶようなお手本を見て書く臨書。自分以外の誰かのために、書を書く。その経験はまったくなかったからです。どんな言葉がよいのか、どういう書体にすればよいのか、どの道具を使うか。そんなことがグルグルと頭の中を駆け巡りました。
私が訪れていた避難所は、400年続く地域の伝統芸能・鹿子踊(ししおどり)の活動場所である公民館でした。鹿子踊は、海と山に囲まれた大槌町で、豊作豊漁や海上安全などの祈願を込めて、農漁民が笛や太鼓のお囃子にあわせて舞う伝統芸能です。家族や自宅を失い、口数が少なかった方も、鹿子踊の話になると饒舌になっていました。「お祭りの時期には踊りを踊ろう」と口々に言い、2011年の夏も大勢の人が踊ったほど大切にされている地域の文化でした。
「この鹿子踊をテーマに作品を作ろう」と思った私は、「鹿鳴」という言葉を最も古い漢字体の一つである篆書体をベースに書き上げました。それを見た大槌町の人々は、「自分たちのことを考えて書いてくれてありがとう」と、とても喜んでくださいました。
それまでも書道は好きでしたが、コンクールで賞を獲得するのが一番の目標でした。しかし、自分が書いた書で、人の心を動かすことができたという経験に驚かされ、背中を押されました。そして、もっと目の前にいる人のために、書を書きたいと思うようになりました。
ITの力で地方の暮らしや経済に貢献したいと考え、
日本マイクロソフトに入社
東日本大震災の被災地へは、日本マイクロソフトが行っていたIT支援ボランティアとして訪れました。「IT支援」といっても、当時の私は日本文学を専攻する大学生。「本当に自分が役に立てるのだろうか」と心配はありました。
いざ訪問してみると、各避難所にはWi-Fiとパソコン1台が支給されているだけで、パソコンをインターネット回線につなぐといったセットアップができずに困っているという状況でした。そのため、仮設住宅がいつできるか、罹災証明書をどのようにして受け取るのかといった情報がまったく行き渡っていませんでした。ある避難所では、支給されたタブレットが鍋敷きにされていたという話も聞きました。そこで私は、パソコンのセットアップやインターネットを使った情報収集のお手伝いをさせていただきました。
そんなある日、漁師の方から、「これまで自分が捕った魚を電話でしか販売したことがなかったけれど、インターネットを通じて売ることはできるだろうか」という相談を受けました。この一件以降、地方の暮らしや産業に対して、ITというツールを使った支援ができる力をつけたいと思うようになりました。
私は2011年5月から大学を卒業する2013年3月まで継続的に(合計20回ほど)被災地を訪れ、ボランティア活動を続けました。訪問する度にその思いは強くなり、大学卒業後の2012年に日本マイクロソフトに入社。私生活では書家としての活動をしながら、コンサルティングとセールスのチームで勤務しました。
編集後記
「小杉さんの書く書を生で見てみたい」、お話を聞く中で小杉さんの作品への興味がどんどん湧いていきました。ごまかしのきかない芸術作品には、きっと小杉さんの生きる姿勢がありありと投影されているのでしょう。
なぜ小杉さんがオリジナリティーある道を歩めるかといえば、単身でパリに渡った際に自分に投げかけた「何のためにここにいるのか」を、今も常に自分に問い続けているからかもしれません。社会に対して、自分は何がしたいのか。その問いこそ、小杉さんにしか歩めない道をつくっていったのでしょう。
自身と向き合い、常に自分の思いを実現すべく動き続ける。そんな小杉さんの書は、きっと私たちの心を大きく揺さぶり続けてくれるのだと思います。
2021年8月6日取材
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