あスコラ Vol.12
『これからの教育の話をしよう!』

あスコラVol.12『これからの教育の話をしよう!』

「あスコラ」とは

 さまざまな領域の専門家が一堂に会し、熱い議論を繰り広げる
“一期一会の小さな学校”、あスコラ。
それぞれの知見や経験、思いを語り合い、納得したり、刺激を受けたり、新しい発想が浮かんだり――。
教育に本気で向き合う大人の議論によって生まれる学びの場の様子をお届けします。

登壇者(五十音順)

  • 岩瀬直樹氏

    公立小学校教員、東京学芸大学教職大学院准教授を経て、新たな学校の設立に尽力する一般財団法人軽井沢風越学園設立準備財団副理事長。

  • 工藤勇一氏

    公立中学校教員、教育委員会を経て、学校の「リ・デザイン」を実行する千代田区立麹町中学校長。

コメンテーター

  • 林信行氏

    最新テクノロジーが暮らしにもたらす変化を伝えるITジャーナリスト(「あスコラ」ボードメンバー/コメンテーター)

今までの教育の型を破るために必要なこと

ベネッセ教育総合研究所 石坂編集長
ベネッセ教育総合研究所 石坂編集長

石坂 ようこそ、「あスコラ」へ。

今回は、教育現場で「型破り」な取り組みをされているお2人、一般社団法人軽井沢風越学園設立準備財団副理事長の 岩瀬 いわせ 直樹 なおき さん、千代田区立麹町中学校長の 工藤 くどう 勇一 ゆういち さんを登壇者としてお迎えしました。

「型破り」といっても、そもそもしっかりした「型」を備えていないと「型無し」になってしまいます。教育で考えるとき、型破りの前提となる「型」は何なのか。そのヒントの1つが、当研究所の関連サイトであるチャイルド・リサーチ・ネットの一記事でも言及されている、 「アカデミアとのつながり」 ではないかと考えています。

記事にもあるフィンランドの小学校の教員たちは、大学や研究機関から出される論文など最新の研究知見を念頭に実践を行い、その成果をまた大学や研究機関にフィードバックすることで新たな実践や研究につなげています。今回お招きしたお2人も、豊富な経験だけではなく、論理的な根拠や研究知見などを積極的に学校へ採り入れながら、これからの社会で求められる学びの場づくりをされていると私は感じています。

独自の取り組みについては後ほどお伺いするとして、まずはそうした取り組みをするに至った想いについてお話いただきたいと思います。

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学校とは、学び合いを通じて社会的な営みが繰り広げられる場

千代田区立麹町中学校校長 工藤氏
千代田区立麹町中学校校長 工藤氏

工藤 千代田区立麹町中学校長の工藤です。専門科目が数学ということもあり、物事をできるだけシンプルに考え、そこに自分なりのストーリーをつけて広げていくことが子どものころから好きでした。校長となった今でも、その性格は変わっていないように思います。

この後に紹介する取り組みはすべて、学校の存在目的に照らし合わせて実践しています。なぜ学校は必要なのか。私は、 「人が社会のなかでよりよく生きていくため」であり、「よりよい社会をつくるため」 だと考えています。定められた学習指導要領をこなすことが目的ではないのです。 目の前の子どもたちが大人になったときのことを想定し、そこから逆算するかたちでカリキュラムや学び方を検討する 必要があると考えています。

たとえば学び方という観点では、 大人になって社会で必要なコミュニケーションがとれるようになるために、「双方向型の学び」が必要 だと考えています。OECD(経済協力開発機構)が定義したキー・コンピテンシーにある言葉を借りるならば、「相互作用的に」学ぶということです。一斉授業で一方的に教員の話を聞いて育った子どもたちは、大人になったときに社会で必要とされるコミュニケーションスキルが身についているでしょうか。

かつての寺子屋はそこに集った人たちが互いに学び合える双方向型の学びの場となっていて、社会の営みそのものだったといわれています。具体例は後ほど紹介しますが、今の子どもたちの将来を考えたとき、必要とされているのは、双方向型の学びだと私は考えています。

目標と手段(目的)の関係

目標と手段(目的)の関係

出典:工藤氏提供資料をもとに「あスコラ」事務局で作成

また、学校づくりという観点では、上の図のように、 本来は最上位目標を達成するための手段であるはずなのに、時間を追うごとに最上位目標が忘れられ、いつの間にか最上位目標の達成に寄与しない手段や目的が形骸化しながら継続されていることが多い と感じています。

たとえば、仮に「自ら考える力を育成する」ことを目標に据え、そのために「学力を身につけさせる」という手段を掲げているとします。そこで子どもたちの学力がなかなか上がらないので、つまずいた問題を徹底的に繰り返させることにしたとしましょう。このケースにおいて、「つまずいた問題を徹底的に繰り返させる」という手段は、もはや「自ら考える力を育成する」という目標とは相反することをしていますよね。教育の本質を捉えていないがゆえに、こうしたことがよく起きているのではないでしょうか。これは学校だけでなく、行政や企業にもいえることかもしれません。

軽井沢風越学園設立準備財団副理事長 岩瀬氏
軽井沢風越学園設立準備財団副理事長 岩瀬氏

岩瀬 一般財団法人軽井沢風越学園設立準備財団副理事長の岩瀬と申します。22年に及ぶ小学校教員と東京学芸大学教職大学院准教授での経験を経て、今は「軽井沢風越学園」の設立準備に尽力しています。

工藤さんの言葉を借りるならば、私の最上位目標は 「教育は、より多くの人が『自由だ、幸せだ』という実感をもって生きられる社会をつくるために、すべての子どもの<自由>に生きるための力を育むと同時に、<自由の相互承認>の感度を育むためにある」 といえるかもしれません。2020年4月の開校を目指している軽井沢風越学園は、この目標とともに、学園自体が子どもたちにとって幸せな場所になるよう常に考えながら準備をしています。

子どもたちにとって幸せな学びの場とするために重要なのが、 学びのコントローラーを自分で持つ ことだと考えています。講義中心の一斉授業では、教員がコントローラーを握って学習時間や学習内容を決めるため、子どもは決められたことをただこなすだけになってしまいます。教員ではなく、自ら学びのコントローラーを持てる環境を整えることで、子どもにとってよりよい学びの場ができると考えています。

子どもがコントローラーを持つ授業づくりに必要なのは、次の4つの要素だと考えます。

子どもが学びのコントローラーを持つために必要な要素

子どもが学びのコントローラーを持つために必要な要素

出典:岩瀬氏提供資料をもとに「あスコラ」事務局で作成

まずは、教員と子どもたちと一緒に学習者主体の学習環境を創っていく。そのなかで学びの主導権を学習者が持つようになる。やがて、学びの場のファシリテーターを教員ではなく子どもが務めるようになる。そして、子どもたち自身で試行錯誤を続けていく。これらが、子どもが自分たちで学びをコントロールする原体験につながると考えています。

石坂 子どもたち自身で試行錯誤を続けるようになると、工藤さんが例として出された寺子屋のように、双方向型の学びで社会的な営みになるのでしょうね。

岩瀬 そうですね。私は、学びのコントローラーを子どもが持つために「『自己主導』を丁寧に育むこと」と「プロセス(敬意とゆるやかな関係性)のデザイン」の2つが重要だと考えているのですが、特に後者は社会的な営みにつながるものです。 豊かな学びを支えるのは、周囲の人との豊かで多様な関係性 です。個の学びに、周囲との信頼関係や互いの敬意が掛け合わさってゆるやかな協同が生まれることで、個の学びがさらに豊かになると考えています。

ITジャーナリスト 林氏
ITジャーナリスト 林氏
(「あスコラ」ボードメンバー/コメンテーター)

 「あスコラ」ボードメンバーの林です。

ITジャーナリストとして活動する私ですが、最近国内外さまざまな業種の企業と関わるなかで、特に日本の教育に危機感を覚えるようになりました。AIの発達に伴い、人間の創造性や考える力が重視される時代になってきたにもかかわらず、日本は学校という大きな仕組みを通じて同じ型にはまった人を世に輩出しているのです。これは、日本の未来にとって大きなダメージだとすら感じています。

世の中に対して疑問を持ったり、その疑問について考えたり、クリエイティブな価値を創造したりということが、これまでの教育には欠けている ような気がしてならないのです。そうした問題意識から、最近は私も「カタヤブル学校」という大人を対象とした双方向型の学びの場運営に関わっています。

石坂 3人に共通するキーワードとして挙がった 双方向型の学び ですが、麹町中学校では具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか?

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最上位目標に向かう議論を通じて「非認知スキル」を育てる

工藤 まず、なぜ双方向型の学びが重要なのか、少し補足させてください。

実は私自身、かつては一斉授業で上手に教える、いわゆる「スーパーティーチャー」を目指していた時代がありました。その途上で気付いたことの1つが、 一斉授業だけで育った子どもたちは人を批判するようになる ということです。岩瀬さんも指摘された通り、一斉授業では子どもは教員に頼って受け身になります。だから、「先生の教え方が悪い」「先生がもっとうまく教えるべきだ」と他人を批判したり、他人に何かを求めたりするようになるのです。一方で、 双方向型で学ぶ子どもは自分も発信者となるので、他人に求めるという姿勢ではなくなります

双方向型の学びに欠かせないのが、いわゆる「非認知スキル」 と呼ばれるもので、麹町中学校でも「目指す生徒像」に盛り込んでいます。

麹町中の生徒が目指す生徒像

麹町中の生徒が目指す生徒像

出典:工藤氏提供資料をもとに「あスコラ」事務局で作成

ここで特に重要だと考えているのが、 非認知スキルの言語化 です。たとえば、クラスメイトと議論をするとき、他人と意見がぶつかってイライラしてしまうこともあるでしょう。しかし、その感情が言語化できていればメタ認知につながり、「人と意見がぶつかったときにイライラする自分がいる。だからそのイライラをコントロールしよう。」と思えるようになるのです。

このように、 みんなで何かをしようとすると意見がぶつかってイライラしてしまうことがあらかじめメタ認知できていると、それを当然のこととして捉え、対処することができるようになる のです。同じく、「この人苦手だな」という感覚や感情を変えることは難しいかもしれませんが、そうした気持ちをメタ認知したうえで、行動を変えることはいくらでもできるはずです。

そして、 メタ認知を育むためには、まずは自分が「安心できる場」でたくさんの人と出会い協働することが大切 だと思います。それを繰り返すうちに、新しい環境にいっても同じように双方向型で学べるようになるのです。麹町中学校が全生徒にとっての「安心できる場」でありたいと考えています。

少し前置きが長くなってしまいましたが、麹町中学校でもまだ一斉授業が多いのが現状です。しかし、双方向型の学びを促す取り組みの1つとして、体育祭の運営を生徒に委ねるようにしています。これは、私が校長として着任した翌年に始めたもので、当初から今に至るまで、最上位目標は一貫して「生徒全員が楽しめる体育祭を!」です。

麹町中学校での体育祭の様子
麹町中学校での体育祭の様子
(写真提供:工藤氏)

体育祭を企画するなかで、興味深い議論がありました。生徒全員でタスキをつなぐ全員リレーの案が出たそうで、全校生徒にアンケートを取ったところ、9割が賛成で1割が反対だったそうです。反対した生徒たちに話を聞いてみると、「リレーが苦手」「女子に抜かれたら嫌だ」などの意見があったといいます。

9割という大多数が賛成しているので、多数決で全員リレーを実施するかと思いきや、生徒たちはここで最上位目標である「生徒全員が楽しめる体育祭を!」に立ち返りました。全員リレーを実施することで反対している1割の生徒が苦しむのであれば、それは最上位目標の達成にはならない。そう判断した生徒たちは、全員リレーを行わないことに決めました。そして、その検討のプロセスと結果を全校生徒に説明したのです。

議論をするときに最上位目標に立ち返りながら手段を考えることの大切さ は、生徒たちにも常々伝えてきました。その成果なのか、高校に進学した卒業生に話を聞くと、高校のグループワークでも継続して最上位目標の達成を目指す姿勢で取り組み、他の中学校出身の生徒や教員から一目置かれているようです。

ちなみに、体育祭の例のように課題解決型の特別活動を促すとき、 最上位目標は教員が決める ようにしています。何もかも子どもに委ねることが自由を与えることだと思われがちですが、成熟していない子どもたちにすべてを委ねると、意図していた方向と全く別の方向にいってしまうことすらあります。学んでほしいことの狙いがあるならなおさら、最上位目標の設定だけは大人がするべきです。

岩瀬 よく「教員がファシリテーターになることで子どもが変わっていく」といわれますが、私は先に話したように、子ども自身がファシリテーターとなり、子どもたち自身で試行錯誤し、学び合い、コミュニティを創っていくことが大切だと思っています。工藤さんのお話にあった体育祭の事例は、まさにこの実践事例だと感じました。

石坂 岩瀬さんも、子どもたちがコントローラーを持てる学びの場づくりを実践されてきたことと思います。ぜひ具体的に教えてください。

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自分も相手も大切にできる環境が、豊かな学びにつながる

岩瀬 ある小学校で行っていた「いっしょに創っていく(協同探究)」と「学びの主導権は学習者が持つ(自己主導)」の事例を1つずつご紹介したいと思います。

「教室リフォームプロジェクト」で子どもたちが制作したもの
「教室リフォームプロジェクト」で子どもたちが制作したもの
(写真提供:岩瀬氏)

まず、教員と子どもたちが共に創っていくことを目的として実施したのが 「教室リフォームプロジェクト」 です。このプロジェクトの目的は、自分(たち)が学びやすい環境を自分(たち)で創ること。欧米諸国の教室の写真などを例として見せながら、子どもたちが学びたいと思う環境を自分たちでかたちにしていきました。

プロジェクトを推進するうえで大切にしていたのは、 まず試してみて、必要であればどんどん変えていく こと(プロトタイプ思考)です。たとえば、子どもたちと教室内にベンチを制作したとき、そのベンチを教室の真ん中に置くのがよいか、後ろに置くのがよいか、頭を悩ませました。そこで、両方を2週間試してみて、どちらの使い勝手がよいかを、アクションリサーチ的に実践研究することにしたのです。 最初から完璧を求めたり、最初に決めたことを貫き通したりするのではなく、とりあえず試してみて必要であれば変えるという柔軟な姿勢が重要 だなと私自身も感じた経験でした。

「教室リフォームプロジェクト」で子どもたちが制作したもの
制作したベンチを教室の真ん中に置いてみた状態
(写真提供:岩瀬氏)

このプロジェクトは、 自分が居心地よいと感じる空間と、他の子が居心地よいと感じる空間は違うのだということを体験を通して理解し、そのうえでお互いの居心地のよい空間を試行錯誤し、認め合って大切にすること にもつながっています。このような経験の積み重ねから「自由の相互承認の感度」は育まれていくのではないでしょうか。そして、双方向型の学びに必要な「敬意とゆるやかな関係性」の構築につながると考えています。新しい学校では、学校づくりそのものが子どもにとっても教員にとってもプロジェクトになります。

「教室内に畳を敷いたスペース
教室内に畳を敷いたスペース
(写真提供:岩瀬氏)

石坂 教室をフィールドとしていろんなことを試して変えてみるという経験は、仮説を検証したり、多様性のなかで相互承認をしながらコミュニティを築き上げたりと、社会でも必要とされるスキルにつながる原体験になっているようにも感じられますね。

岩瀬 そうなんです。もう1つご紹介したい取り組みは、子どもたちが学びの主導権を持てるようにと実施した 「自立学習(学びの個別化)」 です。

「自立学習(学びの個別化)」の様子
「自立学習(学びの個別化)」の様子
(写真提供:岩瀬氏)

自立学習は週に4時間程度、 子どもたち自身があらかじめ立てた学習計画に基づいて学習を行っていました。 毎週金曜日にその週の学習を振り返り、翌週の計画を立てるサイクルを回しています。慣れてくると、数か月で7割くらいの子どもたちは自力で計画を立てられるようになります。3割の子どもたちには教員はコーチの役割として計画づくりをサポートします。1年近く経つと教員は、翌週の計画を立てるときに相談を受けたり、アドバイスをしたりする役割に留まることがほとんどです。

実践してみて分かったのは、当たり前のように子どもは自己主導的に学べるということです。分からないところを周りの子に聞いたり、書きかけのプレゼンテーション用の原稿を交換して修正し合ったり、必要に応じて 子どもたちは自由に学び合いをはじめる のです。学習範囲についても、当初は学習指導が難しくなるのではないかという懸念から単元や内容を指定していましたが、大人が枠を作ると子どもたちはそのなかに収まろうとしてしまい、学びが陳腐化しました。そこで子どもたちが自由に決められるようにしました。その結果、プロジェクトを深めたり、高校生向けの問題集を持ってきて解きはじめたりする子もいました。

 お2人の話を聞いて、まさにこれこそが今の教育に必要とされているデザイン戦略だと感じました。ドイツの総合芸術学校バウハウスと同じ1919年にインドで設立されたカラ・ババナという学校は、生活と教育を切り離さない独自の理念やカリキュラムを掲げ、どれだけ学びを「自分ごと化」できるかを突き詰めていたといわれています。子どもたちがちゃんと信頼され、自らの学ぶ環境をデザインできるというのは、上辺だけではない「本気」で物事を考えるきっかけづくりとしても最高の体験だと思います。先ほど話にあった常に最上位目標に立ち返るといった姿勢も、そうした権限の委譲がされているからこそ起きているのかなと思いました。

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教員や保護者こそ変わっていく必要がある

石坂 まさに「型破り」というべく、一般的な学校ではあまり見られない学びの場を創る挑戦をされているお2人ですが、こうした取り組みを実行するうえで特に強く意識されたことはどんなことでしょうか。

岩瀬 自分も含め、 教員のマインドが変わること です。非常に難しいことではありますが、本当の意味で子どもたちが学びの主導権を持つスタイルに変わるには欠かせません。

たとえば、探究学習を実践するとき、教員は「子どもたちの探究の広がりや深まりについていけないかもしれない。」という恐れを抱きます。だから、枠を作ってそのなかで探究を「させよう」とするのです。 本質的にはそうすべきでないと思っていても、子どもたち一人ひとりのやりたいことが拡散してしまったらどう対処すればよいか分からない不安から、枠を作ろうとしてしまう のです。

教科学習においても、教員には教えることをある程度手放すことに対する不安が付きまといます。「自分たちが教えなければ、子どもたちは学ばなくなるのではないか。」そう思いながらもはじめは子どもにコントローラーを恐る恐る渡すのですが、途中でやはりコントローラーを取り上げてしまい、結局は教員がコントローラーを握ってしまうことがよくあるように思います。そこには、 学ぶ・学ばないという子どもたちの姿勢だけでなく、教科学習の質やレベルに対して教員が考える基準があり、それを保証しづらいと考えている 、という理由もあるのだと思います。

これらは、私自身も今向き合っている課題です。ジレンマを感じながらも、私が常に念頭に置いているのは、 子どもたちは自分自身で伸びていく存在であり、親や教員が引っ張り上げる存在ではない ということです。

工藤 学校全体の改革を志していた私も、まず教員のマインドを変えようとしました。いくら校長である私が学校を変えたいと思っても、トップダウンでは変えられないため、教員の皆さんに当事者意識を持ってもらうことが不可欠だと考えました。もちろん、教員をはじめ、生徒や保護者も含めた関係者全員が幸せになれるような改革でなければ意味がないので、麹町中学校に着任して最初の2年間は講演や執筆などをすべて断り、麹町中学校の 関係者と対話することにとにかく全力を注ぎました。 その間、「校長コラム」などを通じて自分の教育観を積極的に発信することも心がけていました。

教員の意識を変えた仕組みの1つに、 「全員担任制」 があります。チーム医療にヒントを得て導入したこの仕組みは、1クラス1担任という固定担任制を廃止し、学年に所属する全教員で学年の全生徒を担当するものです。教員にも、子どもの悩みを聞くことが得意な教員もいれば、保護者との面談が得意な教員もいます。 それぞれの教員の強みを活かす環境を整えることで、より本質的で価値ある教育ができると考えた のです。

それは逆にいえば、生徒の学校生活が特定の教員との関係性だけで規定されてしまわないようにするということです。麹町中学校の職員室には、気になる生徒の名前が記入できるホワイトボードが設置されていて、毎朝更新されます。たとえば、前日に叱られたり、失敗をしてしまって落ち込んだりしていた生徒たちの名前が書かれます。ホワイトボードに名前が書かれた生徒たちには、その学年に所属する全教員が下校までに必ず一度は声をかけるようします。「よぉ!」とか「元気か?」といった一言でいいのです。前日に叱った教員との関係に気まずく感じていても、他の教員と言葉を交わせば気持ちが少しは落ち着くかもしれない。 その学年の全教員が携わることで、小さな社会として一人ひとりの子どもたちと向き合う環境をつくっています

この全員担任制は保護者の意識を変えるきっかけにもなっています。先ほど、一斉授業で受け身になっている子どもたちは他人を批判したり、他人に何かを求めたりするという話をしましたが、これは保護者においても同様です。固定担任制ではクラス担任が保護者との窓口になっていましたが、全員担任制に伴い、保護者はどの教員に連絡してもよいという方針に変えました。もちろん、校長の私も含めてです。こうして保護者に選択肢を提示したことで、保護者にも子どもの教育について当事者意識を持って考えていただく1つのきっかけになったと思っています。

石坂  これまで一斉授業で育ってきた教員や保護者こそが、変わっていかなければならない ということですね。以前麹町中学校にお伺いしたとき、「うちの目指す生徒像は、うちの教員像です!」と工藤さんがおっしゃっていて、これは教員の皆さんには相当なプレッシャーだろうなと感じました。しかし、まずは教員から理念をしっかり浸透させ実現されているからこそ、それが着実に子どもたちにも伝わっているのでしょうね。

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個別から普遍へ、よりよい教育のために

石坂 お2人の実践例をお聞きしてきましたが、平和な世界の実現とそこで生きていくための力を学ぶ学校づくりの実践はもっと広がっていってほしいと感じます。そのためには、何が必要なのでしょうか?

工藤 公立中学校の校長である私には、必ず異動があります。ですので、 共通の理念を掲げて関係者に理解してもらうこと、その理念に沿った仕組みをつくって実践すること に着任当初から一貫して注力してきました。これは、自分が着任前から考えていた理念を、自分が異動した後にも麹町中学校の文化として継承していってほしいからです。

石坂 工藤さんのお話を伺っていると、教育分野だけでなく、ビジネスや医療など他の分野からもヒントを得て、常に広い視野で考え実践されているのだと感じました。

工藤 私が教育関連以外の書籍も多く読むようにしているのは、 学校を単体ではなく、社会のなかにあるものとして捉えているからです。 そういう観点で語るならば、これまでの世の中は学力に代表される「認知スキル」を重視する社会であるといえると思います。学力を向上させるための教育産業も盛んで、大学卒業が就職に有利だといわれたりしています。そうした社会のなかにあるのが今の一般的な学校です。

しかし私は、麹町中学校の目指す生徒像としても掲げているように、自律性や交渉力などの「非認知スキル」が重視される社会が理想だと考えています。 認知スキルを中心とした社会から、非認知スキルを中心とする社会へ、うまくシフトしていく仕組みをつくることが重要であり、麹町中学校がそうしたシフトを体現する1つのモデルになればと考えています。 軽井沢風越学園も同じように「非認知スキル」を中心とした社会への橋渡しとなるモデルになりうるのではないでしょうか。

岩瀬 ありがとうございます。軽井沢風越学園は、人の自然な育ちとして遊びが学びへとつながっていく環境を創ろうとしています。具体的には、幼稚園・小学校・中学校に通う年齢層の子どもたちが1つの校舎に集うことになります。異年齢がまざって遊んだり、学んだり、生活するなかで経験すること、伸びることは、まさに「非認知スキル」の育成に通ずる部分もたくさんあります。それは子どもだけではなく、教員や保護者にも求められることでしょう。

今は設立準備中ですが、学校を創るプロセスを多くの人と共有していきたいと考えています。今は、まずスタッフ同士が関係性を構築できるよう、オンラインではありますが定期的に顔を合わせるようにしています。今後は、さまざまな人と場を共にするワークショップを開催し、そこで生まれた意見やアイデアを発展させ実践に移していきたいと考えています。大人数で一緒に創り上げるというのは、正直なところ非常に手間がかかります。しかし、その手間をかけるからこそ、ゆくゆくは子どもや保護者、地域の人、さらには関心を持ってくれる人までもが作り手(当事者)として関わるような学園を創れると信じています。

理想として掲げたけれど、正直なところ、実践したらなかなかうまくいかないということは今後もたくさん出てくると思います。そうした私たちの試行錯誤を共有していくことが、他の学校や社会への刺激になればと考えています。

 お2人が見据えている将来が素晴らしいのはさることながら、今回の議論は本当に教育の本質に迫るものであったと感じています。こうしたことがもっと多くの人と共有され、日本全国や全世界に広がっていってほしいと強く思うばかりです。麹町中学校も軽井沢風越学園も、まだまだ発展途上だからこそ、今後が非常に楽しみです。

石坂 本日は、ありがとうございました!

あスコラ Vol.12 集合写真
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主宰者より御礼

岩瀬さんと工藤さん、お2人がメディアに露出すればするほど、
「なぜ同じことが他ではできないのか」という問いが、
私の中で大きくなっていました。

今回の「あスコラ」でわかったのは、お2人の教育実践は、決して
軽井沢や麹町だから可能になったことばかりではないということ。
そして、だからこそ、このような「型破り」な発想と実践ができる
人材をたくさん育ててこられなかったこと自体が、今日の日本の
教育課題の一端を示しているのではないかということです。

ただ、「型破り」と言っても、お2人の実践はこれから求められる
教育につながる行動原理に基づいていて、見事に言行一致しています。
たとえば、より良い学びの環境を実現するために、以下のような
要素を大切にされています。

・教員と保護者が一緒になって学びを変革する当事者意識を持つこと
・誰もが安心安全な学びの環境づくりに腐心していること
・そのうえで児童生徒を信じて委ねていること
・児童生徒が学びや生活に関する課題を自分事化し、解決する
 ことで、さらなる学びの原動力につなげていること

さらに、これらの原理は授業は勿論のこと、学校行事全般でも
貫徹されています。

下の写真は、昨年春の軽井沢風越学園の「学校づくり途中経過
報告会」の様子です。地域の人たちを含めて教育に関心のある
人たちが全国から集まり、これからの教育について協働する
ワークショップも行われました。

次は、麹町中学の「校外に開かれた校内研修」の様子。
麹町中学校の教員向け研修には、学校関係者ではなくても、
教育に関心のある人であれば自由に参加協働でき、教員が
“学校の常識”だけに囚われない工夫がありました。

これらはほんの一例ですが、何をするにしても、学校都合や前例・
慣習には基づいていません。
学校教育の最上位目標である、児童生徒たちが生涯に亘り学び
続け、自分らしく生き、より良い社会をつくっていけるために、
全ての活動を収斂していこうと考え抜かれているのが印象的です。

こうした活動の積み重ねが、学校と保護者を含めた地域が相互
作用的に成長する土壌を生み、大きな理想を日々の具体的な行動に
うつし、実践を繰り返せる環境をつくっているのでしょう。
そんな学びの場づくりに尽力されるお2人に感銘を受けた、
今回の「あスコラ」でした。

岩瀬さん、工藤さん、ありがとうございました!

登壇者プロフィール

岩瀬直樹(一般財団法人軽井沢風越学園設立準備財団副理事長)
岩瀬直樹(一般財団法人軽井沢風越学園設立準備財団副理事長)
1970年北海道生まれ。東京学芸大学大学院教育学研究科修士課程修了。埼玉県の公立小学校教諭として、4校で22年間勤め、学習者中心の授業・学級・学校づくりに取り組む。2015年に退職後、東京学芸大学大学院教育学研究科 教育実践創成講座 准教授として就任。学級経営、カリキュラムデザイン等の授業を通じて、教員養成、現職教員の再教育に取り組んだ。教師教育学会所属。大3、高1、小5の3児の父。
工藤勇一(千代田区立麹町中学校校長)
工藤勇一(千代田区立麹町中学校校長)
1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長等を経て、2014年から千代田区立麹町中学校長。教育再生実行会議委員、経済産業省「未来の教室」とEd Tech研究会委員等、公職を歴任。
林信行(ITジャーナリスト、「あスコラ」ボードメンバー/コメンテーター) 最新テクノロジーは21世紀の暮らしにどのような変化をもたらすかを取材し、伝えるITジャーナリスト。国内のテレビや雑誌、ネットのニュースに加えてソーシャルメディアで発信。また、コンサルタントとして、これからの時代にふさわしいモノづくりをさまざまな企業と一緒に考える取り組みも。iOSコンソーシアム顧問。一般財団法人 ジェームズ ダイソン財団理事。
林信行(ITジャーナリスト、「あスコラ」ボードメンバー/コメンテーター)
最新テクノロジーは21世紀の暮らしにどのような変化をもたらすかを取材し、伝えるITジャーナリスト。国内のテレビや雑誌、ネットのニュースに加えてソーシャルメディアで発信。また、コンサルタントとして、これからの時代にふさわしいモノづくりをさまざまな企業と一緒に考える取り組みも。iOSコンソーシアム顧問。一般財団法人 ジェームズ ダイソン財団理事。
石坂貴明(ベネッセ教育総合研究所 BERD 編集長、「あスコラ」主宰)
石坂貴明(ベネッセ教育総合研究所 BERD 編集長、「あスコラ」主宰)
アメリカでホテル開発に従事後、ベネッセコーポレーションへ移籍。ベネッセ初のIRT(項目反応理論)採点の検定試験開発、社会人向け通信教育事業ユニット長など主に新規事業に多く関わる。その後、移住・交流推進機構の総括責任者として「地域おこし協力隊」制度などの立ち上げに参画、2013年より現職。「まなびのかたち」、「CO-BO」、「シリーズ・未来の学校 」、「SHIFT」などをプロデュース。

※プロフィールや所属団体などは取材時のものです。
【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 高藤さおり、山藤諭子、柳田善弘

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【あスコラ】記事一覧

Vol.1 『僕たちが考える最高の授業!』

Vol.2『誰もが学びにアクセスできる社会とは?』

Vol.3 『実践者と考える! これからの新しい学びが地域や社会に果たす役割』

Vol.4 『学び続けるための思考と身体』

Vol.5『VUCAな時代に子どもたちに伝えたいこと』

Vol.6『「遊び」と「不便」が学びを深める』

Vol.7『個性と能力が伸びていく「評価」とは?』

Vol.8『「学びに向かう力」を引き出すデザインとは』

Vol.9『コミュニケーションはどう学ぶ?!』

Vol.10『幸せになるための学びとは!?』

Vol.11『探究者が語る!これからの教育に求められる「探究」の本質』

Vol.12『これからの教育の話をしよう!』