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激しい社会変化のなかで、子どもの生活や学びもどのように変化しているのか。
その変化を多面的、継続的に捉えるために、ベネッセ教育総合研究所と東京大学社会科学研究所は共同研究プロジェクトを立ち上げました。 そこで実施された調査の結果データを、いま多くの研究者たちが分析しています。本プロジェクトデータから得られた洞察と仮説をもとに、社会課題の解決の糸口を模索しています。
研究論文には書ききれなかった思いと展望を、研究者自身が伝えます。

子どもの政治意識と授業における意見表明機会

太田 昌志

  •   太田 昌志

    追手門学院大学共通教育機構常勤講師
    ベネッセ教育総合研究所特任研究員(2015年6月~2017年9月),東京大学社会科学研究所特任研究員(2017年10月~2019年3月)などを経て2022年4月より現職。専門は教育社会学。質問紙調査の計量分析から,子どもの政治意識について研究している。主な論文に「主権者教育としての話し合い活動における多数決の課題――意見表明機会が投票意向と政治的有効性感覚に与える影響」(『子ども社会研究』第28号,2022年)。


はじめに

 子どもの政治意識の涵養は教育政策における課題の一つである。小学校,中学校,高校の学習指導要領(2017年,2018年告示)に主権者教育に関する記述が増えている。背景には,2016年の参議院選挙から選挙権の年齢が18歳に引き下げられたことがある。
 国際的な調査研究においては,子どもの頃から民主的な意思決定に参与することが,政治に対する積極的な意識をもちやすくすると考えられている。この観点から,学校における意見表明機会が子どもの政治に対する心理的関与を高めることが検討されている。IEA(国際教育到達度評価学会)による国際比較調査(CIVED,ICCS)では,子どもが意見をもつことを奨励されるなど,議論に開かれた学級風土があることが政治的関与を高めることが繰り返し報告されている(古田 2019など)。
 本記事は,東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所の「子どもの生活と学びに関する親子調査 Wave2(2016年)」のデータ1)から,子どもの政治意識に関する質問と,学校の授業における意見表明機会の関連を分析する2)

子どもの政治意識の実態

 はじめに,子どもの政治意識に関する回答をみる。図1は,「18歳になったら選挙の投票に行く」への回答である。選挙に「行く」と考える回答者が多く,小学生,中学生,高校生のいずれにおいても「行く」と「たぶん行く」を合わせて80%以上である。また,「行く」は小学生よりも中学生,高校生の方が多い。
 図2は「自分ががんばっても,社会を変えることはできない」への回答である。社会を変えられるという回答(「まったくそう思わない」+「あまりそう思わない」)は小学生,中学生,高校生のいずれにおいても半数以下である。また,社会を変えられるという回答は小学生よりも中学生,高校生の方が少ない。

図1 「18歳になったら選挙の投票に行く」への回答
図2 「自分ががんばっても,社会を変えることはできない」への回答

子どもの政治意識と学校の授業との関連

 次に,子どもの政治意識と学校の授業との関連を見る。学校の授業における意見表明機会について,「グループで調べたり考えたりする」「調べたり考えたりしたことを発表する」「テーマについて討論(話し合い)をする」の3項目を合計し項目数で割った後,中心化(平均値を0にする操作)した。
 図3は「18歳になったら選挙の投票に行く」について,学校の授業における意見表明機会との関連を示している3)学校の授業において意見を表明する機会が多いほど,投票に行くと思う関連があるが,その関連は小学生,中学生において比較的強く,高校生においては弱い。
 図4は「自分ががんばっても,社会を変えることはできない」について,学校の授業における意見表明機会との関連を示している。学校の授業において意見を表明する機会が多いほど,社会を変えられると思う関連があるが,その関連は小学生,中学生において比較的強く,高校生においては弱い。
 図3,図4のいずれにおいても,学校の授業における意見表明機会と子どもの政治意識の関連は,小学生,中学生においては比較的強く,高校生においては弱い

図3 「18歳になったら選挙の投票に行く」と授業における意見表明機会の関連(学年別)
注 縦軸は上であるほど「行く(4点)」に近く,下であるほど「行かない(1点)」に近い。
図4 「自分ががんばっても,社会を変えることはできない」と授業における意見表明機会の関連(学年別)
注 縦軸は上であるほど「まったくそう思わない(4点)」に近く,下であるほど「とてもそう思う(1点)」に近い。

まとめ

 本記事では,子どもの政治意識と学校の授業について,次の3点を示した。
(1)学年が高いほど投票に行くと思うが,社会を変えられないと思う
(2)授業における意見表明機会があるほど,投票に行くと思い,社会を変えられると思う
(3)授業における意見表明機会と政治意識の関連は学年によって異なり,小学生,中学生では関連が強く,高校生では関連が弱い

 学校における意見表明機会を確保する上では,ただ授業の中に話し合いの場を設けるだけでなく,その指導方法なども重要である4)。学年による違いがどのように生じているか,パネルデータや学校内の実践に関する詳細な情報を用いたさらなる検討が必要である。

1) 政治意識,学校の成績,学校の授業についてなど,報告書論文の分析に使用する質問すべてに回答のあった9,737組の親子のデータを使用する。このため,「速報版 子どもの生活と学びに関する親子調査2015-2016」と集計値が異なる。
2) 本記事の元になっている報告書論文では,学校だけでなく,家庭教育についても合わせて分析している。
3) 重回帰分析によって,家庭の意見表明機会,性別,学校成績,親の意識などの影響をコントロールしている。図4も同様。
4) たとえば,太田(2022)は学校の話し合いにおける多数決の多さによって子どもに与える影響が異なることに注目している。

謝辞

 二次分析にあたり,東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センターSSJデータアーカイブから「子どもの生活と学びに関する親子調査 Wave2,2016」(ベネッセ教育総合研究所)の個票データの提供を受けました。

引用文献

古田雄一,2019,「子どもの市民性形成への学校風土(school climate)の影響に関する研究動向:政治的社会化を基盤としたアメリカでの実証的研究を中心に」『国際研究論叢―大阪国際大学紀要』32 (3),99-112.
太田昌志,2022,「主権者教育としての話し合い活動における多数決の課題:意見表明機会が投票意向と政治的有効性感覚に与える影響」『子ども社会研究』28,119-139.

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