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激しい社会変化のなかで、子どもの生活や学びもどのように変化しているのか。
その変化を多面的、継続的に捉えるために、ベネッセ教育総合研究所と東京大学社会科学研究所は共同研究プロジェクトを立ち上げました。 そこで実施された調査の結果データを、いま多くの研究者たちが分析しています。本プロジェクトデータから得られた洞察と仮説をもとに、社会課題の解決の糸口を模索しています。
研究論文には書ききれなかった思いと展望を、研究者自身が伝えます。

大学進学希望形成時期と進路格差の形成メカニズム

山口 泰史

  •   山口 泰史

    帝京大学高等教育開発センター・助教.修士(教育学)
    専門は教育社会学.東京大学大学院教育学研究科・博士課程単位取得満期退学後,東京大学社会科学研究所・特任研究員を経て,2021年4月より現職.
    高校生の進路選択を主な研究テーマとし,パネル調査形式の質問紙調査データなどを用いて,高校生の進路選択プロセスの検討をおこなっている.
    主な論文として,「社会階層および高校間進路格差の形成過程ー学歴主義的社会イメージに着目してー」『子ども社会研究』第27号(2021年),「高校生の大学進学希望形成時期と教育達成における階層差の形成―JLSCP2015-2018データの計量分析―」『教育学研究』第89巻第3号(2022年)など.


1. 研究の背景

 文部科学省が実施する「学校基本調査」によると、四年制大学、いわゆる四大への進学率は平成21年(2009年)に50%を超え、令和4年(2022年)では56.6%に至っている。つまり、同一学年の過半数が大学に進学する時代が到来している状況にある。そのなかで、高校に入学する以前から、大学進学を当然視する子どもや親がいる一方で、専門学校進学や就職といった大学進学以外の進路を目指していたり、進路について深く考えずに高校に入学したりしたものの、高校生活を送るなかで大学進学に進路志望を定める(あるいは変更する)ケースが増えているとの指摘もある(中村2011)。
 1990年代頃までは、入学する高校と特定の卒業後進路の間に強い結びつきがあり、たとえば工業高校に入学したら就職という進路に向けて強く水路付けられる仕組みが存在したとされる(藤田1980)。しかし、いわゆる非進学校や専門高校からも一定数が大学に進学する今日では、進路希望の形成に対するそのような外的制約が働きにくい。これと並行して、進路指導における生徒の自主性の尊重がより強調されるなかで(望月2007)、前述のような大学進学希望形成時期のばらつきがより顕著になっている可能性がある。
 このような大学進学希望形成時期のばらつきは、情報収集や学力形成、学費貯蓄などの進学準備の違いを生む点で、進路希望の実現確率の差や進学大学の差異に結びつくことが考えられる。このことと、主体的な進路選択のための情報収集には社会経済的資源の多寡が大きく影響することを考え合わせれば、出自に基づく教育格差の形成メカニズムにおいて、大学進学希望形成時期の違いが一定の役割を担っているのではないかと予想できる。
 以上を踏まえて、本稿では、世帯年収、親学歴を指標とする出身階層と高卒後進路の関連が、大学進学希望形成時期の違いによってどの程度媒介されているのかを検討する。なお、詳細な分析結果については、山口(2022)を参照されたい。

2. 分析の方法

 分析には、「子どもの生活と学びに関する親子調査」のwave1(2015年度)時点で高校1年生のケースと、wave2(2016年度)時点で高校1年生のケースの2学年を用いる。それぞれについて、高校生の間の進路希望の変化を確認するために、同調査のwave3,4も用いている。また、それぞれのケースが高校3年生の3月に回答した「高校生活と進路に関する調査」も併せて用いた。すべての学年での進路希望情報、また卒業時の決定進路情報が必要であるため、それらがすべて得られた1,011ケースが分析の対象となっている。
 本稿の問題関心を以下の分析モデル(図1)に整理し、出身階層と大学進学希望形成時期の関係、大学進学希望形成時期と決定進路の関係を見た上で、出身階層と決定進路の間の関連を直接効果と媒介効果に分解し、媒介効果の大きさを検討する。なお、大学進学希望形成時期を分析の俎上に載せる上で、高校入学時点から卒業時点まで一貫して大学以外の進路を希望していたケースは分析から除外した。

図1 決定進路に対する出身階層の直接効果と大学進学希望形成時期を通じた間接効果

3. 出身階層、大学進学希望形成時期、決定進路の関係性

 図2、図3に示したのは、出身階層の指標とした世帯年収(高3時)、親学歴と大学進学希望形成時期の関連である。世帯年収(高3時)、親学歴のそれぞれによって、大学進学希望形成時期の分布に違いがある様子が確認できる。どちらも、カイ2乗検定をおこなうと0.1%水準で統計的に有意な差であった。具体的にいえば、世帯年収(高3時)が上位だと、大学進学希望形成時期が“高1夏以前”のケースが53.6%であり、“高3夏大学以外・未定”が29.8%となっている。一方で、世帯年収(高3時)が下位の場合、前者は28.9%にとどまり、代わりに後者が53.9%に至っている。親学歴についても同様の傾向がみられ、父母ともに大卒の場合は“高1夏以前”が52.5%、“高3夏大学以外・未定”が30.6%だが、父母ともに非大卒の場合は前者が24.6%、後者が59.3%となっている。これらの結果より、社会経済的な資源に恵まれた層の方が大学進学希望形成時期が早いことがわかる。

図2 世帯年収(高3時)別にみた大学進学希望形成時期
図3 親学歴別にみた大学進学希望形成時期

 続けて、大学進学希望形成時期によって決定進路が異なるかどうかを確認するために、図4を示した。こちらもカイ2乗検定の結果は、0.1%水準で統計的に有意な差があるというものであった。もっとも、大学進学希望形成時期の4つの区分すべての間で大学進学者割合や大学(偏差値上位)進学者割合に明確な違いがあるとはいいがたい。少し具体的にみると、高1夏以前に大学進学希望を形成していた場合には“大学(偏差値上位)”が36.2%である一方、高2夏以前なら15.9%、高3夏以前なら16.9%、高3夏大学以外・未定なら3.1%(図では5%未満は値ラベルを省略)であり、高校初期から大学進学希望を持っている場合に、偏差値上位の大学に進学しやすい傾向がうかがえる。一方で、高1夏以前に大学進学希望を形成していた場合と、高2夏以前・高3夏以前では、大学進学者(大学(偏差値上位)+大学(偏差値下位)+大学(偏差値不明))の割合は大きく異ならない。もっとも、高3夏大学以外・未定については、大学進学者割合がきわめて低く、ほかの場合と大きな違いがある様子がみられる。

図4 大学進学希望形成時期別にみた決定進路

 以上の結果より、かならずしも単純に解釈できるような関係ではないものの、出身階層によって大学進学希望形成時期が異なり、大学進学希望形成時期によって決定進路が異なるという関係性が明らかになった。なお、とくに後者の関係性については、出身階層や高校の学校タイプ(進学校か非進学校か、普通高校か専門高校か、など)の違い、学業成績の違いなどによる疑似相関の可能性を否定できない。詳細は山口(2022)に譲るが、それらの変数を統制しても、大学進学希望形成時期は決定進路に影響している様子がみられた。
 では、大学進学希望形成時期は、出身階層と決定進路の関係をどの程度媒介しているのだろうか。これも詳細は山口(2022)に譲るが、KHB methodと呼ばれる統計手法を用いた上で、決定進路を従属変数とする多項ロジスティック回帰分析をおこない、以下に説明する複数モデル間で出身階層変数の係数の値の変化量を確認することで、媒介効果の大きさを検討できる。分析モデルは3つあり、Model 1では、世帯年収(高3時)を対数変換したもの・親学歴に加えて、性別と学年コホートを統制変数として含めた。Model 2では、学校タイプ変数と成績(高3時)を加えた。Model 3では、さらに大学進学希望形成時期を加えている。出身階層が決定進路に影響をおよぼす上で、高校の学校タイプと成績に媒介される部分がきわめて大きいことは従来指摘されているとおりである。Model 1とModel 2の比較ではそのような媒介経路を確認し、その経路を除いた、大学進学希望形成時期のいわばより“保守的な”媒介効果をModel 2とModel 3の比較で確認する。
 図5には、出身階層変数のうち、親学歴の各Modelにおける係数を示した。世帯年収(高3時)の係数を示さなかったのは、Model 1の時点で既に統計的に有意でなかったためである。Model 1では“父母ともに大卒”の係数が1.534、“どちらか一方が大卒”の係数が0.884だが、Model 2では前者が1.102、後者が0.688、Model 3では前者が0.822、後者が0.539と値が徐々に小さくなっていることがわかる。このことから、父母ともに大卒であることが「大学(偏差値上位)」へのなりやすさに与える影響のうち、学校タイプと成績で媒介される部分が28.2%であり、学校タイプと成績を統制した上での“父母ともに大卒”と「大学(偏差値上位)」の関連の25.4%が大学進学希望形成時期によって媒介されているといえる。両親のどちらか一方が大卒である場合は、前者の割合が22.2%、後者の割合は21.7%である。
 分析結果の解釈がやや複雑になってしまったことは否めない。まとめれば、大学進学希望形成時期の違いによって、高卒後進路に対する出身階層の影響が部分的に媒介されており、その大きさは控えめにみても2割強であったということになる。

図5 大学進学希望形成時期による媒介効果の確認
(被説明変数:決定進路「大学(偏差値上位)」)

4. 進路選択に対する「枠づけ」の弱まりと教育格差

 本稿では、大学進学希望形成時期の違いを通じて、出身階層に基づく進路格差が形成・拡大されていることを示唆する結果を示した。冒頭で少し触れたように、日本では1980年代頃から、生徒の主体的な進路選択をいっそう尊重し、進路選択に対する学校からの「枠づけ」を弱めていこうとする進路指導/キャリア教育政策が進められてきた。このこと自体は、個々の子どもたちの主体性や選好を尊重するとともに、高卒後進路にとどまらない生涯を通じたキャリア形成を尊重する進路指導をうながす意図を持っている点で社会でも肯定的に受容されうる。一方で、大学進学希望形成時期を遅らせ、とくに社会経済的な資源に恵まれない層の進路決定を不利にし、教育格差を拡大させてきた可能性がある。そのような進路指導/キャリア教育政策の負の側面を適切に捉え、社会経済的資源に恵まれない層へのフォローアップをおこなってゆくことは、進路指導/キャリア教育の理念である主体的な進路形成を追求する上でも重要であるかもしれない。
 もっとも、教育政策の影響を評価する上では、本稿や山口(2022)の分析は十分とは言い難い。進路選択のプロセスに着目した実証研究のいっそうの進展に期待したい。

引用文献
藤田英典,1980,「進路選択のメカニズム」山村健・天野郁夫編『青年期の進路選択―高学歴時代の自立の条件』有斐閣,pp.105-129.
中村高康,2011,『大衆化とメリトクラシー―教育選抜をめぐる試験と推薦のパラドクス―』東京大学出版会.
望月由起,2007,『進路形成に対する「在り方生き方指導」の功罪―高校進路指導の社会学』東信堂.
山口泰史,2022,「高校生の大学進学希望形成時期と教育達成における階層差の形成―JLSCP2015-2018データの計量分析―」『教育学研究』第89巻第3号,pp.13-25.

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