「発達障害のある子どもたちの学びに関わる問題」
フォーラム 筑波大学附属大塚特別支援学校 安部博志先生【前編】

第2回フォーラムでは、発達障害のある子どもが在籍する公立小学校での「インクルーシブ教育」の実践について学びました。第3回である今回は、「特別支援教育」がどういうものか、筑波大学附属大塚特別支援学校(東京都文京区)の地域支援部長であり主幹教諭でもある、安部博志先生にお話を伺いました。
安部先生は「地域特別支援教育コーディネーター」として、勤務校では担任を持たず、地域の小中学校等の支援を行っています。「筑波大学附属大塚特別支援学校 安部博志先生【前編】」では、特別支援教育コーディネーターの役割や、これまでに7000以上のクラスの子どもたちとの関わりで見えてきたこと、また発達障害のある子どもたちへの具体的な教育支援の内容についてご紹介します。

発達障害のある子の状態を正確に捉えること

安部博志先生

安部先生は約30年の教員生活で、通常学級、盲学校、特別支援学級を経て、筑波大学附属大塚特別支援学校には18年間勤務されている。現在は地域特別支援教育コーディネーターとして地域の小中学校をはじめ、幼稚園や高校などを回り支援を行っている。真っ黒に日焼けしているのは、自転車に乗ってあちこちの現場を回り、特別支援を必要とする子どもたちをサポートしているからだという。

数多くの学校の現場で発達障害のある子どもたちを観てきた安部先生は、「発達障害のある子どもたちがどのような状態にあるのかを大人たちが正確に捉え、情報を共有することが重要」だと言う。

発達障害のある子どもの特徴の一つは「知的に遅れがなくても発達に偏りがある場合がある」こと。それでは、知的な遅れ(知的障害)は何を基準にしているのだろうか。

知的な遅れがあるかどうかの一般的な境界は、図1で示すとおりIQ70といわれている。IQ70とは、実年齢の70%の知的レベルを指す。例えば、10歳の時に7歳の知的能力であればIQ70となる。一方、発達障害のある子どもは知的な遅れが認められないため、IQだけでは子どもの困り感を判断できない。

また、「社会性が低い」のも発達障害のある子どもの特徴だ。しかし、単に社会性が低いと捉えるのではなく、それが子どもの困り感にどのように影響しているかを見極めることが大切だという。例えば、他者との関係性がうまく築けない子は、孤立しやすく不登校への配慮も必要になる。また、自尊感情の低下についても最大限の配慮が必要になる。つまり、問題は複合的に出現するのである。

※図1 子どもが発達のどこに位置するのかを把握する(安部先生資料)

発達障害の子どもの就学先については悩ましい問題である。知的にはボーダーの子から、知的に高いタイプの子までいる。基準を設けて、杓子定規に振り分けるわけにはいかない。IQ70は、あくまで目安である。

通常学級に発達に遅れや偏りがある子どもの報告が増加したため、文科省による大規模な調査が行われた。そして、その結果をふまえて児童生徒らの障害に対応した適切な教育を行うことを目的として、平成19年学校教育法の一部を改正する法律が施行された。

法改正にあたり、特殊教育が見直され、教育基本法の中に特別支援教育が位置づけられることになった。つまり、通常学級に在籍する発達障害の子どもの支援や多様な教育的ニーズに対応するという方針が打ち出されたのである。これにより、通常学級内でも支援員がついたり、通常学級と特別支援学級を行き来したりするなどのオプションが広がることになった。

通常学級や他校も支援できる「特別支援教育」の大転換

平成19年の法改正は「大転換であった」と安部先生は言う。それまでは、「視覚障害」があれば盲学校、「聴覚障害」があれば聾(ろう)学校、「知的障害」か「肢体不自由」があれば養護学校、または公立学校の特殊学級など、それぞれの障害種別や程度に対応する特別教育だった。それが、多様な教育的ニーズに柔軟に対応した特別支援教育へと大転換が図られたのである。

「日本では、それまで特殊教育に相当する子どもの割合は約2.3%といわれてきましたが、当時から欧米では8~10%の子どもに支援教育をしていました。法改正により、ようやく日本でも通常学級の発達障害のある子どもたちの支援教育に光が当たるようになりました。そして、それまでの特殊教育のノウハウが発達障害のある子に活かせるようになったのです。同時に、私たちのような『地域特別支援教育コーディネーター』が、さまざまな学校を行き来できるようになりました。勤務校でない他の学校の子どもを支援するというこの制度は、明治5年の学制公布以降、はじめての試みであり、大転換でした。」

障害児教育で蓄積してきた知見を最大限に活用するために地域の学校間で共有する制度によって、これまで通常学級と分断されていた「特殊教育」のノウハウを、通常学級に在籍する発達障害のある子どもに応用して支援できるようになったのだ。

また図1にあるように、安部先生が長年多くの学級を観てきた中で、IQ70のライン付近に境界児が約10%は存在するという。

特別支援教育を必要とする発達障害児が約2.3%、通常学級に在籍する発達障害児が約6.5%、境界児が約10%、合計すると約18.8%にものぼる。もはや、学校教育において特別支援教育が少数派とはいえないことは明らかだ。

特別支援教育コーディネーターの役割

文部科学省では、学校における特別支援教育を推進しており、筑波大学附属大塚特別支援学校のような特別支援学校を「これまで蓄積してきた専門的な知識や技能を生かし、地域における特別支援教育のセンターとしての機能の充実を図ること」と位置付けている。各学校は、特別支援教育を実施するため、体制の整備及び取組を行う必要があり、各学校の校長は、特別支援教育コーディネーターを指名し、組織的に機能するよう努めなければならない。

特別支援教育コーディネーターには、特別支援学校の「地域コーディネーター」と小中学校の「校内コーディネーター」とがあり、大きく4つの役割が求められる。

  • (1) 学校内の関係者や関係機関との連絡・調整 (校内コーディネーター)
  • (2) 保護者に対する学校の窓 (校内コーディネーター)
  • (3) 地域内の小中学校等への支援 (地域コーディネーター)
  • (4) 地域内の特別支援教育の核として関係機関との密接な連絡調整 (地域コーディネーター)

 

安部先生手作りの「地域特別支援教育コーディネーターの仕事」(安部先生資料)

※図をクリックすると拡大します。
安部先生手作りの「地域特別支援教育コーディネーターの仕事」(安部先生資料)

全国に公立小中学校は約34,000校あり、そのうち特別支援学校が約1,000校。うち800校は知的障害のある子が通い、200校には聴覚・視覚・肢体不自由・病弱の子たちが通う。
約1,000校の各特別支援学校に1人か2人の「地域コーディネーター」がいる。8割程度の特別支援学校が専任教師を置いており、安部先生は「全国には、私のような担任を持たない地域コーディネーターが、1,000~2,000人近くいる計算になります」と説明する。

校長からインクルーシブ教育を実践したいという要請があれば、地域の小中学校とより綿密に連携して取り組むこともある。

発達障害のある子どもは、「困った子」ではなく「困っている子」

前述した法改正により、教育現場において教師が発達障害のある子どもを教育する機会が増えた。しかし、そうした状況で安部先生は多くの教師から「困っている」という相談を受けるようになったという。

地域コーディネーターとして多くの学校を支援する安部先生

「ある学級の担任から相談があり、何度も『困っている』を連発するんです。」

クラスのAちゃんが授業中、何かひらめくと手も挙げずに発言して困っているし、カッとするとすぐ友達を殴り、トラブルばかり起こして困っている。他の子の保護者が学校に文句をいってくるので困っているのだという。
安部先生は、「その担任に『ところで、Aちゃん自身は何に困っているんですか?』と聞き返すと、きょとんとしている。つまり、困っているのは教師自身であって、Aちゃんが何かに困っているのかまで思いを馳せることができていない」と言う。

安部先生は、このような教師から「では、どうすればいいですか?」と尋ねられても、あえて「先生はどうしたいんですか?」と切り返すそうだ。するとそうした教師の多くは何も答えられず固まってしまうという。それでも安部先生は答えない。このような教師には、子どもや保護者に対する姿勢が変わらない限り、個別のノウハウを教えても効果は限定的なのだという。

一方、熱心な支援に対しても理解が得られていない学校もある。通常学級の発達障害児をサポートしていた支援員は、ある日校長から「あまり熱心にサポートしないでほしい。居心地がよくなってしまって特別支援学級に転級してもらえなくなるから困る」と注意され唖然としたという。立場上、校長の指示に従うほかなく、非常に悔しい思いをしている支援員もいるのだ。

このような学校では、校長や教師が「困った子、困った親」という自分視点での認識しか持てていないことがわかる。そうした認識の教師が多い学校では、問題解決も学校本位になってしまう可能性があるといえる。

 

それでは、どのような視点が必要なのだろうか。
「『困った子、困った親』ではなく、『困っている子、困っている親』として捉えることが大切です。校長や教師が、発達障害で困っている子どもの視点で授業に取り組み、その経験や専門的な知見を学校内で集めて活かしていく。そうすることで発達障害のある子どもに対する教育の向上のみならず、児童生徒全員を対象とした学校全体の教育もどんどん良くなっていくはずです」と安部先生は言う。

「特別支援教育を充実させようとしている学校は、発達障害のある子に限らず、子どもや保護者の『困っていること』を捉える力のある学校といえます。もし、いじめや不登校、学級崩壊といった問題が起きたとしても解決に向けて教師が協働して前向きに動くことができます。だから、特別支援教育が充実しているか否かは、よい学校のバロメーターともいえるのです。そしてそれは、学校内に入った瞬間に雰囲気でわかります」と安部先生。

「教師や学校が困っている問題」として遠ざけるのか、「子どもや保護者が困っている問題」として積極的に解決しようとするのか。その姿勢の違いが学校全体の教育力の差につながることは想像に難くない。

発達障害のある子どもが「困っていること」を知る

そもそも、特別支援教育における「支援」とはどのようなものであろうか。
それは発達障害のある子どもが何に困っているのかを理解することが第一である。発達障害のある子は、自分の感情をうまく表現することが苦手な子が少なくない。そのため、近くにいる大人たちが「困っていること」に気づいてあげなければ、支援の手が差し伸べられないケースも多いのだ。

それでは、発達障害のある子どもはどのようなことに困っているのだろうか。
安部先生が発達障害のある子どもたちから聞いた「困っていること」を視覚化した例をもとに状態と対応を紹介する。

発達障害のある子どもがもつ困難とその対応は以下のとおり。

① 音の聞き取りが困難
  • 状態:壊れたヘッドフォンのように音が途切れて聞こえたり、一度に大きな音で聞こえたりする子がいる
  • 対応:伝えたいことや指示は短くはっきりと、一文でわかりやすく話してあげる
②文字の認識や、文章の読み取りができない
  • 状態:文字が反転した「鏡文字」で見えることや「歪む」「重なる」「揺らぐ」または「一部分だけ」しか見えない子がいる
  • 対応:本人が一番見やすいのはどのような字体やフォントを確認し、以降はそれをふまえた板書やプリント作成とする (一般的にゴシック体や大きめのフォント、字間を広めにとると見えやすい)

渋谷の交差点で授業を受けているように、音の聞き取りが困難(安部先生資料)

文字の一部分が欠けて見えるため文字認識や文字の読み取りが困難(安部先生資料)

 
③視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚が過敏
  • 状態:光るものがまぶしく目が開けられない、シャワーが肌に刺さるように痛く感じる子がいる
  • 対応:無理強いさせず、徐々に慣れることを優先する(トラウマになるくらいならば避ける)

太陽の光が反射しているように対象が見えづらい視覚過敏(安部先生資料)

感覚過敏の事例(安部先生資料)

 
④読字障害(ディスレクシア)
  • 状態:文字を読むことや、文字で読んだ情報を処理することが困難な子がいる
  • 対応:どうすれば読みやすくなるかを本人と相談しながら見極め、文節ごとに息継ぎマークを入れてあげるなどの工夫をしてあげる。デジタル教科書や文章読み上げソフトなどを活用する

現役の特別支援学校教師である神山忠先生自身が発表したもの。 読字障害(ディスレクシア)の方には日本語がこのように見えるという(※神山忠先生(岐阜市立岐阜特別支援学校教諭)の資料より引用)

 
⑤書字障害(ディスグラフィア)
  • 状態:一生懸命に時間をかけても文字がまっすぐ書けない、大きさが統一できない、漢字の「へん」と「つくり」を逆にしてしまう、熟語の順番を逆にしてしまうなど
  • 対応:罫線に沿って書くことは困難なので、枠をつけて文字を収まりやすくしてあげる。デジカメやワープロを活用させる

書字障害(ディスレクシア)の例。文字がまっすぐに書けない、鏡文字になるなど(安部先生資料)

発達障害のある子どもの言葉(安部先生資料)

 

これらのうち、「音の聞き取りが困難」、また「文字認識や文字の読み取りが困難」な子どものケースが多いと安部先生は説明する。発達障害とひとことでいっても、さまざまな症状がある。本人の感覚が過敏であることから、イライラしたり、衝動的、多動傾向になる場合もある。また感じ方が一般的な子どもと異なることで、誤解を招いてしまうこともある。しかしそれは、たとえ外からは見えづらくても、子どもたちがさまざまなことに困った結果である可能性があることを大人には知っておいてほしい。

多くの発達障害のある子からヒアリングしている安部先生が、困っている子の苦しさを次のように代弁する。「発達障害のある子たちは、教師に何を言われているのか、何を求められているかわからないんです。だから、『いつも失敗して叱られてばかり、自分はダメな人間かもしれない』という感情に支配されてしまう。『自尊感情』が育たないので、二次障害へとつながり、不登校、引きこもり、ニートになることも少なくない。自尊感情を下げないように支援することが重要なのです。」

後編では、発達障害のある子たちの自尊感情を下げないようにするに、どのような支援がありえるのかを伺っていきます。

【参考文献】安部博志 著『発達障害の子どもの指導で悩む先生へのメッセージ』明治図書(2010年)、安部博志 著『発達に遅れや偏りがある子どもの本当の気持ち』学事出版(2013年)

 

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 後編に続く

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【企画制作】(株)エデュテイメントプラネット柳田 善弘、寺本 亜紀、水野 昌也、羽塚 順子

【取材協力】筑波大学附属大塚特別支援学校 安部博志先生

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