「発達障害のある子どもたちの学びに関わる問題」
フォーラム 筑波大学附属大塚特別支援学校 安部博志先生【後編】

前編では、特別支援教育と特別支援教育コーディネーターの役割について、また、発達障害のある子どもたちが、表面的な言動だけでは想像できないような困難に直面し、彼らこそが困っていて、支援を必要としていることがわかりました。

後編では、特別支援教育のノウハウを用いて学校や家族でできることはどのようなことなのか、どうすれば発達障害のある子が自尊感情を保てるのか、前編に続き筑波大学附属大塚特別支援学校の安部博志先生にお話を伺いました。

自尊心がぼろぼろになる前に

前編で紹介したとおり、発達障害のある子は知的な遅れが認められないために、通常学級に在籍している場合が多い。しかし、現状では通常学級の中において「扱いにくい困った子」として捉えられ、自尊感情を低下させてしまうことが少なくない。かといって、特別支援学級で知的障害の子ども用のカリキュラムでは、学習面で物足りなさを感じることが予想される。

安部先生は、特別支援教育で使われる支援ツールを自作することも多いという

安部先生は、特別支援学校の教育についてこのように説明する。「特別支援学校の教師はそれぞれの子に応じたハードルを用意して、跳べるように工夫して、跳べたら満面の笑みで褒めてあげる、かなりポジティブな授業をしています。」一方、自尊感情が低くなるのは、通常学級で失敗ばかり繰り返して先生からも親からも叱責を浴び続けることが多いからだ。安部先生は続ける。

「一般の子より何十倍ものネガティブな言葉を浴び続け、自尊心がぼろぼろになってしまう。そういった発達障害のある子どもたちをなんとか成功体験に導いて、二次障害に陥らないように救ってあげるのが特別支援教育の役割だと信じています。」

発達の段階を「見える化」して、情報共有する

発達障害の子どもたちが「困っていること」を可視化する(安部先生資料)

安部先生は発達障害のある子どもを理解しやすくするための資料やツールを作成している。その一つが「子どもが抱えている困難」の図だ。「注意欠陥/多動性障害(ADHD)」「自閉症スペクトラム(ASD)」「学習障害(LD)」など発達障害のある子どもたちが、それぞれ「努力してもうまくできない」という困難を示している。安部先生は、最も重要だと考える「自尊感情と意欲」をこの図の中心にしている。


安部先生は「知的障害のある子への指導方法には、発達障害のある子に応用できる知見がとても多い」と話す。どのように発達障害のある子どもたちに応用されているのだろうか。ここで応用できるツールをいくつか紹介する。

まず、発達障害のある子の成長が一目で把握できる、安部先生考案の「アセスメントシート」。

成長が一目で把握できる「アセスメントシート」(安部先生資料)

成長が一目で把握できる「アセスメントシート」(安部先生資料)

※上記画像をクリックすると拡大します。

このアセスメントシートは、ひとりの子どもが運動能力、日常生活力、社会性、知的な発達(言葉・描画)の4領域において、どの発達段階にあるのかを1枚で俯瞰できるようになっている。1歳から7歳で年齢相応とされる4領域の発達状態をチェックすることで、その子の発達の遅れや偏りを把握したり、前回からの成長を確認できるのだ。保護者や乳幼児期の指導者などがこのアセスメントシートを用いて定期的に子どもの発達状態を確認し、記録することで、誰が見ても子どもの発達の状態像が一目でわかるし、自治体の就学相談でも活用できる。

安部先生は言う。「幼稚園・保育園の先生や親は、毎日子どもを見ているので、成長をなんとなく感覚的に捉えてしまいがちです。その結果、去年の今頃はその子どもが何をどこまでできたのかなども忘れがちです。重い障害のある子でも成長の伸びしろは必ずあります。

このアセスメントシートを使い、発達の遅れ、偏り、ねじれなどをまわりの大人が共有して、その伸びしろを伸ばすための支援の方針を検討することができます。」こうした資料やツールを用いて発達障害のある子どもへの理解を「見える化」することは事実を客観的にとらえ、次の成長へとつなげることをより明確にできるという。

発達障害のある子に示す視覚的働きかけの支援

安部先生は通常学級にいる発達障害のある子を支援するための事例をいくつも紹介してくれた。まず視覚的な取り組みから見ていこう。

写真にあるように、水飲み場の前で順番を待つ子どもたちの足下には、色のついた丸印が貼ってある。印を見ただけで子どもたちは自然と丸印に合わせて立ち、自然に順番に並ぶ列ができる。これらは発達障害のある子に限らず、すべての児童生徒がわかりやすい仕組みだといえる。

例えば、並ぶという文化がない国から来た子たちにも応用できる。その文化の違いによって並べずに落ち着かない場合も、この印があれば並んで順番を待つことができるようになる。「並べない困った子」ではなく「並ぶべき場所であることがわからず困っている子」に対してどうすればよいか。こうした考え方をすることで、すべての子どもにとって居心地のいい学校になる。

足下の丸い印にあわせて並ぶ子どもたち(安部先生資料)

安部先生は、行事や授業などで、発達障害のある子どもたちが不安にならないように、全体の中の今やゴールを示すことが大切だと言う。
「発達障害のある子どもは、見通しやゴールがわかっているからそこにいられるということがあります。教師は子どもにゴールを示しているつもりでも、子どもはゴールを理解してないということがありがちです。」

写真はある幼稚園の入園式だ。プログラムで順番になる数字や絵を矢印のクリップで示す。常にいまやっていること、これからすること、どこで終わるのかを見せてあげることで、子どもは安心できるのだ。 同様に、授業でも何を学ぶのか「ねらい」を示しておくことで、子どもは安心できる。

入園式では、前方にイラスト入りの式次第を書いて、進行状況を赤い矢印で示す(安部先生資料)

授業で何を学ぶのか「ねらい」を文字にして示すことで安心して授業に臨める(安部先生資料)

 

写真は、子どもたちそれぞれのマークをつけたハサミを子どもの目線の高さに置くことで、子ども自身で見つけることができる事例だ。ひな壇のように後ろのハサミでもマークが見えるのがよいという。

一度に多くの情報が視覚から入ると落ち着かなくなる子どもがいる。そういった場合は、教室の前にカーテンをつけて授業に関係のない部分は隠してしまう。集中しやすい環境を作るのもひとつの手法だ。

子どもたちは自分のマークを確認して、はさみをとる(安部先生資料)

カーテンを閉めて、読み聞かせの絵本に集中しやすい環境を作る(安部先生資料)

 

左利き用定規や、目盛りが1ミリ毎に斜めになっているので視認性のよい定規を使うのも一つの方法(安部先生資料)

クラスで決めた手のサイン(安部先生資料)

 

学校の友だち同士で、また家族同士でできる視覚を応用したコミュニケーションもある。それは、「指サイン」だ。サインを決めておくこと。こちらの言語指示を減らすことで、子どもの注意集中の力を高めることができるという。例えば図の「注目」「待って」「静かに」「OK」。この4つを決めておくだけでも、意思疎通がスムーズにできるようになり、子どもの混乱した行動はぐっと減るのだそうだ。

言葉(聴覚)による働きかけはわかりやすく端的、明快に

「発達障害のある子どもは、言葉(聴覚)で物事を把握するのが苦手な子が多い」と安部先生は指摘する。聴覚的な情報は、発信された途端に消えてしまうからである。

子どもが混乱しないように、言葉で指示を伝えるためのポイントがいくつかあるそうだ

  • ※子どもがキャッチしやすい伝え方として
  • ①動きを止め、正面で目線を合わせてから話す
  • ②声のトーンは低く、ゆっくり
  • ③わかりやすい言葉で端的、明快に
  • ④ひとつの活動に対して1回の指示
  • ⑤身振り手振りを入れて補足説明をする
  • ※子どもが理解しやすい伝え方として
  • ⑥否定的ではなく肯定的に(走らない→廊下は歩きます)
  • ⑦指示語や嫌悪的な言葉は置き換える(それ片付けて→おもちゃを箱の中に入れます)
  • ⑧言葉は省略せずに丁寧に伝える(早くしなさい→ご飯をぱくぱく食べようね)
  • ⑨曖昧でなくしっかりイメージできる言葉を使う(手をよく洗おう→石鹸のぬるぬるがなくなるまで)
  • ※本人が納得できる伝え方として
  • ⑩本人の気持ちを言語化してあげる(混沌とした気持ちを言葉でラベリングすると感情をコントロールしやすくなる)
  • ⑪子どもが読み取れない状況や文脈を実況中継のようにわかりやすく伝える
  • ⑫その行動の意味や理由を繰り返し丁寧に伝える
  • ⑬結果ではなくプロセスに着目して褒める(自尊感情を低下させない)
  • ⑭叱るときは人格でなく不適切な行動だけを叱る(自尊感情を低下させない)
  • ⑮叱るときは名前を付けず、褒めるときに名前を付ける(自尊感情を低下させない)
  • ⑯マイナスの言葉はプラスの言葉に置き換える(変わっている→他の子にない魅力をもっている:-リフレーミング)
  • ⑰しつこく叱ったり説教したりしない
  • ⑱主語を「YOU」から「I」に変える
  • ×「○○君(YOU)はどうしてお友達と喧嘩ばかりするの?」
  • ○「お母さん(I)は、お友達と仲良くしている○○君(YOU)が好きだな」
  •  
  • このように子どもに伝えるときには、子ども自身が小さな成功体験を感じられるような「スモールステップ」を用意することが大切だという。登山に例えると、7合目あたりから挑戦をさせて「登りきった」という成功体験へ導き達成感を持たせることが有効なのだ(この手法は「バックワード・チェイニング法」と呼ばれる)。

子どもが幸せに生きる力を身につけられるのかどうかは大人次第

ここまで、視覚と聴覚による支援など、安部先生のノウハウやツールを紹介したが、安部先生はこうも言う。「幸せに生きる力を育むことが一番大切なんです。学校で身につける知識やスキルはあくまで幸せに生きるための手段でしかありません。」

何より大切なのは、幸せに生きる力を育むこと(安部先生資料)

また、安部先生は、「発達障害のある子どもをもつ保護者は傷ついている」と言う。

「保護者は、『お子さんをもっと褒めてあげてください』といった教師の何気ない言葉に傷ついています。わが子を受容できず、褒めたいのに褒められない不甲斐なさを感じているのに、それを責められた気持ちになるのです。『専門でないのでわかりません』『学校では問題ありません』という言葉も、突き放されたような、暗に家庭の問題だといわれている気持ちになります。」

そのような保護者に、安部先生は「よくここまで頑張りましたね」とねぎらいの言葉をかけるという。保護者に対して、「子どもを褒めてあげて」と「よく頑張りましたね」のどちらの言葉かけをするか、その意味の違いに気づくかどうかだ。「よく頑張りましたね」には相手の気持ちに思いを馳せて、「困っている親」の立場で捉え、理解しようとする姿勢が見える。

みんなの自尊心を失わないクラスづくり

特殊教育の時代には、障害のある子は社会に出てから就労ができるよう同じ動きを繰り返す訓練的教育が行われていたところもある。そこでは、従順さと作業能力とが求められていた。安部先生は「これからの時代は、彼らの人生をどう豊かにしていくかに焦点があてられます。世界の障害観が医療モデルから生活モデルに移り、これからは障害者一人ひとりの生活や人生の質を向上させるQOL重視に変化していくはずだ」と言う。

課題は山積しているが、さまざまな垣根は取り払われ始めている。「地域のみんなが支援するという発想は、障害者だけでなくすべての人間が安心して暮らせる世の中になるということ。グローバル化の前に、まずは学校や地域の人たちとのつながりが見直される必要があるでしょう」と安部先生。

発達障害を個性であり特性だとする見方も広まっている。「人とは違う個性を持っていることが魅力的だと私は思います。それぞれが人とは異なる部分があり、それを大事にしながら人生を全うできるよう、胸を張って自分を愛せるように、子どもたちをサポートしてあげることが大事だと思っています。」この考え方はこれまでの画一的な教育から一人ひとりの子どもそれぞれに、教師や学校といった組織で対応する「マルチバーサル」な教育の実践に通じるといえる。

 

現場の教師は多忙を極めている。「きれいごとだけではつとまらないというのも本音かもしれません。しかし、意味と意義をしっかり認識した教師はどんなに忙しくてもやります」と安部先生。つまるところ、異質なものを受け入れ、わかろうとする愛がその人自身にあるか。人として本質的なところで、自分と異なる他者を理解しようとする気持ちが持てるか。それがないと、グローバル化もインクルーシブ教育も進まない。幸せとはどういうものかをまず大人が考えていくことが求められる。子どもたちに求める前に、大人の心の持ち方が問われているといえる。

通常学級の担任教師が、発達障害のある子に対して「この子がいなければ楽になるのに」という気持ちを抱けば、子どもたちはそうした教師の気持ちを一瞬で感じ取る。そうなってしまうと、クラス内で発達障害のある子へのいじめが起こりやすい。まさに子どもたちは大人の鏡なのだ。

安部先生はこれまでに7,000以上のクラスを見てきたなかで、一般の子どもたちにとって「居心地がいいクラス」は、発達障害のある子どもたちにとっても居心地がよく自尊心を失わないクラスである。一方、一般の子どもたちにとって「居心地の悪いクラス」は、発達障害のある子たちにとっても居心地が悪く、さらに居場所がないクラスになる可能性があるという。それは、教師の教育観や人間観が、そのままクラスの子どもたちに反映されてしまうからだ。 ユニバーサルではなく、特別支援教育のマルチバーサルのノウハウが、通常学級の教育力向上にも寄与し、学校組織全体の取り組みとすることでいじめなどの問題への対応力を高めることにもつながるといえる。

Editor's Eye

世の中の変化をよそに、140年以上ほぼその形態を変えていない黒板と教科書を利用した授業に対し、デジタルデバイスを活用し、個々人の学習内容や学習環境を最適化させるアダプティブラーニングが注目を浴びている。

安部先生お手製の支援ツール
なわとびをとぶためには、手首を回す練習から。そして、次に棒に付けた短いなわを用意して跳ぶ練習。スモールステップによって成功体験に導く

また、誰にでもわかりやすく、安心して参加できる教育環境づくりとして、教育のユニバーサルデザインが叫ばれている。

しかし、安部先生のお話しを伺うと、改めてそれらは学習効率を高める道具やノウハウでしかないと気づかされる。校長や教師が学校本位や自分本位ではなく、相手の視点で子どもや保護者と向かい合えるのか、それこそが重要なのだ。

安部先生は教師向けにも生徒向けにもさまざまな支援ツールを研究し、よいものがなければ自作もしている。多機能さではデジタルデバイスには及ばないかもしれない。しかし、様々なツールを使って困っている子どもたちを何とか支援しようとする姿勢こそが、障害のある子どもや保護者はもちろん、周りの子どもたちや教師たちにも効率とは異なる価値を与えていると思う。

【参考文献】安部博志 著『発達障害の子どもの指導で悩む先生へのメッセージ』明治図書(2010年)、安部博志 著『発達に遅れや偏りがある子どもの本当の気持ち』学事出版(2013年) 

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【企画制作】(株)エデュテイメントプラネット柳田 善弘、寺本 亜紀、水野 昌也、羽塚 順子

【取材協力】筑波大学附属大塚特別支援学校 安部博志先生

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