データで考える子どもの世界

第2回 学習時間のあり方を考える

その3 受験は学習時間にどんな影響を与えるのか

ベネッセ教育総合研究所 主席研究員 木村治生
2019.4.4

 

 前回(その2)は学習時間を属性別に検討することで、誰がより多く学習をしているのかを見てきた。しかし、それらの属性が直接的に効果を持っているというよりも、進路や受験といった要因が学習時間に影響している可能性が高い。進路意識や受験の有無によって学習時間が異なることは、これまで先行する調査でも明らかにされてきた。たとえば、2007年にベネッセ教育総合研究所が小学6年生の子どもとその保護者を対象に行った調査(中学校選択に関する調査)では、中学受験をしない子どもの平日の学校外学習時間は75分であるのに対して、私立中学を受験する子どもは209分であることが示されている。大学受験(高校生対象)に関しては高校間格差の問題とも関連づけられ、生徒が所属する高校の学校偏差値帯によって学習意欲や進路意識、学習行動(学習時間など)が異なることが明らかになっている(たとえば、学習基本調査)。

 今回(その3)は、そうした先行調査に見られる学習時間の格差が、今日でも存在するのかを確認する。そのうえで、進路や受験にかかわらず学習時間の長短に影響する要因があるのか、多変量解析により検討する。その分析を通して、誰がより多く学習しているのかとともに、誰がより学習に向かいにくいのか(誰が学習行動を阻害されているのか)について考察したい。


■中学受験の影響は?

 最初に、中学受験の影響である。図表13は、中学受験を「した」子ども、「考えたが、しなかった」子ども、「考えなかった」子どもの3タイプに分け、小学5・6年生の時の学習と中学1年生の現在の学習時間をたずねたものである。中学受験についての質問は保護者に行い、学習時間はそれぞれの時点で子どもにたずねた結果を用いた。

 対象とした中学1年生で中学受験を「した」のは14.8%、「準備したが、途中でやめた」のは0.7%、「考えたが、しなかった」のは8.9%、「考えなかった」のは73.9%という結果である。「準備したが、途中でやめた」子どもの学習時間は、図表から省略した。

 
※画像クリックで拡大します。図表13

 

 図表を見ると、「考えたが、しなかった」ケースは、「考えなかった」と数値が近い。動機があいまいなため学習時間が伸びなかったのか、学習時間が少なかったために中学受験をやめたのかは不明だが、学習量が少ない状況では中学受験は難しいのだろう。一方で、中学受験を「した」ケースは「考えなかった」子どもと比べると、小学5年生の時で約1時間、小学6年生の時で約2時間も学習時間が長い。彼らは「宿題」の時間が短く、「家庭学習」と「塾」が長いのが特徴で、中学受験の学習スタイルが現れている。

 それでは、中学入学後はどうか。中学受験を「した」子どもの多くが、私立中学や公立中高一貫校などに入学しているが、わずかに「宿題」の時間が長い。しかし、トータルの時間は「考えたが、しなかった」や「考えなかった」子どもと変わらず、2時間弱である。中学入学後の学習時間は、中学受験をしたかどうかによる差は小さい。


■高校進学の影響は?

 次に、高校への進学の影響を確認しよう。ただし、高校の進学率は98.8%(2018年)と高いことことから、受験の有無ではなく、学習動機に注目する。ここでは、学習動機についての質問で、「自分の希望する高校や大学に進みたいから」に対する肯定の程度を3つのグループに分け、それぞれの学習時間の違いを見た。希望する学校への進学という学習動機が、学習時間にどう影響しているのか。それを示したのが、図表14である。

 
※画像クリックで拡大します。図表14

 

 ここからは、「自分の希望する高校や大学に進みたい」と強く考える中学生ほど、長い時間学習する傾向がうかがえる。「とてもあてはまる」中学生は、「あてはまらない」中学生と比べて中学1・2年生の時点で約30分、中学3年生の時点(現在)で約1時間、長く勉強している。進学に対する意識が、学習のモチベーションを高めているのだろう。ちなみに、学校の成績によってそうした意識の効果に違いがあるかを確かめたが、どの成績層でも肯定的なグループのほうが学習時間が長い(図表省略)。現在の成績を問わず、志望校進学の目標をもつことが学習量を増やすのにプラスの効果をもつ。


■大学進学の影響は?

 まったく同様に、大学への進学の影響が学習時間にどのような影響を与えているのかを見たのが、図表15である。学習動機として「自分の希望する大学に進みたいから」に対する肯定の程度が強い生徒ほど、長い時間学習している。「とてもあてはまる」と「あてはまらない」の差は概ね2倍。とくに「家庭学習」の時間の差が大きく、志望校進学を学習動機にしている生徒は家庭学習をよく行っていることがわかる。

 中学生と比べると、高校生のほうがより差が大きく表れている。高校生は大学受験をしない層が含まれ、分散が大きいためだと考えられる。

 
※画像クリックで拡大します。図表15

 


■大卒希望者は学習時間が長い

 それでは、進路の希望によって学習時間はどう異なるのか。進路について、中学校、高校、高等専門学校、専門学校までを希望する子どもを「非大卒希望」、短期大学、四年制大学、大学院を希望する子どもを「大卒希望」として、学年ごとに学習時間の平均を算出した(図表16)。

 希望進路の違いは、すでに小学生の段階から現れており、「大卒希望」の子どもは「非大卒希望」に比べて学習時間が長い。その差は、小学生で20~50分、中学生で10~20分、高校生で1時間~2時間半程度である。ここでもやはり中学生の差が小さく、高校生になると差は広がる。

 中学生までは「宿題」の時間は両群ほぼ同等で40~60分程度。「宿題」はどのような進路を希望していてもしなければならない。差が表れているのは、「家庭学習」と「学習塾」の時間で、いずれも「大卒希望」のほうが長い。

 これに対して、高校生は「宿題」「家庭学習」「学習塾」のいずれも、「大卒希望」の生徒が長い。「大卒希望」の生徒が多く通う高校では、「宿題」も相応に出しているということだろう。学習時間合計の両群の差は高校1~2年生で1時間、高校3年生では約2時間40分である。高校生は進路希望と学習時間の関連が強まることがわかる。

 
※画像クリックで拡大します。図表16

 


■難関大学進学者は学習時間が長い

 大学受験の影響が大きいことを確認したが、それは進学する大学の難易度とどれくらい関連しているのだろうか。進学した大学の入学偏差値を4グループに分け、高校1~3年生の時の学習時間の平均を算出した。図表17である。

 ここからは、入学偏差値の高い大学に入学した生徒ほど、学習時間が長い傾向があることがわかる。仮に3年間を合算した数値で比較をすると、「偏差値45未満」1に対して「45以上55未満」1.135、「55以上65未満」1.352、「65以上」1.538となる。ただし、【高校1年生の時】はほとんど差がなく、【高校2年生の時】も「45未満」と「65以上」で39分の差があるが、大きな違いがあるわけではない。違いがもっとも大きく表れるのは、【高校3年生の時】で、進学大学の入学偏差値にしたがって学習時間が増加する。学習時間の側面だけ見ると、とくに最終学年での頑張りが、成否を分けているようである。

 内訳はどうか。ここでもやはり、「宿題」には大きな違いがない。しかし、「家庭学習」と「学習塾」に差が出ている。半強制的に課される宿題は違いが出にくいが、主体性が問われる家庭学習は、入学が難しい大学に進学した生徒ほど行っていることがわかる。

 
※画像クリックで拡大します。図表17

 


■受験の影響を統制しても残る要因

 これまで、子どもたちの学習時間に受験という要因が大きく影響していることを示してきた。多くの子どもは、受験を目標に学習をする。このため、受験する子や大卒を希望する子は学習時間が長い。また、同じ子どもでも、受験をする学年では学習時間が長くなる。裏返せば、受験をしない子、大卒を希望しない子、受験の学年ではない場合は、学習時間が短くなるということでもある。これは経験的にもうなづける。

 それでは、そうした受験の影響を統制してもなお、学習時間に影響を及ぼす要因とはどのようなものだろうか。それを明らかにするために、学習時間を従属変数にした重回帰分析を行った。その結果を示したのが、図表18である。

 
※画像クリックで拡大します。図表18

 


 ●小学生の結果:家庭の影響が強い

 最初に、小学6年生の結果から見てみよう。影響の大きさを相対的に比べる標準化係数を確認すると、もっとも効果をもっているのは「学習動機」として「自分の希望する高校や大学に進みたいから」に肯定しているかどうかである。小学生であっても、高校や大学への進学意識が、学習時間に強い影響をもっている。

 続いて、「学習計画」をきちんと立てて勉強しているかどうかが学習時間に強く影響している。また、それよりも影響の程度は弱いが、「メディア時間」がマイナスの効果を持っており、メディア視聴が少ないほど学習時間が長くなることが読み取れる。学習や生活をコントロールすることが重要であることをうかがわせる結果である。

 中学生や高校生と異なるのは、「世帯年収」が強い効果を持っている点である。小学生では、他の要因を統制しても世帯年収が高いほど学習時間が長くなる。また、「自治体規模」も有意であり、都市部に居住する子どもほど学習時間が長いことがわかる。こうした結果は、中学受験が都市部に住む高年収層を中心に行われていることを反映しているためだと考えられる。学習時間を増やすという観点から見ると、世帯年収が低い子どもや地方に住む子どもは不利だということもできる。


 ●中学生の結果:本人の学習意識の影響が強い

 次に、中学3年生の結果である。ここまでのデータ紹介でも、小学生や高校生と比べると中学生は、家庭環境(世帯年収、保護者の学歴)や地域(自治体規模)によって学習時間に大きな違いがないことを確認してきた。図表18に示した重回帰分析の結果も、そうした変数の影響が現れていない。高校受験は家庭や地域にかかわらず多くの中学生が参加するため、属性による違いが現れなくなるのだろう

 一方で、「学習動機」や「学習計画」が効果を持っている点は、中学生も同様である。学習に対する本人の意識や行動は、中学生でもやはり学習時間を長くしたり短くしたりする。属性にかかわらず、子ども本人の要因が学習時間に影響しているという点では、他の学校段階よりも平等な状況が実現できている可能性が高い。


 ●高校生の結果:地域の影響が見られる

 最後に、高校3年生の結果を確認しよう。高校生も、「学習動機」「学習計画」に加えて「メディア時間」が有意になっており、子ども本人の要因が強く影響していることがわかる。こうした要因は、学校段階を問わず効果をもつようである。

 しかし、中学生では消えていた「自治体規模」の効果が見られる。また、危険率10%水準の弱い効果だが、「母学歴大卒」も有意になっている。高校生はすべてが大学受験をするわけではないこと、学習時間の分散が大きいことから、家庭や地域の影響が表れやすいのだろう。家庭環境による格差はもちろんだが、自治体規模による影響が残る点が気になる。先に図表10で確認したように、町村部に住む高校生は3年になると学習時間が短くなる傾向があった。どこで生まれるかで学習時間が異なるのは、好ましい状況とは言えない。今日でも大学進学率は最上位県と最下位県で3割弱異なるが、子どもたちの学習状況に地域差があることを認識し、解消策を検討すべきだろう。


■学習を阻害されているのは誰か

 以上、学習時間を規定する要因について検討してきた。そのなかでも、本人の進路に対する意識や学習計画が強い効果を持っているのは望ましい結果と受け取れる。もちろんそうした意識や行動そのものに属性による差はあるのだが、それらを統制しても本人の要因がもっとも影響しているという結果は、教育の意義や役割の大きさを期待させる。学習意欲を高めたり、学習方略を身につけさせるような周囲の働きかけは、学習時間を増やすうえで有効と言えそうだ。また、学校段階によって異なるが、「メディアの時間」の調整など、生活面への配慮も有意義である。逆に、本人の進路意識が低いこと、学習や生活のコントロールができていないことは、学習時間の減少につながるリスクが高い。

 全体を見てかなり特徴的だと感じるのは、小学6年生と高校3年生の結果である。この2学年は、家庭環境(保護者の学歴、世帯年収)や地域(自治体規模)の影響が色濃く現れる。それ以外の学年では、属性による違いはそれほど大きくない。とくに中学生にはほとんど差が見られなかった。こうしたことは、わが国の入試(選抜)の状況と深くかかわっていると考えられる。

 子どもたちの学習時間が受験によって長くなるのは間違いないが、小学6年生が直面する中学受験は、局所的な競争である。全国で多数の小学生が受験するわけではなく、都市部の社会経済階層が高い家庭が中心になる。そうした特定の家庭の子どもの学習時間は長いが、それ以外の家庭では学習時間を増やす圧力が働かない。高校3年生が挑む大学受験も、中学受験ほど局所的ではないが、すべての高校生が参加するわけではない。大学進学を目指さない高校生や、進学を希望していても入学偏差値が低い大学を選ぶ生徒は、学習時間が短い傾向にあり、そこに家庭環境や地域といった要因が関連している。本人に起因する要素ではなく、このような本人の努力や意識とは異なる要因にも学習行動は影響を受けている。このことを理解し、制度や仕組みとしてそれらをどう是正するか、社会として考えていかなければならない。

 以上、学習の量的側面(時間)に注目して、小学生から高校生の学習実態をとらえ、そこに孕む問題を検討してきた。次回(その4)はその「おまけ」として、大学生の学習実態について触れていきたい。








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