教育フォーカス

 

【特集20】教育ビッグデータで、変わる教育!! 
岐阜市とベネッセ教育総合研究所との共同研究「学習記録の可視化
による学習意欲・基礎学力の向上プロジェクト」の取り組みから

第4回:
教材がコンテンツでなくなる時

高橋純先生

高橋 純 ● たかはし じゅん

(プロフィール)
東京学芸大学 教育学部 教育学講座 准教授
横浜国立大学大学院教育学研究科、および富山大学大学院理工学研究科、横浜国立大学大学院教育学研究科を修了。博士(工学)。専門は、教育工学、教育法法学。富山大学発達人間科学部准教授等を経て、現職。文部科学省「学校におけるICT環境整備の在り方に関する有識者会議」委員等を歴任。共編著に『すべての子どもがわかる授業づくり―教室でICTを使おう』(高陵社書店)など。

. 学習記録などのデータを、生徒自身が大切なものだと思えるようにするためには、どのような工夫が必要ですか。

A. 自分の頑張りが積みあがっていることが実感できることが大切です。

学習は日々の細かい積み重ねです。生徒に示すデータも、そうした日々の積み重ねが見えるものがよいと思います。

例えば、図は生徒への学習記録振り返りシートですが、「学習のペース」のグラフは、縦軸は学習量、横軸は期間。学校での活用か、家での活用かが合わせて見えるようになっています。一人ひとりの学習ペースと学習量のデータを見せていますね。毎日コツコツやっていれば、棒グラフは高いまま推移します。そうして、自分の頑張りが可視化されることで、「これを続けよう」「もっと頑張ろう」という意識が芽生えます。小学校でも、学習したノートを積み重ねて、どれだけ高くなるかを競ってやる気を高める実践があります。それと同じように、視覚に訴えてやる気と満足度を高めることがデータ活用のメリットだと思います。

図 週間学習記録表

図.学習記録の振り返り・目標設定シート

※画像をクリックすると拡大表示します。



高橋純先生

学習記録は、日々の食事内容などを記録していく「レコーディングダイエット」とよく似ています。変化する記録をチェックすることで、データが減少傾向になっているのを見るとうれしくなり、「もっと頑張ろう」というモチベーションが喚起され、生活習慣そのものを改善しようとする原動力が得られます。

今後、学習についても、行動分析学的なアプローチを使い、日々の積み上げを意識させることで、モチベーションを喚起・維持させることにつなげられる可能性があると思います。

. 苦手克服やバランスよい学力の向上を図るために、データをどのように活用したらよいですか?

A. 「過去の自分」と比べることで成果を実感できるようにすることが大切です。

ほとんどの生徒は、「学習しなければいけない」ということをわかっています。それでも、行動に移せないのは、頭でわかっていることと、実際に行動に移すところには大きな段差があるからです。「わかっていてもなかなか行動に移せない」ということは当然あることなので、そういう生徒に対しては、まずは「学習しなくてはいけない」と自覚しているということ自体を認めてあげるとよいでしょう。そのうえで、わずかでも学習に取り組むようになれば、取り組んだ行動を褒める。日々の行動を認めるところに目を向けるとよいと思います。

ここで重要なのは、ほかの生徒や全国データと比べるのではなく、過去の自分と比べて成長したかどうかに着目することです。評価基準を生徒自身の中に置くのです。特に苦手なことに取り組むのはハードルの高いことなので、「前より学習時間が増えた!」「いつもよりたくさん問題を解いた!」というように、過去の自分を意識させ、それと比べての向上をしっかりと認める。そうすることで生徒は自分の成長を実感できますし、スランプに陥った時も「以前はできたはず」というふうに気持ちを切り替えられるかもしれません。結果だけはなくプロセスにも着目してデータを活用する視点は、今後ますます重要になってくると思います。

. 目標の立て方について教えてください。

A. 小さな目標を積み重ねることで少しずつ行動の変容を促しましょう。

偏差値やテストの得点だけを目標にしてしまうと、成果があがるまでに時間がかかり、心が折れてしまうこともあります。そうした大きな目標を見据えつつも、まずはスモールステップで小さな目標を積み重ねていくことが大切だと思います。

特に不得意な生徒に対しては、テストの目標点などを挙げさせるだけでなく、小さな改善を積み重ねることで変容を促す仕掛け必要です。例えば、生活日誌などを通して、「今日、家で保護者とテストの話をしましたか?」「先週と比べてやろうと思っていますか?」などと問いかけ、自分の生活や行動を振り返らせることができるとよいですね。保護者や友達と学習について語り合う機会があれば、学習に目がいくようになるでしょう。こうした小さな問いかけを繰り返す中で、「先月よりも学習量が増えましたか?」など、少しずつ高い目標に移行できるような問いかけを加えていくのです。この問いかけ自体を望ましい行動を促す文言にすることで、生徒の心の持ちようが変わり、具体的なアクションに結びつくことが期待できます。

. 中学生にどうやって学習するかを尋ねると「何度も繰り返して学習する」とほとんどの生徒が答えます。どういったアドバイスが良いでしょうか。

A. 繰り返しの質を向上させるようなアドバイスを送ってあげましょう。

高橋純先生

中学生にとって学習といえば「ひたすら繰り返すこと」というのが、先輩から連綿と受け継がれているといえますね。それはもちろん必要なことですが、大切なのは質の高い繰り返しであるかということです。中学校の学習は、学習の習慣づけと繰り返しの質の向上の2つが重要ポイントだと思います。

本当に理解するとはどういうことか、そのためにどこまで繰り返せばいいのか、繰り返しの頻度や間隔はどの程度が適切なのか、質のよい繰り返し方法についても、伝えてあげたいですね。 また、わかったことを友達に話してみたか。先輩の方法を読んでみたかなど、「話した・話さなかった」、「読んだ・読まなかった」というボタンを押させるだけでも意識をさせることができると思います。「読まなかった」というのは押しづらいですから、「読もう」という気持ちも生まれるでしょうし、読んだら「やってみよう」という意識が芽生えるかもしれません。

ただ、私個人としては、思い切って得意分野を伸ばすことに力を入れるのも1つの方法ではないかと思っています。学ぶことの楽しさを体感することで、次は苦手にも取り組もうという気持ちが生まれる可能性もあります。一人ひとりの個性を見極め、生徒を成長させるために何が必要かを考えることが大切だと思います。

. 学習記録を活用すると、生徒への指導が個に対応したよりよいものになりそうですが、そのポイントはどこでしょうか。

A. 生徒一人ひとりの変化が伝わる情報を、いかにわかりやすく示せるかがカギだと思います。

個人の変化に着目したフィードバック情報が、教員が無理なく使える形で届けられれば、生徒一人ひとりへの指導の影響が見える化され、教員は、客観データに基づいた個に対応した指導により意識的になれる可能性があります。 多くの教材が学校現場で使われていますが、今の教材は、大体は問題集としての問題と解説を提供しているにすぎないという見方もできます。

これからの教材は、学習したプロセスや結果が、学習記録として記録され、それを基に個人一人ひとりの変化の情報が、いつでも見られるようになっていることが、当たり前の時代が来るべきだと思います。「教材」は単なるコンテンツではなく、学習記録を通じてその学習状況と課題、課題解決のためのソリューションを生み出すための情報提供も担うべき役割になっていくと思います。




 

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