「小1ギャップ」あるいは「小1プロブレム」という言葉があります。
幼稚園や保育所で興味関心や遊びを中心に創造的に育っていた
幼児たちが、学ぶ内容・方法、時間・場所などが全て決められて
いる小学校の生活にすぐには順応できないことを指しています。

確かに、子どもたちにとって非常に大きい環境変化(ギャップ)
であることは事実ですが、問題(プロブレム)化している原因は
子どもたちのせいではなく、その環境をつくる大人側にあると思います。
では、幼児期から児童期において育ち始めた「学びに向かう力」を
どのように低減させずにつなぎ、育てていけばよいのでしょうか。

今、そのような課題を解決するための「幼保小連携」が始まっています。
幼児期から児童期に萌芽する「学びに向かう力」が育つメカニズムと、
その環境を支える人たちの役割を考えることは、“人生100年時代”
の長く続く学びの在り方に対する示唆にもなるのではないでしょうか。
今回は、幼保小連携における実践事例を前後編に分けてお伝えします。

【学びに向かう挑戦】 第2回
「学びに向かう力」を見取り、育み、つなぐために(前編)
多くの子どもが過ごす幼稚園、保育所、認定こども園。そして、9年間に及ぶ義務教育の始まりである小学校。幼児期や児童期の「学びに向かう力」はこれらの場でどのように芽を出し、育っていくのだろうか。
ベネッセ教育総合研究所次世代育成研究室長の 高岡 たかおか 純子 じゅんこ に幼児教育にまつわる最新の動向を聞くとともに、栃木県の認定こども園あかみ幼稚園の取り組みを取材した。

三府省一体的となった、幼児教育の改革

高岡純子 ベネッセ教育総合研究所次世代育成研究室長
高岡純子 ベネッセ教育総合研究所次世代育成研究室長

幼児教育に大きく影響する関係法規が2017年の公示を経て、2018年度から同時に施行された。「幼児期における教育改革」ともいえる今回の動きの特徴は、それぞれ所管官庁の異なる幼稚園、保育所、認定こども園(以下、「こども園」)のすべてで同時期に教育要領、保育指針、教育・保育要領(以下、「要領・指針」)が改訂されたことにある※1。その背景にあるのは、幼稚園、保育所、こども園(以下、この3つをまとめて「幼稚園・保育所など」と呼ぶ)のいずれに通おうとも、しっかりとした幼児教育を受けられるようにすべきだとする国の方針だ。これら幼児教育の目指す方向性として新たに示されたのが、幼児期に育みたい資質・能力の「3つの柱※2」と「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」(いわゆる「10の姿」)である。

幼児期の終わりまでに育ってほしい姿の整理イメージ

幼児期の終わりまでに育ってほしい姿の整理イメージ
出典:「幼児教育部会における審議の取りまとめ」(文部科学省 2016年)

この「10の姿」には、小学校以降につながるものとして、5歳児修了時までに育ってほしい姿が具体的に示されている。幼児教育に携わる保育者が、これまでの実践を振り返るための拠りどころとなる方向性を示したものともいえる。
高岡によると、「今回の幼児教育における教育改革は、新しい考え方ではなく、むしろ、今まで日本の幼児教育が大切にしてきたことを、捉え直したものだ。」という。

※1 文部科学省管轄の幼稚園は「幼稚園教育要領」、厚生労働省管轄の保育所は「保育所保育指針」、内閣府管轄のこども園は「幼保連携型こども園教育・保育要領」に、それぞれ教育方針が示されている。

※2 「3つの柱」とは次のとおり。【1. 知識・技能の基礎】【2. 思考力・判断力・表現力等の基礎】【3. 学びに向かう力・人間性等】

 

人生を左右する「社会情動的スキル」と「遊び」の関係

資質・能力の「3つの柱」の背景には、本特集の第1回でも言及された「社会情動的スキル」がある。社会情動的スキルとは、OECD(経済協力開発機構)が注目している概念で、「目標の達成(忍耐力、自己抑制、目標への情熱)」「他者との協働(社交性、敬意、思いやり)」「情動の制御(自尊心、楽観性、自信)」が例として挙げられている。こうした社会情動的スキルは、成長プロセスで身につけられる“スキル”と捉えられている。

「幼児期に身についた社会情動的スキルは、成人に至るまでの成長に大きな影響を及ぼしていることが、研究により徐々に明らかになってきている。それゆえ幼児期の育ちや教育に注目が集まっている。」と、高岡は話す。

幼児期の社会情動的スキルを育むうえでとても大切なのが、豊かな「遊び」だ。しかし、「点数」など数値で示しやすい認知的スキルと異なり、可視化しづらい社会情動的スキルやそれを育む「遊び」の重要性は、保護者にはなかなか理解されづらい。たとえば、乳幼児を持つ保護者を対象として実施した「第5回幼児の生活アンケート」では、幼稚園・保育園への要望として、「知的教育(文字や数の読み書き、順序の理解など、小学校段階での学習につながるもの)を増やしてほしい」と考える母親が増加傾向にある一方で、「自由な遊びを増やしてほしい」と考える母親はやや減少傾向にあることが明らかとなった。

幼稚園・保育園への要望

幼児期の終わりまでに育ってほしい姿の整理イメージ
出典:「第5回幼児の生活アンケート」(ベネッセ教育総合研究所 2015年)

この度の要領・指針の改訂では、幼児教育が「幼児の自発的な活動である遊びや生活」のなかで行われることが示されるとともに、遊びを通じて主体性を育み、遊びが深い学びにつながるような教育計画を立案することが促されている。さらに、「環境を通して行う教育」の重要性も改めて示されている。今回の取材では、この「遊び」と「環境を通して行う教育」の双方を重視した幼児教育を実践する、認定こども園あかみ幼稚園(栃木県佐野市・以下、「あかみ幼稚園」)を訪問した。

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遊びは「自分がやりたいことを自分で決める行為」

あかみ幼稚園のいちょう組(4歳児クラス)の保育室
あかみ幼稚園のいちょう組(4歳児クラス)の保育室。手前の「ものづくりコーナー」では売り物のチョコバナナを制作中。奥の「ごっこ遊びのコーナー」では、かき氷屋さんが営まれていた

最初に訪れたのは、4歳児が在籍するいちょう組の保育室だ。「作ったものを使って遊ぶ」を基本コンセプトとして、室内には基本1か所の「ものづくりコーナー」と、複数か所の「ごっこ遊びのコーナー」が設けられている。ごっこ遊びのコーナーでは、かき氷屋さんなど子どもたちの思い思いのお店が営まれ、ものづくりコーナーでは、お店を営むために必要な「もの」の制作が行われる。

「子どもたちはそれぞれの場所で小集団を形成し、互いに関わり合いながら遊んでいる。お店を開くときに看板が必要だと思えば看板を作る。看板をつけたあとに、何か足りないと感じれば、それを作り始める。このように他人と関わり合いながら、ものを作って遊ぶというサイクルを循環させることが、主体的・対話的で深い学びのために大切だと考えている。」と、あかみ幼稚園の 中山 なかやま 昌樹 まさき 理事長は語る。

中山理事長は、遊びを「自分がやりたいことを自分で決める行為」と考える。ものづくりコーナーで作るものも、ごっこ遊びのコーナーで営まれるお店で売られる商品やその値段も、決めるのはすべて子どもたち自身だ。同じお店が1か月以上続くこともあれば、1日で終わってしまうこともある。長期間続かないからといって、周りにいる保育者たちが何かを無理強いすることは決してない。

中山昌樹理事長(学校法人中山学園)
中山昌樹理事長
(学校法人中山学園)

子どもたちの主体性に任せるので、子どもたちは園で自由に過ごす。けれど保育者たちは、子どもを“ほったらかし”にしているわけではなく、そこには多くの試行錯誤をもとに確立されたさまざまな配慮と工夫がある。たとえば、登園直後はみんなが揃うまで保育室内で過ごす時間を設けて、自然と小集団が形成されるようにする。いきなり屋外に出て遊んでしまうと、子どもたちが個々に散ってしまい、すべての子どもたちに目を向けられない可能性があるからだ。保育者たちは、子どもたちが小集団活動において「何を面白がっているのか」や「どこでつまずいているのか」を注意深く見る。それらを保育記録として残し、主担任と副担任で定期的に話し合う場を持ちながら、子どもたちが必要とするサポートを見極める。

予定表
左:いちょう組(4歳児クラス)にある1日の予定表。果物などのイラストは保育室の時計と連動しており、時間を示している
右:もり1組(5歳児クラス)にある1日の予定表

子どもの発達段階に合わせた取り組みもある。5歳児クラスでは、毎日子どもたち自身でその日の遊びを振り返り、クラスメイトの前で発表する。子どもたちが自分たちの遊びを言語化する場となるだけではなく、発表を聞いて子どもたち同士で意見を言い合ったり、保育者がものづくりに必要な素材を準備するためのヒントを得たりする場ともなっている。
4歳児のいちょう組にも、5歳児のもり1組にも、保育室の入口付近に朝の仕度の流れや1日のスケジュールが掲示されている。園で文字や数字を集中的に学ぶ時間があるわけではないため、年齢に応じて写真を多用したり、時計の表記方法を変えたりと、子どもたちが理解しやすいように細やかな配慮がされている。

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主体性を生む「やりたい」役割づくり

あかみ幼稚園では、「遊び」だけでなく、生活面でも子どもたちの主体性を引き出す工夫がされている。

園庭にあるビオトープで、ザリガニを観察する子どもたち
園庭にあるビオトープで、ザリガニを観察する子どもたち

5歳児クラスで始まる当番活動では、その導入の仕方にも子どもたちの主体性を最大限に生かす工夫がある。たとえば、4歳児と5歳児が一緒に昼食を食べる機会を設け、その際に数名の5歳児が割烹着を着て昼食を配膳する当番を担う。その姿を見た4歳児の子どもたちは「上のクラスになったら、割烹着を着て昼食の配膳ができるんだ!」という憧れの気持ちを抱く。5歳児クラスに進級すると、まずは誰でも割烹着を着て配膳してよい環境を作る。すると、その役割を担いたいと希望する子どもたちが多いことから、順番を決めざるを得なくなり、おのずと当番を考えて割り当てることになる。当番を決める時期はクラスによっても違うが、共通するのは、「やりたくない役割だから当番を決める」のではなく、「みんながやりたい役割だから当番を決める」ということ。

やらされていることではなく、やりたいことだから、子どもたちは当番決めも当番の役割も主体的に担う。昼食の配膳だけでなく、クラスで飼っている動物の世話など、他の当番も似たようなステップで決まっていくのだという。

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「遊び」で育まれていく協働スキルや達成意欲

あかみ幼稚園の環境が育もうとしているのは、もちろん主体性だけではない。

社会情動的スキルの1つである「他者との協働(社交性、敬意、思いやり)」について、中山理事長は次のように話す。

「まずは、2歳・3歳の時点で自分をさらけだせるようになっているという前提が必要。そのうえで、4歳以上では友達と共鳴・共振しながら遊ぶ経験が非常に大切だ。友達と一緒に遊ぶ楽しさが分かっている子は、たとえ喧嘩をしてしまったとしても、自分でその失敗に気付いて仲直りしようと動く。大人がわざわざ介入して、謝らせる必要はない。」

他者との協働を意識した活動の一例を挙げると、5歳児クラスの後半で、運動会や野菜づくりなどの組織的に取り組む活動を通して、子どもたちが「合意形成」を実践できる環境を用意する。活動のなかに他者と話し合ったり、意見を主張し合う場面を用意しておき、最終的にクラスとしての合意形成を行う経験をさせるのだ。

保育者によると、活動の肝は、主張が強い子同士、意見を言いづらい子同士で意図的にグループを分けるところにある。主張が強い子には他人の意見を聞かざるを得ない経験を、意見を言いづらい子には主張しなければならない場の雰囲気を経験させることで、それぞれが個性を生かして伸びていくことができるという。

「合意形成にあたって必要なのは、自分の意見を主張できる力だけではない。その場にいる友達を大切にする気持ちも重要だ。」と、中山理事長は指摘する。こうした活動を通じた子どもたちの成長は、まさに社会情動的スキルで示される「目標の達成(忍耐力、自己抑制、目標への情熱)」や「情動の制御(自尊心、楽観性、自信)」につながっている。

園生活を通じた社会情動的スキル面での成長を、卒園生の保護者も確かに感じている。

小学校1年生になった息子を持つ保護者は、「自分の意見をあまり言わない子どもだったが、主張しなければ相手に伝わらないことを知ってからは、自分の意見をはっきり言い、そのうえで他人と合意しながらものごとを進めていく姿が見られるようになった。園庭で野菜づくりをしたときに、自分はキュウリを育てたかったこと、他にもキュウリを育てたい子が多かったので複数のグループがキュウリを育てるよう決めたことを説明してくれた姿は、今でも覚えている。」と話す。

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なぜ「遊び込む」経験が小学校以降の学びの土台になるのか

あかみ幼稚園の保育室で見られた遊びの光景には、ベネッセ教育総合研究所が提唱する「遊び込む」という表現がなじむ。「遊び込む」とは、自分から夢中になって主体的に取り組み、自分なりの工夫を加えたり、試行錯誤を繰り返しながら挑戦して最後までやり遂げる遊びの経験を指す。2016年に実施した「園での経験と幼児の成長に関する調査」では、より多く遊び込む経験をした子どもの方が「学びに向かう力」が高いとの結果が出ている。

「遊び込むことが、小学校以降の新学習指導要領にある主体的・対話的で深い学びの土台形成にもつながる。」と高岡は語る。

「園での経験と幼児の成長に関する調査」で明らかになった関連性

園での経験と幼児の成長に関する調査
出典:「園での経験と幼児の成長に関する調査」(ベネッセ教育総合研究所 2016年)

2012年~2016年まで経年で実施した「幼児期から小学1年生の家庭教育調査・縦断調査」からも、幼児期の育ちの環境と小学校以降の学びとの関係が見て取れる。

幼児期から小1期の学びの形成

幼児期から小1期の学びの形成
出典:「幼児期から小学1年生の家庭教育調査・縦断調査」(ベネッセ教育総合研究所 2016年)

興味深いのは、年少児期の「生活習慣」が年中児期の「学びに向かう力」の成長に影響を与え、さらに、それが年長児期の「文字・数・思考」や小1期の「学習態度」の成長にもつながっている点だ。つまり、幼児期の「生活習慣」「学びに向かう力」「文字・数・思考」というそれぞれの軸での成長は、歳を重ねるごとに他の軸の成長にも影響を及ぼしうる。こうした背景から高岡は、幼児期を「小学校でよいスタートを切るための苗床」のような位置づけだと捉える。

一方で、幼児期の「遊び」から、小学校の「学び」への接続については、多くの教育関係者が課題を感じている。小学校入学後の学校生活になかなか適用できない、いわゆる「小1プロブレム」が一例だ。こうした幼児期から児童期への移行における課題を解決するために、幼稚園・保育所などと小学校との接続の在り方を考える「幼保小連携」という取り組みが広がり始めている。後編では、あかみ幼稚園と佐野市立赤見小学校の幼小連携の事例を紹介したい。

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※プロフィールや所属団体などは取材時のものです。

【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 高藤さおり、山藤諭子、柳田善弘

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