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*みなさまの声をお聞かせください!*

学習者中心の授業づくりを目指して―――
たゆまぬ挑戦をしてきた実践者の経験から、
これからの授業づくりについて議論を深めます。


2020.03.25 update

ベネッセ教育総合研究所は、「メタ認知力」の育成によって「思考力」を伸ばす授業づくりについて、小学校の先生と研究する「メタ認知研究会」を月1回、開催している。研究会を中心的に進める東京都町田市立鶴川第二小学校前校長でベネッセ教育総合研究所の顧問も務める後藤良秀氏と、長年、理科教育を中心にPISA型学力の育成を研究している日本体育大学大学院の角屋重樹教授が語り合った。

 

(1)「思考力」に着目して研究を始められた経緯

― お二人が「思考力」に着目して研究を始められた経緯を教えてください。

 後藤 約25年前、角屋先生のご指導の下で教育課程実施状況調査の調査問題の作成に関わり、子どもの思考力について関心を持ち始めました。角屋先生から、従来型のペーパーテストでは測ることが難しい思考力を問うためには、設問のなかに考える状況を設定し、文脈に沿って思考させることが重要だと教えていただき、それは、私が授業づくりをする上でも大切な指針となりました。

角屋重樹
日本体育大学大学院 角屋重樹教授

 角屋 思考力を伸ばすためには、子どもに考える際の視点を示すことが大切です。その気づきを私に与えてくれたのは、1982年に発表されたアメリカ・カリフォルニア大学のアントンE・ローソン教授の論文です。理科教育の大家であるローソン教授は論文のなかで、次のような問題を例示していました。
 「2本の木があります。1本の木の下には植物が生えていますが、もう1本の木の下には何も生えていません。何が違うか2つを比較して答えなさい」という主旨の問題です。答えには、日当たりや肥料、温度、風通しなどが挙げられます。このように2つの比較するものを用意し、子どもに違いを予想させることで、思考を深めさせることができるという理論に出合い、私は衝撃を受けました。調査問題を作成するのに、そうした考えを具現化できないかと思い、研究に取り組み始めたのです。

 後藤 角屋先生は、ローソン教授の論文を読む前から「思考力」について研究しようと考えていたのですか。

 角屋 学生時代、私は子どもの認識について追究したいと考えていました。大学院時代の恩師から「子どもが自然現象をどのように認識するかを追究しなさい」と言われたのがきっかけです。当時は、理科教育学の枠組みがしっかりと構築されていない時代だったので、人の認知に関わる様々な論文を読みました。発達心理学者のピアジェの提唱する『認知発達理論』もその1つです。そんな折、ピアジェの理論を踏まえ、理科教育において新しい理論を展開しているローソンの論文に出合いました。

 後藤 教員時代、私自身も「考える」という行為は非常に曖昧なものだと感じていました。子どもに「考えなさい」と言っても、勘の良い子はすぐに自分の考えを持つことができますが、苦手な子は自分の考えを持つことが難しいです。

 角屋 子どもに考えるための視点を具体的に示すことが、思考力を高めると考え、私は「思考のすべ」を考案しました。何と何を比較するのか、何と何を関連づけるのか、対象を明確化し、子どもが考えを持ちやすくなるようにしたのです。

後藤良秀氏
ベネッセ教育総合研究所 顧問 後藤良秀氏

 後藤 角屋先生の「思考のすべ」に出合ったことは(詳しくは後藤先生の過去記事参照)、私の教育の転換点となりました。正解を教えることが全てではなく、子どもが自分たちで答えをつくり出して獲得することに価値があると考えるようになりました。

 角屋 過去の日本の理科教育は、原理・法則を教えることに価値があるとした絶対主義の考え方に基づいていました。それが、トーマス・クーンが主著の『科学革命の構造』のなかで、科学の歴史は常に累積的なものではなく、天動説が地動説に代わって受け入れられていったように、断続的にパラダイムシフトが起きると指摘したことを契機に、科学において相対主義の考え方が取り入れられていきました。そうした流れを受け、私が関わった平成10年度版の理科の学習指導要領には、子ども自身が考えを持つことを重視した内容が打ち出されました。原理・法則を自分なりに見つけ出す、つくり出すことが重要だとしたのです。

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(2)鶴川第二小学校での「思考のすべ」の活用

― 後藤先生が校長を務められていた東京都町田市立鶴川第二小学校(以下、「鶴川第二小学校」)では、実際にどのように「思考のすべ」を取り入れていたのでしょうか。

 後藤 授業中、子どもに考えを持たせたいときに、「比較する」「関連づける」「分類する」のいずれかの場面をつくるようにしたところ、子どもは自分の考えをスムーズにまとめられるようになりました。また、教員は子どもに考えさせるところを焦点化でき、余計な発問をしなくても済むようになり、授業を設計しやすくなったという声が増え、半年程度で全校に浸透していきました。

 角屋 鶴川第二小学校の先生は優秀な方が多く、「思考のすべ」を自分たちのものにしてくれました。この「思考のすべ」をより汎用性の高いものにしたいと考え、他の公立小学校でも「思考のすべ」を取り入れた授業改善の研究を行いました。

 後藤 「思考のすべ」を取り入れた授業に取り組んだ結果、文部科学省「全国学力・学習状況調査」においても、思考力を測る問題の正答率が高まるなどの成果にもつながりました。

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(3)学校独自科目「21世紀スキル科」を設置した意図

― 鶴川第二小学校では「思考のすべ」の取り組みと平行して、「メタ認知力」に着目し学校独自科目「21世紀スキル科」を設置されましたが、どのような意図がありましたか。

 後藤 考える力を鍛え、思考力が高まったのだから、知識・技能の正答率も同様に高まると考えていたのですが、「全国学力・学習状況調査」の結果、思ったような伸びが見られませんでした。その要因を私は、子どもが主体的に学んでいないと仮説を立てました。そこで注目したのが、「メタ認知・適応的学習力」です。国立教育政策研究所の示した「21世紀型能力」の「思考力」を構成する要素の1つであり、これまで学校現場ではあまり研究が進んでいない分野でした。自分の学び方を振り返る「メタ認知力」を育成することが、学びの原動力を育むことにつながると考えたのです。

 角屋 「21世紀スキル科」は、メタ認知力に必要な「すべ」を学べるように設計されています。具体的には、子ども自身に活動の目標を立てさせ(プランニング)、それを振り返る(モニタリング)機会を設け、メタ認知力を高めることを目標にしました。

 後藤 教科学習では、教えなければならない内容が学習指導要領で決められており、子どもが主体的に取り組もうとしても限度があります。「21世紀スキル科」は、仲間との協働プロジェクトなどの活動を通して、子どもが自由にプランニングやモニタリングができるような環境を用意した科目です。4年間の研究の結果、児童アンケートからは、思考力・主体性が伸びていることが分かりました。2019年度からは、教科学習において「メタ認知力」を伸ばすことで、思考力を高められないか研究しています。

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(4)教科教育において「メタ認知力」を高める際のポイント

― 教科学習において「メタ認知力」を高める際のポイントは、どのような点でしょうか?

 角屋 メタ認知力を高めるために大切なのは、プランニングとモニタリングです。教科学習においても、子ども一人ひとりが主体的にそれらに取り組めるような授業づくりをすることが鍵になります。具体的には、導入時の子どもへの発問がとても重要であり、その内容によって子どもの授業への取り組みは大きく変わってきます。

 後藤 私は他者との関わりも大切だと考えています。メタ認知力を高めるためには、自分のことを俯瞰すればいいと考えがちですが、他者と関わり客観的に自分の考えを捉えることで自分の考えの良さに気づきやすいでしょう。教員主導の一斉授業では、他者との交流を設定しにくいため、メタ認知の機会が少ないと感じています。

 角屋 学級経営が上手な教員は、子どもにモニタリングとプランニングをさせる際、友だちと交流させて、子どもが多くのことに気づくようにしています。そして、授業の終わりに、目標と今の立ち位置の差、つまり偏差を意識させています。そうした授業設計ができれば、教科教育のなかでも「メタ認知力」は高められると考えています。

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(5)研究会への期待、展望

― 今後、「メタ認知研究会」ではどのように研究を進められていくのでしょうか。角屋先生には、研究会に期待することはどのようなことでしょうか?

 後藤 「メタ認知力」を高める授業づくりについての研究をより汎用的なものにしていきたいと考えています。ただ、汎用的なものにする際に、形式だけを真似してもうまくいかないと感じています。各教科の本質を大切にした授業づくりが重要でしょう。教科教育の本質は、暗黙知として代々ベテランの教員から受け継がれてきましたが、そうした教員が少なくなってしまっているのは残念なことです。若い教員は、自ら学んでいく姿勢が大切です。

 角屋 授業づくりでは、教員が考えなければならないことが3つあります。1つめは何のために教えるか、2つめは何を教えるか、3つめはどのように教えるかです。2つめは学習指導要領に書いてあり、3つめは指導法のことであり、これらは学ぶことができるものですが、1つめの何のために教えるかは、教員自ら考えを深めていくことが大切です。現在、カリキュラム・マネジメントに取り組み始めた学校も多いと思いますが、学校としてどんな子どもを育てたいか、それを達成するには各教科でどのような力を育成していけばよいか校内で共有していくことが、よい授業づくりの土台になると思います。

 後藤 メタ認知研究会では、高い志を持つ現場の先生を今後も支援していきたいと思います。本日はありがとうございました。


著者紹介


角屋 重樹 かどや しげき  プロフィール

■経歴

 広島大学助手、宮崎大学助教授を経験した後、文部省(当時)初等中等教育局教科調査官、広島大学大学院教授、広島大学附属福山中・高校校長、広島大学副理事(附属学校担当)、国立教育政策研究所教育課程研究センター基礎研究部部長、日本体育大学児童スポーツ教育学部教授等を経て、現職。著書に『新学習指導要領における資質・能力と思考力・判断力・表現力』(編集代表、文溪堂)等がある。


後藤 良秀 ごとう よしひで  プロフィール

■経歴

 東京都公立小学校教諭、東京都北区教育委員会指導主事、東京都教育庁指導部指導企画課指導主事、東京都羽村市教育委員会学校教育部参事兼指導室長、東京都教育庁人事部職員課主任管理主事、東京都町田市立鶴川第二小学校長を経て現職。校長職時代には、国立教育政策研究所教育課程研究指定校(思考のすべ)、中央教育審議会教育課程部会理科ワーキング専門委員、文部科学省研究開発学校(21世紀スキル科)、文部科学省カリキュラムマネジメントの在り方検討会議協力者等、理科教育や教育課程の研究や施策に携わる。

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