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学習者中心の授業づくりを目指して―――
たゆまぬ挑戦をしてきた実践者の経験から、
これからの授業づくりについて議論を深めます。


2019.02.13 update

授業づくりで重要となるのは、生徒の主体的な学びを促すことです。その実現のために、学びのプロセスを教師・生徒が共有でき、生徒自らがそれを把握できることは有用です。ICE(アイス)モデルは、質的な評価が基本であり、指導と評価が一体化しているため、どの教科・科目であっても同じ視点で授業構成を把握することができます。

 

5.ICEモデルに基づく授業づくりと問いの構造化

 

(1)授業デザイン

授業をデザインする場合、I・C・Eをフレームとして構造化します。フレームの組立てについて注意することは、必ずしもI → C → E の順に授業をデザインする必要はないということです。自律性の高い生徒は、基礎・基本を先の学びの土台作りだという認識に立って、粘り強く積み上げ型の学習ができるかもしれません。しかし、古語や英単語の暗記などに代表されるような基礎・基本の習得は、それ自体では興味を持ちにくく、学びが思ったように進まないことが少なくありません。こういう場合、Eから始める授業をデザインすると効果的です。Eといっても、実際にはEを「さわり」(Pre E)として位置づけ、終わりに再度Eに戻ってきます。たとえば、万葉集の「淡海の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆ」という和歌について学ぶとき、解説から始めるのではなく、「プロファイラーとして、この和歌の作者がどんな人物か推理しよう」というところから入ります。その際、考えの根拠とした言葉を明確にし、そこからどのような印象を受け、それを洞察とどのように関連づけたかを述べる(Connections)ようにします。その後、「では、本当にそうなのか?これから探っていこう」という展開にします。これは解説型の授業ではなく、探究型の授業になります。

学びの流れは、まず主体として学習対象にかかわり、フィードバック(印象や気づきなど)を受け取ることを起点とします。次に、知り得た・感じ得たこと(フィードバック情報)を基にして「再構築」をしていきます。実感を伴った理解を得るには「再構築」のプロセスがとても重要です。完成されたもの(E)から逆算して授業をデザインすることは、生徒の主体的な学びを促すうえでとても有効な方法です。なお、個々の授業の中にI、C、Eがすべて含まれていたり、IやCだけの授業があったりというように、単元や生徒の状況等によって自由にフレームを使えばよいと思います。表3に、I、C、Eの接続の仕方とその内容を示します。

表3.ICEの各領域の接続の仕方と内容


ICEの各領域の接続の仕方と内容
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(2)本質目標

個々の授業においてEは達成目標として位置づけることができるものですが、さらにこれを一歩進めて、「目標としてのEをいかに機能させるか」ととらえることがICEのフレームワークを有効活用するためのポイントだと考えます。そうすれば、Eを中心とした授業構成を考えることになり、逆算デザインによる授業デザインがより一層重要になります。このことは、従来の指導観を変えることにつながるものだと感じています。

では、逆算デザインの起点は何かということですが、これは「本質目標」となる学習事項です。授業をデザインする際、まず「本質目標」を「本質的な問い」の形に変えます(=すべての肯定文は疑問文にすることができます)。続いて、そこから派生する問いを関連づけて学習の流れをつくっていきます。問いの順序や重ね方によって思考にドラマを与えることができます。

問いを中心に授業を展開することの根底には、「いかに情報をわかりやすく伝えるか」から「いかに疑問を持たせるか」という発想の転換があります。主体的にものごとにかかわっていくということは、状況との対話をしていくことであり、意味ある対話は「質の高い問い」によって展開されると考えるからです。目標を機能させる、うまく使っていくという「使う目標」は、主体的という観点からみると、問いと不可分の関係にあるといえます。生徒自身に問いが立つように、まずは教師が魅力あるテーマ設定・表現を行い、生徒の感覚を活性化し、知的探究心を芽生えさせるところから始めます。

 

(3)問いの構造化

ICEモデルのフレームにどのような問いが位置づくでしょうか。フレームワークという言葉から連想されるように、問いも一連のつながりを持ったものとして扱うことが大切です。それを「問いの構造化」と表現しています。本質的な問いが定まれば、構造化された問いによって学びが深まっていきます。問いの構造化についての考え方は次のとおりです。

【基本的な考え方】

①問いを立てるとは、主体として外界とかかわっていく営みである。主体的な学びは、状況に問いかける、状況と対話することから始まる。

②問うことによって対象にかかわる「観点」を多く身につけ、その観点を自由に使って、問題解決することを目標とする。

③「質の高い問いは、質の高い思考・判断を生む」ため、問い続ける習慣を形成し、問いの質の向上を図る。

【授業デザインと問いの配置・構造化】

①本質目標を設定し、逆向きデザイン(backward design) によって授業を構成する。問いも本質的な問いから導入の問いへと逆向きに配置していく。

②ストーリーやリアリティをデザインし、問いに切実さや多義性等を持たせる。

代表的な問いの構成を表4に示します。問いは、entry question(導入の問い)、lead question(展開する問い)、insightful question(気づきや洞察を生む問い)、essential question(本質目標に迫る問い)の4つをセットにして活用します。授業では、entry questionから始めますが、授業デザインにおいてはessential questionからつくっていきます。こうすることで、授業の軸がぶれることなく一貫したものとなります。

表4.問いの構成


問いの構成
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entry questionは導入にあたる問いです。本質目標から本質的な問いが生み出だされ、それから逆算して個々の問いが導かれているので、導入の問いは本質的な問いと思考の流れという点で一定の関係性を持っています。大きな問いとする場合には、「テーマの導入」として働きます。insightful questionは洞察を促す問い※です。本質的な問いに向けて、思考の質的なジャンプ飛躍や転換を促すための問いです。

※アクション・ラーニングの提唱者であるレグ・レバンスの「洞察に富んだ問い」に相当する。

本質的な問いは、表現の工夫を要しますが、本質目標から生みだすことができます。本質的な問いの一つ手前に配置する「洞察を促す問い」は、思考の「転」にあたるもので、転によって面白さが増し、思考の深まりが促されます。このような作用を持つ「洞察を促す問い」を考えだすためには教師に相応の力量が求められます。

次に『更科日記』の学習に関する問いの例を示します。「文学と文学でないものの境界線はどこか。そして、『更科日記』は本当に文学といえるのか。」をテーマとした授業で、日本独自の自照文学について思考を深めていき、さらに『蜻蛉日記』との関連も扱い、系統性を高め、学習内容に流れ(ストーリー)をつくっていきます。Eのよさが発揮される授業です。

<例>文学と文学でないものの境界線はどこか。そして、『更科日記』は本当に文学といえるのか。

  • entry question○文学と文学でないものの境界線とは?
  • lead question○冒頭の表現は、自分のことを第三者的に記述している。「私は」と書き始める場合と比べて、少女時代の自分に対するどのような気持ちが読み取れるか。
    ○晩年の筆者は「物語」に憧れていた少女時代の自分を回想して日記を書いている。そのことは、プラス評価かマイナス評価か。
  • insightful question○「九月三日」の「日の入り際の、いとすごく霧わたりたる」という情景描写がある。もし、この描写が真夏の真昼の描写であったら、違いは生じるだろうか。
    ○三人称から一人称へ視点の変化は、筆者の執筆態度のどのような変化を示しているか。
  • essential question○『更科日記』は本当に「文学」か。 自分にとっての「文学とは何か」に ついての定義にもふれながら述べなさい。

洞察を促す問いは、論点の導入としても働いています。洞察を促す問いにはある程度フォーマットのようなものが考えられ、力強い問いをつくることができます。このような授業を展開していくと、生徒の思考が深まり、記述力も高まっていきます。また、正解探しではなく、自分なりに考えた意見を多く持つようになります。予定調和のような授業は成立しなくなり、その分、授業が活性化し、探究的なものに変わっていきます。

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6.大学入試との関係

平成30年6月18日に公表された「『大学入学共通テスト』における問題作成の方向性等と本年11月に実施する試行調査(プレテスト)の趣旨について」において、問題作成の方向性として「社会生活や日常生活の中から課題を発見し解決方法を構想する場面、資料やデータ等をもとに考察する場面など、学習の過程を意識した問題の場面設定を重視すること」が示されています。さらに、各教科・科目における問題作成の方向性と試行調査における問題作成方針として、「構想・見通しを立てること」、「解決過程を振り返り、得られた結果を意味づけたり、活用したりすること」、「事象を多面的・多角的に考察する過程を重視すること」、「自然の事物・現象に関する問題の中から本質的な情報を見いだし、課題の解決に向けて主体的に考察・推論すること」などが具体的に記されています。

これらは「これからの時代においては、ある事柄に関する知識の伝達だけに偏らず、学ぶことと社会との関わりをより意識した教育を行い、子供たちがそのような教育のプロセスを通じて、基礎的な知識・技能を習得するとともに、実社会や実生活の中で、それらを活用しながら自ら問題を発見し、その解決に向けて主体的・協働的に探究し、学びの成果等を表現し、更に実践に生かしていくことができるようにすることが重要である。」(高大接続システム改革会議最終報告)の流れに沿ったものであると考えられます。

ICEモデルのEで扱う問題や課題の多くは、表1で示したように正解が一つとは限らないタイプのものです。あるいは正解を一つに絞るにしても、解答が成立する条件と関連づけて扱います。これはEがそもそも、原因と結果が一直線につながるような単純な成り立ち(線形の関係)を対象としているのではなく、現実世界、実社会をフィールドとするような複雑系(非線形の関係)を対象とすることによります。それは与えられたプロセスに沿って機械的に正解を求めるような学びではなく、矛盾や過不足のある複数の事象や資料を比較・分析し、推論や洞察によって、独自の解釈や理解をつくりだしていく創造的な学びです。これらの点において、Eの学びは大学入学共通テストにおける問題作成の方向性と親和度が高いといえます。さらに、Eでは、事実だけを正しいものとして習得するのではなく、むしろ、起こらなかった事象や起こり得る事象を選択肢として積極的につくりだし、それらを比較・分析し、統合・構造化していく能動的な学びでもあります。

図2に示す課題は、昨年度、広島県立高陽高等学校 河野幸夫主幹教諭が授業「地理B工業立地」で実践したものです。

図2.地理B「工業立地」における問いの例

地理B「工業立地」における問いの例
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この課題では、生徒自らが問いを立て、様々な条件を比較・検討しながら、自分の考えを構造化し、論立していきます。さらに、自分の考えを単に説明するのではなく、他者が納得できるような解説をすることを求めており、Eの特長を生かした学びが展開されます。

平成30年11月に行われた大学入学共通テストの試行調査で、地理Bの第2問 問3に、製鉄所の立地に関わる資料を読み取り、条件を踏まえて製鉄所の立地の変化について考察する問題が出題されました(図3)。仮想の地域や仮想の条件が示され、輸送費の観点から製鉄所の立地の変化について考察するもので、「地理的事象について空間的相互依存作用など地域間の様々な関係をとらえ考察すること」が求められています。この問題はICEモデルのEに相当するものであり、問題解決の構想やプロセスがあらかじめ与えられているようなものではありません。新学習指導要領における学びでは、このような資質・能力(思考力・判断力・表現力)がますます重要視されるものと考えられます。

図3.大学入学共通テストの試行調査「地理B 第2問 問3(一部)」

大学入学共通テストの試行調査「地理B 第2問 問3(一部)」
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おわりに

生徒が受け身ではなく、主体的に学んでいくためにはどうすればよいのでしょうか。私は、この教育についての根源的な問いとともに、学びの先に何があり、学びの成果がどのように生かされ、学びによって生徒のアイデンティティがどのように成長するのかということを、自分自身の課題として持ち続けてきました。そのような中、教育をフレームワークとしてとらえる考え方である、ICEモデルに出会いました。以来、ICEモデルを軸とした授業づくりと実践に取り組んでいます。

ICEモデルは指導と評価が一体となったフレームワークで、授業をデザインする際、大きな力を発揮します。逆算デザインで授業設計をする際、フレームとして活用することで授業の構造化が容易になります。実際に活用してみて、学びのプロセスをフレームとして表現できるので、授業構成や授業展開の可読性が高まり、内容と指導との関係をとらえやすくなり、検討を深めることができるようになりました。どのような教科・科目であっても、同じ視点で授業構成を把握することができるため、教科の枠を越え、多様な視点から検討や協議をすることができ、議論に質的な向上をもたらしました。ICEモデルは授業づくりにおける優れたコミュニケーションツールとして働き、教師間の対話が促進され、集団としてのまとまりをつくりだしています。これは教師に限ったことではなく、ICEモデルの構造がシンプルであることから、生徒が自分の学びの位置を簡単に知ることができ、生徒の自律性を高めることにつながります。事前に生徒とICEルーブリックを共有しておくことでこの効果が一層高まります。また、ICEモデルは量や速さを追い求めるのではなく、質的な向上を図るもので、特にCからEにかけて、思考や発想の質的な飛躍(creative jump)が期待でき、創造的な活動が位置づけやすくなります。したがって、芸術や演劇、探究活動などにおいても有効に活用することができます。

ICEモデルを活用するとき留意すべきことは、ICEモデルはフレームワークとして作用するものであり、授業内容自体をつくりだすものではないということです。したがって、たとえばEをどのように機能させるかということに対して羅針盤として働きますが、そこに位置づく本質にかかわる内容は授業者が自身の経験や知識などからつくりだす必要があり、それが不十分なものであれば、フレームワークそのものがうまく機能しないということです。問いの構造化と併用する場合は、本質目標に対して、「本質的な問い」の形でアプローチしていくため、切実性・必然性を伴った、力のある問いをつくりだすことが重要です。これまでの実践を通して、本質的な問いをつくることが容易でないことを実感しています。教材に対する深い理解と生徒基点の発想や思考が必要です。問いの配置を含め、逆算的に授業を組み立てることは、これまで行ってきた授業づくりの方向を転換する必要があり、ある種のためらいや困惑などが感じられます。また、ICEモデルによる授業の実践例がまだ少なく、個人の努力による部分が大きいことも課題として挙げられます。したがって、実践される先生方がネットワークをつくり、各自の持つ成果と課題を共有し、実践力を高めていくことが望まれます。

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著者紹介

柞磨昭孝 たるまあきのり

柞磨 昭孝 たるまあきのり  プロフィール

■経歴

1983年広島大学大学院理学研究科修了、同年、広島県立広島井口高校教論、1993年広島県立教育センター指導主事、1997年広島県教育委員会指導課指導主事、2002年広島県立広島国泰寺高等学校 SSH研究主任、2004年広島県エキスパート教員認証、2006年広島県教育奨励賞、2007年文部科学大臣優秀教員表彰。2008年広島県立廿日市高等学校定時制課程教頭、2011年同校全日制課程教頭。2014年広島県立安芸高等学校校長を経て、2016年から現職(広島県立祇園北高等学校校長)。

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