*みなさまの声をお聞かせください!*

学習者中心の授業づくりを目指して―――
たゆまぬ挑戦をしてきた実践者の経験から、
これからの授業づくりについて議論を深めます。


2019.04.05 update

二つの学校で演劇の授業に取り組んだ経験から、従来の教科や科目では扱ってこなかった学びを共有することの難しさを指摘。ICEモデルの導入によって、学びが具体的かつ明確になり、振返りシートやカリキュラムもより充実したものになった。結果として、学びの共有が可能になっただけでなく、ICEモデルが学びについて語るための「共通言語」として機能しつつある。


 

 

(1)背景

 私がICEモデルを取り入れたのは、授業で扱っている学びを具体的かつ明確にすることで、先生方や生徒たちとうまく共有できるようにするためでした。

 大阪府教育センター附属高等学校には「探究ナビ」という授業があります。「探究ナビ」は、「総合的な学習の時間」の代わりに取り組んでいる二時間連続の授業です。教科横断型の内容で、主体的・対話的で深い学びの実践を目標としており、5段階評価で成績を出します。この「探究ナビ」で扱われる学びの共有に、生徒たちも先生方も難しさを感じていました。その難しさとはどのようなものであったか。「探究ナビⅠ」(一年生対象)における単元「劇づくり」を例に考えてみたいと思います。

 私は、前任校と現在の勤務校、二つの学校で演劇の授業に関わってきました。前任校の「ステージ表現」、そして現在の勤務校の「劇づくり」。二つの授業の特徴をまとめると下のようになります。

二つの演劇の授業の違い


問いの構成
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 演劇の授業としての流れや評価は似ています。生徒の授業アンケートによると、両者ともに満足度の高い授業でした。ただ一点、「ステージ表現」と「劇づくり」の違いとして気になったことがありました。それは、「劇づくり」の授業において、「なぜ授業で演劇をやるのか」、「遊びだけで終わっているのではないか」、「授業として成立していないのではないか」などの疑問が生徒たちや先生方からわずかながら挙がっていた点です。このような疑問が生まれる原因は、学びの共有にあるのではないかと考えました。

 「ステージ表現」は教師2名と、自ら選択して受講した生徒30名です。一方「劇づくり」は教師14名(原則として7クラスの担任と副担任)に加えて外部講師8名(演劇の専門家)、そして受講生は一年生全員の280名です。授業に関わる人の数がこれだけ増えると、学びを共有することが難しくなるのも当然です。

探究Ⅰ 振返りシート


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 この難しさの実態についてもう少し考えるために、授業で課されていた振返りシートに注目したいと思います。振返りシートに書くことは、授業でどのような学びがあったかです。振返りシートの作りには、教師が学びをどう捉えたかが反映されます。そして、生徒が学びをどう捉えたかはその記述に表れます。当時の振返りシートを見ると、先生方が演劇の学びを捉えるために苦心した様子が見て取れます。試行錯誤の末、演劇における学びとは何か、コミュニケーションとは何かという点には敢えて踏み込まず、全体をメタ的に捉えることで学びを促そうと考えたのでしょう。このように一歩引いてしまうのも当然で、ほとんどの教師は演劇の授業を受けたことも、授業をしたこともないのです。

 学び全体をメタ的に振り返ることによって、生徒は自分の言葉で自分の学びについて自由に語ることができます。これは生徒が学びを深めるうえでとても重要なことです。また、教師にとっても一人一人の学びの多様性と可能性を知ることのできる機会となります。しかし一方で、全体をメタ的に振り返るだけでは、その内容や意義やつながりを捉え損ねてしまうこともあります。たとえば、コミュニケーション力アップというテーマで劇づくりをしても、人と関わる事が苦手であまり参加できなかった生徒にとっては、劇づくりをすることとコミュニケーション力との間にどのような関連性があるのかを体験できません。あるいは、体験はしても学びとして深められなかったという生徒も出て来るかもしれません。このような場合に、学びの共有が難しくなってしまうのです。単元「劇づくり」をさらに良くするためには、演劇の授業の学びに一歩踏み込んで、具体的かつ明確にする必要があると考えました。

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(2)学校・教科に導入する過程

 「劇づくり」における学びを具体的かつ明確にし、生徒たちや先生方とうまく共有していくためにICEモデルを取り入れることにしました。この導入過程は二つの点から捉えることができます。

 一つは、私自身のICEモデルについての学びという点です。最初は、土持ゲーリー法一先生の本や柞磨昭孝先生の本を読み返しながら授業案を作りました。「探究ナビ」では、授業の前に担当者全員で会議をします。その会議に授業案を提出して意見をもらい、意見を参考にしたもので授業をします。ICEモデルに則った授業案を毎回提出することで、私だけでなく他の担当者もICEモデルに触れるきっかけになったと感じています。本だけでは掴みきれなかったところ、特にEの学びを引き出すための問いの立て方などは、ICEモデルについて先導的な取り組みをされている広島県立祇園北高校に行って直接話を伺いました。

 もう一つは、外部講師と生徒たちや先生方の間に立ち、学びをデザインするという点です。ICEモデルでは、基礎的な知識や技術(Ideas)を具体的かつ明確にする必要があります。「コミュニケーション」では抽象的すぎるという話を先ほどしましたが、これを外部講師と話し合いながら具体化していきます。たとえば、「コミュニケーション」を「メッセージを出す」「受け止める」「yes and…」などの要素に分解し、これらを基礎的な知識や技術、つまりIdeasとして扱うことにしました。演劇における基礎的な知識や技術はこれら以外にもたくさんあります。それらの中から必要なものを選び出すには、一年間あるいは三年間のカリキュラムの中に演劇を位置づける必要があります。この作業は外部講師と先生方の両方がじっくりと話し合う中で決めていくほかありません。毎回の授業の後、外部講師の先生方と打ち合わせをしながら授業案を考えていました。

 以上のような過程を経て、単元「劇づくり」の内容と振返りシートはこのように変化しました。

導入前と導入後


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振返りシートの変化


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 ICEモデルを取り入れることで、毎回の学びがより具体的かつ明確になりました。毎回の振返りシートには、ICEルーブリックとそれぞれの学びの質に対応した問いが作られています。振返りシートを見るだけで、何が出来るようになるのか、学びがどのように繋がっているか、どのような状況で学びを活かすことができるかについて共有できるようになりました。これによって、以前のような「劇づくり」に対する疑問が出てくることはなくなりました。

 さて、上記のような「劇づくり」の変化や、広島県立祇園北高校への視察結果を受けて、2018年度は学校として取り組む課題の一つとしてICEモデルを位置づけることになりました。それを受けて、4月にはICEモデルについての簡単な校内研修を行い、5月には土持ゲーリー法一先生を講師として招いて職員研修を行いました。「探究ナビ」では全学年でICEモデルの導入にチャレンジし、他教科でも取り組んでいます。そして校外でも、柞磨昭孝先生を招いた教員研修を行ったり、ICEモデルについての報告を行ったりしています。

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(3)成果と課題

 以上のような取り組みを通して現在のところ三つの成果があったと考えています。

 一つ目は、教科や科目を越えて学びを語るための「共通言語」としてICEモデルが機能し始めたということです。たとえば、「劇づくり」の授業案を考えるために担当者で会議をするとします。よい授業にしていくためには、授業内容の良し悪しを判断することが必要になります。しかし、先生方の中に演劇の授業がどうあるべきかという枠組みを持っている人はいません。何らかの判断をするためには、自分が培ってきた学びの枠組み、大抵は自分の教科の枠組みに当てはめて判断せざるを得ないのです。その結果、異なる枠組みに基づいて判断された意見が会議で飛び交うことになります。これではあまり建設的な話し合いにはなりません。ICEモデルを導入することで、全ての先生が共通した枠組みで学びについて話し合うことが可能になります。学びを語る「共通言語」があるということが学校にとってとても大きな財産になっていくと考えています。

探究ナビ概略図


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 二つ目は、探究ナビの三年間の概略図です。「劇づくり」が抱えていた課題は、単元にとどまらず、「探究ナビ」という科目が抱えていた課題でもありました。学びを具体的かつ明確にデザインできていなかったため、三年間で育むべき個々の力を体系化できずにいたのです。2018年度、三学年でICEモデルにチャレンジしたことで、ようやく三年間の概略が見えてきたところです。

 三つ目は、第33回時事通信社教育奨励賞優秀賞の受賞です。ICEモデルを取り入れた単元「劇づくり」と、その準備としての単元「表現できる場づくり」の取り組みが評価を受けました。演劇の授業が日本でなかなか評価されてこなかった原因は、まさに学びを共有することの難しさにあったと考えています。ICEモデルによってこの難しさを乗り越える可能性が見えたこと、そしてその実践を評価してもらえたことは、演劇教育に関わる人間としてとても嬉しく思っています。

 課題としては、二つの点を挙げることができます。

 一点目は、生徒の回答に対する評価の難しさです。特にExtensionsの問いに関しては、答えが一つではないことがほとんどです。限られた時間の中で、妥当な評価基準を作成し、担当者全員で共有したうえで、全員の振返りシートを評価するのは簡単ではありません。少しでも労力を減らし、より的確な評価をするための方法を考える必要があります。

 二点目は、ICEモデルを学ぶための時間です。ICEモデルを導入するには、ICEモデルを理解するための時間が必要になります。しかし、日々の業務の中でその時間を確保することは容易ではありません。先ほど述べたように、2018年度は三学年の「探究ナビ」でICEモデルの導入にチャレンジしました。しかし、実際に授業に取り入れることができたのは全授業の半分くらいでした。新しい枠組みの導入というと一から考え直すような印象ですが、ICEモデルはこれまでの学びの枠組みと矛盾するものではないと感じています。これまでやってきたことを活かしながら、より良い学びのデザインへと整えていくためのものだと考えてもらうのがよいのかもしれません。

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著者紹介


酒井 将平 さかい しょうへい  プロフィール

■やっていること

 教職について10年目。国語科。初任校で演劇教育と出合う。演劇の授業「ステージ表現」を4年間担当する中で、これからの教育における演劇の可能性を実感。演劇的な手法を活かした集団作りや国語の授業実践を積み重ねる。現在、大阪府教育センター附属高等学校で「探究ナビ」の授業開発や実践に取り組む。大切にしている言葉は、「対話は教育の命」。国語、演劇、そして探究的な学び。様々な領域の学びに取り組んできた10年は、初任の頃に教えてもらったこの言葉と向き合う10年であった。対話的に学ぶこと、対話そのものを学ぶことの大切さを少しでも広めていければと考えている。

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