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教員だけではない、様々な立場の実践者が創る"未来の学校"とはどんな形になるでしょうか。 悩み、挑戦してきた実践者の経験から、「未来の学びの場づくり」について議論を深めます。


2019.10.10 update

「主体的・対話的で深い学び」をどのように進めればよいのか。多くの学校が頭を悩ませている課題に、一石を投じる映画が注目を集めています。「Most Likely to Succeed」(成功に最も近い教育とは)。アメリカのある公立高校が行うPBL(Project Based Learning、課題解決型学習)を通して生徒が成長していく過程を追ったドキュメンタリー映画で、21世紀にふさわしい教育のあり方を問いかけています。その映画を日本に紹介した一般社団法人FutureEdu代表理事の竹村詠美氏に、映画を通して広めたいこと、PBLを含めた学び場のあり方について話を聞きました。

 

1.AI社会で人間らしく幸福な人生を送るために必要な力とは?

一般社団法人FutureEdu代表理事 竹村 詠美
一般社団法人FutureEdu代表理事 竹村 詠美

 ―竹村さんは、アマゾンやディズニーでネット事業に携わるなど、長年、インターネット業界で活躍されてきました。なぜ、一般社団法人を立ち上げてまで、教育にかかわるようになったのでしょうか。

 竹村:私が、教育に関心を寄せるようになった背景は二つあります。
一つは、AIの進化によって築かれる社会に必要な力とは何か、と考え始めたことです。アメリカでの留学時代に初めてインターネットに出会い、誰もが自由に情報にアクセスできるインターネットの可能性に引きつけられました。そして、科学技術を活用することで、より豊かな人生をその人らしく送れるようになると信念を持って仕事をしてきました。

 ただ、ここ数年のAIの進化はすさまじいものがあります。AIが生活の隅々にまで浸透することで、そのアルゴリズムの上で生活する人生に喪失感を抱く人が増えるのではないかと、私は危惧しています。そうならないよう、人間らしく幸福な人生を送れるようにするには、一人ひとりが主体性を持って、もっと力をつけなければならないと考えました。

 もう一つは、私自身の子どもの教育にあります。海外赴任から帰国し、息子は小学3年生の時に日本の小学校に通い始めたのですが、みんなが同じ内容を同じタイミングで学ぶことに違和感を抱いていました。「もう知っていることをなぜ学ばなければならないのか」「なぜ教科と教科の関連性がないのか」と子どもに疑問を投げかけられ、納得できる答えを出せなくなっている自分に気づきました。そこで、海外の学校教育について自分なりに調べ始めたのです。


 ―社会的背景と個人的な状況が、ちょうど重なったわけですね。海外の教育についてどういった気づきがありましたか。

 竹村:アメリカやイタリアなどで先端的な教育活動を行う学校を視察し、フィンランドやオランダ、イスラエルの教育についても学ぶ中で、時間割をフレキシブルにしたり、教科を組み合わせたりすることができるのだと分かってきました。

 そうした中で出会ったのが、「Most Likely to Succeed」です。アメリカ・カリフォルニア州にある「High Tech High」(以下、HTH) というチャータースクール(※1)に通う高校生の成長を追いかけるドキュメンタリー映画でした。HTHでは、クラス単位で一つのプロジェクトに取り組み、その成果を学期末に一般公開します。カリキュラムは教員に任されていて、教科書や定期試験、成績票がありません。これから必要とされる学びはこういうものだと、衝撃を受けました。

 同時に、上映の仕方にも驚きました。アメリカでは、学校や公民館などで上映会が開かれ、上映後、先生や保護者、子どもが映画を媒介にして、自分たちの教育について語り合っていたのです。日本でもそうした場が広まれば、先生、保護者、子どもが抱く学校へのモヤモヤが少しでも解消し、学びがよりよいものになるのではないかと考え、2016年6月に日本で初めて上映会を開きました。

※1 チャータースクール…特別認可を受けて開校する、新しいタイプの公立学校。

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2.映画を通して、新しい学びのイメージを教師・保護者・子どもで共有

 ―日本の上映会での反響はいかがでしたか。

 竹村:日本でも上映後の後に、参加者の対話の場を設けたところ、「こういった教育を知らなかった」「教育について語り合う場がもっとほしい」といった声を数多くいただきました。教育についての情報のニーズは高いと実感し、映画の製作者に交渉して、日本語字幕を作成し、2017年秋、日本での上映会普及活動を始めました。FutureEduでは、上映会の主催のほか、各地での上映会実施を支援しています。口コミで広まり、これまで36都道府県で200回以上上映されました(2019年8月現在、※2)。

 今は、当初多かった一般社会人や保護者団体だけでなく、学校・教育委員会の主催による上映会も増えています。上映後には必ず対話の機会を設けるように勧めています。映画を通じてPBL(プロジェクト型学習、※3)のイメージが共有され、上映後の対話によって、そのイメージが言語化されます。保護者や子どもも一緒に見れば、なお効果的です。

 「主体的・対話的で深い学び」がどういった学びかイメージできないという声を聞きますが、この映画がイメージ化につながるため、先生方が新しい学びの仲間づくりをするきっかけともなっています。

※2 映画の詳しい内容と上映会の開催日程などは下記を参照。
http://bit.ly/MLTSinJapan

※3 PBLについては、下記の3分間の動画もご覧ください。
https://youtu.be/0uzxxopjmkU


 ―上映会は、約2年で全国に広まっていますね。

 竹村:私自身、この活動を通して、教育の専門家だけでなく、様々な形で教育に携わる人たちと出会い、新しい教育を構築していこうとする人たちのパワーを感じました。そうした人たちが一堂に会して、ネットワークを築けば、新しい教育のムーブメントを発信できるのではないかと考え、2019年8月に、参加型教育イベント「Learn by Creation」(※4)を開催しました。

 HTHやミレニアムスクールの教師や、日本でPBLを先進的に推進している学校の先生方を講演に招き、シンポジウム、ワークショップ、ハッカソンなどを通じて、参加者がつながり、共に楽しみながらこれからの学びを考える場としたのです。

2019年8月のLearn by Creationの様子

 初開催でしたが、教師、自治体、研究者、企業人、NPO/NGO、クリエイター、保護者、小・中学生、高校生、大学生ら、延べ2000人以上の参加がありました。開催中からいろいろな方からメッセージをいただき、改めて新しい学びへの渇望感を感じました。

 将来的には東京だけではなく、イベントの仕組みを提供して、それぞれの地域の人たちが地域にあった内容で企画・運営していければと考えています。場のエネルギーは、人をエンパワーします。新しい学びにわくわくして、自分でもっと学んで、変わりたいと思い、行動する、そのきっかけになれたらと思うのです。

 これからの社会で必要とされる学びを、対話し、みんなで考えることが、2020年度から実施される新学習指導要領で実現を目指す学びを、より意義深いものにするのではないでしょうか。

※4 多数の企業の協賛、「未来の教室」実証事業を進める経済産業省や港区の後援によって、2019年8月、東京都内で開催。

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3.PBLで大切なのは、没頭し、葛藤するための時間の確保

 ―これまで国内外の様々な学校教育を見てこられてきたと思います。その経験から、PBLを実現させるためには何が必要だとお考えですか。

 竹村:学校でPBLを行う際の最大の課題は、時間割だと思います。PBLで大切なのは、子どもが活動に没頭し、よりよいものをつくるために葛藤する時間です。今の学校ではそうした余裕をつくることが難しいでしょう。学校でPBLを行うのが難しければ、学外で設けることも考えられます。例えば、アメリカでは、週3日、午後の授業をなくして、生徒がインターンシップに行ったり、企業から依頼された仕事を行ったりする高校があります。

 さらに、テーマへのかかわり方に選択肢があることが重要です。生徒も自分で選んだと思えれば、より本気で取り組めます。HTHでは、クラスで取り組むプロジェクトのテーマは1つですが、生徒が自分の得意分野や関心に応じてかかわれるように設計されています。例えば、ビジネスを興すプロジェクトでは、グラフィックが得意な生徒はお店のロゴや商品パッケージのデザインをする、映像に関心がある生徒はプロモーションビデオを制作するといった具合です。

 教科学習でも、個人的な問いを学習に結びつけることが重要です。内発的動機づけが生まれ、学習が意味づけされます。そうでなければ、せっかくグループワークを行っても、予定調和で終わってしまいます。

 ミレニアム・スクールの教師は、学習の要素に「パーソナル、ソーシャル、リアルワールド」の3つが入っていることが望ましいと言っていました。子どもが真剣に取り組むためには、まさしくその3つが必要だと思います。

一般社団法人FutureEdu代表理事 竹村 詠美

 ―課題を自分事ととらえることが、意欲につながるということですね。

 竹村:スポーツや音楽に限らず、商品開発や研究などでも、完成度が高くなるほど最後の1%を上げる作業が、とても厳しくなり、グリットが必要です。PBLも同じです。目標に近づくために99%の完成度で良しとせず、最後の1%を磨き上げることをいとわずに、つらくても何度でもやり直す。締め切りだから提出するけれども、納得がいない、もっとやりたいと思う。そういった状態で終わるPBLができれば、子どもも先生も見える景色が変わるのではないでしょうか。

 活動の途中に先生が想定していないような気づきが子どもにあり、軌道修正をしながら子どもと先生が一緒に学び、新たな何かを築いていくのが、子どもの成長のあるPBLだと、個人的には考えています。子どもが私たち大人を超えてくれなければ、未来はありませんから。

 

4.PBLを行うためには、先生方の意識の転換が必要

 竹村:先生がすべてを教えるのではない、正解を知らなくてもいいんだとマインドセットし、なにより、校長や教育委員会がそれを担保することが重要です。先生がそう思っていても、周りが認めなければ、結局、「正解のある学びをした方が安全」となってしまいます。

 目の前の子どもに最適な、選択の余地があるカリキュラムをデザインし、その学びへとファシリテーションする。それが、これからの教師に求められる役割だと思います。先生方がそうした力をつけられるよう、研修体制を整えることが、教育委員会や学校の役割です。保護者は、社会と学校の間に立ち、両者を接続する支援ができるでしょう。つまり、教育委員会・学校・保護者・地域が信頼関係を築き、子ども中心の学びの環境を整える。本来のコミュニティースクールのあり方に立ち返るのです。

 先生も子どもと共に成長できれば、教師としての生きがいを感じられますし、子どもは目的のある学びができて、学校に行くのが楽しくなる。そうすれば、保護者も先生を信頼して子どもを任せられます。そうしたポジティブなスパイラルが続く教育の実現に寄与していきたいと考えています。

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プロフィール

竹村詠美

竹村 詠美 たけむら えみ

一般社団法人FutureEdu代表理事、一般社団法人SOLLA共同代表、Most Likely to Succeed 日本アンバサダー

慶應義塾大学卒業後、経営コンサルティング会社を経て、エキサイト・ジャパン取締役に就任。その後、アマゾンやディズニーの日本経営において、マーケティング責任者を務める。2011年、イベント管理・チケット販売サービス「Peatix.com」を共同創業。現在、Peatix.com 相談役、Mistletoe株式会社フェロー、総務省情報通信審議会委員なども務める。ウォートン・スクールMBAならびにペンシルバニア大学国際関係学修士号を取得。2児の母。

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