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本連載は変わりゆく社会の中、日本を含めた世界各地の教育にどのようなシフト(変化)の兆しが見えているのか探ることで、日本の教育全体をシフトさせるヒントにしてもらおうという思いがある。これまではいわゆる「学校教育」を中心に記事を配信してきた。しかし、教育は校門や体育館、運動場が備わった「学校」というハコだけで行なわれているものではない。家庭や塾などを含めた学外にも教育の場はある。さらに最近ではテクノロジーを活用し、これまで十分な教育がゆき届いていなかった場でも新しい教育を提供し始める人が増えてきた。今回は、入院を余儀なくされている子どもとその家族の Quality of Life(生活の質)向上のために、「教育の新しいカタチ」を模索している事例を紹介する。

【取材・執筆】 ジャーナリスト・林 信行
【企画・編集協力】   青笹剛士(百人組)

 

 日本で唯一無二、小児がん専門の治療施設

兵庫県神戸市にある「チャイルド・ケモ・ハウス」という施設をご存じだろうか?「チャイルド」と「ハウス」はわかるだろうが、あいだの「ケモ」とは何か。「ケモ」とは、がんの化学療法を指す「ケモセラピー」という単語に由来する。つまり、ここは小児がんを患った子どもたちの治療施設である。そう聞くと「小さいのにかわいそうな子どもたちが集まっている暗くて狭い施設」という印象を持つ人がいるかもしれない。

チャイルド・ケモ・ハウスの外観

しかし、実際にこの施設を訪れると、その建築としての美しさや随所に施された愛らしいデザインの印象から、そうした暗さは一切感じられない。それどころか、この施設では普通の学校に通っていたら受けられないようなステキな授業を提供して、退院していく子どもたちをちょっとだけ「得意げな気持ち」にさせているという。

今日、小児がんは必ずしも不治の病ではない。多くの小児がんを患った子どもたちは完治して、元気にチャイルド・ケモ・ハウスを出ていく。自分の身の回りにこの病気にかかった経験者がいない人、話を聞いたことがない人は、特異な病気だと思うかもしれない。しかし、実際は今日の20代から40代までのおよそ1,000人に1人は小児がんの経験者である。そう考えると決して珍しい病気ではない。

小児がんの治療は、数か月あるいは数年とそれなりに時間がかかる。治療中は治療設備の整った環境にいる必要があり、それまで通っていた学校とはしばしのお別れだ。

多くの小児がん患者は、その長い治療期間を病院内のわずか2坪の狭いスペースで過ごす。おもちゃや生活用品の置き場さえも満足になく、薄いカーテンの向こう側からは他の患者の息づかいが聞こえる。そしてほとんどの病院は、子どもに付き添う保護者の宿泊は念頭に置いていないので、彼らは簡易ベッドで寝泊まりすることになる。

小児がんの子どもたちにとって、そうやって親に負担をかけていること自体が大きなストレスになっている。子どもたちに精神的負担をかけず、安心して治療を受けてもらう上で一番大事なことは、これまで通り家族と「家」で普通に過ごせることだ。

こうした状況を変えるため「夢の病院をつくろう」という思いのもと、2013年3月に竣工したのが、日本で初めての小児がん患者のための専門施設「チャイルド・ケモ・ハウス」だ。患者が家で生活するように入院できる同様の施設としては、米国のテネシー州メンフィスにある St. Jude Children's Research Hospital などが有名だが、日本ではここが最初で、現在唯一の施設である。

 

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