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大学授業レポート~新たな学びのスタイル~

大学を取り巻く環境が変化する中で、大学も様々な授業の工夫を試みている。今回は金沢工業大学情報フロンティア学部心理科学科2年生の授業を取材した。

「オープンサイエンス」×「企業連携」×「ジグソー法」でSociety5.0のデータサイエンスを学ぶ(後編)

金沢工業大学 情報フロンティア学部心理科学科

金沢工業大学 情報フロンティア学部心理科学科

金沢工業大学情報フロンティア学部心理科学科の石黒千晶助教は、2年次の選択科目で、企業から提供されたパネルデータを分析し、学生に受け入れられる飲料を提案するPBLを行った。後編では、統計解析向けのプログラミング言語「R」をメインとした背景、そして、今年度から例年以上に実践的な実習を取り入れたねらいなどを、石黒助教に聞いた。

(本記事は後編。前編はこちらです。

石黒千晶助教
  • 石黒千晶

    東京大学教育学部総合教育科学科卒業。同大学大学院学際情報学府文化人間情報学専攻修士課程修了。同大学院教育学研究科心身発達科学専修博士課程修了。日本学術振興会特別研究員(DC2)、玉川大学脳科学研究所研究員を経て、2019年、金沢工業大学助教に就任。

透明性の高い分析手続きでオープンサイエンスを体感する

 石黒助教はオープンサイエンスを意識して今回の授業を設計した。その背景には、心理学全体で課題とされている「再現性の危機」への対応などを図るための心理科学科全体でのカリキュラム改革がある。心理学などの研究結果は、その後再現できる確率が他の自然科学分野よりも低く、調査や実験から分析まで方法論の見直しが求められている。同学科では、「再現性ワーキンググループ」を立ち上げ、心理学の研究法指導を見直すとともに、透明性の高い統計的分析のためのカリキュラム改革に取り組んでいる。

 心理学でのデータ分析で用いられる統計分析のソフトウェアには、SPSSやSASなど、様々なものがあるが、これまでは学科内で使用される統計ソフトは統一されていなかった。一方、「R」(以下、R言語)は、オープンソースであるため誰でも無料で導入でき、新しい統計手法もパッケージとして次々に公開されている。近年の心理学研究では、分析手続きの透明性を高めるため、データとR言語の分析過程のコードの両方を公開するなど、オープンサイエンスの動きも活発だ。公開されたデータや分析過程のコードで、具体的な研究の分析手続きを自分で再現することもできる。
 また、ここ数年、社会的にもデータサイエンスを実践できる人材の価値が高まっている。学生からも「就職活動でR言語が使えると伝えると、企業から好感を持たれる」という声が上がっており、R言語を使えることが実社会で求められている状況だ。
 それらの背景から、同学科は統計改革に取り組んだ。2021年度、2年次のカリキュラムから、「心理学統計法」などの科目で使用するプログラミング言語をR言語に統一し、指導法や利用するコードなども学科内で議論して決めている。
 「科学として信頼性の高い研究手続きを効果的に教えることは、心理学にとって喫緊の課題です。同時に、オープンサイエンスの動きは心理学のみにとどまりません。大量のデータを様々な人が様々な意図で分析する時代に、データを適切に読み解いて、活用する力を育まなければならないという思いが、学科全体にありました。私自身も、学生が現実の社会で科学としての心理学の知識や能力を発揮してほしいと考えていました」(石黒助教)
 石黒助教が担当する2年次後学期の選択科目「心理学データ解析応用」は、前年度までは3年次の選択科目「ITシステム応用」として配置されていたが、2年次の履修科目に変更。マーケティングリサーチの大手企業から提供されたデータを、R言語を用いた分析を通じて問題解決型学習(以下、PBL)を行う形態を引き継ぎながら、オープンサイエンスを踏まえた透明性の高いデータ分析の手続きを体感できるように授業を再設計した。

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企業から提供されたパネルデータに触発されて、授業を再設計

 石黒助教がそのような授業構成を検討していたところに、2021年度の題材として企業から提供されたのが、清涼飲料水に関する膨大なパネルデータだった。
 石黒助教は、Society5.0と呼ばれる社会で企業が膨大で緻密なデータを分析しながら意思決定していること、実社会で人間の行動データがどのように活用されているかを学生に伝えたいと考えた。
 「心理学の授業では学生同士で調査・実験し合うことが多く、調査データの幅が狭まってしまうこともあります。例えば、年収などのデータはセンシティブデータであると同時に、幅広い世代への調査をする場合でない限り収集・分析する機会が限られます。一方、企業が行うデータ分析では、それらも重要な分析要因になります。今回の授業は、実社会でのデータサイエンスでは何が行われているのかを学ぶ絶好の機会になると考えました。私自身、企業からいただいたデータを見たときに、『こんなに膨大で緻密なデータを扱えるのか』と衝撃を受けました。同時に、このデータであれば様々な観点から多様な分析が可能になるとわくわくしました。学生にも実社会のデータに触れて、この膨大な情報を読み解く楽しさを伝えたいと思いました」(石黒助教)

 石黒助教は、授業展開を組み立て直した。膨大なデータは、データの種類に応じたテーマで分析させることにした。一方、分析結果の理解を深める上では、自ら調査を行うことも重要だ。これまでのカリキュラムで学んだ文献調査や実験の技能を生かして行える調査班も設けた。学生は「分析班」「調査班」に分かれてデータ分析を行い、それぞれの結果を集約して提案をまとめる。すべての班の分析結果は、クラウドシステムで全員が参照・共有できるようにした。そして、ジグソー法を取り入れることで、全員がすべての分析結果を知る機会を設けた。
 そのような授業形態は、授業という枠の中ではあるが、他者のデータ分析やその結果から学ぶことができるオープンサイエンスを疑似的に体験することを可能にする。石黒助教にとって初めての試みであったが、授業での学生の様子や課題の提出物を見ながら、授業の内容を試行錯誤していったという。

 分析や調査はチーム活動としたが、それらの結果をまとめて提出させる毎回の課題は、個人で取り組むこととした。
 「まず、個人で考えることによって生まれる自分だけの発見や発想を大切にしたいと考えました。他者の素晴らしい仕事を見ると、嫉妬したり、自分を情けなく思ったりもしますが、自分ももっといい仕事がしたいと触発されるでしょう。私の研究では、後者のような触発が生まれるためには、自分の仕事にコミットして、それに自信を持てることが重要だとわかっています。個人での活動を深めることが、他者と協働するときの新しい気づきにつながります。学生にそのような体験をしてほしいと考えました」(石黒助教)

「分析班」「調査班」に分かれたエキスパート活動では、各班の結果を「クラス全体の財産」として報告し合った。

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身につけたいのは、単に高度な分析力ではなく、実社会のデータの海を仲間とコードを書き連ねて泳ぐ力

 金沢工業大学では、問題発見から解決にいたる過程・方法をチームで実践しながら学ぶ「プロジェクトデザイン教育」を必修科目で設けている。そのため、学生にはチーム活動が浸透しており、本科目でも役割分担をしながら活動を進めていた。
 教員の指示ではなく、自分たちで企業への提案を検討するチームを決めたことが新たな学びになっていたと、石黒助教は指摘する。
「プロジェクトチームはランダムに決められることもありますが、学生自身がチームづくりをするのも面白いと考えました。特に実社会での問題解決に取り組むときには、自分のやりたいことをするために、仲間を集めるという視点が大切です。自分でチームを組めれば、『自分はこういうことをやりたいが、自分はデータ分析が得意ではないからAさんとチームを組もう』『この調査をしたいから、このスキルを持った人がいい』などと考えることができます。社会で何かを実現させたいと思ったとき、自分1人の力でできることは限られます。しかし、仲間は自分の足りない部分を補ってくれたり、パワーアップさせてくれたりします。そうしたチームがあれば、自然と相手に感謝の気持ちが湧いて大切にしたくなりますし、そういう相手に見合うような自分でいようと思うものではないでしょうか」(石黒助教)

 コロナ禍によって、同科目は隔週でオンライン授業としているが、オンライン会議システムのダイレクトメッセージなどを利用し、学生が石黒助教に直接質問をしてくる機会が増えている。メールのような改まった形式にしなくてもやり取りできるダイレクトメッセージは、学生が気軽に質問できるため、より個別の課題に対応した指導ができるようになった。
 「学生がR言語のコードのスクリーンショットを添付して、どうすればよいか具体的に質問してくることもよくあります。私はそのコードを自分のパソコンで試し、どのような修正が必要かを返事しています。オンラインの活用により、実践的なアドバイスを迅速にできるようになりました」(石黒助教)

 活動のゴールは企業への新たな提案だが、学生の学びにおいて目的としたのは、他者と協働しながらデータから人間行動の面白さを感じることだ。 
「今回のパネルデータには膨大な量の人間行動が記録されています。授業では1人として同じ分析をしていませんが、互いに分析コードを参考にし合い、個人の分析を発展させていきます。分析には仮説が必要ですが、学生の想像だけで補いきれない部分は、実地調査をした学生の知見が役に立ちます。個人としてはそれぞれの問いや仮説を探したり、それを分析したりしているけれども、全員が同じ目標に向かって動いています。そのようなデータの海を他者と協同で泳いでいく感覚は、科学も同じです。今回の授業での学生の成長を見取り、今後の研究指導に生かしたいと考えています」(石黒助教)

 学生にとっても、企業が実際に使うパネルデータに触れられたことは、得るものが大きかったようだ。
「マーケティングリサーチにはこれほどたくさん調査項目が必要であり、緻密な調査設計が重要であることがわかりました。自分が調査する際も、調査項目の観点をしっかり持たなければならないのだと気づきました」(履修した学生)
「3年生のゼミや4年生の卒業論文では、必ず自分でデータ分析をすることになります。R言語のコードを打ち込むのは難しかったけれども、今、学んでおいてよかったと思っています」(履修した学生)
 分析実習以外にPBLのために9回分の授業があり、課題も多く盛り込んだ授業となったが、学生は授業外でも班のメンバーと話し合いながら活動を進めていた。リアルなデータに触れられる面白さ、そして、自身の将来に役立つ活動であることを十分認識していたからだろう。

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(編集後記)

学科全体で育成を目指す資質・能力を検討してカリキュラム改革に踏み切り、その方針を踏まえて授業を設計した石黒助教。学生がチームで1つのテーマを分析・調査し、その結果の考察を個人で深めた上で、再びチームをつくり、学生それぞれがアイデアを出し合い、検討することが新たな創造につながっている様子がうかがえた。その過程で、オンラインを活用し、学生一人ひとりの課題に手厚く支援していた点も、学生の成長を支えていた。社会で活躍するために求められる協働力や分析力などを、学生が実践的に身につけられるよう緻密に設計された授業だった。

取材日:2021年11月22日

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