VIEW21 2001.06  指導変革の軌跡 三重県立川越高校

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 川越高校を訪れる人は、まず、廊下に机を出して自習をしている生徒の姿に驚くことだろう。ごく普通の学校の廊下、その窓側に向かって一列にほぼ等間隔で机が並び、生徒が思い思いの教材を広げている。廊下の隅では生徒に話し掛けられた教師が、机の傍らに座り込んで丁寧に質問に答えている。同校にとって日常的な光景である「廊下学習」は一期生から続いている。
 「『廊下学習』が始まったきっかけは、3学年担任室の前で個人面談の順番待ちをしていた生徒が、待ち時間がもったいないといって、余っていた机を廊下に出して勉強し始めたことからなんです。今では、2学期になると廊下のそこら中が机だらけになるんですよ」と進路指導部長の鈴木達哉先生は苦笑する。
 手元が暗くならないようにと、職員室や3学年担任室の廊下の窓側に蛍光灯を設置したのは、学校側のせめてもの配慮。しかし、図書室や教室に比べれば、夏は暑く、冬は底冷えするほど寒い。また、人通りが激しいため、勉強する環境として、決して良いとは言えない。それでも生徒は「廊下」に集まってくる。その理由を、進路指導部の水谷久康先生はこう分析する。
 「廊下で勉強する3年生の姿を見て育った下級生が『今度は自分たちの番だ』という気持ちになるのでしょう。生徒は決して甘やかされることだけを望んでいるのではなく、あえて過酷な環境を選ぶことで、自らを厳しく鍛え、成長させたいと思っているのではないでしょうか」

3年生が廊下から
姿を消す3月上旬には、毎年、1、2年生を対象に「進路週間」と題して、同校オリジナルの進路ガイドを配布したり、進路講演会などを実施する。進路行事を短期に集中的に行うことで、生徒の進路意識の向上に積極的に働きかけていこうというものだ。
 「本校では部活動を奨励しているので、1、2年生では勉強よりも部活という雰囲気が強いんです。でも、この進路週間を境に、生徒は受験生の意識へと、私たちがびっくりするくらいに変わっていくんです」(鈴木先生)
 中でも生徒に好評なのは、卒業生を招いてのパネルディスカッションだ。進路志望によって五つの分科会を設け、今年は25人の卒業生が熱弁を振るった。1年後に受験を控えた2年生は、卒業生からどう受験勉強を進めればよいのか、教師にどのように質問したらよいのか、どの参考書がよかったかなど、具体的なアドバイスを受ける。自分が通っている学校の卒業生の実体験はインパクトがあるのだろう。その日を境に、廊下学習をする生徒が増えていくという。
 さらに、この時期から増えていくのが、3学年担任室を訪れる生徒の数だ。3学年担任室は進路指導室の横、3年生の教室のそばにある。生徒がいつでも気軽に教師に相談しに来られるようにという配慮からだ。そんな教師たちの気持ちを知ってか知らずか、休み時間、昼休み、放課後を問わず、3学年担任室には絶えず生徒が出入りしている。生徒の要望があまりにも多いため、生徒の職員室入室が試験3日前まで許可されているほどだ。
 「生徒を指導するためには、教師も生徒と一緒に頑張る同志として、信頼関係を築くことが大切です。互いの間にある壁を取り払うために、あえて教師側の聖域を開放し、生徒が職員室にいるのが当たり前という状況をつくったんです」(水谷先生)
 勉強の質問から進路関係まで、様々な相談事を持って3学年担任室へやってくる生徒たち。3学年担任室には椅子が用意され、あちこちで教師を中心とした生徒の小さな輪ができている。作業机で一人、黙々と勉強している生徒もいる。
 「生徒と教師の距離がこれほど近い学校は珍しいと思います。新しく本校に赴任された先生は、最初はこの状況にびっくりされますが、進路指導部から理解と協力をお願いしています」(鈴木先生)

写真 生徒が次々に廊下に机を並べて勉強を始めた
放課後、生徒が次々に廊下に机を並べて勉強を始めた。中には、自分の名札を立てて「場所取り」をしている生徒もいる。天井には窓に沿って蛍光灯がつけられている。



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