調査室長コラム Ⅰ
第14回 一人ひとりに対応することのジレンマ
ベネッセ教育研究開発センター 調査室長 木村治生 (2008/02/18更新）
保護者を対象にしたいくつかの調査をみると、学校に対して満足しているという回答は７割くらいである。残りの３割が気になるところではあるが、決して低い数値ではない。ただし、指導内容や取り組みについて細かく聞いてみると、学習指導に対する満足度は低い傾向がある。とりわけ、中学生の保護者は、学習指導に対して、かなりシビアにみている。
そのなかでも、とくに個別指導に対する評価が低い。ベネッセが朝日新聞社と共同で実施した調査（『学校教育に対する保護者の意識調査』2004年）では、「一人ひとりの学力や興味に応じた指導」に「満足している」と回答したのは、中学生の保護者では３割である。15項目中最下位であった。
このように保護者は学校に対して個別指導を求めている様子だが、それが必要になる背景として、子どもの学力分布の散らばりが大きくなった、ということが考えられる。図は、全国の中学校の教務主任3170名に対して、生徒の学力水準と学力格差についてたずねた結果である。これをみると、半数が学力水準の低下や学力格差の拡大を感じていることがわかる。さらに、「授業をどのレベルに合わせて進めればよいか悩む」と回答する教員も教科によって半数を超していた。学力格差が拡大しているとすれば、授業の水準をどこに設定しても、そこに合致しない生徒が増えるためだろう。
そこで、習熟度別授業、ということになる。子どもを習熟度によって分ければ、一人ひとりの理解の程度にそった指導ができる。その結果、どの子も均等に学力向上が図れる。学級単位の一斉授業では難しい、個やグループに応じた指導も可能なる。
しかし、習熟度別授業は、よい点ばかりなのだろうか。実践している教員から、「同じレベルが集まることで、切磋琢磨する機会や上を見てがんばることが少なくなる」といった話を聞くことがある。また、自分にあったものを与えられることに慣れてしまうと、受け身の学習が定着してしまうのではないかという心配もある。
一人ひとりに対応することは重要だが、それがいきすぎると、子ども自身が考えて試行錯誤する機会を奪うというジレンマがある。自分から得意や苦手を適切に査定して目標を設定するとか、いろいろと苦労しながら自分にあった学習方法を身につける、といったことも、自律的な学習には必要であろう。学力やニーズが分化していることもあり、教員には個別対応が求められるが、その方法は単純ではない。
※初出：月刊「授業つくりネットワーク」2006年２月号（学事出版）
