| インタビュー |
| 企業が求める「法的素養を備えた人材」とは？ |
| 近年、国際的な企業活動をはじめ、法務担当者が関わる業務は多様化しているという。そのような中、企業に必要な法的知識とは何なのか、ロースクール、法学部に何を期待するのか。住友商事（株）入社後、日本、アメリカで法務部長を歴任し、現在、法曹制度検討会委員を務める中川英彦氏に話を聞いた。 |
―まず、企業の法務部門の業務内容についてうかがいます。
中川 20～30年前は、契約書などの文書作成や株主総会・取締役会などのいわゆる文書業務が中心でしたが、高度成長期に入り、海外との取引の増加や企業活動の拡大に伴って、営業部門と共に法律的な側面から事業の企画立案を担うようになりました。企業再編や大型のジョイント・ベンチャーなどが当たり前のように行われている現在、それらの案件を法的側面から支援すると共に戦略的なコーポレート・ガバナンス（企業統治）やコンプライアンス（法令順守）の推進にも関わるなど、経営的法務の色彩も濃くなってきています。
―国内外の弁護士に業務を依頼するケースも多いと聞きます。
中川 依頼するのは、訴訟、債権回収、会社更生など裁判や法廷活動など、弁護士としての資格を必要とするものが中心です。法務部門には弁護士資格を持つ社員がほとんどいないため、こうした業務は専門家に頼む必要があります。
渉外問題については、アメリカの弁護士を雇う企業が多いようです。日本の弁護士は海外での裁判の知識・経験を持つ方が少ないこともありますが、語学力の問題も大きいといえます。
―企業で必要な法的素養とは？
中川 企業法務の仕事は、純粋に法律的なものだけとは限りません。たとえば、コンプライアンス制度の策定では、企業倫理や従業員の心理までも考慮しなければなりません。また、契約書の作成や審査についても、単に法律的な判断をするだけではなく、事業や業務の内容を熟知した上で代替案を提案できるかどうかも問われます。つまり、ビジネスロイヤーとしての能力が要求されるわけです。
―社員の教育法は？
中川 まず会社の業務内容を理解してもらうことから始めます。さらに、実務に関連した法律と併せて、社内外の環境や業務などをOJTで学んでもらう。最近、アメリカのロースクールに留学させるケースも増えています。第一の目的は、海外の企業との交渉や弁護士とのやりとりに必要な語学力を向上させることと、海外の文化や生活習慣を知り、生きたコミュニケーション能力を身に付けることです。大半が弁護士資格を取得して帰国しますが、資格そのものが目的ではないと思います。 |
| 法科大学院への社員派遣は大学院の動向を静観 |
―法科大学院の設置で、法曹の活躍の場が一般企業にまで広がることが期待されていますが。
中川 これまで弁護士の民間企業への就職には所属する弁護士会の許可が必要でしたが、それが届け出制へと緩和されました。加えて、現在、推進中の司法制度改革によって弁護士数が増加するわけですから、アメリカのように弁護士資格を持った人材を企業が積極的に採用することも想像されます。
―どのような教育を期待しますか？
中川 司法制度改革審議会の意見書にも掲げられているように、幅広い教養、実務能力などを持った法曹を育ててほしいと思います。ただし、質のよい実務家教員を確保できるか、新司法試験がどのような内容になるか、そして各大学院がどれだけ独自性を出すことができるかなど課題は山積みですから、実現は容易ではないでしょう。
将来、教育内容で高い評価を受ける法科大学院がいくつか出て、それらが見本となって、全体の質を向上させていくのが理想的ですが、関係者はこれらの問題点を意識してよほど努力しないとならないと思います。
―企業として、社員教育のために法科大学院を活用する意向は？
中川 2～3年間休職させてまで人材を派遣するのは、負担が大きい上、大学院修了後、その人材が勤務し続けてくれるどうかというリスクもある。現時点では各法科大学院がどのような教育をし、輩出する人材はどうなのかを見守っているというところでしょう。 |
| 法律を通じて社会を見るアドミニストレーション能力養成を |
―法学部の位置付けをどうするか、という課題もあります。
中川 法学部はこれまでも法律の専門家育成に特化していたわけではなく、その機能があまり明確ではなかったように感じます。そこに、法曹養成という目的がはっきりした法科大学院ができることで、学部の位置付けがさらにあいまいになる可能性もあります。
今後、法学部は法科大学院を柱に、そこに学生を送り出すことを重視する大学と法学部の独自性を強め、ある意味で法科大学院と分離する道をとる大学とに二極化するのではないかと予測します。
前者の場合、法学部の位置付けは明確ですが、半面、法科大学院の予備校になってしまう危険性もある。後者はいかにして独自性を出していくのかが課題でしょう。個人的には、法科大学院と法学部を分離する方向で、法学部の機能を見直す必要があると考えます。
―法学部はどうあるべきと？
中川 例えば、現在、企業の法務部門は法学部出身者が大半を占めているのですが、これには理由があります。法学部で学ぶ法律知識は、民法や刑法といった基本的な内容が多く、ビジネス社会で必要な独禁法や特許法などは、入社後学ぶことになりますので、企業としてはその分、負担が重いわけです。しかし、法学の基本的な考え方を学ぶことにより、分析能力、論理的思考力といった、いわゆるリーガルマインドは培われています。それをベースに、企業では法律をビジネスに適用する能力を付けていけばよいわけです。しかしそれだけでは不十分で、実社会では法律だけで問題が解決するわけではありませんから、経済、政治などとの関連がどうなっているかを法律というスクリーンを通して、現実の社会を見る必要があります。企業にはこうしたものの見方、いうなれば、アドミニストレーション能力を持った人材が必要なのです。そのためには従来のような「法律の解釈学」ではなく、法律の存在意義や、法律と経済、税務との関連性など法哲学、法社会学といった広範な法学教育への転換が求められると思います。
法学部をどうするかという問題は、突き詰めていえば存続、廃止論になってしまいます。もちろん、大学にとって廃止という方向性は考えにくいでしょうが、学部としての独自性を生み出せなければ、結局、学生も来なくなるし、教員も教育への意欲を失い自然消滅という事態にもなりかねません。
だからこそ今、法学部は「どんな人材を育てるか」という機能そのものから問い直さなければいけない。たとえ痛みを伴っても、教員の質や教育内容を思い切って変えていかなければならないのではないでしょうか。 |
