深化するFD
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運営委員会を作ってセンターの活動を支援
 長崎大学大学教育機能開発センターは、全学教育研究部門と評価・FD研究部門に分かれており、役割として全学教育研究部門は
  (1)全学教育に関する研究
  (2)全学教育の実施に関する具体的事項の企画立案
を、評価・FD研究部門は
  (1)評価・FDに関する研究
  (2)評価・FDの実施に関する企画・立案
をそれぞれ担っている。両部門の実質的な運営責任者である栗山一孝副センター長に発足当時の状況について尋ねた。
 「2002年4月のセンターの発足にあたって、センター長には当時の副学長が就任しましたが、その他の構成員については学内と学外からの公募となりました。私はそのうちの学内公募に自ら申し込みました」と栗山副センター長は言う。一般的に教員がFDなどの責任者を引き受ける場合、学長から任命され、自己の研究活動が停滞することを嘆きながらしぶしぶ兼務することが多いのではないだろうか。しかし当時医学部助教授でもあった栗山副センター長は、あえて学内公募に手をあげ、それまでの経歴とは無関係の全学規模の授業改善という試みに挑戦した。それだけ大学の授業改善を推進しようという意気込みが違っていたといえよう。
 また大学としても、大学教育機能開発センター運営委員会という組織を作って同センターの活動を側面支援した。この運営委員会は全学的な教育やFDに関する権限機能を各学部から委譲されており、構成メンバーは同センターの教員に加え、各学部の教務を担当する委員会の委員長や、各研究機関の教員などとなっている。
 こうした学内の支援体制が整った結果、同センターの評価・FD研究部門に井手弘人講師、天野智水講師、そして長澤多代助手といった有能な若手スタッフが採用されることとなった。
授業に幻滅するとたちまち勉強しなくなる学生たち
 長崎大学では、00年から、長崎大学ファカルティ・ディベロプメント(以下、長崎大学FD)と称して、「変えよう授業 変わろう大学」というテーマのもと、学外の有識者を呼んでの教員研修会を実施してきた(図表1)。
2000年からのおもなFD活動
 そして同センターの発足後の02年9月、第6回長崎大学FDが実施された。この頃からセンタースタッフらの直球勝負が始まる。
 この第6回長崎大学FDは「授業デザインの方法」をテーマに、全学教育の必修科目である教養セミナー、教養特別講義、情報処理科目、外国語科目、健康スポーツ科目の担当教員約160人を主な対象として行われた。授業デザインというのは授業計画(シラバスの構想)のことだ。今まで教員各自に任されていた授業内容、授業の進め方、学生の勉学要求への対応などを大学の社会的使命とカリキュラム全体との関係、授業計画に必要な要素から確認することがねらいである。
 通常、授業デザインつまりシラバスの書き方の多くは、第一段階として「授業目標の立て方」から解説される。しかし井手講師らは、その前段階として、学生実態調査から導き出される「長崎大学の学生像」を示し、そのような学生にどのように対応したらよいかについて考える作業から授業デザインを始めるという、独自の工夫を凝らした。このような発想は、これまで多くの大学では見落とされてきたが、授業デザインを考えるにあたっては重要な事柄といえよう。ちなみにこの学生実態調査は83年から実施されているという。
 学生実態調査によると、長崎大学の学生は、「勉強は大事と思っているけれどもあまり勉強しない」、「目的意識をもって入ったのではなく、むしろ目的探しのために大学に入ってきた学生が多い」という傾向を示すという。井手講師は「このような傾向の学生は、学ぶことの価値はわかっているものの、大学での授業に幻滅を感じるとたちまち勉強をしなくなり目的を見失う可能性が高い」と言う。
 そこで、長崎大学に入って自分がこんなに変わることができて良かったと満足できるように学生たちを教え、学びの世界に導いていく方法を検討するため、それぞれの授業デザインのワークショップも行われた。ワークショップに参加した教員のアンケートによると、「授業目標と授業計画の基本的な立て方が理解できた」「自分の今後のシラバスにも生かしたい」という回答が80%以上あった。
 また同センターはIT活用のための準備においても遺漏がない。この長崎大学FD開催の1週間後には『授業デザインの方法』のオンライン版がインターネットで配信されている。
 同センターがかかわる長崎大学のFD活動は、その後もその流れの速度をさらに速めている。02年度からは授業評価を申し込んだ教員に対して、データを分析して返却する取り組みも実施。同センターでは常に申し込み窓口を開いており、教員は一つの授業について2回まで評価分析を依頼できる。さらに11月には、教員を対象に「FDに関するアンケート」を実施し、12月には早くも第7回長崎大学FDを「教養セミナーの実践と課題」というテーマで開催する。ちなみに、02年度における授業評価の結果の概要は、長崎大学のホームページで学外からも見ることができる。
 このように、一般的な大学であれば、通常2年がかりのペースで実施される量のFD活動が、わずか半年で行われている。この短兵急な仕事をこなしていくセンタースタッフの若さとエネルギーには驚かされる。
全学共通科目の教養セミナーにもメス
 長崎大学では01年度まで各学部独自に初年次教育としてのセミナーが実施されていたが、満を持して02年度から、全学共通の必修科目「教養セミナー」が開始された。この教養セミナーは「大学教育への円滑な適応を図ること」を目的に、1年生を10人程度の少人数に分け、合計160クラスで課題探究型のゼミを行うというもので、その内容については各教員に任されている。
 同センターはこの教養セミナーにもメスを入れた。第7回長崎大学FDでは「教養セミナーの実践と課題」をテーマに、部局ごとに参加を呼びかけ、手をあげた60人の教員を対象に、1泊2日の合宿研修を実施したのだ。そこでは、「世界の初年次教育・日本の初年次教育」と称した井手講師の基調報告に始まり、ブレーンストーミングや事例発表、ワークショップなどを通して、教養セミナーの充実のヒントを提示しようという試みを行った。これは学生による授業評価結果を活用するための第一段階でもある。
 初年次教育としての教養セミナーの課題は、それまで学部別に行われていたセミナーでの学生の声からも浮かび上がっていた。「パソコンを使った授業も取り入れてほしかった。先生によってはパソコンを使った授業もあったようでとてもうらやましく感じた」あるいは逆に「コンピュータばかりでもっと討論会をしたかった」など、学生の要求と担当教員の実施内容がミスマッチしているケースがみられた(第7回長崎大学FD報告)。教員個人の裁量で実施されるセミナーの抱える問題点である。
 そこでワークショップでは、学生ニーズと授業計画をマッチングさせるアイデアと授業計画づくり、成績評価の基準と方法についてのディスカッションが行われた。
 現在、同センターでは導入2年目となった教養セミナーの授業内容をさらに充実させることに腐心している。学部や専攻の特性に関わらず知的営みを行うための基礎教養(コモンベーシック)をデザインする難しさへの挑戦である。
 「教養セミナーでの学生の報告に“優秀レポート賞”などを出して、学生の成果を測ることも必要です。また、この教養セミナーは個々の教員が片手間で教えられるような科目ではありません。本来は専門家によるコアの教員団によって担われるべき科目であると痛感しました」と、栗山副センター長はその重要性を強調する。
二巡目に入ったカリキュラムマネジメントサイクル
 このような同センターが企画するFDの研修会とワークショップによって、教員の授業に対する姿勢も目に見えて変化してきているようだ。それは第8回長崎大学FDに合わせて4日間連続して行われたワークショップ参加教員に対する調査結果からもうかがえる。
 第8回長崎大学FDでは、全体会の参加者は115人、ワークショップ参加者は延べ225人という盛況ぶりだった。こののワークショップでは、図表2に示すように、教育的スキルを高めるためのさまざまなメニューが用意された。
第8回長崎大学FDの一環として行われたワークショップの内容
 そのうち「情報検索の方法」に参加した教員の声を追跡調査から拾ってみると、「FD研修後、学生が資料やデータベースを検索するときに、調べ方について自信をもってアドバイスできるようになった」「授業準備の際に、FD研修会で得たノウハウを存分に使っている」などまさに教育支援につながったようすがわかる。
 なお、このワークショップ全体の満足度調査では131人中、「授業改善のヒントを得た」と答えた教員が122人、「教育改善に役立った」と答えた教員は126人となっており、ほとんどの教員が肯定的な回答をしていた。
 そして03年4月には、第9回長崎大学FDが実施された。このときは新任教員に対して「長崎大学の理念と歴史」というテーマで行われた。長崎大学の理念と歴史について概要を理解し、共有化するとともに、同大学のこれから進むべき方向について意見交換を行うことが目的である。
 このようにセンター発足後1年半で5回を数える長崎大学FDだが、一見対症療法に見えるこのイベントも、実は大局的なFD構想のもとで活動を進めてきたのだと井手講師は言う。図表3は、同センターで進めているカリキュラムマネジメントサイクルの流れ図である。
カリキュラムマネジメントサイクルの流れ図
 順を追って説明しよう。第6回、第7回の長崎大学FDにおいては、教員に「カリキュラム設計者」として、担当科目の到達目標や評価基準に合わせて、質の高い授業設計を行うための支援を行ってきた。そして第8回では、教員に「授業実践者」として、授業実践から授業評価にいたるプロセスのなかで、教育的スキルを高めるための支援を行ってきた。そして第9回で、新たな「カリキュラム設計者」である新任教員に対して、長崎大学にふさわしい教育目標を持つための支援を行うことで、カリキュラムマネジメントサイクルが二巡目に入ったことがわかる。
 同センターでは長崎大学のカリキュラム構造についての提案も始めている。長崎大学には歴史のある、しかもその生い立ちが異なる特色ある教育機関や研究機関が多い。「今後はそれぞれの教育・研究機関が、全学教育の目標を共有化し、その成果を生かした形で専門教育につなげていけるような役割もセンターとして担っていくことになるでしょう」と栗山副センター長はビジョンを語った。
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