| チュートリアル制度の導入で学生に活気が生まれる |
1992年4月、東北芸工大は芸術的創造と人間の良心により科学技術を運用する新しい世界観の確立を目指して、山形県と山形市による公設民営方式で開学した。
東北地方には縄文時代からの日本古来の文化が脈々と受け継がれており、その歴史観が現代社会の抱えるさまざまな問題を解く手掛かりとなるという考え方から、「東北ルネサンス」というスローガンを掲げ、地域にしっかりと基盤を置いた教育研究活動を展開している。
こうした地域的特性に加え、芸術・デザインという専門分野が有機的に結びつき、この大学の教育を活性化させているといえそうだ。
東北芸工大は開学当初から第一線で活躍している作家やデザイナー、建築家などを招聘し、より実践的な教育を行っている。この教育のためには、学生の自主性を引き出すことが重要となる。そこで2種類の演習を導入した。それが、「チュートリアル型演習」と「プロジェクト型演習」である（図表）。前者は教員や学生の自発性による個別演習で、単位認定されない。一方、後者は学科、コースごとに設定された正規カリキュラムで、単位認定される。両者に共通するのは、地域社会とかかわりながら創作活動や調査を行うことだ。 |
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チュートリアル型演習（以下チュートリアル）は、その名が示すとおり、チューターと呼ばれる教員が自発的に行う自由参加型の個別演習である。導入を提唱したのは初代学長の久保正彰氏だ。久保氏は若い頃、アメリカの大学に留学した時にチューターの世話になり、自身もチューターとして後輩指導にあたった経験がある。
「開学当初は教員も学生たちの積極性をどう引き出してよいかわからず、四苦八苦していました。しかし、チュートリアルが開始されると、一気に活気が出てきたのです」と小沢明学長はいう。 |
| 自主ゼミ活動から生まれたチュートリアル型演習 |
山形では2年に一度、ドキュメンタリーの国際映画祭「山形国際ドキュメンタリー映画祭」が開かれる。89年に始まり、今では約90カ国から作品が寄せられ、参加者は2万人近くにも上る。デザイン工学部の加藤到助教授のチュートリアル「ドキ山（山形国際ドキュメンタリー映画祭を通して映画と山形を考える会）」では、学生たちがこのイベントのボランティアスタッフとして、出品作家や監督へのインタビュー、大学独自の情報誌「デイリー・ニュース」の編集、映画祭の記録ビデオ制作等の活動を行う。
「実験表現研究会」は、芸術学部の安部定助教授のチュートリアルだ。山形市内の歴史的建造物である「蔵」に着目。学生の作品（アート）の展示会場として活用するとともに、保存、利活用のムーブメントを起こすことが狙いだ。昨年からは県内の過疎村を訪ねて展示する活動も始めた。
デザイン工学部の松村茂助教授のチュートリアル「リーグ（lirg）」は町おこしがテーマだ。学生たちが中心となって、山形市内の七日町商店街の人たちと企画を練り、「コム・ミュージアム」というイベントを行っている。これは「七日町を美術館のような町にしよう」と、商店主と一緒になってショーウィンドウをデザインしたり、町内の空いているスペースに作品を展示し、小さなギャラリーの企画等を行っている。
このような芸術的感性を携えて地域社会の魅力を高めようとする活動は、芸術あるいはデザイン工学というジャンル固有の手法や固定観念を超越してしまう力がある。これらの演習はもともと、教員個人の発案や社会活動の延長でテーマが持ち上がり、それに興味を持った学生たちが自主的に参加することから始まった。意気投合した学生たちは、やがて下級生も巻き込んで参加の輪を広げていくようになる。現在、このチュートリアルは26テーマ、全学生の約1割が参加している。 |
学生を未完のアーティストや
デザイナーとして扱い教育環境を提供 |
さまざまな祭りや伝統文化が息づき、歴史的建造物も多い山形である。アイデアさえあればいくらでもテーマは掘り起こせるだろう。
しかし、それらに取り組む学生たちのあふれんばかりのバイタリティはどこから生まれるのだろう。その答えが東北芸工大のカリキュラムにあった。演習科目が全カリキュラムの半分近くも占めているのだ。
これらの演習科目が、プロジェクト型演習である。この演習は、学科・コースの特性に合わせて、全学生に課される科目となる。学生たちは与えられたテーマに対して、さまざまな創作活動や調査等を行う。例えば、芸術学部美術科彫刻コースでは、「春のかたち」というテーマで創作した彫刻作品を市内のギャラリーに展示して市民に公開している。今年も、鉄や石、木材など多様な素材で表現した「春のかたち」約50点が、展示会場のフロアを埋め尽くした。
また、デザイン工学部情報デザイン学科情報計画コースでは、「やまがた宝さがし」という演習を実施している。学生たちはモノやコト、場所、自然など、県民一人ひとりが自分の大切にしている「これが宝だ」というものを、理由やエピソードも含めて集めるほか、学生たちで選んだものを取材したり、いろいろなメディアで宝を紹介したり、展覧会を開いたりしながら、これからの山形をどうデザインしていけばよいか考える。この活動は地元紙でも取り上げられ、これまで「あずきカボチャ」「いもこ電車」「鶴岡公園」など8000件ほどの宝が集まり、紹介された。
「学生たちを未完のアーティストあるいはデザイナーとして扱い、そのための環境を提供することで、さらにモチベーションが高まるのです。さまざまなイベントを実施するのもそのためで、作品の良しあしを問うことが目的ではありません」と小沢学長は強調する。 |
