初等中等教育研究室

ベネッセのオピニオン

第121回 一生学び続けるを科学する⑱
「勉強が将来のために役に立つ」と思うことは自主的な学びにつながるのか

2017年02月16日 掲載
特任研究員 太田 昌志

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中学生の勉強と将来に関する意識面の困難

 子どもが現在の勉強と将来の関係を考えることは、キャリア教育において多く実践されている。文部科学省のWebサイトで公開されている『中学校キャリア教育の手引き』(p.19) では、中学校において「育成することが期待される具体的な能力・態度」として「将来の職業生活との関連の中で、今の学習の必要性や大切さを理解する」「日常の生活や学習と将来の生き方との関係を理解する」が示されている。

 ベネッセ教育総合研究所の調査データをみても、中学生は、授業の中で「学んでいることが自分の将来にどう関係するかを考える」機会は少なくない(図1)。一方で、「将来の目標がはっきりしている」という比率が小学生や高校生と比べて低く、「勉強しようという気持ちがわかない」という比率は小学生より高い(図2)。中学生は将来の目標設定や勉強において意識面の困難にぶつかりやすいといえる。

 このような中学生という時期において、勉強と将来の関係をどのように考えることが重要なのだろうか。本稿は、2015年に行われた第5回学習基本調査 のデータをもとに、この課題を検討する。

図1 授業の中で行っていること:学んでいることが自分の将来にどう関係するかを考える

図1 授業の中で行っていること:学んでいることが自分の将来にどう関係するかを考える

出典 ベネッセ教育総合研究所「第5回学習基本調査」(2015年6月~7月実施)



図2 将来の目標がはっきりしている、勉強しようという気持ちがわかない

図2 将来の目標がはっきりしている、勉強しようという気持ちがわかない

出典 東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所共同研究「子どもの生活と学びに関する親子調査2015」(2015年7月~8月実施)

勉強は将来のさまざまな側面のために役に立つという意識が広がっている

 学習基本調査は、1990年に第1回調査を行い、2015年の第5回調査までの25年間の経年変化を追うことのできる調査である。2015年の調査では、勉強と将来に対する意識に関する大きな変化がみられた。

 学校の勉強が役に立つと思うかをたずねたところ、「一流の会社に入るために」などの地位達成に「役に立つ」という回答が増加した。また、それだけでなく、「心にゆとりがある幸せな生活を送るために」などの精神的な豊かさのために「役に立つ」という回答や「社会で役に立つ人になるために」「役に立つ」という回答も増加した。勉強は将来の地位達成や精神的な豊かさ、社会に貢献することのいずれに対しても「役に立つ」という意識が中学生に広がっている1

図3 勉強の効用(中学生、経年比較)

図3 勉強の効用(中学生、経年比較)

注 勉強の効用に関する項目のうち一部を抜粋。

※上記画像をクリックすると拡大します。

勉強が将来のために役に立つという意識は学校の外の学習へつながるのか

 しかし、前節で述べた意識の中でも、勉強が将来の地位達成のために役に立つという意識には懸念もある。その一つは、将来の地位達成のためという勉強に対する意識が子どもの勉強を学校や受験に閉じたものとしてしまうおそれである。勉強をすることが地位達成を目的としたものに限られてしまうとすれば、学校や受験に関連する勉強に重きを置くことが合理的であり、学校や受験と関係のない、学校の外における自主的な学びの優先順位は低くなる可能性がある。

 「予測困難な時代」を生きていく子どもたちが、地位達成の希望が不本意にして実現しなかった場合においても、あるいは途中で変更を余儀なくされた場合においても、学び続けるために、学校や受験と関係ない自主的な学びを子どもに対して促すことは重要だと考えられる。

 そこで、本節では、勉強が将来のために役に立つという意識が、学校の外において興味を持ったことを調べる自主的な学習につながっているかを検討する。

 図4、図5、図6は、家において「授業で習ったことを、自分でもっとくわしく調べる」「自分で興味を持ったことを、学校の勉強に関係なく調べる」ことがある比率を勉強の将来に対する意識によって比較したものである2

 図4のように、勉強が将来の地位達成のために役に立つという意識が強い中学生は、そうでない中学生に比べて、どの成績層においても「授業で習ったことを、自分でもっとくわしく調べる」という比率が高い。しかし、「自分で興味を持ったことを、学校の勉強に関係なく調べる」については成績下位では差があるが、成績上位においては差がない。

 一方、図5、図6のように、勉強が将来の精神的な豊かさのためや社会に貢献するために役に立つという意識が強い中学生は、そうでない中学生に比べて、成績上位、下位のいずれにおいても「授業で習ったことを、自分でもっとくわしく調べる」「自分で興味を持ったことを、学校の勉強に関係なく調べる」の比率が高い。



図4 地位達成のための勉強の効用と家で調べる学習

図4 地位達成のための勉強の効用と家で調べる学習

図5 精神的な豊かさのための勉強の効用と家で調べる学習

図5 精神的な豊かさのための勉強の効用と家で調べる学習

図6 社会に貢献するための勉強の効用と家で調べる学習

図6 社会に貢献するための勉強の効用と家で調べる学習

 勉強が地位達成のために役に立つという意識を持つことは、必ずしも勉強を学校に閉じたものとするわけではない。むしろ、「授業で習ったことを、自分でもっとくわしく調べる」ことについては促すといえる。しかし、その効果はあくまで授業と関連した部分であり、「自分で興味を持ったことを、学校の勉強に関係なく調べる」といった行動においては、その効果は限定的なものとなる。

 一方、勉強が将来の精神的な豊かさのために役に立つという意識を持つことや、勉強が将来社会に貢献するために役に立つという意識を持つことは、授業で習ったことを「調べる」だけでなく、学校の勉強と関係なくても、「自分で興味を持ったこと」を調べるという行動を成績を問わず促している。勉強が将来のどのような側面につながるかという意識の持ち方によって、学校の勉強からの興味関心の広がりに違いがある。

将来の人生全体の豊かさのために勉強が役に立つと思うことが自主的な学びを促す

 中学生は勉強と将来の目標設定において意識面の困難にぶつかりやすい時期である。そのような中学生の時期において、勉強が将来どう役に立つのかという意識の違いによって、家で調べるという自主的な学習に違いがあることを示した。

 勉強をどのように価値づけるかは、子どもの学習行動を左右する。将来の職や金銭、地位を獲得することに勉強が役に立つという意識を持つことも、一定程度子どもの自主的な学びを促している。しかしそれだけでなく、精神的な豊かさや社会への貢献といった、勉強と将来のつながりをより広く考えることで、学びが学校の勉強に関係のないような、さらに自主的なものに広がっていくことが期待できる。

 なお、同時点の勉強への意識と行動の関連をみた本稿の分析は、因果関係を検討する材料として不十分である。勉強に対する意識の持ち方が、子どもの行動をどのように変えるかという因果関係を含む検討は、今後の課題としたい。



■注

1 図表は省略したが、小学生、高校生についても同様の傾向。

2 「授業で習ったことを、自分でもっとくわしく調べる」「自分で興味を持ったことを、学校の勉強に関係なく調べる」は「あてはまる」「まああてはまる」「あてはまらない」の3つの選択肢で回答を得ているが、「あてはまらない」は図から省略した。勉強の将来に対する意識は、図3の勉強の効用意識を用いる。このうち「一流の会社に入るために」「会社や役所に入ってえらくなる(出世する)ために」「お金持ちになるために」の3項目を「地位達成のため」、「心にゆとりがある幸せな生活をするために」「趣味やスポーツなどで楽しく生活するために」の2項目を「精神的な豊かさのため」、「社会に役に立つ人になるために」の1項目を「社会に貢献するため」とした。各項目について、「とても役に立つ」を4、「まあ役に立つ」を3、「あまり役に立たない」を2、「まったく役に立たない」を1とし、合計(α(地位達成のため)=.772、α(精神的な豊かさのため)=.710)した後、中央値(「地位達成」は9、「精神的な豊かさ」は6、「社会に貢献」は3)以上を「高群」、中央値より下を「低群」とした。統制変数の成績は、「現在の総合的な成績は、学年のなかでどのくらいですか」という質問に対し、「1(上のほう)」~「3」と回答した対象者を「上位」、「4(真ん中)」を「中位」、「5」~「7(下のほう)」を「下位」とした。紙幅の都合により成績中位は省略したが、いずれの項目も成績上位と同様の傾向である。使用した変数がいずれも有効なケースのみを分析に用いている。分析に用いたケース数は付表1の通りである。



付表1 図4、図5、図6の分析に用いたケース数

    成績上位 成績下位
地位達成のために 低群 262 398
高群 692 639
精神的な豊かさのために 低群 261 354
高群 699 683
社会に貢献するために 低群 89 162
高群 871 875

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著者プロフィール

太田 昌志
おおた まさし

初等中等教育研究室 特任研究員

2014年3月に一橋大学大学院社会学研究科修士課程を修了し、2014年4月から名古屋市立大学大学院人間文化研究科研究員。「誰が何を『能力』と定義するか」について階層意識論の観点から研究してきた。

2015年6月からベネッセ教育総合研究所特任研究員。2015年度は「子どもの生活と学び」研究プロジェクト、第5回学習基本調査に参加。子どもの非認知的な能力の発達に家庭環境がどのように影響しているかに関心をもっている。

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