本テーマの第1回目のフォーラムは、長年にわたって、多くの発達障害を持つ子どもたちの支援を続けられている、小児科医であり、お茶の水女子大学副学長でもある榊原洋一教授にお話を伺いました。
「お茶の水女子大学 榊原洋一教授編【前編】」では、発達障害の分類やそれぞれの特徴、診断や治療方法など事例を交えながらご紹介します。
通常学級でも30人のクラスに2人は発達障害の可能性
文部科学省による発達障害に関する初めての調査は2002年。当時、通常学級の小中学校において知的発達に遅れはないものの学習面や行動面で著しい困難を示すと担任が回答した児童の割合は6.3%、2回目となる2012年の調査では6.5%だった。この割合から換算すると全国で発達障害の可能性のある児童数は約68~70万人、500人規模の学校では32人以上、30人のクラスで2人以上は在籍していることになる。
本結果は、あくまで専門家ではない担任教師がチェックリストに対する回答した内容に基づくもので、そのまま発達障害を持った子どもの割合を示す物ではない。しかし、チェックリストは各分野の研究者が作成したものであり、回答も学級担任と教務主任等の複数の教員で判断であることから、十分現状の参考になるものと考えられる。
初の大規模調査となった2002年の調査結果をうけ、障害者福祉制度の中で「発達障害」が明文化され、2005年には「発達障害者支援法」が施行された。同法では早期発見と支援の重要性が明記されるようになったにも関わらず、2012年の調査では小中学校の通常学級において発達障害の可能性がある子どもの4割に教育的支援が行われていないことがわかっている。

榊原洋一先生
※「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国調査」(文部科学省2002年)では、5つの都道府県で約370の小中学校児童41,579人を対象に、発達障害の特性を表すチェックリストを教師が付ける手法で実施。2012年には福島県、岩手県、宮城県の東日本大震災被災地をのぞく都道府県で53,882人を対象に行われた。
IQテストではわからない発達障害
「発達障害」とはなにか。「発達」と「障害」という誰もが耳にしたことがある言葉だからこそ、何となくわかった気になってしまう人はいるかもしれない。しかし、実際どのような障害なのか説明できる人はどれほどいるのだろうか。発達障害は、「生まれつきの認知や行動の特徴によって、対人関係やコミュニケーション、行動や感情のコントロール、学業になどに大きな困難を伴う状態」であると定義できる。
車椅子を使うなど身体に障害がある肢体不自由や、白い杖を持っている視覚障害、手話を使っている聴覚障害、また重度の知的障害は見た目でも認知しやすい。しかし発達障害であるか否かは医師が一対一で話してもわかりづらく、IQテストでもわからない。学校など規則やルールのある集団の中での特異な行動ではじめてわかるケースが多い。この「わかりづらさ」が発達障害の理解を阻むひとつの原因になっていると榊原先生は指摘する。
3つに分類される発達障害
発達障害は大きく3つに分類される。読む、書く、計算するなどの領域のいずれかに困難がある「学習障害(LD)」、行動面において不注意や多動性、衝動性などで生活困難がある「注意欠陥多動性障害(ADHD)」、コミュニケーションが苦手で対人関係を築くことが不得意、こだわりの強さで生活困難のある「自閉症スペクトラム(ASD)」である。
理解を深めるためにもう少し詳しくこの3つの特性について見てみよう。
【①学習障害 LD=Learning Disabilities】
知的障害がないのに言葉の読み書きや計算、図形理解など、特定の領域において不得手な状態を指す。本人も頑張って取り組んでいるのに思うようにできないため、自信をなくしたり、努力が足りないと誤解されてしまうケースがある。日本の文部科学省と海外の定義に違いはあるが、学習障害(LD)のうち8割が該当すると言われるのは、生まれつきの読み書きに困難を持つ「ディスレクシア(読み書き障害)」という障害である。ディスレクシアのなかでも、音読が不得意、文字を正しく書けない、読み書きはできるが計算問題が極端に苦手、計算は得意で文章題を解くのが苦手など特性はさまざまである。
【②注意欠陥多動性障害 ADHD=Attention-Deficit Hyperactivity Disorder】
注意力の不足や、多動性、衝動性をコントロールできないといった特性を持ち、計画や目的を意識して遂行する脳の実行機能がうまく働かないことによって生じる。「注意欠陥優位型」と「多動・衝動優位型」、それら両方の特性がある「混合型」の3つのタイプに分かれる。
「注意欠陥優位型」は気が散りやすく、ワーキングメモリーという短期記憶の容量が小さいことがわかっている。「多動・衝動優位型」は行動制御が困難で落ち着きがない、片付けられない、忘れ物が多い、集中できないなどが主な特徴だ。ただし、学校では片付けられるのに、家では片付けられないといった場面により異なる対応ができる場合には該当しない。
【③自閉症スペクトラム:ASD=Autistic Spectrum Disorder】
1943年にアメリカの精神科医レオ・カナーから、言葉の発達の遅れ、人とのコミュニケーションの困難、強いこだわりの3つの典型的特徴をもつ「自閉症」が報告された。この報告によると、約8割がIQ70以下で知的障害を伴っており、4対1の割合で男児が多かった。知的障害を伴わない残りの2割の子どもについては、その後、「高機能自閉症」とすることで説明のつくケースが増えた。知的レベルで境界線を引かず、発語も早くIQが高いケースもある「アスペルガー症候群」を含め、多様な自閉症のタイプを包括して連続帯(=スペクトラム)と捉える考えから、「自閉症スペクトラム」と呼ばれている。
発達障害は親の育て方や生育環境で発症するものではない
3つに分類される発達障害だが共通する特徴があると榊原先生は言う。「まず、生まれつきのものであるということ。脳の中枢神経系の機能障害で、女の子より男の子に多く出現することがわかっています。つまり、親の育て方や生育環境で発症するものではないということです。次に、原因はさまざまですが、いずれも乳幼児期に行動特性として症状が現れること。注意して観察すれば早期発見できます。ただし、ずっと気づかれずに大人になってわかるケースもあります。そして、病気の症状のように進行するものではないということです。本人が成長するなかでコントロールしたり、抑えたりすることもできるようにもなるし、行動療法など周囲からの働きかけによっても変化していきます。」
「ADHDは、発達障害の中で発生頻度が高く海外では関心が寄せられています。日本でADHDが紹介されるようになったのは発達障害の中で最も新しいのですが、『落ち着きがなく動き回る、ぎごちない子』は、100年以上前からイギリスでは報告がありました。今では脳の特定の部分の神経伝達物質量が原因であるとかなり明らかになっています。
ADHDの症状である不注意や多動性は、神経細胞にあるドーパミントランスポーターが過剰に働いてしまうため、神経伝達物質の機能が十分に発揮されないことなどが原因のひとつであるといわれています。このドーパミントランスポーターの働きを抑制する薬物療法も効果を上げています。 また、きょうだいや両親がADHDである場合も多いのですが、遺伝子によるものというより『家族内集積性』があるといえます。」
落ち着きのない子どもや不適切な行動を取ってしまう子どもたちの多くは「育て方が悪い」と言われることもあったが、発達障害に関しては保護者の育て方や生育環境によるものではなく、生まれつきのものなのだ。

ドーパミントランスポーターの図解
通常学級のADHD児童数は、特殊教育の対象だった児童数を超えていた
発達障害が3つに分類されることを確認したが、それでは日本ではそれぞれの子どもたちの数はどのくらいなのか。先の文部科学省の調査によると、全国の小中学校の通常学級に、「学習障害(LD)」が4.5%で約49万人、「注意欠陥多動性障害(ADHD)」が2.5%で約27万人、「自閉症スペクトラム:ASD」は0.9%で約9万人となっている。

参考:文部科学省「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」(2002年)
『図解 よくわかる 発達障害の子どもたち』(ナツメ社)榊原洋一 著
これらの数字は何を意味しているのか。榊原先生は「4万人以上の調査で通常学級にADHDの子が2.5%いたという事実は、それまで特殊教育の対象とされた知的障害児と肢体不自由児を合わせても2%前後だったわけですから、教育関係者にとって衝撃でした。しかし、すでにアメリカでは特別支援教育が必要な子は10%程度、そのうちADHDは約半数、他国でも3~7%前後という報告はあり、日本もそれに近い結果が出たというだけのことです」という。
ADHDの診断
ADHDの診断はどのようにされるのか。日常生活でわかりやすいひとつの行動特性に「片付けられない」ことがある。榊原先生が、足の踏み場もなく散らかっている子ども部屋の写真をプロジェクターで映し出し、「自分では片付けができないため2週間に一度、母親が部屋を掃除するが、すぐに散らかる。ちなみに、この子どもは、性格は明るく学校の成績は良いので中学受験をしていわゆる進学校へ進んでいます」と説明する。

参考:榊原先生ご提供資料
自宅では片付けられないが、学校や職場では整頓ができるケースはADHDとはいえない。 そして、片付けができないだけではADHDと断定はできない。それでは、どのように診断するのだろうか。
一般的なのは、小児神経科や児童精神科での問診や視診、心理テスト、また日常生活での行動特徴について「ADHDの症状チェックリスト」などを用いる方法。診断基準については、図のようなアメリカの精神医学会で使われる「注意欠陥多動性障害診断基準」が最もよく使われる。 「注意欠損」の項目のうち6つ以上、「多動性」「衝動性」の症状項目のうち6つ以上が該当しており、さらに付帯条件として2カ所以上の生活場面で生じていること、その行動特性が6カ月ヶ月以上持続していることが診断基準となる。


参考:榊原先生ご提供資料
しかし、専門家でもすぐに診断ができず、複数回の診察と経過観察を行いながら見極めていくこともある。ADHDの診断がつきにくい理由として、ADHD単独ではなく他の発達障害の特性を合わせ持つケースが多いこと、環境により行動特性の現れに違いが出るケースがあることなどが挙げられる。
前編では学習障害とは何か、特性や発生頻度、そして診断の難しさについて確認した。 しかし、学習障害の診断結果はあくまでスタートラインであり、その後の支援こそが重要なのはいうまでもない。
後編では発達障害を持つ子どもやその保護者たちへの支援について、理解を深めていく。
第1回フォーラム「お茶の水女子大学 榊原洋一教授【後編】」へ
第2回フォーラム NPO法人特別支援教育研究会 未来教室 秋山明美先生【前編】」へ
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【企画制作】(株)エデュテイメントプラネット柳田 善弘、寺本 亜紀、水野 昌也、ライター 羽塚 順子
【取材協力】お茶の水女子大学 榊原洋一教授