研究レポート
Research Report

優れたアイデアを実現するためのネットワークの切り替え

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公開2023/3/29

優れたアイデアが生み出され、実現に至るには、アイデアの発展段階に応じて、利用するネットワークを切り替えていくことが重要である。しかし、この切り替えを促す要因はこれまでの研究ではよく明らかになっていなかった。本研究の結果、本業からの逸脱、アイデア所有権の拡大、ピッチ機会の頻度の3要素がネットワークの切り替えを促していたことが示唆された。

1.アイデアジャーニーとは

優れたアイデアを生み出したり、実現させたりする上で、社会ネットワークが重要であることはよく指摘されてきた。社会ネットワークとは、人間や集団、組織などの社会的な要素間の関係性からなる構造のことである(金光, 2003)。アイデアの発展プロセスと社会ネットワークの関係性を論じた代表的な研究として、「アイデアジャーニー」(Perry-Smith and Mannucci, 2017)がある。筆者の研究は、アイデアジャーニーにおける社会ネットワークの変化についての議論を発展させる形で、段階間のネットワークの切り替えを促す要因を明らかにすることを目指した。

アイデアジャーニーは、アイデアが生まれてから実現するまでのプロセスを表した概念である。このプロセスは、アイデアの生成に始まり、精緻化、擁護、そして最終的に実行に至るまでの4段階に分けられる。各段階では、アイデアの成熟度に応じて、アイデアの推進者(クリエイター)が持つ異なる種類のニーズと社会ネットワークが重要となる。

表1 アイデアジャーニーの段階とクリエイターのニーズ
段階 特徴 クリエイターのニーズ
生成 新奇かつ有用なアイデアを生み出す 認知の柔軟性
精緻化 アイデアの潜在能力を評価、明確化し、
発展させる
精神的な支援
建設的なフィードバック
擁護 アイデアを推進させるための承認、資金や
人材、時間や政治的な支援を得る
影響力と正当性
実行 アイデアを完成品として具現化し、
現場に普及させる
共有されたビジョン

アイデアの生成段階は、新奇かつ有用なアイデアを生み出すプロセスであり、多様な情報と知識に触れ、幅広い分野や異なる背景を持つ人々との接触を通じて、未知のアイデアや視点にアクセスすることが重要である。この段階での弱いつながりは、認知的柔軟性を促し、従来の思考パターンから離れた革新的なアイデアの創出を助ける。

次に、アイデアの精緻化段階では、生成されたアイデアの可能性を評価し、深堀りし、改善することが求められる。この段階で強いつながりからフィードバックや支援を得ることで、アイデアは批判的に検討され、実現可能性が高まる。信頼関係が築かれた強いつながりを持っていると、建設的な批判や具体的な改善提案を受け入れやすくする。

表2 アイデアジャーニーの段階に応じたネットワーク
段階 適切なネットワーク 適している理由
生成 多数の弱い紐帯 未知の情報へのアクセス(Burt, 1992)
精緻化 少数の強い紐帯 アイデアに対する批判の心配がすくない(Chua et al, 2012)
ため、アイデアを共有しやすい
擁護 借用された構造的空隙 分野内の規範(Cattani & Ferriani, 2008)や構造的空隙の
維持コスト(Perry-Smith & Mannucci, 2017)に縛られず、
アイデアの不確実性を減少させられる
実行 リーチのある閉鎖性 密な構造の中に組み込まれた外部との結びつきがあると、
アイデアの幅広い普及が促される(Uzzi & Spiro, 2005)

アイデアの擁護段階では、アイデアに対する支援を得て、必要な資源を確保することが中心となる。構造的空隙(社会ネットワーク上の異なる集団・個人間に存在する空白)を埋める仲介者を通じて、新たな支持者を見つけ、アイデアの承認と資源の獲得を促進することが重要である。

最終段階の実行では、アイデアを具体的な製品、サービス、プロセスへと具現化し、市場や社会に受け入れられる形にするために、共有されたビジョンに基づく協働が不可欠である。誰もが密に繋がっているような閉鎖的なネットワークで、密接な協力と情報共有を行うことがアイデアの成功を支える。

このようにアイデアジャーニーを通じて、クリエイターは異なるニーズに応じて社会ネットワークを適切に切り替える必要がある。切り替えに失敗すると、たとえば優れたアイデアを実現に至るまでに放棄してしまったり、劣ったアイデアを承認してしまったりすることにつながる(Mannucci and Perry-Smith, 2022)。したがって、段階に合わせてネットワークを切り替えていくことが優れたアイデアを実現させる成功の鍵であるといえる。

ネットワークを切り替えることの重要性

アイデアジャーニーの各段階では、必要とされるネットワークの種類が異なるとされた。これらの段階に応じたネットワークの変化はイノベーションに対して肯定的な影響を与えるが、ネットワークを切り替えることには社会的制裁や知覚されたリスクといった障壁が存在する。まず、社会的制裁については、ネットワークを切り替える人に対して、集団の期待に応えない不誠実な人間という認識が形成されてしまい、排除されてしまう可能性がある(Xiao & Tsui, 2007)。さらに、ネットワークの切り替えは認知的に高い負担がかかるため、同時に負担のかかる状況であると切り替えを妨げると考えられてきた。たとえば、創造的な活動に伴う知覚されたリスクが高いとき、ネットワークの大きさが紐帯の切り替えに負の影響を与えることが明らかになっている(Mannucci & Perry-Smith, 2022)。

これらの切り替えを妨げる要因はいくつか言及されてきたものの、それらに対処する方法はまだ十分には明らかにされていない。本研究は、これらにいかに対処するかという視点を通じて、イノベーションプロセスにおけるネットワークのダイナミックな変化を促す要因について、明らかにすることを目指した。

2.調査概要

本研究では、ある企業の社内スペースの関係者に対して半構造化インタビューを実施し、調査対象に関連する文献と組み合わせて定性的な分析を行った。

調査対象となった社内スペースは、業務内活動でも業務外活動でも利用できる場として設立され、交流会やアイデア生成・精緻化活動に多く利用されていた。このスペースでの活動は、実際に新規事業のアイデアの発展や新製品開発へのインサイトを提供していた。新規事業では、交流から得られた弱いつながりから始まり、社内スペースを利用してアイデアの具体化を進めていった。新製品開発においては、社内スペースでの試作と改良を重ねることで製品化され、予期せぬ発見が製品の特徴を形成する重要な要素となった。

3.ネットワークの切り替えを促す要因

図1 ネットワークの切り替えを促す要因

本研究の結果、ネットワークを切り替えるためには、本業からの逸脱、アイデア所有権の共有、ピッチの頻度という3つの要素が重要であることが指摘された。本業から逸脱した業務外活動は、自由度が高く、新奇性の高いアプローチや新しいネットワークの形成を促すことにつながりやすい。つまり、業務上の規則や制約、慣習から自由なことが多く、創造的な活動に伴うリスクを感じにくいため、ネットワークの切り替えが容易になると考えられる。

次に、アイデア所有権の共有は、弱いつながりから強いつながりを生み出し、チーム内の相互作用とアイデアに対する理解を促進する。アイデア所有権とは、アイデアに対して自分のものであるかのように知覚する状態(Pierce et al., 2001; 谷口ら, 2023)のことである。アイデアが生成された時点では、この所有権は発想者の個人に帰着しているが、精緻化段階を通じたチーム内の相互作用によってこれがチームレベルへと拡大していくと考えられる。このような精緻化活動によって、チームメンバー間の目線合わせと目標に対する共同の取り組みを促すといえる。

さらに、ピッチ(承認者へのプレゼンテーション)の頻度が高いと、必要な改善点や資源、アイデアの位置するジャーニーの段階を理解するのに役立ち、適切なネットワーク構造の切り替えにつながる。つまり、ピッチによってアイデアを事業化するためのフィードバックを得やすくなり、アイデアのニーズに応じたネットワークの活性化が可能になる。さらに、ピッチ機会はアイデアの具現化活動に対して時間的な制約を設けるため、プロジェクトのペースメーカーとしての役割をも果たす。

4.おわりに

本研究は、創造的なアイデアが生み出されてから実現されるまで、社会ネットワークの観点からプロセスを上手く通過させる要因を明らかにすることを目指した。その結果、本業からの逸脱、アイデア所有権の共有、ピッチの頻度の3点はネットワークを切り替えることを促すことから、要因になりうることが指摘された。

今回の研究成果は創造性、イノベーション、そして社会ネットワーク研究の各分野に貢献するものである。特に、アイデアジャーニーの研究には、切り替えを妨げる要因にいかに対処するかという点から、新たな視点で示唆を与えることができた。今後は、今回明らかにした各要因の確からしさを検証していくことに加えて、詳細なプロセスまで記述することを目指す。たとえば、アイデアの所有権をチームに拡大して共有していく具体的なプロセスや、弱い紐帯が強い紐帯に変換されるプロセスについて、より詳しく事例を調査することで本研究から導き出されたモデルをより洗練することにつながる。さらに、先述していないがピッチ機会の頻度等の要因が、アイデアに対する熱量を維持することにも影響している可能性が示唆された。この熱量を維持するためのメカニズムをより精緻に調査、分析することで学術・実務上大きな貢献となる可能性がある。

参考文献

    • Burt, R. S. (1992). Structural holes: The social structure of competition. Harvard University Press.
    • Cattani, G., & Ferriani, S. (2008/11/Nov/Dec2008). A Core/Periphery Perspective on Individual Creative Performance: Social Networks and Cinematic Achievements in the Hollywood Film Industry. Organization Science, 19(6), 824–844.
    • Chua, R. Y. J., Morris, M. W., & Mor, S. (2012). Collaborating across cultures: Cultural metacognition and affect-based trust in creative collaboration. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 118(2), 116–131.
    • 金光淳(2003)『社会ネットワーク分析の基礎: 社会的関係資本論にむけて』勁草書房.
    • Mannucci, P. V., & Perry-Smith, J. E. (2022). “Who Are You Going to Call?” Network Activation in Creative Idea Generation and Elaboration. Academy of Management Journal, 65(4), 1192–1217.
    • Perry-Smith, J. E., & Mannucci, P. V. (2017). From Creativity to Innovation: The Social Network Drivers of the Four Phases of the Idea Journey. Academy of Management Review, 42(1), 53–79.
    • Pierce, J. L., Kostova, T., & Dirks, K. T. (2001). Toward a Theory of Psychological Ownership in Organizations. Academy of Management Review, 26(2), 298–310.
    • 谷口諒, 高田直樹, & 村瀬俊朗(2022)「創造的なアイデアを 「選ぶ」―チームを待ち受ける矛盾と困難―」『日本経営学会誌』51, 32–46.
    • Uzzi, B., & Spiro, J. (2005). Collaboration and Creativity: The Small World Problem. The American Journal of Sociology, 111(2), 447–504.

山口 一青

プロフィール

2022年青山学院大学経営学部卒業。2024年東京大学大学院経済学研究科修士課程(経営学)修了。同年より、同大学院博士課程に在籍。先端経済国際卓越大学院プログラム生。主な研究分野は、組織論、創造性、社会ネットワーク。