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 第3回 コロナ禍に進路選択を迫られた高3生の経験が示すこと~世代格差からの考察(岡部悟志 ベネッセ教育総合研究所)

ベネッセ教育総合研究所 主任研究員 岡部悟志

ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
岡部悟志

 

コロナ禍において、子どもの進路選択に格差が生じることが懸念されています。2020年度の高校3年生(以下、高3生)は、「大学入学共通テスト」を受けた第一期生であり、かつコロナ禍に伴う臨時休校など、多くの困難を経験しました。これまでとは明らかに異なる環境に置かれた高3生ですが、その自己肯定感や自立度は、例年に比べて低まることはなく、むしろ項目によっては上昇していました。今回は、その理由を探るとともに、変化の激しい社会において子どもたちが前向きに進路選択を行うために、家庭においてどのような働きかけが有効なのかを考えます。

コロナ禍の進路選択に募る不安

コロナ禍において、地域や家庭の経済力による格差が問題となっています。今回私が着目するのは、コロナ禍における「世代効果による格差(世代格差)」です。これは、どの学年でコロナ禍を経験したのかによって、その後の進路やライフコースに格差が生じうる懸念があることを指します。

例えば、2020年度の高3生は、初めて実施された「大学入学共通テスト」を受験し、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う全国的な臨時休校を経験した世代でもありました。また、多くの大学がオープンキャンパスをオンラインで開催したため、受験生が得られるリアルな進路情報も限られました。

当時の高3生の不安や心労はとても大きなものだったと、想像に難くありません。図1は、2020年8〜9月に中高生を対象に実施した調査において、「希望通りの進路に進めるか」という質問に対する結果を示したものです。

図1 新型コロナの影響に関して、次のような不安や心配はありますか。


出典:東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所「中高生のコロナ禍の生活と学びに関する実態調査」(中高生コロナ調査)

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8割以上の高3生が、不安だ(「まあある」+「かなりある」の合計)と答えていました。ほかの学年の生徒と比べても、大きな不安を感じていたことは明らかです。また、同時期に行った別の調査において、高3生の「勉強しようという気持ちがわかない」の割合は、前年から約8ポイント上昇していたことからも、例年に比べて2020年の高3生は負の影響を受けていたと考えられます。

大学入試の専門家の間では、かつてない環境変化の下で高3生の進路選択への不安が大きくなり、「地元志向」「安全志向」がより一層強まるだろうと予測されていました。私たちも、進路決定後の自己肯定感などが悪化するだろうと考えていました。

困難を経験し、自己肯定感や自立度が高まった高3生

ところが、2020年度の高3生を対象に、進路選択決定後の3月に実施した調査結果を見ると、事前の予想を覆す結果が出ました。進路選択を終えた高3生の自己肯定感や自立度は、例年より下がることはなく、むしろ上昇している項目があったのです。

図2は、自己肯定感に関する調査です。「自分の良いところが何かを言うことができる」「自分に自信がある」という項目の肯定率は、2018年度に比べて約5ポイント上昇していました。

図2 自己肯定感など(年度別)


出典:東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所「高校生活と進路に関する調査」
注)「とてもあてはまる+まああてはまる」の%。

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図3は、高3生の自立に必要な資質・能力を、「生活」「興味・勉強」「考えること・行動すること」「人との関係」「自分自身・将来」の 5つの側面から自己評価したものです。2020年度の高3生は、「生活」「考えること・行動すること」は0.6ポイント上昇し、自ら主体的に生活し、考え行動している様子がうかがえました。

図3 自立に必要な資質・能力(自己評価)(全体の年度別)


出典:東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所「高校生活と進路に関する調査」
注)高3生の自立度を「A.生活(決めた時間に起きること、整理整頓など)」「B.興味・勉強(興味を持ったことの深め方、勉強へのやる気など)」「C.思考・行動(自分の意見のまとめ方、意思決定など)」「D.人間関係(人の話を聞くこと、自分の意見を伝えることなど)」「E.自分自身・将来(新しいことへの挑戦、将来やりたいことなど)」の5つの視点から得点化した。各視点5項目ずつ、合計25項目の自己評価から算出した。数値は、それぞれ4段階で評価してもらったものを、A~Eごとに合計したスコア(5~20までの値をとる)の平均値。

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そのような結果が出た理由は、大きく3つあると考えています。

1つめは、コロナ禍で様々な活動が制限される暮らしの中で、社会問題を自らの問題として考える機会が大幅に増えたことです。実際に図4に示した通り、「あなたが進路を決めるにあたって、次のことはどれくらいあてはまりますか」という質問において、「社会問題について真剣に考えた」割合は、2018年度と比較して14.3ポイントも上昇しています。

図4 あなたが進路を決めるにあたって、次のことはどれくらいあてはまりますか


出典:東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所「高校生活と進路に関する調査」
注)「とてもあてはまる+まああてはまる」の%。

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2つめは、進路選択における高校の先生の影響の大きさが例年と変わらなかったことが挙げられます。多くの大学のオープンキャンパスや入試説明会はオンラインで行われ、直接入手できる情報は減りました。しかし、高3生は例年と変わらず、先生からの情報を頼りにしていたことが、調査からも明らかになっており、それが支えになっていたと推測されます。

3つめは、コロナ禍で、高3生本人が勉強を捉え直したと考えられることです。コロナ禍が進路選択にどのような影響を与えたかを自由記述で尋ねたところ、2020年9月時点ではネガティブな声が多かったものの、2021年3月の時点では「プラスでもマイナスでもない」と捉えている声が増えていました。

例えば、「自分だけではなく、皆が同じ経験をした。その中で進路を選択したのだから、これが自分の実力」といった記述が見られ、ただ環境に責任転嫁するのではなく、自分事として進路選択を考えてきた高校生の姿が浮かび上がりました。
ただし、以上のような全体の傾向の中には個人差があり、高校生本人の置かれた家庭の経済力や地域の差による格差が依然として残っていることも確認されました。

調査結果から、子どもたちは社会変化や時代の流れにただ翻弄される存在ではないこと、また、これまでに経験したことのない変化に直面しながらも、周囲の信頼できる存在に支えられながら変化に適応し、乗り越えようとしている、意思をもった主体的な存在であることを示しているように思います。

困難をプラスに変えるポイントは何か?

今回の調査結果から、変化の激しい社会においても前向きに進路選択をする重要なポイントが2点あると考えています。

1点目は、身近にある社会課題を探究する、そして、社会課題との接点の中で進路を考えるということです。そして2点目は、デジタル化・非接触化が進む社会の中で、信頼できる重要な他者(指導者)の助言をより一層大切にすることです。

例えば、家族で食卓を囲みながら気になるニュースについて話し合うことが、子どもが社会問題を身近に感じ、社会問題と自分の生活や進路を結びつけて考えるきっかけになるでしょう。保護者は社会の一員としての経験談を話し、時には、友人や地域の方など信頼できる人にも協力を得ながら、子どもが視野を広げられるようにするとよいでしょう。経済的・文化的背景に固定化されがちな世界から、子どもを大きな世界へと踏み出させる一歩につながるはずです。

今まさに、コロナ禍での大学入試が2年目を迎えています。彼らが彼らの経験から何を学び、新たにどのような教訓を我々に示してくれるのか、期待したいと思っています。

 

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