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未来を学生自身が変える目標と実感を育む場へ

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創造性に自信を持ち、自分自身を知り、自分で決め、社会とつながる。こうしたプロセスの先にこそ、得られた専門性によって関係を構築できる実感が育まれ、社会の未来を自分で変えられる可能性に気づく。大きな夢を具体的な目標として自分の言葉で語れるようになる。それが希望ある野望が育まれるプロセスだ。

世界はカオス的な関係の中にあって予測不可能だ。そして目の前の課題のほとんどは、世界中で同じように起こっている共通の課題でもある。だからこそ目の前の小さな変化から、社会の大きな変化へとバタフライエフェクト※ のように広がることもあり得るのだ。そんな変化の広がりは偶然かもしれないが、目の前の必然性ある仮説にチャレンジした人にだけ訪れる。この章では、学生の学びが大きな夢や目標へとつながる場をつくるためのヒントをまとめておきたい。

※バタフライエフェクトとは
わずかな条件の差が結果として大きな違いを生むこと。蝶の羽ばたきが遠くの気象状況に変化をもたらすという気象学の用語からきている。

自分の行動で国や社会を変えられると思う

「18歳意識調査『第46回ー国や社会に対する意識6か国調査ー』報告書」(日本財団 2022年)のグラフを元に作成


4-1 夢を探究し目的とつなぐ学び

学生が夢とする職業の
目的を紐解く経験を

将来の夢は何ですか?と問われて職業名を言うことは、子供の頃から誰もが経験するだろう。けれども、ある職業についたから夢がかなったと思うのは大きな間違いだ。その職業の目的と、自分自身の目的が一致したときに、初めて職業は夢を実現するための手段となる。医者という仕事の目的はなんだろう。その仕事はなぜ始まったのだろう。こうした疑問に向き合えば、「医者になりたい」よりも「多くの人の命を救う仕事がしたい」という本来の目的に出合うだろう。向かうべき目的が明確になったときに、夢をかなえる手段は一つでないことに気づくはずだ。

近年では将来の夢を探究する授業が、探究学習の一環として小中高で取り組まれている。こうした授業や、それを推進する学習指導要領には私たちも共感している。では、高校までの探究をうけて、大学は、その具体的な方法として、どうすれば夢や目標の先にある社会とのつながりを探究できるのか。大学はその補助線をどのように引くことができるのだろうか。

そこで学生個々人の「夢」を対象として「夢の職業を進化させる」学習を取り入れてみよう。ある職業が目標となるのではなく、夢や目標をかなえるためにその手段として職業を捉え直すことに加え、常識を逸脱したチャレンジへと学生を促すことができるだろう。

事例

新渡戸文化学園
3Cカリキュラム×旅する学校

「Core Learning(基礎学習)」「Cross Curriculum(教科を横断する学び)」「Challenge Based Learning(社会課題に挑戦する学び)」の3つのカリキュラムを組み合わせ、自律型学習者の育成を目標としている。

自分の好きを探究する過程で必要な知識に生徒が自分で気づき、その知識を得るために教科を学習するという循環が生まれる。

また旅に出て社会課題に実際に出合うことで、自分の人生で大切にするテーマが定まり、ますます学ぶ意欲が加速する。

  • 学期の冒頭に「エンゲイジメント週間」を設け、各教科の学びが生徒自身の興味・関心と結びついているのかをイメージしてもらう。
  • Self-Paced Learningという自己学習の時間を設け、自分の学びをデザインし自己決定する機会を設ける。
  • 週に1度、探究学習(クロスカリキュラム)に取り組む日を設ける(毎週水曜日終日)。
  • 探究学習で自分が好きなことや興味を発見・探究してもらう、学校内だけでなく学校外にも積極的に出る。
  • スタディツアーで日本全国に旅に出て、現地の人の声を聞いて、実際の社会課題やそれを解決する情熱に出合う。
  • こうしたプロセスから、「自分の人生の中心に置くテーマ=夢のコア」が見えてきて、教科学習が手段となり、卒業後の進路希望も固まる。

目標となる専門性と
社会の関係を観察する

職業の周囲に広がる社会との関係性をよく観察し、その専門性の価値を探究する場をつくろう。そうすれば自ずと自分が身につけようとしている力によって、社会に起こりうる変化にも意識が向くはずだ。まずは目標とする職業を観察によって分析してみよう。分析して得た知識はその先の専門への憧れや魅力につながっていく。

提言1で4つの自然観察の方法をお伝えしたが、この考え方が専門の理解でも役に立つ。これらの観察方法で、改めて学生が専門性を分析してみる時間を設けてみよう。すると、目標とする専門分野がどう社会と関係しているのか、そして何を磨けばその分野で成長できるのかを知るきっかけになるだろう。

専門性 その専門は将来どう変化するか(予測的観察) その専門は社会にどう役立つか(生態的観察) その専門はどんな歴史があるか(系統的観察) その専門の必須スキルはなにか(解剖的観察)

提言座長 太刀川英輔の著書 『進化思考』における
4種類の観察方法「時空観学習」を元に作成

その専門性を揺さぶる
新たな可能性を発想する

探究をしていけば、その世界の枠外である未知のゾーンにもぶつかるだろう。革新的な研究や仕事は、専門性を深く掘り、それを少し横の領域にまで拡張したときに起こりやすい。外と中をつなぐ挑戦が、専門性の新たな歴史へとつながる。

今までの見方ではその先の景色を見ることができない未開を開くことこそ、既存の専門領域の地平を広げる挑戦にもつながる。学生には専門領域に備わる知識を深めさせながら、同時に今までにない専門家のあり方を妄想させてみよう。こうした逸脱を目指すときには、提言1で述べた偶然性から発想する方法が役に立つかもしれない。

偶然に身を任せて様々な失敗へと挑戦をする気持ちと、丁寧に観察から紐解く両方の姿勢を備えた学生は強い。こうした未知への挑戦から、砂金のように輝く価値が導かれることがある。

超〜な職業(変量) 〜型の職業(擬態) 〜のない職業(消失) 〜が増えた職業(増殖) 〜にある職業(移動) 〜を〜と替えた職業(交換) 〜を分けた職業(分離) 〜が逆の職業(逆転) 〜+職業(融合)

提言座長 太刀川英輔の著書 『進化思考』における
9種類の発想方法「変異のパターン」を元に作成


4-2 未来を変える野望を持つための学び

自分が未来の社会に
与える影響を宣言しよう

自分自身の想いや可能性を、社会の広い関係性に接続し、自分の行動で大きく世界が動くところを想像すること。そして具体的に行動すること。そんな学びの先にあるのがまさに野望を、すなわちBig Pictureを描く学生の姿だ。変化のきっかけは彼らの小さな好奇心から始まるかもしれない。しかし学びながら社会の関係性を知り、必要なスキルに熟達していけば、徐々に学生は自己効力感や学びへのモチベーションをあげていくだろう。授業の途中や最後に、学生に野望を宣言する場を提供しよう。常識からみると荒唐無稽な仮説を、胸を張って言える学生を育もう。

自分の目標を具現化できる
野望ある大人へ

自分自身を、そして自分の専門を探究し、専門と社会の関係を探究すると、自分と社会のつながりがはっきり浮かび上がってくる。そうすると、自分の得た専門性によって社会が変わった状態を、徐々にイメージできるようになる。それは地に足をつけながら野望を実現できる大人へと成長する、順調な準備のプロセスだ。人は手元のものしか変えられないけれど、だからといって無力というわけではない。これまで歴史を変えた様々なものは、誰かがその手で生み出したものだ。手元のものを変え、それが広がることが、大きな変化につながることだって、時にはある。学生が手元の力と大きな目標を結びつけ、希望に満ちた野望へとたどり着くプロセスを、大学教育を通して実現しよう。

これからの大学教育の役割

自分の道の方向に気づき、その専門性の大きな可能性に惚れ込んで、目の前のものを一つひとつ積み上げた先に、未来を変える本物の自信が培われていく。最初から大きな野望なんて持たなくてもいい。けれどもいつか自分が学んだ知識やスキルが、大きな可能性につながることに気づく補助線を、大学はもっと提供できるはずだ。

社会は変わっている。18歳人口が減少し、人生100年時代に向かう中、大学教育はその姿を変えざるを得ない。人生100年時代になれば、学び続けることは必然だ。学びは一生涯続くものであり、人生そのものとも言えるかもしれない。つまりこれからの大学の役割は、あらゆる世代の自己探究と社会の接点をつくり、自らの可能性に気づく状況を提供することになるだろう。

本提言では大学を「4つの場」として提案したが、それに限らず大学を創造的で自律的な学びの場にするために、学生にどんな学びを提供し、どのような仕組みを構築するかは、多くの可能性があるだろう。

多様な学びの中から、学生がときめき、夢中になれることを自分自身で選択し、目標をかなえるために学ぶ。そのための「学びのプラットフォーム」となるには、入試やカリキュラム、卒業認定のあり方や運用を大きく変えることも必要になるはずだ。当然、それらの自由度を高めるためにテクノロジーの活用は時代の必然だろう。

テクノロジーの活用は、これまで学べなかった人たちにも学びを開くことにつながる。さらに、個々人の学びがデータとして可視化されれば、自ら自律的に学びを創り出す機会が提供できるはずだ。

学びは、年齢や場所や時間から自由であっていい。これからの大学は、学び続けたい人たちの「学びのプラットフォーム」として重要な役割を担っていくだろう。

様々な分野で日本人が世界を前に萎縮し、挑戦する人の足を引っ張り、古い常識や前例に縛られて変化できなくなっているとしたら、これほど残念なことはない。そんな空気がわずかでも日本にあるのなら、教育こそがその暗雲への根本的な解決策となるはずだ。大きな野望を抱き、未知へと挑戦する学生を育む。そんな挑戦者を応援する教育を提供すること。大学はそれを実現できる場に違いない。この提言が、こうした野望を育む教育への変革のヒントになればと願っている。