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大学授業レポート~新たな学びのスタイル~

【授業レポート】
使用済み携帯電話を自分たちの手で分解!
リサイクルの現実に気づき、材料への向き合い方を考える

武蔵野大学 工学部サステナビリティ学科 「エコマテリアル」(大学2・3年生対象)

2023年4月、武蔵野大学は、国内初の「サステナビリティ学科」を工学部に開設した。持続可能な社会づくりを目指し、ソーシャルデザインと環境エンジニアリングを融合させた学びを展開している。特色ある科目の1つが「エコマテリアル」だ。学生にリサイクルの現実を実感してもらおうと、使用済みの携帯電話を解体する実習を行っている。本記事では、同科目を担当する髙橋和枝教授に科目のねらいなどを聞くとともに、授業の様子をリポートする。

お話を聞いた方

髙橋和枝
  • 髙橋和枝
    武蔵野大学 工学部サステナビリティ学科 教授

    東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻博士課程修了。博士(工学)。研究テーマは、地域の資源循環と社会・環境影響、環境配慮行動と人々のしあわせ、持続可能なまちづくりなど。日本 LCA 学会理事などを務める。

【サステナビリティ学科の概要】
設置 2023年4月(環境システム学科を改組)
定員 入学定員70人、収容定員280人
専任教員 11人
設置場所 武蔵野大学 有明キャンパス

 

身の回りのモノの材料を「サステナビリティ」の視点で捉える

 地球温暖化やそれに伴う気候変動、貧困・格差、人権問題、難民など、様々な社会問題を乗り越えるために、サステナビリティ(持続可能性)の考え方がますます重要になっている。そうした背景、課題認識から、サステナビリティ学科は環境システム学科を改組して設置された。以前から行ってきた、環境調査や分析、設計など、工学的な方法による環境問題へのアプローチに加えて、多様な人と協働しながらサステナビリティを推進するためのソーシャルデザインについても学ぶことによって、社会問題の解決策を検討し、提案・実践する人材の育成を目指している。

 大学2・3年生対象の選択科目「エコマテリアル」は環境システム学科が設置された翌年の 2016年度から開講されてきた。科目を担当する髙橋和枝教授は、そのねらいを次のように語る。
 「学生は、エコやリサイクルの重要性を十分認識していますが、自分が使っている様々なモノがどんな材料でできているのか、それらが廃棄された後にどうなるのかはほとんど知りません。そこで、身の回りのモノの材料について学び、リサイクルの課題を実感することをねらいとして、この科目を設置しました」

 携帯電話を解体するというユニークな実習が評判を呼び、学生に人気の科目だ。例年、定員を上回る履修登録希望者があり、所属学科や関連科目の成績等で履修者を決めている

■2023年度「エコマテリアル」概要
◎履修者 サステナビリティ学科2・3年生 43 人
◎開講日 3学期 毎週金曜日4・5時間目(2時間連続で実施)
◎単元計画(全 14 時間)

※第7・8回の実習は対面、それ以外の授業はオンラインで実施。

▲ 画像をクリックすると拡大します。

 単元構成は、大きく3つから成る。
① 金属材料や有機材料など、主な材料の原料や機能を学ぶ
② グループに分かれ、使用済み携帯電話を解体し、製品の材料やその含有量を知る
③ どんな材料を選ぶとよいか、リサイクルを推進するために何をすればよいか等をグループで議論する

 携帯電話はどのような材料からできていて、それぞれの材料の機能やその希少性を調べるなどの内容を学んだ上で、携帯電話を解体し、プラスチックや金属、ガラスなど、複数の材料が組み合わせられていることを自分の目で確かめる。さらに、部品を材料ごとに分別し、量を推定するとともに資源としての価値を算出する。解体コストとの比較をすることで、リサイクルの意義や課題を理解する。そして、材料やリサイクルに対する自身の考えを深めた上で、どのようなリサイクル方法があればよいのかを検討するという流れだ。

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どこから外装を外すのか? どこにねじがあるのか?

 第7・8回のリサイクル実習を具体的に見ていく。今回の実習は、株式会社リーテムの協力のもとで行われた。

 まず髙橋教授が、前時までの復習として、携帯電話の材料に含まれている主な資源と、家電に関するリサイクル法などについて講義を行った。その際、最近の金の価格高騰や、産出国によるリチウムイオン電池の材料等の輸出規制、ウクライナ侵攻の影響による希少資源の調達への懸念など、資源に関する最新の世界情勢について説明した。

 次に、グループに分かれ、携帯電話の解体を行った。

◎リサイクル実習の手順

※解体する携帯電話は許可を得たものを使用。

▲ 画像をクリックすると拡大します。

 髙橋教授から解体の手順の説明を受けた後、学生は4〜5人1組となり、携帯電話や精密ドライバー、安全のための保護メガネと軍手を受け取った(写真1)。そして早速、解体に取りかかった。

写真1 携帯電話の解体前の重さを量る。解体後、部品の総量と比較し、紛失した部品がないかを確認できるようにしておくためだ。

 ポイントは、携帯電話を「壊す」のではなく「解体」する点にある。ねじなどが見当たらず、どこから外装を外せばよいのかが分からずに戸惑うグループが多くあった。
 「ボンドで接着しているのか、ねじでとめてあるのか、どっちだろう?」
 「これ、はがしても大丈夫かな?」
 そうした声があちこちから聞かれ、髙橋教授やSA(スチューデント・アシスタント)に携帯電話を見てもらっても外装を外せる箇所が分からず、ほかの携帯電話に替えるグループもあった。
 また、ようやくねじを見つけても、ねじの頭部が精密機器用の特殊な形状であったため、多数ある精密ドライバーの中から合うものを探す(写真2)。

写真2 ねじのある場所を探し当て、「やった!」と喜ぶグループもあった。「解体しにくいということは、修理しづらいということだよね」といった声も聞かれた。
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資源価格と解体コストを算出し、費用対効果を実感

 外装を外すと、部品を1つずつ取り出していった(写真3)。液晶や入力キー、スピーカー、マイク、モーター、カメラ、電子基板など、携帯電話の中に配置されている部品が小さいことに驚きの声を上げる学生もいた。

写真3 部品を1つずつ取り外していき、トレーに並べていった。

 ここでも、はがせるのか、分解できるのかと、学生の試行錯誤は続いていた。
 「どれがスピーカーかな?」
 「この小さい部品じゃない?」
 「見本と形がちょっと違うけど、合っているかな」
 「液晶って、こんなに層になっているんだね」
 「基板は設計図みたい。スーパーの駐車場を上から見たように整然としていて面白い」
 多くのグループが、携帯電話の部品の見本を照らし合わせ、どの部品かを確認していった(写真4・5)。

写真4 携帯電話の解体後のサンプル。
写真5 解体のサンプルと照らし合わせて、自分たちが解体した携帯電話の部品と合っているかを確認。

 解体が終わると、基板、フレキシブル基板、液晶ディスプレイ、ねじなど、12の部品群に分別し、量った重さをワークシートに記入した(写真6・7)。
 「プラスチックが思ったよりも多い。総重量の4分の1もある」
 「マイクやスピーカーは、1つでも重いね」
 といった声が学生から聞こえてきた。

写真6 部品群ごとに計量し、それぞれの重さを確認。
写真7 約100グラムの携帯電話の内訳を実測。「(基板は)一つひとつが重い」「(フレキシブル基板は)薄くて軽い」「(プラスチックは)点数が多い」などと、気づいたことをワークシートに書き込んだ。

 部品群の重さを、髙橋教授が用意した部品群の素材の一覧表に当てはめ、金の含有量を算出して、資源価値を割り出した。そして、解体費用を1時間1,000円として、自分たちの解体にかかった時間から、解体コストを算出。資産価値と解体コストから費用対効果がどれくらいあるのかを求めた。
 実習の結果として、解体時間や資源価値、コストなどを、各グループが黒板に記入した。解体時間が一番短かったグループは19分程度で、資源価格が解体コストを上回っていた。しかし、大半のグループは解体に 40〜50分程度かかっており、資源価格が解体コストを下回っていた(写真8)。

写真8 解体にかかった時間、重量ロス(解体前の重さ−解体後の部品の総重量)、金の含有量、資源価格、コストを、各グループが記入。資源価格が解体コストを上回っていたグループは全10グループ中3つだった。

 作業を終えたグループの学生は、次のような考察をワークシートに記入していた。
 「解体に 44 分もかかり、コストは 733 円だった。人間の手作業で解体するのは効率が悪いと言える」
 「結果から、鉱山の金の含有量より、携帯電話に含まれる金の方が多いことが分かった。従って、鉱山で金を採掘するより、小型家電から回収する方が効率がよい」

 髙橋教授は、各グループの結果を見て、次のように講評した。
 「資源価格が解体コストを上回っていたグループもありますが、コストに見合うかどうか、単純に比較できません。解体作業をする場所までに運ぶ輸送コストなども考慮しなければならないからです。また、おおよその計算になりますが、携帯電話の金の含有量は、金の鉱山よりも約 100 倍濃度が高いと言えます。その金の含有量が推進力となって、携帯電話の回収やリサイクルが進められています。しかし、解体コストにはなかなか見合っていないというのが現状であり、その点をどうするのかが課題です。そういったことも踏まえて、考察のレポートを書いてください」

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講義や実習での気づきを踏まえて、新しい素材を考案

 リサイクル実習の後、第9〜13 回には、グループで新しい素材を考えるワークにチャレンジし、最後の授業でグループごとに発表する。様々な材料について学び、リサイクルへの理解を深めた学生は、昆虫の構造や機能から着想を得たバイオミメティクス(生物模倣)や持続可能な材料へとアイデアを広げていくこともあるという。

 「携帯電話を解体しようにも、どこから分解できるか分からず、学生は戸惑います。ようやくカバーを外すことができても、中にある部品はどれも小さく、外して分別するのも一苦労です。リサイクルが大切だと言われていても、製品が解体しにくい構造になっていることを、学生は実感します。そして、重さを量ると、製品を軽くするためにプラスチックが多く用いられていることや、基板には金が使われていることなどに気づきます。部品が細かく、複雑なので、解体に手間と時間がかかるわりには、儲けはあまりなさそうだといったことも、自分で手を動かすからこそ腑に落ちるのです。持続可能な社会に向けて、材料やリサイクルがどうあるべきか、現実を踏まえて深く考える機会を、これからも学生に提供していきたいと思います」(髙橋教授)

取材日:2023年10月20日

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