特集 国立大学法人化とその周辺
本間  政雄
京都大学 事務局長
本間 政雄
Betweenは(株)進研アドが発刊する情報誌です。
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成長し続ける組織となるために
国立大学には経営戦略が必要
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自らの責任において社会的使命を果たすことに
 国立大学法人化法案が成立する見通しとなり(6月23日現在)、いよいよ2004年4月から国立大学は法人化され、各国立大学は自主性・自律性・自己責任という3原則に基づく大学運営を行うという重い課題を課されることになった。長きにわたり国の行政機関と位置づけられ、管理運営全般、とりわけ財政、人事に関する権限も責任も文部科学省に「お任せ」「頼りきり」という状態でやってきた国立大学に法人格が与えられるのである。
 これによって国立大学は自らの責任と権利において契約や訴訟などの主体となることができるようになる。また、これまで細かく使途を指定して配分されてきた大学予算も、法人化後は運営交付金として一括配分され、学内における配分の仕方は各大学法人に任されるようになる。さらに、法人化後の国立大学職員は公務員ではなくなり、雇用関係も国家公務員法制から民間労働法制の世界へ移行する。
 このような地位、枠組みに関する基本的な変化は、国立大学に多くの課題をもたらすが、何よりも重要なのは、国立大学が自らの責任において大学に課せられた社会的使命を果たすことである。
 言うまでもなく、法人化されても国立大学が「国立」大学であることに変わりはなく、運営費は基本的に国費により賄われるのであって、教育、研究、社会貢献という国立大学に期待される役割に変化はない。それどころか、法人化により、このような役割をこれまで以上に効果的、効率的に果たすことが期待される。
 本稿では、法人化後の国立大学を展望して、法人化の成功のために何が必要かを考えてみたい。
根本から変革が必要な教職員の意識
 法人化すれば、必要なお金は自ら稼ぐ、あるいは少なくともきちんと説明責任を果たしたうえで国から配分を受け、そのなかで実績に基づく競争による資源配分が求められてくる。
 しかし率直に言って、法人化まで9カ月足らずとなった今日でも、国立大学を支える教職員の意識はほとんど旧態依然のままである。管理運営全般にわたる文科省からの指示待ちの姿勢、そして財務で赤字が出ても結局は政府が何とかしてくれるだろうという甘えと依存の体質から抜けきれないでいる。
 また、大学運営に必要なお金は自動的に国から与えられるものという「棚ぼた」意識、そこから来るコスト意識の欠如、さらに順番や横並びをベースにした昇進や資源配分を「公平」とする意識は極めて根強い。さらに、変化を嫌い、既得権益を守ろうという保守主義も強い。
 こうした意識を根本から変えない限り、法人化は形だけのものに終わり、実質は何も変わらないということになりかねない。
 現在、各国立大学では、法人化後の意思決定システムや経営戦略に則した「人・物・金」といった資源の学内配分のメカニズム、人事制度などの設計を行っている。しかし効率的で迅速な意思決定や社会に対する説明責任といった法人化の趣旨に則した制度設計を提案するたびに、「トップダウンによる専断的な運営は大学にはなじまない」「部局自治が優先されるべき」と異議を唱える教職員も少なくない。
 しかし、法人化後の諸制度の設計を行っている今こそ、学長が不退転の決意で強力なリーダーシップを発揮し、このような既成の秩序を守ろうとする抵抗を排除し、社会の期待に応えうる制度を確立しなければならない。そして副学長や事務局長はこのような学長を強力かつ全面的に支えることが重要だ。学長を中心とする執行部が、安易に「学内の平和」を優先して妥協したり、保守的な意見に引きずられて小手先の弥縫(びほう)策でお茶を濁すようでは、大学の将来は暗い。
経営人材の育成には研修の拡充が必要
 法人化は「大学の自主性・自律性・自己責任に基づく大学の管理運営=大学経営の実現」を期しているが、少なくとも今日の国立大学にはそのような経営を担いうる人材は極めて少ない。現在の国立大学は専門分野には秀でていても一般に世間知らずの教員と、公務員として親方日の丸意識にどっぷり浸かった職員で構成されている。そのような状況のもとで自ら目標を立て、戦略を立案し、実施手順を考え、資源配分を行い、そのための学内調整を行い、企業や官庁、労働組合と交渉し、訴訟や紛争を解決し、人事を行うことは至難の業である。いくら自主性・自律性というお題目を並べてみても、それらを担保する具体的・専門的な知識を欠き、経験に裏打ちされなければ、戦略的かつ効率的な大学経営は砂上の楼閣と帰することになる。
 このような大学経営を実現するためには、大学経営に必要な人材を早急に養成するしかない。全国立大学で約500人とされる学長をはじめとする法人役員、および多くの大学で教員・職員などから起用することが検討されている役員補佐スタッフに対して、大学経営の基本的なノウハウを身につけさせるための「トップ・マネジメント研修」を行う必要がある。
 なかでも学長は大学経営の最高責任者として、理事や理事補佐スタッフは学長を補佐する立場に立つことから、自らの大学のあり方、将来像について確固とした意見・理念を持つことは当然であるが、そのうえで少なくとも以下のような知識が必要と思われる。
(1)学際化、情報化、国際化が進み、評価・情報公開・産学連携など多様な側面をもつようになって複雑・高度化した現代の大学の諸側面を理解するための「現代大学論」
(2)組織の行動原理やリーダーシップ、組織のリスク管理、広報戦略などについて理解するための「現代組織管理論」
(3)学校教育法、独立行政法人法、国立大学法人法及び関係政省令など大学に関する法令の基本を理解するための「大学関連法概論」
(4)民法、商法、労働基準法、労働安全衛生法など大学運営に関係する基本的法令の概略を理解するための「民事関連法概論」
(5)大学の人事・労務、財務制度の基本を理解するための「国立大学の人事・労務・財務論」
 次に役員、補佐スタッフには担当分野ごとに、以下のような知識が必要となる。
(1)情報基盤、情報ネットワーク、電子図書館、ITの教育利用などについて理解するための「大学の情報化論」
(2)病院経営、高度先進医療、医療訴訟、医療専門家教育などについて理解するための「病院経営論」
(3)産学連携関連法令、知的財産権関連法令、ベンチャー起業、企業経営などについて理解するための「産学連携論」
(4)外国人留学生・研究者の出入国、滞在、生活・住居、保険、就労、就職などに関する法令、諸手続き、外国人の生活習慣・文化、及び海外の留学事情、大学制度、手続き、リスク管理など日本人留学生の海外留学について理解するための「国際交流論」
(5)FD、シラバス、授業評価、教授法、ITを活用した教育・遠隔授業、カリキュラム設計について理解するための「教育課程と教育方法論」
 ただしこれらのなかで、医療過誤、セクハラ、損害賠償責任問題などの訴訟への対応や、高度情報インフラの整備と維持管理、外国人留学生・研究者への対応などといった実務面での対応については、弁護士、SE、外国語に堪能な者など外部の専門家を起用するなり、雇用すればいい。むしろ役員、補佐スタッフにはこうした問題の所在と広がり、対応方法についての基礎的・一般的知識が求められる。
若手職員には専門職大学院でマネジメント研修を
 職員のうち部課長クラスにも、職責に応じて前述のような大学経営に関する一般的な知識と担当分野に関する専門的知識が必要となる。一部の図書系、技術系職員は別として、これまで大部分の職員(国家公務員二種)は数理能力、文章理解力や時事問題についての知識を試す教養試験と憲法、行政法、英語など9科目から6科目を選択する専門試験を経て採用され、人事、経理などに関する一般事務処理を行ってきた。
 そして、こうした職員が人事、経理、学務といった分野を中心に部局を異動し、実務を通じて専門知識を得ながら事務を遂行することで、大きな支障は出なかった。国立大学の組織、活動は、それだけ限定的、牧歌的であったといえる。しかし今日、国立大学は大きな変化にさらされ、組織は拡大し、活動は複雑かつ多様になってきており、これまでよりはるかに高度な専門性と知識が職員に求められるようになってきた。
 ちなみに、京都大学の例を挙げれば、学生数は65年の1万2000人から現在は2万2000人にまで増え、予算も94億円から1200億円にまで増加している。そして大学評価、医療訴訟、情報公開、情報基盤の構築、産学連携、知財管理、環境保全、広報、先端高度学術研究推進、留学生対応、学生相談など質的に新しい業務への対応を迫られている。
 法人化後は、これらに加え、自律的大学経営の実質的な担い手として、専門的知識と技術、経験を基にさまざまな企画立案活動に積極的に参画することが求められている。
 そのため、これまで以上に研修の拡充や他の政府機関、民間企業などにおける実地研修・業務経験が必要になる。とりわけ、将来の大学経営を支える若手職員には、国内外の専門職大学院でマネジメント教育を受ける機会を設ける必要がある。
 すでに、名古屋大学では教育学研究科に高等教育コースを設け、2人の同大学の職員が夜間や週末を利用して授業を受けている。また京都大学からも今年4月に開講した大阪市立大学大学院創造都市研究科(夜間)に3人の職員が入学している。早急に大学経営に特化した大学院コースを整備し、正規の専門職学位課程と共に、研修プログラムを開発・実施することが期待される。
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