特集 国立大学法人化とその周辺
篠田  道夫
日本福祉大学 常任理事
篠田 道夫
Betweenは(株)進研アドが発刊する情報誌です。
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国立大学法人化を機に
改めて私大の持つ強みを生かし、再構築を
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大学間競争の新段階へ
 大学は今、戦後最大の転換期の只中にあると言われる。一貫して抑制と計画の下にあった大学は、規制緩和の旗印の下、一転して急激な自由化が進められている。他方「私大の定員超過是正へ―文科省新年度から勧告・命令」(2003年1月12日中日新聞)と報じられたように、学校教育法の改訂による新たな統制も始まる。
 こうした情勢の中、来年4月から国立大学は、それぞれ独立した意思決定と運営ができる法人として直接この市場に参入してくる。さらに株式会社やNPOによる大学設置の動きや、あと数年で18歳人口が30万人減る「第2急減期」に入る事などにより、大学市場はこれまでとは様相の違う厳しい競争時代に突入する。
 1兆5000億円の国費投入を受けた国立大学が何のハンディもなく同一市場に出てくるのは不公平だと、私大関係者が「イコール・フィッティング」を求めるのは当然の主張だ。しかし、現実にこれが避けられない以上、我々は戦後一貫して拡大を続けてきた私大の力の源泉を改めて見つめ直し、よきライバルとして国立大学法人の姿を見据えつつ、私大の持つ強みを生かし、また再構築する出発点とすべきである。ここでは私大の経営に携わる側の視点から、国立大学法人化の持つ強みと弱みを可能な限り予測し、それを素材に我々私大の戦略、組織・運営、財政・人事、教育改革について考えてみたい。
中期目標は文科相が定め中期計画には認可が必要
 全国立大学法人は、教育研究の質の向上、業務運営・財務内容の改善等を中心とする6年単位の基本計画の策定が求められ、これにもとづき資源配分にも連動する厳しい評価が課せられる。年度ごとの計画の策定、届け出、公表も義務付けられた。国立大学が明確な改革目標を掲げて一斉に動き出すというのは想像以上に大きな力を持つことになるだろう。
 しかし、この中期目標は、文部科学大臣が「定め」、大学側が策定する中期計画も文科相の「認可」が必要となっている。素案は大学側がつくるという運用上の留意にも関わらず、画一化は免れ得ないだろう。この点で私大は、独自の建学の精神に従い自立的な政策策定が可能だ。この強みを生かした明確な経営戦略の構築や、それに基づく資源の集中を行うこともできる。目前の学生や企業・社会のニーズに敏感に応え得る実践的改革こそ私大の持つ強みであり、この点で教育市場での優位を保ってきた。
 本学でも「人間福祉複合系大学」を旗印にした学部・学科・大学院の再編と、教育改革、生涯学習型・社会連携型学園建設とそれらを支える財政・人事の構造改革などを柱とした「中期経営政策」を軸に改革に取り組みつつある。今こそ旗色鮮明な政策とその貫徹が切実に求められている。
日々変わる環境に対応できる管理運営組織を構築すべき
 法人化により学長は、法人の長となり教学・経営両面での最高責任者として強い権限を持つ。新設の役員会は、年度計画、予算、さらに今までは主に教学側で審議されていた「学部、学科その他の重要な組織の設置」(国立大学法人法案第11条2の四)を審議し、学長が最終決定できる。経営協議会の半数は学外委員による構成となり、企業等の最新の経営管理手法の導入も可能となる。意思決定の複雑な階層化の中でダイナミックな改革の難しかった国立大学にとって、トップの強い権限の確保と法人機関の決定・執行領域の拡大は、改革の前進に重大な意義を持つ。しかし役員会は、私大の理事会のように経営に全責任を持つ組織かというと、任命方法や決定権限においてかなりの違いがあるように思われる。国立大学学長は、私大でいう理事長・学長兼務体制で、政策統一や一元的な運営を行う上で、適切な人材が就任できれば強い力を発揮する仕組みだが、各大学の歴史的成り立ちや運営実態、トップの求心力や経営人材の層の厚さ等に差がある中で、予定調和的にうまく機能するのか。また、この大掛かりな仕組みは中小国立大学でも有効なのか。人事・財政に実質的決定権を持っていた教授会は今後どう運営されるのか。教授会とトップとの政策統合機能も機構上は定かでない。
 もちろんこれらの課題は私大でも真剣に考えるべき問題だ。しかし、私大は法律で定められた画一的な運営機構とは異なり、戦略と課題に対応して独自の機構と運営システムを創造的に作ることができる。すなわち、経営責任を担う理事会の下、各大学の運営上の歴史的到達を踏まえつつ、独自の政策決定機構と迅速な執行体制を構築することに成功すれば、日々刻々変化する環境に即応した経営を展開することができる。
 本学はこの4月から理事会のもとに企業でも広く採用されている政策遂行に責任を持つ「執行役員制」を導入した。執行管理領域を4領域10分野に分け、例えば、経営管理領域では学募就職、財務人事、将来計画の3分野に3人の執行役員を配置するなど、教員5人、職員5人で構成されている。いま改めて直面する課題に即した経営体制と管理運営の刷新が求められていると言える。
改革推進型の財政運営が何処まで実現できるのか?
 法人化後は、企業会計原則にもとづく収支管理を行い、利益を積立金や剰余金に設定し、投資出来ることとなる。長期借入や債券発行も可能で、これまでの単年度予算主義から大きく転換し、中期的な経営が可能な仕組みが整えられる。また、人事も非公務員型を選択したことで、より自由度が増し、企業との兼職・兼業や、経営や法律の専門家など、有能な職員の採用や登用ができることとなる。
 しかし、「授業料ほぼ現行水準―文科省『学部格差なし』で検討」(03年5月18日読売新聞)と報じられたように、収入の基礎である学費は現状維持となる見通しだ。剰余金の使途についても最終的には文科相の承認がいること、これまでの総定員法との関係での採用枠の裁量幅、また、幹部職員を含む自立的な人事配置の許容範囲等々の課題もある。中期計画の目標達成には、財政上の「選択と集中」が不可欠だが、各部局に振り分ける従来型の予算編成を刷新し、改革推進型の財政運営が何処まで実現できるのか。収入と支出管理、蓄積と投資、資産運用と収益事業展開、自前の処遇政策と労使交渉などは私大の得意分野だが、これらの一層の戦略化、適正化が不可欠だ。財政指標にもとづく事業遂行と評価、収益管理、人員計画と人事制度改革など厳しい経営環境に対応するスリムで柔軟な財政・人事構造への転換が強く求められている。
教育・研究は変わるのか?
 法人化によって教育・研究が実際どう変わるか、この肝心の議論は実はあまり聞こえてこない。大学には、第一に学生の育成が求められている。学部教員の7割強を担う我々私大はこの点で何ができ、また他の追随を許さない強みを何処で発揮できるか、その中身で勝負が決まると思われる。
 私大の学生募集戦略の根幹もまさにここにある。学部の壁を超える全学教育改革、面倒見の良い教育、キャリア教育やインターンシップを始めとした実学教育は、私大が先進的に切り開いてきた領域だ。国立大学では、まだ就職部を持っているところは少ないといわれるが、本学でもいち早く「キャリア開発部」を立ち上げたように、私大では低学年から一人一人の学生に対応したキャリアサポートに取り組んでいる。入り口から出口まで一貫したエンロールメントマネジメントを行うことは、縦割りの組織を崩し得る私大こそが先行的に取り組み得る分野だ。
 私大の持つ力、その強みは何処にあるのか。立命館大学の川本八郎理事長は、「私学は常に教育研究と財政の矛盾の中にあるが、この矛盾を克服する真剣な取り組みの中に私学の知恵と力の源泉がある、危機認識こそが改革の原動力だ」と述べている。常に市場にさらされ、危機と背中合わせで学生や社会のニーズに向き合ってきた私大こそが真に国民のための大学に成長できる条件を持っているといえる。
 法人化に対応するというのは、小手先の国立大学対策でなく、これを契機に私大が本来持っているこの強みを再確認し、強化し、蘇らせることにある。法人化がその狙い通り機能すれば確かに大きな力を持つことは否定できないが、その「統制の取れた改革」の中にまた限界もある。法人化そのものが国際的な私学化(privatization)の流れの一部とすれば、その私学化の方向でしか真の改革が進みえない点で、私大の到達やシステムに確信を持つ必要がある。法人化初年度を私大の更なる自己改革元年と位置付け、原点に返った挑戦の年とすることが強く求められているといえる。
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