特集 満足度を高める学生支援
中谷 巌
多摩大学学長
中谷 巌
Betweenは(株)進研アドが発刊する情報誌です。
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低年次教育の必要性と課題
「気づき」を与え、コミュニケーション能力を向上させる教育を
大学在学中の教育効果を高めるとともに、卒業後の進路を早い時期から学生に意識させることを目的に、多くの大学が低年次教育に力を入れ始めている。大学が置かれている現状を踏まえた上で、入学直後の大学教育はどうあるべきなのか、それをどう発展させ、専門過程の教育に接続させるべきなのか、多摩大学の中谷巌学長に話を聞いた。
―近年、低年次教育を重視する大学が増えていますが、その必要性をどうみていますか。
中谷 私は米国のハーバード大学で教えた経験がありますが、新入生の目の輝きが日本の大学生とまったく違うことに驚かされました。アメリカの大学生は、自分が何を勉強するのか、将来どんなキャリアを築いていくのかといった人生のプランを意識していますから、大学にはっきりした目的意識を持って入学してきます。ですから、講義に対してもきわめて意欲的で前向きな学生が多い。ところが日本の大学では、受験勉強が終わってようやく大学に辿り着いた、大学がゴールという感じの学生が多く、彼らの多くは虚ろな目をしている。
 アメリカでは、中学から高校にかけての教育が、自分を確立するためのプロセスとして位置づけられているのに対し、日本では受験のための詰め込み教育になっているため、自分自身をじっくり見つめるひまがないのです。ですから日本の大学では、こうした新入生に対する「気づき教育」が必要になる。入学直後に、学生の頭を徹底的に揺さぶり、自分が何になりたいのか、どんなことをやりたいのかに気づかせようということです。こうした教育は日本でも中学・高校でやるべきなのですが、受験という現実がそれを許さない。したがって、入学時にどうしてもこういった新入生教育が必要になるわけです。
 人は誰でも、何かに気づき、目的意識を持つようになると、それがない場合に比べて何倍、何十倍ものパワーが出るようになるものです。だからこそ、大学がそういった「気づき」をサポートする必要があるわけです。

―その「気づき」を与える教育が、多摩大学でいえば「自己発見講座」にあたるわけですね。
中谷  「自己発見講座」は、1年次前期の毎月曜日に私自身が担当する必修授業で、生き方や学び方に関する講義のほか、知識を獲得するための知識(メタ・ナレッジ)の技法などを紹介し、ディスカッション、フィールドワークといった多彩な授業形態を取り入れています。フィールドワークでは、地域の問題を発見し、具体的な解決策を考え、それを行政に提案するなどの直接的なアクションも要求されます。こうした実践的なプログラムを進めるうち、学生の目がだんだん輝いてくるのがはっきりとわかります。
 またこの講座には、上級生のボランティアが数十人、自発的に協力してくれています。これは彼ら自身が1年生のときに同講座を受講し、なんらかの「気づき」を得た結果だとも考えられますね。
語学力ではなく人と向き合い、話す力をつける
中谷 もう一つ大切なのは、コミュニケーション能力を育てることです。日本の家庭環境の変化や携帯電話が発達したせいなのかよくわかりませんが、基本的な挨拶や受け答えができない若者が多いと感じています。
 その解決法の一つとして本学が取り入れたのが「イングリッシュシャワー」という「英語」の授業です。これは、1、2年次の全学生必修で、能力別にクラス分けされた少人数授業で、ネイティブもしくはバイリンガルの教員がすべて英語で行うものです。特に1年次は、火曜〜金曜日の週4日間、第1限目に授業時間を設定しています。つまり、英語のシャワーを浴びてからでないと、他の授業に参加できないシステムにしたのです。
 主目的はあくまでもコミュニケーション能力の育成にあり、英会話学校のように英語の会話力そのものの向上だけを狙っているわけではありません。グローバル化が進む時代にあって何よりも大事なのは、会話のスキルそのものよりも、国籍を問わず人とコミュニケートする気持ちと意欲を持つことです。この授業を始めてから、多くの学生が「会話の意味」を理解し、積極的に発言するようになりました。何より嬉しいのは、キャンパスの雰囲気が明るくなったことです。

―低年次教育を就職につながるキャリア教育の一環として位置づける考え方もありますが。
中谷 就職は豊かな実り多い人生を実現するという大きな目的のための手段の一つといえます。学生が早い段階でその目的に気づくことができれば、就職に関してもしっかりしたビジョンを抱けるはずで、そうなれば、就職は結果として自然についてくるものだと思います。英会話能力向上や面接対策などのサポートも必要かもしれませんが、低年次教育ではそうした就職対策のためのスキルではなく、先に述べたような「気づき」や「コミュニケーション能力の向上」といった中身の充実を図るべきだと考えます。
外部の知恵を活用しゼミ教育中心の大学へ
―低年次教育を専門教育にどうつなげるかという点については。
中谷 目的意識に目覚め、コミュニケーション能力を備えた学生に対して、次にどんな専門教育を提供するかということも、重要な課題です。その一つの答えが、少人数によるゼミ教育にあたるわけです。目的意識を共有する学生が5人から10人集まったところでゼミを構成し、一人ひとりの個性や能力に合わせたマンツーマンの教育を行う。教員には、学生が卒業するまでに、それぞれの分野のエキスパートに育て上げる責任が課せられます。
 本学は、現在、「講義中心の大学」から、こうした「ゼミ中心の大学」へと大学の中身を抜本的に転換させようという計画を持っています。そうなれば、相当数の教員が必要になりますので、学生の授業料で成り立っている私立大学では実現不可能と思われるでしょうね。

―実現に向けての方策は?
中谷 大学外に広く教員を求めるのです。多摩大学では「オープン・ナレッジ・ユニバーシティ」をコンセプトに、大学の外に存在する深い知識や知恵を大学と結びつけ、より深い立体的な知の拠点づくりを進めていますが、ゼミを中心としたカリキュラムもその延長線上にあるといえます。その実践にあたり、本学の専任教員が核となり、企業などで活躍しているマーケティングや財務、人事管理、ITシステムなどの専門家を客員教授として招聘します。特に経営情報学といった分野は産業界の動向と密接に関連しているため、大学内の専任教員だけで完結するよりも、学外の最先端の情報やトップレベルの英知に巡り合う仕組みを作った方がはるかに効果的な教育が可能になるのです。
 実際、団塊の世代の人たちの中には、特定の分野を究めた人、海外での実績を積んでいる人などが数多くいますが、そういう人たちの中で定年を待たずに会社をリタイアする人もかなりいます。こうした人材の中から、若者の教育に対して強い関心やすぐれた資質を持った人も数多く見つかるはずです。こうした人材のネットワークを構築し、教育に参画して貰いたいというのが私の希望です。
手づくりのしっかりした教育で大学選びをする時代に
―そうした構想を踏まえ、今後の課題をお聞かせください。
中谷 ゼミ中心の大学が機能するためには、「自己発見講座」を終えた時点で、学生が明確なキャリア意識を持っていることが前提になるでしょう。そのためには、「気づき」教育をさらに拡充する必要があります。
 現在、「自己発見講座」は前期開講の科目ですが、来年度からはもっと本格的なものにランクアップさせるため、後期も開講します。
 加えて、この講座の中に3泊4日程度の合宿を組み込むことができれば理想的です。「自己発見講座」や「イングリッシュシャワー」の少人数のグループが基盤になり、全国から集まってきた互いに全く知らなかった学生同士がすぐに親密な関係を築いています。合宿はそうした緊密なコミュニケーションをさらに深化させるものとして期待できます。
 また、教養教育の充実も重要でしょう。例えば、多くの日本人にとって、イスラム諸国は縁遠い存在であり、その文化をよく理解していない人は非常に多い。しかし、国際社会の常識からみれば、理解していて当然のことなのです。
 大学規模などの問題から、実現できることは限られてきますが、国際的な歴史認識も含めた世界の常識や教養を、1、2年次の段階から身につけていくような教育システムにできればと考えています。
 アメリカでは、学生一人ひとりをしっかりと見つめ、手塩にかけて育ててくれるような「小粒でもきらきら光る」小さなカレッジを探すことが、受験生を持つ親の重要な役目となっています。日本もそろそろ偏差値ではなく、本当に学生のことを考えた教育を行っているかどうかといった教育の中身を基準に、大学を選ぶ時代になってもよいのではないでしょうか。
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